第11話 露天商とお高い料理とそよ風

文字数 3,294文字

 (しげる)はディロスに支えられながら辿々しく歩く。右足で地面を踏む度、脇腹にチクチクと痛みが走る。

「ポレイト、やはり寝ておった(ほう)が良いのでは」
「もう3日も横になってたからなぁ。いいかげん動いておかないと、体がなまっちゃうよ」

 目指すはあの髪飾りを売る露天商の店だ。なくなってるなんてことないよな、そう思いながら(しげる)は大通りを()れて3日前に刺された場所の近くへ。

「ある……。良かった」

 同じ場所に露天商が分厚い布を広げて、相変わらず置物や何に使うか分からない道具を並べている。
 ディロスの体に寄っかかったまま、腰を()ろして銀の髪飾りを拾い上げる。

「店主、銀貨2枚で売るって言ってたよな」
「それは……、いや、銀貨3枚だ」

 なんてこった、つり上げやがった。もしくはこの3日で物価が上がったとか? ミディアに銀貨1枚を渡してしまったから、リエムの親切で貰った銀貨の残りは2枚しかない。この世界でも「値切る」ことは可能だろうか。

「3日前は銀貨2枚って言ってなかったか?」
「知らんな。それは元々銀貨3枚だ。買う気が無いなら触らないでくれ」

 やはり足元を見られているみたいだ。モナークを喜ばせたいけど、そもそもリエムによれば銀貨2枚でも高いという感覚だったはず。諦めて他の物を探すか……。

「ポレイト。それが本当に必要なら、ワシが足りん分を出そう。王都に戻ったら仕事をして返してくれればそれでいい」
「本当に必要か……。そう、だな。必要だ。すまないけど銀貨1枚貸してくれ」

 どうしてこの髪飾りに執着するのか自分でも分からない。モナークの笑顔が見たい? 担いで走って助けてくれたお礼がしたい? どちらでもないような気がするし、それも含めて別の感情を持っている気もする。髪飾りを渡せば、その答えが分かるのかも知れない。

 露天商に銀貨3枚を渡す。すると、意外な言葉が返ってきた。

「……まさか本当に銀貨3枚も出すとは。その髪飾りにそれほどの価値は無いよ」

 ディロスの顔色が変わり、露天商に(つか)みかかろうとする。それを(しげる)が身を乗り出して制した。

()って。ディロス、腹に響くからそれ以上動かないでくれ」
「ポレイト、こいつは許せん! 一発殴らせろ!」
「短気はダぁメだって! とりあえず買えたんだから、もう行こう」

 (しげる)が腹を(かば)いながら歩き出すのを見て、露天商が追いかけて来た。

「ちょっと待て。最後まで聞きなさい」
「なんだ? 銀貨3枚でも足らないってのか」
「いや、その髪飾りに銀貨3枚の価値を与えてやるんだ。貸しなさい」

 首を(かたむ)けつつ、(しげる)は差し出された露天商の手に髪飾りを置いた。途端に髪飾りが発光し始める。

「何してる?」

 露天商は目を(つむ)り集中している。(しげる)とディロスは目を見合わせた(あと)、髪飾りから(いず)(まばゆ)い光に見入る。

 やがて光は髪飾りの一部に収束して、表面に(あか)紋様(もんよう)(のこ)した。露天商は目を()けて髭面(ひげづら)に柔和な微笑みを浮かべ、(しげる)の手へ髪飾りを戻した。

「聖なる加護(かご)を与えた。身につけた者を悪意の侵略から守ってくれるだろう」
「悪意の、侵略?」
「あなたには何か悪いものが()いているようだ。それは、あなたにとって大事な者を傷付ける恐れがある。だから常日頃から身に着けさせると()い」

 (しげる)は右手に持った髪飾りと露天商を交互に眺める。

「えっと……、何者?」
「ただの商売人だよ。貰った銀貨の分の仕事をしただけだ。ホッホッホ」

 ひと笑いして、露天商は地面に広げた店の脇に座ってしまった。
 なんだかよく分からないが、紅い紋様が刻まれた髪飾りはとても綺麗だ。これでモナークを喜ばせることが出来そう。(しげる)はホッとしつつも、しばらく露天商の言葉を反芻(はんすう)していた。

