第7話 砂嵐と敵意と傷を負った女

文字数 3,076文字

()てててて……。リエム! これ東に進んでるのか?!」
天馬(ペガサス)はずっと同じ所を周るほど間抜けじゃねぇ! まっすぐじゃなくても進んでるはずだぜ!」

 朝から砂漠に(はい)り、二百もの天馬(ペガサス)の集団はひたすら東へ向かっている。
 最初は天気良く風も穏やかだったが、事前に聞いていた通り、進行するほど視界を(さまた)げる砂の(まく)は濃くなり、遂には2、3メートル先の景色すら(かす)むほどの砂嵐に(つつ)まれることとなった。

 騎士団から支給されたぶかぶかローブのフード部分は、下から吹きつける風によりすぐに(めく)れ上がってしまう。
 少し口を()けただけで口腔内に砂が入り込み、歯を噛み合わせるとジャリジャリして気持ち悪い。目の前のリエムの黒髪も赤ずくめの背中も、くすんだ黄土色によって上書きされている。

 両手で鞍上の持ち手を握っているから、顔に激しく打ちつける砂塵(さじん)を防ぐ手段が無く、まさにサンドバッグの如く砂の烈風(れっぷう)に殴られ続けているわけで。

 砂、砂、砂。
 上下左右、前後どこを見ても砂の世界。こんな場所で迷ったら……。

 ひときわ強い横風に体が押される。
 リエムにしがみつこうと持ち手を離した瞬間、(しげる)はもう一度風にあおられて天馬(ペガサス)から落っこちた。
 勢いそのままに数回転、柔らかい砂の布団の上をなす術なく転がっていく。

 すぐに体を起こして周囲を確認するが、吹き荒れる砂のフィルターによってリエムと天馬(ペガサス)の姿はかき消されている。

「リエム! どこだ?!」

 叫び声さえも、ゴウゴウと通り抜けていく風の音に吸収され流されてしまう。
 立ち上がり、鞍上に長時間座り続けてカチコチになった足をなんとか動かして、砂の上を滑らすように前へ出す。
 数歩進んだ時、左腕に着けた銀の腕輪が(あか)く光っていることに気付いた。

 嫌な予感。
 (しげる)咄嗟(とっさ)に身を(かが)める。頭の上を何かが通過していった。
 振り返り、悪意の根源を確認する。

 そこには3つのシルエットがあった。剣を構えた……騎士だ。

「お前らは……、レミルガムの騎士か?」

 (しげる)の問いかけに(こた)えることなく、そいつらはジリジリと近付いて来る。
 後退(あとずさ)りしようとして、(しげる)は尻もちをついてしまう。そのまま両手と両足を交互に動かし、出来るだけ騎士たちと間合いを取ろうとするが、その距離はむしろ縮まっていく。

 騎士が剣を振り上げる。

 あまりの恐怖で風の精霊に助けを()うことすら忘れて、(しげる)は顔の前で両腕をクロスして目を(つむ)った。

 …………。

 これまで通り強い風の音、そして腕に当たる砂の(あつ)
 なんだなんだと右目だけゆっくり()けてみる。

 騎士が(しげる)に向かって倒れてきた。座った姿勢から身を(ひね)りそれを()ける。バフッと盛大な砂煙を上げ、うつ伏せになったままその騎士は動かない。
 他に2人いたはず。今度は左目も(ひら)いて騎士たちが立っているであろう方向を見る。

「あんた、あの城で邪魔した奴だな!」

 シイラだ。
 左右の手それぞれに持った土色の斧で、両脇に立つ騎士を……。鎧を突き抜けて斧がめり込んでいた。

 シイラは斧を手放す。騎士たちは(ちから)なくその場に崩れ落ちた。一方は腹を(えぐ)られ、一方は胸を潰されている。(しげる)の隣で倒れている奴を含め、すでに息をしていない様子だ。

