第1話 山越えと銃弾と赤ずくめの男
文字数 3,944文字
『ここを通るなら金払え』
『ここを通るなら言うことを聞け』
『ここを通るなら暴力はやめろ』
茂 一行の前で、小人族 の軍団が通せんぼしている。10人ほどが短い両腕を広げ、口々に言いたいことを言って、うるさいったらありゃしない。
「なぁ、モナーク。これどうする?」
「悪気はなさそうだけど……。盗賊気取りなのかな」
ディロスが斧を構えたのを見て、ミディアが慌てて制する。
「暴力はやめろって言ってるよ」
「それじゃどうやって進むんだ。……離せ! こういった輩 には力 を示さなければならんのだ!」
茂 もミディアに加勢してディロスの蛮行 を止めようとする。
仲間割れしている人族を、小人族 たちが侮蔑 の表情で眺める。
呆 れてその様子を見守っていたモナークが、何かを思い出したかのように両手をポンと合わせた。
「ポレイト! 神獣の体内にいた小人族 に赤い布を貰っただろ。アレはどうした?」
「あぁ、それならここにあるよ。ほら」
茂 が革製のバッグから赤い布切れを出す。それを見た小人族 たちの顔色が変わる。
『それは同胞の証だ!』
『それは同胞しか持ってない!』
『それは同胞にあげたものだ!』
今度は一気に取り囲まれ、4人は小人族 に手を引かれて一気に山を下 る。
こうして今夜は小人族 の集落で、久しぶりの休息を取ることとなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜 の帳 が下 りる。
茂 は天井の低い小人族 の小屋から這 うように出て、湖 を眺める。幾つもの淡い光が湖面のゆらめきを仄 かに映し出す。この世界にも蛍 が存在するのだろうか。
「ポレイト、小人族 の長 が『お前たちは臭 いから朝になったら湖で身体を洗え』だってさ」
コロコロと笑いながらモナークが横に座る。
「もう何日くらい身体を洗ってないのかも忘れたなぁ。全員が臭 いから気にならなかったんだろう」
「ハァ……。ダークエルフは綺麗好きなのにね。アンタたちのせいで、あたしも人族みたいになってきたよ」
「別に俺たちは汚れてもいいなんて思ってないぞ。ここまでまともな集落すらなかったし、湖とか大きな川には魔物がいたじゃないか」
「分かってる。でも、王都に入 るためには身も服装も綺麗にしておかないと。臭 いからって拒否されたら困るよ」
茂 はふと気付く。
「匂いといえば、さっきから雨の匂いがしないか?」
「アメ? なんだそれ」
「えーと、空から水がザァザァ落ちてくるやつ」
茂 は上から下へ、何度も両手を振って身ぶりでも伝えてみる。その動きをじっと見ていたモナークは、合点 したように笑みを浮かべた。
「あー、天空神の涙のことか。ニッポンって世界ではアメって言うんだな」
「て、天空神の涙? 珍しいってことか?」
「雲の動きは天空神が司 ってる。だから祈りを捧 げて涙を堕 としてもらうか、高位の魔導士 が何夜もかけて天空神に依頼するとか……あと、他にも何かあった気がするけど」
「いや、よく分かったよ。つまり雨が降るとすれば、誰かがそれを願ってるってことだな」
茂 はもう一度、鼻からしっかりと息を吸う。風に乗って雨の匂いが届いてくる。風向き次第ではもうすぐ雨が降り始めると予想。
「モナーク、もう寝ようか」
「あたしはそこの木の上で眠るよ。小屋の中は狭すぎる」
そう言ってモナークはさっさと木を登って行ってしまった。雨に濡れても知らないぞ。
茂 が小屋の中へ戻ると、窮屈そうな姿勢でミディアとディロスが干し肉を齧 っていた。
「ポレイト、もう一 つ山を越えると、王都で一番高い場所にある監視塔の先端が見えてくるはずだ。そこから深い森を抜けると草原、さらに行くと大きな門がある。ようやく王都に着いたな」
「まだ着いてないけど、かなり近い所にいるんだなぁ。長かった……」
「私も王都は初めて。ディロス、案内してね」
