第27話 文句と遠距離攻撃と接近戦
文字数 3,742文字
レミルガム城の北、大きな城門の前。突貫工事にて造成された広大な木製の櫓 の上で、ミディアは戦場となる予定の草原を見下ろしていた。
「私も下 で戦いたかった。これじゃポレイトの役に立てない」
いつまでもブツブツ文句を言い続けるミディアに、隣のリエムがうんざりしたような表情を浮かべる。
「お前に合う鎧がなかったんだよ。小さすぎる自分を恨むんだな」
「リエム酷 い。良 い人だと思ってたのに」
「いやいや、おれは良 い人だよ、ポレイトのやつだってそう……あれ?」
「なに?」
「……なんか、変な音がしねぇか」
リエムは上空を見渡す。空は透き通るような蒼 色で、小さな鳥たちが気持ち良さそうに群れを成して飛んでいく。
「気のせいか。……おっ、諜報部隊が戻って来たぜぃ」
騎士団第三隊の面々が、天馬 を馳 せて北の荒地から戻って来た。杖をついて立つティーナが櫓 の手すりから身を乗り出すようにして声をかける。
「隊長! 敵の軍勢はどれほどでしょうか!」
「敵はおよそ二百! 数は少ないが、半分ほどが屈強そうな傭兵 だ! ……それと」
第三隊隊長は少し俯 いて、その後 決心したように顔を上げてリエムに伝える。
「傭兵の中に、あのキヴリがいます!」
「キヴリって……ひとりで一 つの国をまるごと潰したっていうあのキヴリのことか?!」
「あの艶 やかな赤い鎧は、奴で間違いありません! 長い刻 を経て戻って来やがった!」
その情報でガックリ肩を落としたリエムに、ミディアが訊 ねる。
「強いの? そいつ」
「あぁ。赤い鎧はな、殺してきた人々の血で染まってると言われてんだ。だから血宵 の戦士って呼ばれてて……。そうか、簡単には勝たせてくれないか」
リエムは自分の頬 を両手で軽く叩いて、気持ちを切り替えた。そして大声で味方を鼓舞 する。
「よし、お前 ら! こっちは地上に三百、城壁に二百の兵、あっちはたった二百の兵だ! 強 ぇ傭兵がウジャウジャいたって、おれたちは負けねぇ! 何がなんでも城壁を守るぞ! 王都を守るんだ!」
兵たちが腕を天へ向けて振り上げながら、雄叫 びを上げた。しっかりと背筋を伸ばし、全員が北の荒地を睨 む。
「死を恐れるなよ! あと、死ぬ時は目の前の敵を殺してから死ね!」
まばらに声を上げる者はいたものの、同盟国の兵はかなり戸惑い、城の北側に広がる草原は静けさに包 まれた。騎士団の先頭を任されたエメキオが首を捻 りながら、しきりに振り返りリエムを睨 む。
騎士用の鱗貼鎧 を身に着け草原に立つ茂 も、威勢よく胸張るリエムを見上げ肩をすくめた。
「あいつ、何言ってるんだ。皆 引いてるじゃないか」
モナークはじっと前を見据えたまま苦笑する。
「最初から死ぬつもりで戦いたくはないよね、あたしたち……。そういえば手の傷はどう? カタナを握れないなら城壁の上にいてほしいな」
「右手は問題ない。左手は傷が深くて痛いけど、なんとか振れるよ。俺より酷 い怪我でもここに立ってる騎士がたくさんいるんだ。自分だけ逃げるわけにはいかない」
諦 め顔 のモナークは小さく息を吐 いた。
ディロスが大きな斧を担 ぎ直し、茂 へ向けてゆっくり拳 を伸ばす。
「生きて、旅を続けよう。約束だ」
茂 はディロスの拳に自分の拳を当てる。モナークとも同じように拳を合わせた。ディロスはモナークとも拳を交わした。
レミルガム城を守るための戦いが、始まる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なだらかな坂の下から、黒地に紅 色紋様の軍旗が上がってきた。アルウェイナのものではなく、かつて悪の国王が掲 げていたとされる旗であることを確認し、リエムが城壁へ振り向いて叫ぶ。
「魔導砲 、撃て!」
2基の魔導砲から放たれた巨大な光弾は、坂に沿って滑るように飛んでいく。盛大な土煙と轟音 が、着弾したことを報 せた。魔導砲から兵が離れる。これより敵味方が近付くと撃てなくなるから、いきおい魔導砲は無用の長物と化してしまった。
「弓兵! 煙の中の旗が目印だ!」
胸壁から一斉に弓矢が放たれる。空を飛び交う数十の矢は、土煙の中へ吸い込まれていった。
にわかに坂の下から怒号が響いてきた。魔導砲が作り出した土煙を払いのけ、武装した馬に乗った傭兵たちが突撃して来る。遅れて歩兵や馬に乗らない傭兵たちが駆ける。傭兵たちは皆 装備がバラバラで、急いで寄せ集められたという感じがする。
