第17話 修練場と嫉妬と押し問答
文字数 2,559文字
歓楽街の北の端、レミルガム城門近くにある修練場の中をエメキオの猛り声がこだまする。
「キィエエェェエエエ!」
前方に突き出した茂の木剣が弾かれ、くるんくるん回りながら宙を飛んでいった。
素早く移動して木剣を拾い上げ、教わった通り中段に構える。
「あら、構えは良くなってきたじゃないの」
「この3日間でようやく褒められたと思ったら……そんなことですか!」
茂はステップを踏んでエメキオへにじり寄り、左足を強く蹴りながら右足を思い切り前に出す。勢いそのまま両手で握った木剣を突き出す。
「ホッ!」
おちょぼ口で息を吐きながら、エメキオは体をひと捻り横に逃げる。そして右手に下げた木剣で茂の足を払おうと斜めに振り出す。
茂は踏み込んだ右足で地を縦に蹴り上げ出来るだけ高く飛び、剣撃を躱わし、体を回転させ左手だけで木剣を振り抜く。剣先がエメキオの胸に当たり鎖かたびらを僅かに揺らした。
「イャン」なる妙な声にバランスを崩し、受け身も取れず背中から地面に落ちた茂の喉元に、木剣が突きつけられた。
巨体の肩をゆっくりと上下させながら、エメキオはニコリと笑みを浮かべる。
「初めて私に当てたね。末代まで語り継いでもいいわヨ」
「実戦ならそっちは無傷で、俺は死んでますけど」
「フフフ。……さあ、ちょっと疲れたから休憩しよっか。私は天馬の手入れをしてくるワ」
元気に言い捨てて、彼は疲れているように見えないウキウキステップで巨躯を揺らし修練場を出て行った。
修練場は広くて天井の高い平屋建て、足元の土はしっかり固められており、茂とエメキオの他にも20ほどの騎士団員たちがワイワイと剣や槍の技を磨いている。
さすが少数精鋭を誇る騎士団だけあって隊長のエメキオでなくとも、モナークとやり合えるくらい屈強な男が多い。実際この3日間、モナークは手練たちと木剣で手合わせをして勝ちまくっているものの、かなり手こずっている印象だ。
結局どうして剣技を磨く必要があるのか知らされないまま、ずっとエメキオ先生の剣術道場から逃れられないでいる。初日の夜はとんでもない筋肉痛に襲われたが、3日目ともなれば痛い疲れたを通り越して一端の剣士にでもなったような気分。
少しずつ木剣をスムーズに振るうことが出来るようになってきても、それをどこで生かせば良いのか謎は深まるばかり。
休憩がてら修練場の端に置かれた平たい岩に座って内職を始める。昨日この建物裏の廃材置き場で、乾燥した古い竹を見つけた。どこかの地方の村から持ち込まれたものらしく、使い道が分からず放って置かれたとのこと。それならと、ありがたく鳥籠製作に使うことにした。
まずは人の背の高さほどの竹を鉈で大まかに割いて、そこからさらに細くなるよう割き、くすんだ色の皮を剥ぐ。出来るだけ細くしたものを等間隔に並べて檻にする予定だ。
鉈はディロスの研究所にあったもので、このあと木材の穴あけに必要となる錐も借りなければ。
まあ細かいことは都度都度考えることにして、今はとにかく竹を割き続ける。
「器用なもんだね。ポミモスの籠を作ってるの?」
モナークが腕をグルグル回しながらやって来た。
「ちょうどいい材料が手に入ったんだ。道具が揃えば、一気に鳥籠を作れるぞ。ミディアは喜んでくれるかな」
「きっと喜ぶよ。ポレイトが手作りしたんだから」
モナークは茂の横に座り、作業を眺める。しばらく呆けていたと思ったら、突然低い声で話し始めた。
「……ポレイトはさ、優し過ぎるんだよ。だからどれだけ剣を練習しても、相手を傷付けることなんて出来ない。……誰かを守ることなんて出来ない」
茂は驚いてモナークを見る。彼女は表情無く立ち上がり、壁に立て掛けてあった木剣を取って茂に渡した。
「立って。あたしと勝負しよう」
モナークは落ちている木剣を拾い上げ、左手に持って構えた。彼女の利き腕は左だから、手加減をするつもりはないようだ。
狼狽えつつ立ち上がった茂を睨みつけ、剣先を回しながら何か考えている。
「うーん、ただ手合わせするだけじゃ物足りないね。あたしが……いや、ミディアが後ろにいると思って戦いなよ」
「ミディア? なんでそうなるんだ」
「あたしがあたしを狙うことなんてないだろ。とにかく、ポレイトが負けたらミディアが死ぬと思って」
「そんなこと……」
茂の言葉を遮るように、モナークがグンと間合いを詰めてきた。
モナークは茂の木剣を下から弾く。後退りながら、茂が剣を水平に構えて防御の姿勢を取ると、彼女は素早い動きで剣撃を繰り出して一歩一歩詰め寄る。
やがて茂の背中は修練場の石壁まで追い込まれた。逃げ場を失い、やぶれかぶれに木剣を振り下ろす。モナークは左回転して躱わすと同時に、左手に持つ木剣を振り抜……。
茂の首に冷んやりした感触。モナークは寸前で剣を止めていた。
「やっぱ、モナークは強いな。手も足も……、あれ?」
彼女の瞳から涙が溢れ、頬を伝う。
「……ゴメン、意地悪なことしちゃった。……ゴメン……、ね……」
木剣を落とし両手で顔を覆う彼女の肩に触れようとして、その背後に現れた大きな影にビビる。
「ポ・レ・イ・トぉ〜……! なんで、女の子を泣かせてるんだい!」
エメキオが鬼の形相で見下ろしている。茂は本物の死の圧を感じ、出しかけた手を引っ込めた。
今にもポレイトに襲いかからんとするエメキオを、モナークが苦笑しながら宥める。
「悪いのはあたし。ポレイトに無理言って困らせたんだ」
「本当? 彼に泣かされたんでなくて?」
「うん。ダークエルフはさ……嫉妬深いの。本当、自分が嫌になるよ」
エメキオが巨大な手でモナークの頭を撫でた。
「嫉妬の先に本物の愛があるのヨ。恋って素敵。ウフッ」
何を言ってるんだ……。
やはりこの最恐騎士はヘンだと再認識する茂であった。
モナークが落ち着くのを待ち、修練場を出て宿に戻ろうとする。
しかし城門の前で数人が押し問答している様子。野次馬も集まっている。
「だからぁ、あたしは頼まれて来ただけなんだって。ほら、これ読んで!」
「知らん知らん。皇子宛てに剣なぞ届くものか」
「そんな歪に曲がった剣、どうやって使うというのだ」
「もう! 字も読めないのかい王都の兵は!」
プンプン怒っている背の低い、短い赤髪の女は。
「ミドリ?」
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