「ああ。王都は賑 やかだぞ。ポレイトもミディアも、驚くだろうな」
ディロスの王都話 は続く。そうして、穏やかな夜は過ぎていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
鳥の囀 りと壁を構成する木板の隙間から漏れる光で目覚め、また小屋を這 うようにして出る。
朝霧 は濃いものの、雨はまだ降っていないようだ。依然として鼻につく雨の匂い。出来れば山を越えるまでは降らないでいただきたい。
湖を眺める。すでにモナークが水浴びをしていた。
「ミディア、どうする? 水浴びするか?」
「私の種族はその……、男に裸を見せない。ポレイト、見ないでね」
「見ないよ。なあ、ディロ……」
ディロスは服を脱ぎ散らかしながら湖に向かって行く。
ミディアの表情が強張 る。
「ふ、ふたりが出たらミディアだけで入ればいいよ。俺が見張っておくからさ」
順番に水浴びをして、予備の服に着替える。
小人族 の長 に礼を伝えて、ついでに臭 くないことをチェックしてもらった。
「ふむ、もう変な臭 いはしないな。ところで旅の者よ。王都に何をしに行くのか」
「俺たちはオリハルコンを手に入れるための旅をしています。その手掛かりが王都にあるらしいから行くんです」
「なんと……、オリハルコンとな。随分と欲の深い旅人だ。それを手に入れてどうするのだ?」
「どうする、ですか……。手に入れることしか考えてなかったな」
「ホッホッホ。面白い旅人だ。それではこれを持っていくといい」
そう言って、長 は茂 に皮の巻物 を渡した。何やら地図のようで、幾つかの場所に印がつけられている。
「これは?」
「神獣が棲 むとされる場所が描 かれている。我が族には不要だが、旅人には何かの役に立つかも知れぬ」
「不要なら……貰っておきます。ありがとう」
小人族 たちに別れを告げ、4人は王都へ至 る最後の山越えを始める。上手くいけば夜までには山を下 りられそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく獣道 を進む。かなり草深い地を掻 き分け、沢 で革のブーツを濡らし、巨大な蜂 の大群に気付かれないように迂回 して進む。
進めば進むほど傾斜は急になり、大木の根や埋まっている岩を足がかりにして這 い上がっていく。
全員が無言で歩き続け、進み続ける。木々の緑の葉でできたアーケードによって陽の光も満足に届かず、足元もよく見えない中、手探りの登山となる。
「なぁ、ちょっと休憩しないか」
先頭を行く茂 が振り返って言うと、モナークもミディアもディロスも無言で頷 いた。誰かがそう言うのを全員、待っていたようだ。
傾斜してさらに少し濡れた地面に腰を下 ろす。モナークは木の根の上に、ミディアは大きな岩の上に。ディロスが足を気にしている。
「どうしたディロス、怪我でもしたか?」
「いや、少し痒いだけだ」
「げっ。それ水虫では?」
「ミズムシ? なんだそれは」
「えっとだな……」
言いかけた茂 の鼻先を、何かが掠 めた。
指でその部分に触れる。指先に真っ赤な血が付いた。モナークが何かに気付き、茂 に駆け寄る。
「ポレイト逃げろ! 上から狙われてる!」
飛びついてきたモナークに押されて仰向けに倒れる。
近くの地面がバスッ、バスッという音とともにはじけ飛んだ。
「なんだコレ、銃弾か?!」
「魔導具だろう。木の陰に隠れよう」
モナークに引っ張られて大木の根の間 に入る。
ミディアとディロスは張り出した岩の陰に身を潜める。
攻撃対象を見失ったからか、上の方 から軽薄そうな声が聞こえてくる。
「おーい、魔物かぁ? 魔物だったら出 っておいでっ!」
茂 はその声に反応してみる。
「俺たちは人族……とかだ! 魔物じゃない!」
「おんやぁ? でも探知棒はそっちを向いてるぜぇ。絶対魔物がいるはずだ」
モナークがひとつ息を吐 いて立ち上がった。慌てて茂 も顔を上げる。
