第15話 闇の語りと贈り物と変な名前
文字数 3,760文字
一部が崩れた監視塔の階段を歩く二 つの影。
「奴の復活……あと何夜かかるのだ?」
「十夜はかかると聞いています。器 はすでにアルウェイナにあり、あとはそれに取り憑 かせるだけ……」
崩れた壁からは、蒼 い球体とピンクの球体であるルーナが大きく見える。
「次に天空神の涙が落ちる時までに完遂せよ。悪 の王 の存在なくしては各国の支配など出来ぬ」
「アルウェイナの墓地 においては、屍人 の用意を始めております。およそ千もの戦士を使役することになるかと」
「千……対してレミルガムの騎士団と魔導士団、合わせて二百か。騎士団を壊滅させるくらいの働きはしてほしいものだなァ」
階段を上 り切り、ルーナの明かりに照らされ、ふたりの形貌 が露 わになる。
「ゼミム様、あの旅の者ですが、二度の襲撃を経てもなお生存しているようで。私 が直接……」
「放っておけ。人族に亜人にダークエルフ、可笑 しな取り合わせだが、力 無き4人に何が出来る。ああ、常闇を纏 う者は、器 くらいにはなるか」
その時、壁の石が微 かに動いた。
「誰だッ!」
灰色のローブを纏 った長身の男が腕を振り上げる。
どこからともなく一 つの影が現れ、音の出所 を探った。
「……メギエス様。鼠 です」
「そんな所に鼠 がいるわけないだろう。誰か居たのだ、追え!」
影は返事なく消えた。
「リエムの部下でしょうか」
「それならば気にすることはない。あの痴 れ者 にこそ何が出来よう」
ゼミムは崩れた壁の向こう、街を越え遠景までも見下ろす。
「同盟などくだらん。この私が悪の王とともに全ての国を征服し、本物の皇帝となるのだァ………」
夜闇に、ゼミムの薄気味悪い笑い声が溶けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あっ、食べてる」
最初は恐る恐る啄 んでいたが、美味 しいと思ったか、雛 は勢い良 く食べ始めた。よほど腹が減っていたのだろう。
ミディアとモナークはニコニコしながらその食事姿を眺める。
「少し濡らしてあげれば良 かったんだねぇ」
「元気に、なるかな」
市場街 で買ってきた極 小 さな種を与えてみたところ、中々クチをつけてくれなかった。頑張ってすり潰しても反応無し。悩みに悩んだ結果、濡らしてトロトロにしたらようやく食べてくれた。
「でも、元気になったら鳴く……よな」
茂 の言葉に、ミディアが溜息を吐 く。
「やっぱり、ここで飼えない?」
「まだ宿の支配人には訊 いてないよ。街に出れば猫とか犬とか歩いてるんだし、大きな声で鳴かなきゃ……ただ、その……魔物だよなぁ、その子」
「違う。この子は誰も石に変えない。ただの鳥」
「うーん……、よし。今から訊 いてくるよ」
「私も行く。モナーク、この子を見てて」
ミディアの部屋を出て、階段を下 り、入り口横のカウンターで尋 ねる。
「支配人はどこに? 相談したい事があるんだ」
「歓楽街 の組合所に行 ってるよ。夜には帰って来るんじゃないかな」
ディロスからの情報によれば、歓楽街は王都の西側にあるということだ。茂 は以前立ち寄ったバンサレアにて、とある依頼を受けていたことを思い出した。
「組合所の場所を教えてくれないか」
「簡単だよ。西の一番大きな門、黒門 がある通りで唯一 つ真っ白な建物だ。行けば分かるさ」
「ありがとう。支配人の名は?」
「キャルメス。今日は黒い帽子を被 ってるはず。禿 げ隠しにな、ガハハ」
楽しそうに笑う男に礼を言って、茂 とミディアは宿の外へ出た。
「モナーク! 俺たち歓楽街に行ってくるよ。その子をよろしく!」
開 かれた木窓の枠に腕をかけて、モナークが身を乗り出した。
「分かった! ディロスは研究所にいるはずだから、ついでに寄ってやると喜ぶかもね!」