『あなたには何か悪いものが()いているようだ』

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 モナークとミディアは酒場を訪れていた。

「こんなに食べ切れるかな」

 四人掛けのテーブルに置かれた大皿、小皿を見下ろしながらミディアが呟いた。モナークは既に大皿の煮込み肉を取って、野草と合わせて薄く丸い皮で包もうとしている。

「食べ切れなかったら、ポレイトとディロスに持って帰ってやろう」

 そう言いながら具材を封じて丸めた皮を頬張る。肉の(くさ)みを野草が吸収し、皮から溢れ出る肉汁に咀嚼の動きが止まらない。

「やあ、やっぱり銀貨1枚の料理は断然オイシイね。ほら早く食べないと冷めちゃうよ」
「ふぅん、そんなに美味(おい)しいんだ……」

 幸せそうに食べ進めるモナークを見て、ミディアも同じように具材を皮に乗せてみる。昨日まで食べていた(みやこ)(たみ)の常食は口に合わなかったが、さてこちらはどうか。目を(つむ)ってパクリと口に放り込む。

「……これ美味(おい)しい! (みやこ)の料理は全部、不味(まず)いと思ってた!」

 ミディアの大声に、酒場で昼食中の(たみ)が睨みつけてくる。

「ミディア、思ったことそのまま口に出るの直さないとね」
「……はぁい」

 大皿にはトロトロに煮込まれた肉料理が、たくさんの小皿には野草のスープ、香辛料のペースト、焼いて味付けされた色とりどりの豆や、甘い果実などが並ぶ。モナークとミディアは慣れない豪華な料理に食べ方をいちいち考えつつ、しっかりと味わう。
 もちろん料理が残るはずもなく。

「なるほど、それで銀貨1枚を1回の食事で使い切ったと」

 夕食時、ディロスが恨めしそうな顔つきでモナークを見る。

「だってポレイトが『これでミディアに美味(うま)いもの食わせてやれ』って……」
「確かに言ったよ。いやぁ、全部使えっていう風に思わせた俺が悪いんだ、うん」

 項垂(うなだ)れる(しげる)とモナークに、ディロスは溜息ひとつ()いて席を立った。

「そんなに美味(うま)いのなら、ワシらも食べに行くか。なあポレイトよ」
「え? あ、ああ、行こう……か?」
「あたしもついてって()いかな」
「じゃあ私も」

 ()いわけないだろと振り払おうとするディロスに取り()き、モナークとミディアはもう一度あの料理にありつこうとした。
 砂漠の(みやこ)での、そんな一幕(ひとまく)

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 さらに二夜を経て、(しげる)の腹の痛みがかなり(おさ)まった頃、一行は砂漠の(みやこ)出立(しゅったつ)した。まだ天馬(ペガサス)の揺れに耐えられそうにない(しげる)のために、ディロスは馬車を手配していた。御者台(ぎょしゃだい)に座り手綱(たづな)を握ったディロスが振り向き(みな)に伝える。

天馬(ペガサス)ほどの速さはないから、王都まで十数夜かかるはずだ。まあ、慌てずに行こう」

 そうして、天馬(ペガサス)よりもずんぐりした馬2頭を走らせる。
 朝早く(みやこ)を出て、草木がまばらな乾いた土地を進み、なだらかな山の傾斜を(のぼ)()りしながら、馬の休憩も挟んで、夕闇迫る頃には平原の小さな町まで辿り着いた。

 町に(ひと)つしかない宿へ入り、モナークとミディア、(しげる)とディロスで部屋を分け、ようやくベッドに腰を()ろしたのはもう外が真っ暗になる刻だった。

「ディロス、銀貨やら銅貨やら、たくさん使わせて悪かったな」
「なぁに、全部覚えておるから、王都に戻ったらしっかり働いて返してもらうさ」
「うんうん。……え、俺?!」
「当然だろう。まさかモナークやミディアに頼ろうとしていたのではあるまいな」

 冷めた表情のディロスに、(しげる)は苦笑いを浮かべる。

「王都には、どんな仕事があるんだろ」
「魔物が多く出る時期には、それらの討伐依頼があるな。お前の得意な建築については専門の店があるから、斡旋所(ギルド)に回ってくるとは思えん。あとは商人を守る傭兵の仕事くらいか」
「人を守ったり、魔物を退治するような(ちから)をつけないとな。ちょっと夜風に当たってくるよ」

 そう言って肩を落としながら、(しげる)は宿の外に出る。
 ちょうどモナークが湯浴び場から戻って来たところだった。

「あれ、ミディアは?」
「馬車に揺られて気持ち悪くなったみたい。もう寝てるよ」

 じゃあ、と(つぶや)きながら、(しげる)は腰の革袋から銀の髪飾りを取り出した。

「これ。(みやこ)だといつも(みんな)一緒で渡しそびれてたんだ。聖なる加護? っていうのも付けてもらったから、もし()ければ髪に()けててほしい」

 手渡された髪飾りを手の中で回し、モナークは(うつむ)いた。

 その両方の瞳から涙が(こぼ)れる。

「どうした? ()らなかった?」
「違う……。嬉しすぎて……」

 涙を止められず、モナークは(しげる)の肩に顔を(うず)める。
 夜の(そよ)風が、ふたりを優しく()でた。
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