第18話 届け物と本音と悪の企て

文字数 3,509文字

 (しげる)の呼び声に振り向いたのは、やはりミドリだった。彼女は遥か南の町バンサレアで旅道具店を営んでいたはずだ。

 エメキオは(しげる)とミドリを交互に見ながら、城門の兵士に話しかける。

「どうしたのォ。その書状を貸してごらんヨ」

 門兵から半ば強引に薄革の書状を引ったくり、じっと読み(ふけ)る。しばらくして、大きく(うなず)き振り返った。

「団長からポレイトとモナークに剣を渡すよう書いてあるわネ。まったく、(だい)それたお願いだこと。昔なら処刑されてるワ」

 エメキオのピリつく発言は無視して、ミドリがポレイトとモナークのところまでトコトコ歩いて来た。

「ポレイト久しぶり。それと……もしかしてアンタがモナークかい? クヌワラートの鍛冶屋からふたりにお届け物だよ」

 そう言って、ミドリは(しげる)に日本刀を、モナークに長剣を渡した。

「ありがとう。でもなんでミドリが?」
「いやぁ、実は王都までの道で迷っちゃって。砂漠の(みやこ)に着いた時には銀貨が切れててね。それで王都までの馬車に乗るために、配達の仕事を前払いで引き受けたってワケ。カタナを見た時はビックリしたよぉ」

 モナークが長剣を(さや)から引き抜いたり、グリップを両手で握ったりして状態を確かめている。

「すごい。こんな短い(あいだ)に打ち直してくれたんだね。それに動物の薄い革が巻かれて持ちやすくなってる」
「鍛冶師のブダクドがね、今度は大切に使って! だってさ。あと、代わりの剣はいつかまた(みやこ)に来たら返してくれればいいって」
「そんな、銀貨5枚でそこまで……」

 (しげる)も日本刀を(さや)から引き抜いてみる。おお、すんなり抜けたし、刀身が(ツヤ)(ツヤ)だ。これがサービスとは(おそ)()る。しかし、夕闇の中でも妖しく輝く刀を見てると……。

「何か、斬ってみたいなぁ」
「あたしも。別に人じゃなくてもいいから」

 不穏な言葉を放つモナークに笑いながら、エメキオが提案する。

「それなら明日、(ワラ)巻きの人形を用意してア・ゲ・ル。前皇帝の時代は血を抜いた遺体を使ってたけど、あれは気持ち悪かったわネェ……」

 日本刀を鞘に納め、(しげる)はミドリの身なりを見る。革の大きなバックパックがパンパンで、何か商売でも始める気だろうか。そもそもどうして王都に来たのかとか、聞いてみたい気もする。

「ミドリはどこに泊まるんだ?」
「さっき歓楽街(かんらくがい)で宿を取ったよ。なぁに? 一緒に泊まりたかったの? あたしはアンタに会いに来たんだからそれでもいいけど」

 モナークが鞘に納めかけた長剣を再び引き抜いた。その切先(きっさき)が夕陽を受けて暴力的に(きら)めく。

「そ、そうじゃなくて! ミドリの祖父(おじいさん)とこのカタナについて分かったことがあるから少し話したいかな、って」

 長剣をチラッと見遣る。すでに鞘に納まっていて、そいつで斬られる心配はなさそうだ。銀の腕輪も反応していない。

「それならブダクドにも聞いたよ。他にも頼まれ事が色々あって、明日は宿の近くの鍛冶屋に行くからそこで落ち合おうよ」

 ミドリは鍛冶屋の場所を説明して去って行った。

 野次馬含め一同解散して、(しげる)とモナークは再び帰路に着く。言葉を発せず、修練場(しゅうれんば)から引き()ってきた気まずい雰囲気がふたりを(つつ)む。
 人気(ひとけ)なく灯火が示す道を歩き貴族街(きぞくがい)を抜けたあたりで、モナークが足を止めた。

「あたしは、ポレイトのためなら命を捨てられるよ。……ポレイトは、どう?」

 (しげる)も足を止めて振り返る。モナークの顔は真剣そのものだ。きちんとした答えを待っている顔。

「俺は……」

 リュミオに振り落とされて川で溺れ、世界を選択する羽目になった時、モナークのためにこの世界を選んだ。それ以前にも、この世界に留まることを決めた時だって、モナークのために、彼女と旅を続けたくてそうしたはずだ。
 でも今まで決定的な言葉は()けてきた。それは自分の弱さや自信のなさからだろうけど、生殺しみたいにされてきた彼女は、とても辛かったのかも知れない。

「モナーク、俺は君のことが、……君のことを愛してる。この命に換えても、君を守るよ」

 灯火が、地面に落ちる彼女の涙を(ほの)かに照らした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 一夜明け、(しげる)とモナークとなぜかエメキオは歓楽街の大通りにある鍛冶屋を訪れた。ミドリがカウンター前の木椅子に座って、店主と話をしているところだった。