ミディアが手を振ると、モナークも笑顔で手を振り返した。
「行こう。……もし飼っても良 いなら、鳥籠 を買わないと」
「そんなの、売ってるかな」
「どうだろう。もしかするとディロスが作ってくれるかもなぁ」
「ポレイトはそういうの、下手 ?」
「俺? あ、そうか。何でもすぐ人に頼ろうとしちゃダメだよな。ちょっと考えてみるよ」
「うん」
ミディアは左手で、茂 の右手を取った。
「……ミディア?」
「こういう風に歩くの、ずっとなかった。今だけでいいから」
彼女は俯 きながら、握るその手にきゅっと力 を入 れる。茂 の手に、ミディアの手の温 もりが伝わってくる。
何も言わず、茂 は軽く握り返した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
山から眺めた時は小さく見えたのに、歩いてみると王都の東の端から西の端まではかなり距離がある。買い物客や通行人でごった返す市場街 を抜けて、中央の貴族街 を取り囲む人の高さほどのレンガ壁に沿って歩き、少し足に疲れが出始めた頃にようやく食堂や道具屋、鍛冶屋などの建ち並ぶ場所へ出た。
「これが歓楽街 かぁ。もっといかがわ……えと、賑 わってるかと思ったけど、静かなもんだな」
「ポレイト、さっき用事があるって」
「ああ。支配人がいる場所に近いと思うから、まずそこに行こう」
王都と平原を隔てる3メートルほどの高さの壁を見ながら大通りを進み、西端の大きな黒門 まで辿 り着いた。最初の目的は門の近くの宿でマーシャという女性に、ランダから預かった腕輪を渡すことだ。
門から振り返りざっと見渡す。宿と思われる瀟洒 な建物を3つ確認した。
「うーん、とりあえず訊 いて回るか」
ミディアと手を繋いだまま宿に入 ろうとして茂 はハッとする。この状態で宿の扉を開 けるのはいかがなものか。
「えっと、ミディア。そろそろ手を離さないと」
「どうして?」
「……腕輪を渡す時に片手じゃ、失礼だろ」
よく分からない適当な理由をつけてしまった。伝わるだろうか。
「分かった」
また俯いて、ミディアは手を静かに離した。
茂 はフォローの言葉をかけるべきか一瞬迷い、その資格を持ち合わせていないような気がしてやめておいた。なんとなく彼女の気持ちを察した上で。
門に一番近い宿の入り口の扉を開 けて、中へ入 る。正面に小さなカウンターが置かれており、そこには誰もいない。薄暗いものの油燈 の明かりは灯 っているので、人がいるはずだ。
「すいません。誰かいませんか」
カウンターに近付いて声を張る。しばらくして奥の扉がゆっくり開 いた。チリチリ金髪の痩せた女が顔を出す。
「何 だい。今日は満室だよ、他を当たっとくれ」
「泊まりたいんじゃなくて、マーシャという女性を探しています。こちらにいませんか」
「マーシャ? あの子に何の用?」
「ランダっていう男から……」
扉をバンと全開にして女が髪を振り乱し茂 に掴 みかかる。
「ランダは生きてるの?!」
「あ、ああ、はい。俺が会ったのは随分前ですけど、吟遊詩人の護衛中で、バンサレアから東に向かうと言ってました」
女は深く息を吐 いて、その場にへたり込んだ。
「よかったぁ。殺されてなかったんだね」
「殺される?」
「……あぁゴメン、忘れて。アンタには関係ない話さ」
メチャクチャ気になるけど。関係ないと言われればその通りではある。……っと、とにかく目的を果たさなければ。
「この腕輪をマーシャに渡すよう頼まれたんですが」
女はよろめきながら起き上がり、幾つかの宝石が嵌 められた綺麗な腕輪を見て、肩を震わせ小さく笑った。
「あの人らしいわ。……マーシャ、おいで!」
開 け放たれた扉から、小さな女の子がトボトボ歩いて来た。寝起きなのか、しきりに目を擦 っている。