赤い三角ハットに赤いマント、赤い軽装。スラリと長身で端正な顔立ち。元の世界ならモデルになれそうなスタイルの男が銃に似た道具を片手で構え佇 んでいる。服のセンスはちょっとアレかなと思う。
「あたしはダークエルフ。魔物の血を引いているが、この人族と共に旅をしているだけだ」
「おっと、珍しいな。人族とダークエルフの組み合わせか。そっちで隠れてる奴らは?」
ミディアとディロスも岩陰から出てきた。ふたりとも険しい顔で赤ずくめの男を睨 んでいる。
「土族 ……にしてはデカイな。人族か。そっちは獣 の亜人だろ。どうだっ?」
赤ずくめの男は楽しそうな表情に変わる。どうやら独 りクイズ大会を開催中だったらしい。
「当たりだよ。ところでその銃をしまってくれないか」
「ジュウ、ってこれのことかぁ?」
男は銃のようなものを上に向けて何かを放つ。木の枝が中ほどで破裂して、茂 の目の前にドサッと落ちてきた。
「魔導砲 を小さく作らせたんだ。初めての試し射 ちでな、楽しくて楽しくて」
「お楽しみのところ悪いけど、俺たちは王都に行きたいだけだ。通してもらえないか」
「んー、でもダークエルフは王都に入 れないんじゃ……」
青色に光る鳥が上空から螺旋 を描 くように降りてきて、男の肩に止まった。男は鳥の囀 りに耳を傾ける。
「……面白いじゃないか。なぁ、お前らの中に風の精霊術士 はいるか?」
茂 が声を上げようとするのをモナークが制する。彼女は首を軽く横に振り、茂 に代わって言葉を返す。
「なにがあった? その鳥はなんて言ってるんだ」
「とんでもなくデカイ神獣か魔物がレミルガムに迫って来てるってよ。おれは天馬 で戻る。山の向こう側は今、天空神の涙が堕ちてきてる。だから土がぐっしょぐしょだ。それで天馬 の脚に風の精霊の祝福をかけてほしい。……ハァ。これでどうだ? 誰かいねーの?」
茂 がモナークの手を退 かして前に出る。
「俺は風の精霊の力 を使うことが出来る。他の3人を通してくれるなら協力するぞ」
「おぉ、いるじゃねーか。お前、名は?」
「ポレイトだ」
赤ずくめの男は赤い三角ハットを取って胸の前に掲げ、姿勢を正して名乗る。
「おれはレミルガム騎士団長、リエムだ。よろしく」
『ここを通るなら言うことを聞け』
『ここを通るなら暴力はやめろ』
「なぁ、モナーク。これどうする?」
「悪気はなさそうだけど……。盗賊気取りなのかな」
ディロスが斧を構えたのを見て、ミディアが慌てて制する。
「暴力はやめろって言ってるよ」
「それじゃどうやって進むんだ。……離せ! こういった
仲間割れしている人族を、
「ポレイト! 神獣の体内にいた
「あぁ、それならここにあるよ。ほら」
『それは同胞の証だ!』
『それは同胞しか持ってない!』
『それは同胞にあげたものだ!』
今度は一気に取り囲まれ、4人は
こうして今夜は
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「ポレイト、
コロコロと笑いながらモナークが横に座る。
「もう何日くらい身体を洗ってないのかも忘れたなぁ。全員が
「ハァ……。ダークエルフは綺麗好きなのにね。アンタたちのせいで、あたしも人族みたいになってきたよ」
「別に俺たちは汚れてもいいなんて思ってないぞ。ここまでまともな集落すらなかったし、湖とか大きな川には魔物がいたじゃないか」
「分かってる。でも、王都に
「匂いといえば、さっきから雨の匂いがしないか?」
「アメ? なんだそれ」
「えーと、空から水がザァザァ落ちてくるやつ」
「あー、天空神の涙のことか。ニッポンって世界ではアメって言うんだな」
「て、天空神の涙? 珍しいってことか?」
「雲の動きは天空神が
「いや、よく分かったよ。つまり雨が降るとすれば、誰かがそれを願ってるってことだな」
「モナーク、もう寝ようか」
「あたしはそこの木の上で眠るよ。小屋の中は狭すぎる」
