第16話 飼育許可とアダマンタイトと変な騎士
文字数 3,246文字
壁が真っ白な二階建ての組合所を訪れ、黒い帽子を被ったキャルメスに雛 を置いても良 いか訊 ねる。魔物の子かも知れないというのは確定事項でなく交渉に不利となるため伏せておいた。
「しばらくの間 泊まってるお客さんか。今は他の客が少ないし別に構わんよ。ただし、あと数夜で客が入 り始めるから、あまりうるさいなら出て行ってもらうかも知れん」
「数夜の後 に何かあるんですか?」
「豊穣 を願う祭 の準備が始まるんだ。そのためにたくさんの人が集まる。宿はどこも満室になるはずだよ」
「へぇ、祭 なんてあるんですね」
「あんたらは祭 のために来てたんじゃないんだな。街中 を彩る飾りとか、他の国からの出店 とか、結構楽しいぞ」
ミディアが茂 の服の袖 を引っ張る。
「もう行こう。ポミモスは飼えるって分かった」
組合所の中には紳士風に着飾った男たちがひしめき合っている。そういえばミディアは狭い中での混雑が苦手だった。雛 ……ポレディモナスだかポミモスだかの飼育許可は取れたし、さっさと退散することにした。
この世界でホルスと呼ばれる陽 が落ち始め、壁や建物により道路はさらに暗く翳 る。点々と置かれた灯火を頼りに歩いて行く。
「名前、もう変えたのか」
「長かった。ポミモスの方 が呼びやすい」
ミディアが保護して、自分の子供のように大切にしたいと言ったのだ。彼女には名付ける権利がある。しかしなんだか締まらない名前だし、そこはかとなく魔物っぽい響きだ。鳴き声そのままピェーとかの方 が……まあ、いいか。
市場街 まで戻る前に、ディロスがいるであろう研究所に立ち寄ることにした。モルタルっぽい素材で塗り固められた壁は所々剥がれ落ちたり亀裂が入 ったりと、かなり老朽化が進んでいる。
入り口のこれまた年季の入 った木製扉の前で立ちすくむ。研究所というのは勝手に押しかけて良 いものだろうか。
悩んでいるうちに扉が内側から開 かれた。
「おお、ポレイト。ミディアも、どうした?」
ディロスが薄着に汗だくで出てきた。中はトレーニング施設か?
「歓楽街 に用事があって、ついでに様子を見に来ただけ。邪魔だったかな」
「そんなことはない。ただ、ワシも今から宿に戻ろうと思っていたところだ。一緒に行こうじゃないか」
茂 はチラッとミディアの顔色を窺 う。建物の中に興味を示しているようで、帰りも手を繋ぎたいとかではなさそうな雰囲気だ。なら……。
「ちょっと、アダマンタイトだけ見てもいいかな」
「いいぞ。さっきまで掃除をしていたから埃 っぽいが、我慢してくれ」
研究所という言葉から想起されるイメージと違い、岩や鉱石やその欠片 などが雑然とテーブルの上に置かれているだけの、どちらかといえば倉庫と呼ぶべき場所のようだ。
まだ掃除の途中と思われ、歩く度に埃や塵 が舞ったり、そもそもまだ埃っぽい部屋もある。鼻がムズムズしてしょうがない。
「こっちだ。これがアダマンタイト。ちょっとやそっとじゃ壊れないから、触っても良 いぞ」
手招きされて部屋の奥、稀少と言う割には他の鉱石と入 り混じるように置かれたアダマンタイトを手に取って眺める。手の平大のそれは、翠 色に妖しく光り、自然発光しているのか薄暗い部屋の中でも形状がハッキリと分かる。
「へぇー。これがアダマンタイト……オリハルコンの次に硬い鉱石か」
「オリハルコンは鉱石に当たらないから、それが最高硬度の鉱石だ。そして鉱石ではあるが王都の優れた鍛冶師でも扱えない。なにせ鉄が溶ける炎でも溶けないのだからな」
「それじゃ、何 に使うんだ?」
「最後に研究していたのは、微量を削り出して鉄や鋼 と混ぜたり、飲んでみたりというところかな」
「飲んだのか? 鉱石を?」
「それが研究だよ。ワシは下 が止まらなくなって、いやはや大変だったぞ」
研究って大変なんだな……。
ミディアは明るい色の鉱石を手に取り、油燈 に向けて輝きの変化を楽しんでいる。こういうのに興味があるのか、時々楽しそうに微笑む。
「ミディア、そろそろ行こうか。あんまり遅くなるとモナークが心配するだろうから」
「うん。帰ろう」
3人は研究所を出て市場街 に向かい歩く。
「王都の中は歩くしかないのかな。馬車みたいなのは?」
「以前はあった。皇帝が今の代に変わってすぐ無くなったよ。道を歩いて何か気付かなかったか」
「え? そうだなぁ、猫とか犬も彷徨 いてるのに、糞 が落ちてない……とか?」