「魔導士!馬上 の者に当てろ!」
小さな光弾が敵を目がけて降り注ぐ。剣で弾 く者、直撃して馬から落ちる者、巧みに避 ける者など反応は様々。ここまでの遠距離攻撃で多少は敵兵を削れたものと思われる。それでも残念ながら多くの敵兵が元気良く迫り来る。
先のゼミムの反乱でかなり数を減らした騎士団、王都内で募 られた有志たち、同盟国から馳 せ参 じた騎士らが、リエムの号令を待ちながらジリジリと前進し始める。
リエムが腕を前に突き出し、目一杯の大声を出す。
「今だ行け!! おれたちの力 を見せてやれ!」
草原を揺るがすほどの怒号を上げ、地上の騎士たちが一気に前進する。
敵兵との距離が一気に縮まっていく。
最前列を務 めるのはエメキオ率いる第二隊だ。武装した天馬 を馳 せ、敵兵や傭兵たちのかたまりにぶつかっていく。一撃で決着する者、通り過ぎて別の相手を狙う者、何度も剣や槍を交 える者。混戦となり武装した馬や天馬 から兵が次々落ちていく。
有志の団はディロスが率いる。彼は第二隊の後ろで、天馬 を避 けて走る歩兵たちに斧をひと振り。一気に3人を吹き飛ばして雄叫びを上げる。その声に触発されて、急造の兵たちが我も我もと突撃していく。ここでも乱戦となり、剣や槍を弾く音が砂煙の中で方々から響いてくる。
「うぉぉぉおおおお!」
モナークの振るう長剣が敵の傭兵たちを薙 ぎ倒す。鎖かたびらを着けた奴らが後方へ吹っ飛んで転がる。
異様な力 を持つ女に驚いた敵兵たちは、戸惑いながら弱そうな相手を探し始めた。それだとやっぱり動きの遅い茂 が狙われるわけで。
鉄の胸当てを着けた傭兵が長槍を突き出してくる。茂 は間一髪で攻撃を躱 わし、長い柄 の中ほどを脇に挟 んで引っ張る。相手も槍を離すまいとして引っ張り合いになる。
隙だらけな傭兵の背をディロスの斧が砕 いた。槍を手放しうつ伏せに倒れ、傭兵は動かなくなった。
「ポレイト、それでいい! 敵の動きを止めてくれればワシが倒す!」
声を上げながらディロスは斧を薙 ぎ、別の傭兵の鎧を破壊した。へこんだ鎧のせいで呼吸が出来なくなったのか、そいつは勝手に倒れて動かなくなった。ディロスの強烈な一撃を見た茂 は苦笑いする。
「俺は足手まといか。……だからって逃げるわけにもいかないな!」
前方から歩み寄る全身鎧 の剣を躱 わす。不思議と相手の剣の軌道は予測出来ている。風の精霊による支援だろうか。
だがこの全身鎧のどこを攻めたら良 いのかが分からない。エメキオ先生の特訓でもそんなことは教えてもらわなかった。
ひたすら剣を避 け続けていたら相手がキレてしまった。全身鎧は大声を張り上げながら、左腕に嵌 めた盾を前に出して突進してくる。
「うわっ!」
不意な行動で茂 は体を弾かれ、後方に飛ばされた。すぐに起きあがろうとして顔を上げる。ちょうど全身鎧が剣を振り下ろすところだった。
茂 は横に回転して逃げる。剣は元 いた場所にめり込み、跳ねた小石が顔にぶつかってきた。痛いけどそんなこと気にしてる場合じゃない。目の前で鉄の剣が鈍く光っている。
全身鎧が剣の向きを変えて振ろうとした時、茂 の上をモナークが通過した。彼女は長剣で敵の胸を突く。鈍 く重い音とともに、全身鎧は大きく後ろに吹き飛び地面を盛大に抉 った。何度か起きあがろうとしていたが、そのうち気を失ってしまった。
「ポレイト、怪我は?」
モナークは息を切らしながら、茂 に手を差し伸べる。
「いや、怪我はない。邪魔ばっかりして、すまないな」
「ゴメン、あたしも余裕がないんだ。風の精霊は助けてくれない?」
「どうだろう……」
モナークが敵から突き出された槍の柄 をぶった斬るところを見ながら、茂 は天然石のネックレスに手を当てる。
『……戦うのは嫌い。一応、見ていてあげるから、勝手に頑張 んなさい』
姿も現さず、風の精霊の声だけが頭に響いた。ウィレナスとの戦いで無理をさせたり、言うことを聞かなかったのを未 だに根に持っているのかも知れない。
ふいに手足が軽くなった。……どうやら多少の支援はしてくれるみたいだ。
傭兵が茂 を狙い、剣を振りかぶり飛びついてくる。その動きがハッキリと見える。茂 は体をずらし両手に持つ日本刀で剣撃を払い、回転しながら敵の横腹に向けて刀身を振るった。
風の精霊の力 が加わった一撃は意外に効いたようで、相手がよろめいて倒れ、身体を痙攣させる。