「どうしてここに……?」
「この前の言いつけを守れなくて姉様(ねえさま)に怒られてさ。今度はここにいる神獣を捕まえてこいって、休む暇もくれないんだよね」

 笑いながらシイラは答えた。

 腕輪の紅い光はすでに消えている。すぐに殺されそうな雰囲気でもないので、とりあえず(しげる)は立ち上がった。

「ひとりで来たのか」
「いんや。リュミオと、あとふたりと来てたんだけど。この砂嵐で何にも見えなくなって、はぐれちまったよ」

 シイラは周囲をぐるりと見廻(みまわ)しながら両腕を広げて肩をすくめる。言葉とは裏腹に、それほど悲壮感はないみたいだ。

「……どうして助けてくれたんだ?」
「アタイの精霊たちが、こいつらを倒せって言ったからさ。精霊とは仲良くしておかないとな。あんたのことはどうでもいいみたい」

 よく分からない理由で助けられた? いや、もしかして。
 (しげる)は天然石のネックレスを握って風の精霊とコンタクトを取ろうとする。だが緑の光も風の精霊の姿も見えないし、声も聞こえない。ここにいないのか、砂嵐を嫌がっているのか。

「シイラは土の精霊術士(エレメンタラー)だろ。この嵐を止めてくれよ」
「ここいらで暴れてる精霊たちは言うことなんか聞いてくれないって。こんな時に神獣が起きてきたら大変だろうな」

 シイラが変なフラグを立ててしまったせいかタイミングの問題か、(あた)りにこの世のものとは思えないほど奇妙で薄気味悪い、なんとも形容し(がた)い鳴き声が響き渡った。嵐の音すら消し飛ぶような轟音。鼓膜がビリビリと震え、耳の奥に生じる鋭い痛み。

「なんだ、これ?!」
「神獣だ! さすがにアタイひとりじゃ(かな)わないぞ!」

 続いて地鳴りとともに足元が大きく揺れる。足を(すく)われ倒れたふたりの体は、急激な引き潮のように動く砂地によって奇妙な声のする(ほう)へと引き()り込まれていった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 一方、その頃。

 砂嵐の中で、モナークとミディアとディロスの3人は困り果てていた。

「えっと、アンタはどこから来たの?」

 モナークの視線の先には、ミディアと同じくらいの低い背で、幼な顔に青色の皮膚、白く長い髪を垂らし、古びた黒のローブを(まと)った女が立ちすくんでいた。言葉を理解出来ないのか、ただ首を(かたむ)けてじっとモナークを見つめている。

「亜人かな? シイラに似てるけど、肌も髪の毛の色もちょっと違う」

 女はミディアの発したシイラという言葉に反応して足を踏み出し、ころんと地面に突っ伏した。ローブが足元ではだける。
 ディロスが女に歩み寄り、足の状態を確かめる。

「怪我をしておるな。ワシの背に乗るといい」

 そう言ってディロスは女に背中を向ける。やはり言葉を理解しないのか、女はただ戸惑っている様子だ。

「フーム……。では、こうしようか」

 今度は向かい合い(ひざまず)く。そっと腕を伸ばして女を仰向けに(かつ)ぎ、すっくと立ち上がった。
 女は驚きと困惑の入り混じった表情で、ディロスから顔を背ける。それでも足が痛いからか(みずか)ら降りようとはしない。

「みんな、どこ行っちゃったのかな」
「少し先も見えないし、声も遠くまで届きそうにない。どこか風の弱い場所を探さないと」
「だが闇雲に動くのはかえって危険だぞ。モナーク、ミディア、ワシを(つか)め。少しずつ風下(かざしも)へ進んで行こう」

 ひとかたまりで歩き始めてすぐに、リエムが現れた。

「ポレイトはいるか?!」
「ここにはおらんぞ。はぐれたのか」
「いつの間にかいなくなっててな。おれの団の連中も見当たらないし、(みんな)砂に埋まっちまったのかもなぁ」

 お気楽に笑うリエムを冷淡な目で眺め、ミディアが返す。

「早く探して。あと、この子がいた」
「ん? そいつ……あのシイラとかいう女に似てねぇか。おい、お前クライモニスから来たのか?」

 女はじっとリエムの目を見る。そしてなぜか(ほお)をプクッと膨らました。

「な、なんだよ。ちゃんと言葉で返せよな」
「この子、喋れないみたい」
「ハァ、そうかい。面倒なモン拾っちまった……」

 その時、おぞましい(うめ)(ごえ)(とどろ)いた。遅れて足元が揺れ、モナークとミディアはディロスにしがみついてバランスを取る。リエムは驚いた天馬(ペガサス)が立ち上がろうとするのを必死に抑える。

「土の精霊が怖がってる! 何か、いる!」

 ミディアの言葉に、モナークは目を()らして奇妙な声の出所(でどころ)(にら)みつける。

「あれは……、神獣か?」

 (かす)かに浮かび上がる影。とんでもなく巨大な体躯が、ゆっくりと立ち上がったように見えた。
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