「そう、今の皇帝は綺麗好きでな。馬は道に糞 をするから廃止されたのだ。ワシが王都にいた頃は、斡旋所 に糞 掃除 の依頼があったよ。今でも誰かがその仕事をしているんだろう」
清掃バイトって感じかな。そういう仕事なら出来そうだけど。
「ポレイト、糞 掃除 するの? 臭 くなるからやめて」
「わ、分かった。やらないよ」
しっかり考えを読まれてたみたいだ。でもそろそろ斡旋所 に行ってみてもいいかも知れない。いつまでもディロスに宿代を払わせておくわけにもいかないだろう。
「よし、明日から働くぞ!」
拳を突き上げて決意表明する茂 。
しかし翌日には、その決意があっさり破壊されるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿の1階の奥、小さな食堂にて。
朝食の硬いパンに齧 りつく茂 の元に、知らない騎士が訪ねて来た。ディロスに負けず劣らずの巨体で、鎖かたびらを身に付けている。かなり厳 つい風貌で、やり合う前から肉弾戦では絶対に勝てないと確信した。
「団長の命 でネ、あんたに剣技を教えるために来たのヨ」
茂 は戸惑い、持っていたパンをポロッと床に落としてしまった。
なんだか、その、イントネーションがアレっぽいのは気のせいだろうか。
「剣技? 俺に?」
「はいそうでぇす。私 はレミルガム騎士団第二隊隊長エメキオ。よろしくねウフフ」
なんだか情報量の多い人だな。……隊長? 何考えてんだリエムは。
「おや、エメキオではないか。お前はクライモニスの遠征に参加しておらんかったな」
「あーらディロスじゃない。そうそう、団長は私 が苦手だからネェ」
また情報が増えたぞ。ディロスの知り合いか。
「この坊やに剣を教えてあげてって言われてね。ポレイトだっけ、刻 は少ないからビシビシ行くわヨン」
「刻が少ないって、急ぐ理由とかあるんですか?」
エメキオは突然、真面目顔へ変わり、テーブルの上に身を乗り出してきた。
「……そう。きっとそのうちティーナが教えてくれるわ。私 から言えるのはここまでネ」
小声で囁 いた後 、片目を閉じてウインクした。
この人の性質はさておき、隊長とやらが出張 って来た以上やるしかないのだろう。しかし、いつまで経っても王都の観光はさせてもらえそうにないな。
宿の外にエメキオを待たせて、茂 はミディアの部屋の木製扉をノックした。すぐに扉が開 かれ、ミディアが顔を出す。
「ポレイト、どうしたの?」
「今日は騎士団の隊長って人に剣を教わることになったんだ。だから鳥籠 を作るのは無理になった。帰って来て元気だったらやるよ」
「まだ勝手に歩いたり飛んだりしない。それより、気を付けて」
ミディアの顔のすぐ上に、モナークもひょっこり顔を出した。どうやら一緒にポミモスの様子を見ていたらしい。
「剣を習うの? あたしもそれ、見たいなぁ」
「けど、ミディアは独 りで問題ないか?」
「私はいいよ。ティーナが時々屋根の上にいるから」
そうだったのか。全く気が付かなかった。っていうか何用で?
「……まあ、それならモナークも行くかぁ」
「やった。すぐ準備するから待っててね!」
モナークはパタパタと音を立てて自分の部屋へ向かった。
ミディアが茂 の腕に手をかけ、顔を覗 く。
「本当に気を付けて。ポレイト弱いから」
励まされてるのか何なのかよく分からないエールを送られて、茂 はモナークを連れて宿を出た。
「モナーク、こちら騎士団の……」
「第二隊隊長のエメキオでぇーす。さ、行きましょ行きましょアハハッ」
ウキウキスキップしながら進んで行く巨体に、モナークは放心して茂 の腕をつつく。
「なんだアレ……」
良かった同じ反応だ。やっぱアレだよな、あの人。
「しばらくの
「数夜の
「
「へぇ、
「あんたらは
ミディアが
「もう行こう。ポミモスは飼えるって分かった」
組合所の中には紳士風に着飾った男たちがひしめき合っている。そういえばミディアは狭い中での混雑が苦手だった。
この世界でホルスと呼ばれる
「名前、もう変えたのか」
「長かった。ポミモスの
ミディアが保護して、自分の子供のように大切にしたいと言ったのだ。彼女には名付ける権利がある。しかしなんだか締まらない名前だし、そこはかとなく魔物っぽい響きだ。鳴き声そのままピェーとかの
入り口のこれまた年季の
悩んでいるうちに扉が内側から
「おお、ポレイト。ミディアも、どうした?」
ディロスが薄着に汗だくで出てきた。中はトレーニング施設か?