「ポレイト、避 けて!」
エメキオの声と嫌な予感で、茂 は身を屈 める。
異様な風圧と風を切る音が頭の上を通過していった。
後ろをチラリと見て巨大な何かの存在を確認し、茂 はカサカサッと四肢を動かして前方へ逃げた。これにも思ったより力 が入 ってしまい、勢い余って顔から草地に突っ込み兜 を落とした。
「よく躱 わしたな。それほど動ける者には見えなかったが……」
茂 は兜 を拾いながら立ち上がり、振り返る。
そこには赤い鎧を身に纏 う大男が立っていた。
「私も
いつまでもブツブツ文句を言い続けるミディアに、隣のリエムがうんざりしたような表情を浮かべる。
「お前に合う鎧がなかったんだよ。小さすぎる自分を恨むんだな」
「リエム
「いやいや、おれは
「なに?」
「……なんか、変な音がしねぇか」
リエムは上空を見渡す。空は透き通るような
「気のせいか。……おっ、諜報部隊が戻って来たぜぃ」
騎士団第三隊の面々が、
「隊長! 敵の軍勢はどれほどでしょうか!」
「敵はおよそ二百! 数は少ないが、半分ほどが屈強そうな
第三隊隊長は少し
「傭兵の中に、あのキヴリがいます!」
「キヴリって……ひとりで
「あの
その情報でガックリ肩を落としたリエムに、ミディアが
「強いの? そいつ」
「あぁ。赤い鎧はな、殺してきた人々の血で染まってると言われてんだ。だから
リエムは自分の
「よし、お
兵たちが腕を天へ向けて振り上げながら、
「死を恐れるなよ! あと、死ぬ時は目の前の敵を殺してから死ね!」
まばらに声を上げる者はいたものの、同盟国の兵はかなり戸惑い、城の北側に広がる草原は静けさに
騎士用の
「あいつ、何言ってるんだ。
モナークはじっと前を見据えたまま苦笑する。
「最初から死ぬつもりで戦いたくはないよね、あたしたち……。そういえば手の傷はどう? カタナを握れないなら城壁の上にいてほしいな」
「右手は問題ない。左手は傷が深くて痛いけど、なんとか振れるよ。俺より
ディロスが大きな斧を
「生きて、旅を続けよう。約束だ」
レミルガム城を守るための戦いが、始まる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なだらかな坂の下から、黒地に
「
2基の魔導砲から放たれた巨大な光弾は、坂に沿って滑るように飛んでいく。盛大な土煙と
「弓兵! 煙の中の旗が目印だ!」
胸壁から一斉に弓矢が放たれる。空を飛び交う数十の矢は、土煙の中へ吸い込まれていった。
にわかに坂の下から怒号が響いてきた。魔導砲が作り出した土煙を払いのけ、武装した馬に乗った傭兵たちが突撃して来る。遅れて歩兵や馬に乗らない傭兵たちが駆ける。傭兵たちは
「魔導士!
小さな光弾が敵を目がけて降り注ぐ。剣で
先のゼミムの反乱でかなり数を減らした騎士団、王都内で
リエムが腕を前に突き出し、目一杯の大声を出す。
「今だ行け!! おれたちの
草原を揺るがすほどの怒号を上げ、地上の騎士たちが一気に前進する。
敵兵との距離が一気に縮まっていく。
最前列を
有志の団はディロスが率いる。彼は第二隊の後ろで、
「うぉぉぉおおおお!」
モナークの振るう長剣が敵の傭兵たちを
異様な
鉄の胸当てを着けた傭兵が長槍を突き出してくる。
隙だらけな傭兵の背をディロスの斧が
「ポレイト、それでいい! 敵の動きを止めてくれればワシが倒す!」
声を上げながらディロスは斧を
「俺は足手まといか。……だからって逃げるわけにもいかないな!」
前方から歩み寄る
だがこの全身鎧のどこを攻めたら
ひたすら剣を
「うわっ!」
不意な行動で
全身鎧が剣の向きを変えて振ろうとした時、
「ポレイト、怪我は?」
モナークは息を切らしながら、
「いや、怪我はない。邪魔ばっかりして、すまないな」
「ゴメン、あたしも余裕がないんだ。風の精霊は助けてくれない?」
「どうだろう……」
モナークが敵から突き出された槍の
『……戦うのは嫌い。一応、見ていてあげるから、勝手に
姿も現さず、風の精霊の声だけが頭に響いた。ウィレナスとの戦いで無理をさせたり、言うことを聞かなかったのを
ふいに手足が軽くなった。……どうやら多少の支援はしてくれるみたいだ。
傭兵が
風の精霊の
「ポレイト、
エメキオの声と嫌な予感で、
異様な風圧と風を切る音が頭の上を通過していった。
後ろをチラリと見て巨大な何かの存在を確認し、
「よく
そこには赤い鎧を身に