「パパからアンタに贈り物だってさ。こんなのまだ着 けられないのにねぇ」
そう言って、女はマーシャと呼ばれた女の子に腕輪を渡した。マーシャは腕輪をじっと眺め、その後 小さな両腕でぎゅっと抱いて奥へ引っ込んで行った。……ランダ、聞いてた話と全然違うぞ。あるいは彼なりのジョークだったか。
「……悪かったね。旅のついでか何か知らないけど、ランダの使いなんてさせちゃって。こっちはなんにもお返し出来ないけど」
「いえ、ただ頼まれたから持ってきただけです。それでは」
茂 とミディアは入り口の扉を開 けて外に出る。組合所なる建物へ向かおうと歩き始めた時、金髪の女がマーシャを抱 いて追いかけて来た。
「ねぇ、これを持っていきなよ。お礼ってほどじゃないけど」
そう言って女は茂 に細長い笛 を渡した。これは……銅製か。随分と綺麗で、あまり使われていなかったようだ。
「これは?」
「騎士団を辞めたと思ったら、『おれは吟遊詩人になるんだ!』って言って最初に買ってきたのがソレさ。結局一度も吹かなかったけどね」
「大事な物じゃないですか。そんなの受け取れません」
「いいのいいの。もうあの人はここには戻って来ないんだ。錆びる前に使ってやっとくれ」
ミディアが茂 の手から笛 を取り上げた。
「私、練習する。音を出すの好きだから」
「そうか、ま、ミディアが欲しいのなら。……ありがとう、大切にします」
マーシャが小さな手を振り、ミディアもそれに応 えて手を振った。
踵 を返し、再び組合所に向かって歩き出す。
突然ミディアがボソッと呟 く。
「子供、可愛 い。私も子供欲しい」
茂 の心臓があり得ないほど大きく鳴動した。
「え、えと……」
「雛 に名前付ける。私の子供にする」
「あ、そ、そうだね。あの子、あの子じゃ可哀想だよね……」
ホッとしつつ胸を抑える茂 。腕を組んで真剣に雛 の名前を考えるミディア。
やがてミディアは両手をパンと叩き、笑顔で言い放った。
「ポレディモナス!」
「奴の復活……あと何夜かかるのだ?」
「十夜はかかると聞いています。
崩れた壁からは、
「次に天空神の涙が落ちる時までに完遂せよ。
「アルウェイナの
「千……対してレミルガムの騎士団と魔導士団、合わせて二百か。騎士団を壊滅させるくらいの働きはしてほしいものだなァ」
階段を
「ゼミム様、あの旅の者ですが、二度の襲撃を経てもなお生存しているようで。
「放っておけ。人族に亜人にダークエルフ、
その時、壁の石が
「誰だッ!」
灰色のローブを
どこからともなく
「……メギエス様。
「そんな所に
影は返事なく消えた。
「リエムの部下でしょうか」
「それならば気にすることはない。あの
ゼミムは崩れた壁の向こう、街を越え遠景までも見下ろす。
「同盟などくだらん。この私が悪の王とともに全ての国を征服し、本物の皇帝となるのだァ………」
夜闇に、ゼミムの薄気味悪い笑い声が溶けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あっ、食べてる」
最初は恐る恐る
ミディアとモナークはニコニコしながらその食事姿を眺める。
「少し濡らしてあげれば
「元気に、なるかな」
「でも、元気になったら鳴く……よな」
「やっぱり、ここで飼えない?」
「まだ宿の支配人には
「違う。この子は誰も石に変えない。ただの鳥」
「うーん……、よし。今から
「私も行く。モナーク、この子を見てて」
ミディアの部屋を出て、階段を
「支配人はどこに? 相談したい事があるんだ」
「
ディロスからの情報によれば、歓楽街は王都の西側にあるということだ。
「組合所の場所を教えてくれないか」
「簡単だよ。西の一番大きな門、
「ありがとう。支配人の名は?」
「キャルメス。今日は黒い帽子を