「
「そんなことはない。ただ、ワシも今から宿に戻ろうと思っていたところだ。一緒に行こうじゃないか」
「ちょっと、アダマンタイトだけ見てもいいかな」
「いいぞ。さっきまで掃除をしていたから
研究所という言葉から想起されるイメージと違い、岩や鉱石やその
まだ掃除の途中と思われ、歩く度に埃や
「こっちだ。これがアダマンタイト。ちょっとやそっとじゃ壊れないから、触っても
手招きされて部屋の奥、稀少と言う割には他の鉱石と
「へぇー。これがアダマンタイト……オリハルコンの次に硬い鉱石か」
「オリハルコンは鉱石に当たらないから、それが最高硬度の鉱石だ。そして鉱石ではあるが王都の優れた鍛冶師でも扱えない。なにせ鉄が溶ける炎でも溶けないのだからな」
「それじゃ、
「最後に研究していたのは、微量を削り出して鉄や
「飲んだのか? 鉱石を?」
「それが研究だよ。ワシは
研究って大変なんだな……。
ミディアは明るい色の鉱石を手に取り、
「ミディア、そろそろ行こうか。あんまり遅くなるとモナークが心配するだろうから」
「うん。帰ろう」
3人は研究所を出て
「王都の中は歩くしかないのかな。馬車みたいなのは?」
「以前はあった。皇帝が今の代に変わってすぐ無くなったよ。道を歩いて何か気付かなかったか」
「え? そうだなぁ、猫とか犬も
「そう、今の皇帝は綺麗好きでな。馬は道に
清掃バイトって感じかな。そういう仕事なら出来そうだけど。
「ポレイト、
「わ、分かった。やらないよ」
しっかり考えを読まれてたみたいだ。でもそろそろ
「よし、明日から働くぞ!」
拳を突き上げて決意表明する
しかし翌日には、その決意があっさり破壊されるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿の1階の奥、小さな食堂にて。
朝食の硬いパンに
「団長の
なんだか、その、イントネーションがアレっぽいのは気のせいだろうか。
「剣技? 俺に?」
「はいそうでぇす。
なんだか情報量の多い人だな。……隊長? 何考えてんだリエムは。
「おや、エメキオではないか。お前はクライモニスの遠征に参加しておらんかったな」
「あーらディロスじゃない。そうそう、団長は
また情報が増えたぞ。ディロスの知り合いか。
「この坊やに剣を教えてあげてって言われてね。ポレイトだっけ、
「刻が少ないって、急ぐ理由とかあるんですか?」
エメキオは突然、真面目顔へ変わり、テーブルの上に身を乗り出してきた。
「……そう。きっとそのうちティーナが教えてくれるわ。
小声で
この人の性質はさておき、隊長とやらが
宿の外にエメキオを待たせて、
「ポレイト、どうしたの?」
「今日は騎士団の隊長って人に剣を教わることになったんだ。だから
「まだ勝手に歩いたり飛んだりしない。それより、気を付けて」
ミディアの顔のすぐ上に、モナークもひょっこり顔を出した。どうやら一緒にポミモスの様子を見ていたらしい。
「剣を習うの? あたしもそれ、見たいなぁ」
「けど、ミディアは
「私はいいよ。ティーナが時々屋根の上にいるから」
そうだったのか。全く気が付かなかった。っていうか何用で?
「……まあ、それならモナークも行くかぁ」
「やった。すぐ準備するから待っててね!」
モナークはパタパタと音を立てて自分の部屋へ向かった。
ミディアが
「本当に気を付けて。ポレイト弱いから」
励まされてるのか何なのかよく分からないエールを送られて、
「モナーク、こちら騎士団の……」
「第二隊隊長のエメキオでぇーす。さ、行きましょ行きましょアハハッ」
ウキウキスキップしながら進んで行く巨体に、モナークは放心して
「なんだアレ……」
良かった同じ反応だ。やっぱアレだよな、あの人。