そう言ってモナークはさっさと木を登って行ってしまった。雨に濡れても知らないぞ。
「ポレイト、もう
「まだ着いてないけど、かなり近い所にいるんだなぁ。長かった……」
「私も王都は初めて。ディロス、案内してね」
「ああ。王都は
ディロスの
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鳥の
湖を眺める。すでにモナークが水浴びをしていた。
「ミディア、どうする? 水浴びするか?」
「私の種族はその……、男に裸を見せない。ポレイト、見ないでね」
「見ないよ。なあ、ディロ……」
ディロスは服を脱ぎ散らかしながら湖に向かって行く。
ミディアの表情が
「ふ、ふたりが出たらミディアだけで入ればいいよ。俺が見張っておくからさ」
順番に水浴びをして、予備の服に着替える。
「ふむ、もう変な
「俺たちはオリハルコンを手に入れるための旅をしています。その手掛かりが王都にあるらしいから行くんです」
「なんと……、オリハルコンとな。随分と欲の深い旅人だ。それを手に入れてどうするのだ?」
「どうする、ですか……。手に入れることしか考えてなかったな」
「ホッホッホ。面白い旅人だ。それではこれを持っていくといい」
そう言って、
「これは?」
「神獣が
「不要なら……貰っておきます。ありがとう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく
進めば進むほど傾斜は急になり、大木の根や埋まっている岩を足がかりにして
全員が無言で歩き続け、進み続ける。木々の緑の葉でできたアーケードによって陽の光も満足に届かず、足元もよく見えない中、手探りの登山となる。
「なぁ、ちょっと休憩しないか」
先頭を行く
傾斜してさらに少し濡れた地面に腰を
「どうしたディロス、怪我でもしたか?」
「いや、少し痒いだけだ」
「げっ。それ水虫では?」
「ミズムシ? なんだそれは」
「えっとだな……」
言いかけた
指でその部分に触れる。指先に真っ赤な血が付いた。モナークが何かに気付き、
「ポレイト逃げろ! 上から狙われてる!」
飛びついてきたモナークに押されて仰向けに倒れる。
近くの地面がバスッ、バスッという音とともにはじけ飛んだ。
「なんだコレ、銃弾か?!」
「魔導具だろう。木の陰に隠れよう」
モナークに引っ張られて大木の根の
ミディアとディロスは張り出した岩の陰に身を潜める。
攻撃対象を見失ったからか、上の
「おーい、魔物かぁ? 魔物だったら
「俺たちは人族……とかだ! 魔物じゃない!」
「おんやぁ? でも探知棒はそっちを向いてるぜぇ。絶対魔物がいるはずだ」
モナークがひとつ息を
赤い三角ハットに赤いマント、赤い軽装。スラリと長身で端正な顔立ち。元の世界ならモデルになれそうなスタイルの男が銃に似た道具を片手で構え
「あたしはダークエルフ。魔物の血を引いているが、この人族と共に旅をしているだけだ」
「おっと、珍しいな。人族とダークエルフの組み合わせか。そっちで隠れてる奴らは?」
ミディアとディロスも岩陰から出てきた。ふたりとも険しい顔で赤ずくめの男を
「
赤ずくめの男は楽しそうな表情に変わる。どうやら
「当たりだよ。ところでその銃をしまってくれないか」
「ジュウ、ってこれのことかぁ?」
男は銃のようなものを上に向けて何かを放つ。木の枝が中ほどで破裂して、
「
「お楽しみのところ悪いけど、俺たちは王都に行きたいだけだ。通してもらえないか」
「んー、でもダークエルフは王都に
青色に光る鳥が上空から
「……面白いじゃないか。なぁ、お前らの中に風の
「なにがあった? その鳥はなんて言ってるんだ」
「とんでもなくデカイ神獣か魔物がレミルガムに迫って来てるってよ。おれは
「俺は風の精霊の
「おぉ、いるじゃねーか。お前、名は?」
「ポレイトだ」
赤ずくめの男は赤い三角ハットを取って胸の前に掲げ、姿勢を正して名乗る。
「おれはレミルガム騎士団長、リエムだ。よろしく」