「お、来た来た。まあ、そこに座ってよ」
「お前の店じゃねぇだろ」

 いきなりの寸劇はさておき、3人は雑然と置かれた木椅子に座る。

「そこの大きい人、えっと……」
「エメキオ。よろしくネ!」
「あ、うん。よろしく。エメキオは騎士団だよね。近々、(いくさ)でも始めるのかな?」
「どうしてそう思うの?」
王都(おうと)(じゅう)の鍛冶屋に剣の研ぎ直しを依頼してるそうじゃない。そんな大きな動き、今までなかったっていう話をしていたトコさ」

 エメキオは、まるで猛獣の寝起きみたいな(うな)(ごえ)を上げた。しばし(ほお)に手を当てて考える仕草をする。

「俺も聞きたい。急に隊長が剣を教えてくれたり、ティーナがずっと宿を見張ってたり、……何か理由(ワケ)があるんですよね」
「……ハァ。団長からは口止めされてるけど、そうよネ。気になるわよネ」

 エメキオはその巨体を立ち上げ、壁にズラッと並んだ(クワ)(カマ)(オノ)などを見廻(みまわ)す。そして最後に店主を見た。

「ここでは話をし(にく)いわネェ……」
「あ、ああ。オイラは奥で作業するから、好きに使ってくれ」

 店主はそう言って、奥の扉を()けて引っ込んで行った。おそらくエメキオの凄まじい眼光で何かを察したか、恐怖を感じたのだろう。

「良かったワぁ。ポレイト、この(かた)はお仲間?」
「ミドリなら、信用出来ると思います」
「分かった。……ティーナ。出てきて」

 突然、(クワ)(カマ)の間の空間にティーナの姿が現れた。

「うわっ!」

 椅子から転げ落ちた(しげる)を見て、ティーナが笑う。

「そんな驚かなくても。モナークは私がここに居ること分かってたはず。何回か目が合ったから」
「うん。昨日の城門でのやり取りも、他の人たちに(まぎ)れて見てたよね」

 話しながらティーナはミドリに歩み寄り、じっと彼女の(ひとみ)を見つめた。

「……本物。火の精霊術士(エレメンタラー)()()ましてるんじゃなさそう」
()を見て分かるのか?」
偽者(ニセモノ)は光を跳ね返さないの。虚像だからね」

 そういうものなのか。しかし、色んなものを疑って、たくさんの人を監視してるあたり……。

「俺たちも完全に信用されてないってことか」
「そういうわけじゃないけど、ポレイトは……、とりあえず話を進めましょう」

 メチャクチャ気になるところで切られたが、おとなしく話の続きを聴くことにした。

「魔導士団、いえ、ゼミムが悪事を(くわだ)ててる。昔、カナルスタに悪の国王を名乗る侵略者がいたんだけど、そいつを復活させて、大陸中の国を相手に戦争を仕掛ける気なのよ」

 悪の国王については、以前バンサレアでミドリに聞いた。王都では災厄の魔導士とやらが暴れてたとかなんとか。

「それを北の独立国、アルウェイナで進めてる。皇帝が同盟を持ちかけても全く(なび)かない国でね。いずれ魔物か、もっと奇妙な奴らが攻めてくるはず。でもそれだけじゃなくて、内側からレミルガム城を落とすつもりかも知れない」
「それはリエムも知ってるのかな」
「もちろん。(ほお)の病気はほとんど治ったけど、今でも部屋に(こも)りきりで第三隊の隊長にゼミムの様子を探らせてる」

 エメキオがまた(ほお)に手を当てて、眉を(ひそ)める。

「皇帝の様子がおかしいのよネェ。すっごいダンディだったのに、すっかり痩せこけちゃって。魅力半減だワ」

 皇帝という言葉(ワード)で、(しげる)はふと皇帝との会話を(おも)い出した。

「クライモニスに向かう前、皇帝が『ゼミムの心は闇に取り込まれつつある』って言ってたな。ただ性格が悪くなったのかと思ってたけど……」

 少しの静寂。(しげる)はなんとなく、天然石のネックレスを握った。しばらくして緑の光が頭の上に集まる。

『ふわぁ。寝てる時に起こすの、やめてくれない?』
「寝てるかどうかなんて、どうやったら分かるんだよ。それより、噂とか、(わる)だくみとか、風の(ちから)で何か知ることは出来ないかな」
『人族とか魔物とか戦争とか陰謀とか、精霊にとってはどうでもいい。キミがいなくなったら他の遊びを見つけるだけだし、どこの国が栄えようが滅びようが、精霊には関係ないもの。面白いことなら協力してあげるけどね』

 がっくり項垂(うなだ)れる(しげる)。その姿を、エメキオとティーナが首を(かし)げて眺める。

「ポレイトはどうして(ひと)(ごと)を始めたのかしら? 取り()かれた?」
「緑色の光がくるくる回ってるね。精霊かな」

 ふたりの疑問にモナークが答える。

「ああ、ポレイトは風の精霊と話が出来るんだよ。たまにああやって突然ブツブツ話し始めるんだ」

 エメキオとティーナとミドリが目を大きく見開(みひら)く。

『精霊って、喋るの?!』
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