楽しそうに笑う男に礼を言って、
「モナーク! 俺たち歓楽街に行ってくるよ。その子をよろしく!」
「分かった! ディロスは研究所にいるはずだから、ついでに寄ってやると喜ぶかもね!」
ミディアが手を振ると、モナークも笑顔で手を振り返した。
「行こう。……もし飼っても
「そんなの、売ってるかな」
「どうだろう。もしかするとディロスが作ってくれるかもなぁ」
「ポレイトはそういうの、
「俺? あ、そうか。何でもすぐ人に頼ろうとしちゃダメだよな。ちょっと考えてみるよ」
「うん」
ミディアは左手で、
「……ミディア?」
「こういう風に歩くの、ずっとなかった。今だけでいいから」
彼女は
何も言わず、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
山から眺めた時は小さく見えたのに、歩いてみると王都の東の端から西の端まではかなり距離がある。買い物客や通行人でごった返す
「これが
「ポレイト、さっき用事があるって」
「ああ。支配人がいる場所に近いと思うから、まずそこに行こう」
王都と平原を隔てる3メートルほどの高さの壁を見ながら大通りを進み、西端の大きな
門から振り返りざっと見渡す。宿と思われる
「うーん、とりあえず
ミディアと手を繋いだまま宿に
「えっと、ミディア。そろそろ手を離さないと」
「どうして?」
「……腕輪を渡す時に片手じゃ、失礼だろ」
よく分からない適当な理由をつけてしまった。伝わるだろうか。
「分かった」
また俯いて、ミディアは手を静かに離した。
門に一番近い宿の入り口の扉を
「すいません。誰かいませんか」
カウンターに近付いて声を張る。しばらくして奥の扉がゆっくり
「
「泊まりたいんじゃなくて、マーシャという女性を探しています。こちらにいませんか」
「マーシャ? あの子に何の用?」
「ランダっていう男から……」
扉をバンと全開にして女が髪を振り乱し
「ランダは生きてるの?!」
「あ、ああ、はい。俺が会ったのは随分前ですけど、吟遊詩人の護衛中で、バンサレアから東に向かうと言ってました」
女は深く息を
「よかったぁ。殺されてなかったんだね」
「殺される?」
「……あぁゴメン、忘れて。アンタには関係ない話さ」
メチャクチャ気になるけど。関係ないと言われればその通りではある。……っと、とにかく目的を果たさなければ。
「この腕輪をマーシャに渡すよう頼まれたんですが」
女はよろめきながら起き上がり、幾つかの宝石が
「あの人らしいわ。……マーシャ、おいで!」
「パパからアンタに贈り物だってさ。こんなのまだ
そう言って、女はマーシャと呼ばれた女の子に腕輪を渡した。マーシャは腕輪をじっと眺め、その
「……悪かったね。旅のついでか何か知らないけど、ランダの使いなんてさせちゃって。こっちはなんにもお返し出来ないけど」
「いえ、ただ頼まれたから持ってきただけです。それでは」
「ねぇ、これを持っていきなよ。お礼ってほどじゃないけど」
そう言って女は
「これは?」
「騎士団を辞めたと思ったら、『おれは吟遊詩人になるんだ!』って言って最初に買ってきたのがソレさ。結局一度も吹かなかったけどね」
「大事な物じゃないですか。そんなの受け取れません」
「いいのいいの。もうあの人はここには戻って来ないんだ。錆びる前に使ってやっとくれ」
ミディアが
「私、練習する。音を出すの好きだから」
「そうか、ま、ミディアが欲しいのなら。……ありがとう、大切にします」
マーシャが小さな手を振り、ミディアもそれに
突然ミディアがボソッと
「子供、
「え、えと……」
「
「あ、そ、そうだね。あの子、あの子じゃ可哀想だよね……」
ホッとしつつ胸を抑える
やがてミディアは両手をパンと叩き、笑顔で言い放った。
「ポレディモナス!」