第22話 震える手と紫の鱗と白い翼

文字数 3,013文字

 水滴が石畳に落ちて丸い染みを(えが)き、次第に街を濡らしていく。そのせいか、先ほどまでと打って変わって(みち)()く人はまばらになっていた。城の異変には誰も気付いていない様子だ。

 ティーナを揺らさぬよう早足で進むディロスに合わせて、時間をかけて城門まで戻ってきた。貴族街(きぞくがい)から出たリエムやエメキオも、それぞれ騎士たちを引き連れて走って来る。

「ティーナぁ!」

 ディロスに走り寄り、彼の胸の前に(かつ)がれているティーナを見たリエムの表情が(かげ)る。

「……誰にやられた?」
「メギエスの手の者です。もしかするとゼミムも……」
「そうか、……すまない。おれは見当違いの場所を探していた」

 リエムは(しげる)の肩に手を置いた。

「ありがとう。でもお前、なんで震えてんだ」
「……さっき、初めて人を殺した。咄嗟(とっさ)のことだったからその時は実感なかったけど、今になって手が震えてきたよ。そいつは俺に斬られるまで、確かに生きてた。俺が命を奪ったんだ」

 (しげる)の目から涙が(こぼ)れた。

「お前たちがいなかったらティーナは死んでたかも知れない。だがポレイト、お前はここに残れ。その軽装と震える手足は邪魔だ」
「嫌だね。足が折れてもティーナは王都を守るために行くって言ったんだ。俺も行くよ。それで死んだって、ここに残って後悔するよりマシだ」

 リエムはもう一度ティーナを見た。
 そして騎士たちに向き直り、大声を出す。

「お(めぇ)らよく聴け! 敵はレミルガム城にあり、メギエスとゼミムだ! 魔導士団が敵対してるなら、城に残した騎士は全員死んでると思え! 広い場所に出れば奴らの魔術を浴びることになる。散開して城に(はい)れ!」

 騎士たちが腕を振り上げ、威勢の()い声を出して(こた)えた。
 さらにリエムは続ける。

「……死を恐れるな! 傷ついてもなお、王都を想う者がいる! 王都のために生命(いのち)()してくれる旅人がいる! 今こそ騎士団の(ちから)を見せてやれ!」

 さらに大きな(たけ)(ごえ)を上げ、騎士たちは城に向かい駆け出した。

 リエムがモナークへ歩み寄り、城の中央を指差して言う。

「モナーク。おれをあそこに連れて行ってくれ。ゼミムが城を落とすつもりなら、真っ先に陛下を狙うはずだ」

 モナークが不安気(ふあんげ)な顔で(しげる)を見た。

「行ってやってくれないか。俺もすぐに追いつくよ」

 つよがりだとバレてるだろう。手も足も震えている男の()(ごと)だ。本当はモナークと離れることが不安でならない。自分の命を守ることなんて、出来る気がしない。
 それでも、(しげる)はモナークから目を離さない。

「分かったよ、ポレイト。あたしもすぐアンタのトコに行くからね」

 黒い翼を広げ、モナークはリエムを背中側から抱いた。

「行くぞ!」

 翼を羽ばたかせ、グングンとスピードを上げて宙を飛んでいく。城内から魔術の光弾が飛び交う。螺旋(らせん)(えが)くように飛び光弾を()わしながら、ふたりの姿は遠ざかっていった。

 エメキオが大きな両手をパンパンと叩き、真剣な顔で言う。

(わたくし)について来て。おそらく内壁(うちかべ)()(ばし)は使えないワ。隊長しか知らない抜け道から行きましょ」

 手招きしながら駆けるエメキオに続き、(しげる)とディロスとミディアは足元の濡れた石畳を蹴り動き出す。

 霧雨(きりさめ)が街を(つつ)む。
 ただならぬ雰囲気に、城門近くへ詰めかけた人々は濡れながら固唾を呑んで城の様子を見守っていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 モナークが錐揉(きりも)み状態で、分厚く蜂の巣状につながれたガラス窓をぶち破り王の()へ飛び込んだ。放り出されたリエムは受け身を取りながら前転し、すぐさま体勢を立て直して中腰で鉄剣(アイアンソード)を構える。

 王の()には傷だらけで息絶(いきた)()えの皇帝、少し離れて5体の骸骨(がいこつ)瘴気(しょうき)を放ちながら浮かび、それらに守られる位置にゼミムがいた。
 赤い絨毯(カーペット)の上には皇帝の警護にあたっていたであろう(じゅう)ほどの騎士と、おそらくゼミムとともにこの部屋へ踏み()った同じ数ほどの魔導士たちが転がっている。(みな)、微動だにせず、息をしていないように見える。激しい戦闘の(あと)、闇の使者により全滅させられたか。

死魔(リッチー)を使役するってことは、お(めぇ)は闇と……悪魔(あくま)と契約しちまったのか」
「精霊なぞ、弱く(はかな)くつまらん存在だァ。この素晴らしい(ちから)を知らない我が弟を可哀想に思うよ」
「もう兄だと思ってねぇよ! 闇と一緒に(ほうむ)ってやるぜ!」

 リエムは赤い絨毯(カーペット)を蹴り、ゼミムへ斬りかかる。しかし骨と薄皮だけの死魔(リッチー)が黒色の長剣を構えて()()を阻む。起き上がったモナークが長剣を抜いてリエムに続く。

 皇帝も残る(ちから)を振り絞り、大剣(グレートソード)を構えて闇を(まと)う骸骨に立ち向かう。死魔(リッチー)(かざ)した黒色の盾を()()け、肋骨(あばらぼね)を砕く。しかし死魔(リッチー)はまったく(ひる)まず剣を皇帝に振り下ろす。

 1体の死魔(リッチー)の頭蓋骨を斬り落としたリエムが、皇帝の手助けに入る。彼は黒色の剣を止め、同時に皇帝が死魔(リッチー)を縦に斬り砕いた。

 (ひと)りで2体の死魔(リッチー)を相手にしているモナークに狙いを定め、ゼミムが深い闇色の魔弾を放つ。

 モナークは目の前の死魔(リッチー)を蹴り飛ばし魔弾を()ける。さらに迫りくる複数の魔弾を、後転しながら()わしていく。

「こざかしいダークエルフめ! この城がどうなろうと関係なかろう、なぜ人族に(くみ)する?!」
「あたしの、大切な人のためさ!」

 モナークは素早いステップでゼミムとの間合いを詰め、長剣を振るう。後ろに身を引いたゼミムのローブが断ち切れてはらりと床に落ちる。
 ゼミムの下半身は紫の(うろこ)で覆われており、黒い瘴気(しょうき)(まと)っていた。

「心だけでなく身体まで……どうしてそこまでする?」
「母上を亡くしてからかな。渇くんだよ。何をしても癒えなかった。どうしようもなく、どうしようもなく渇くんだァ!」

 醜い笑みを浮かべて、ゼミムは右腕の先に黒色の鋭い剣を作り出し瞬時に突き出す。
 モナークは黒の剣先に長剣を滑らせ、そのまま振り抜いてゼミムの右腕を斬り飛ばした。

「なぜだ……。ただのダークエルフに闇を斬ることなど……」

 唖然(あぜん)として膝をつき、震えながら、ゼミムはモナークの背中から生えた白く輝く翼に見入る。

「貴様は、……せ、聖エルフなのかァ……?」

 モナークはゼミムから目を離さず、(ちから)に呼応して輝きを放つ長剣を振り上げながら叫ぶ。

「リエム! ポレイトを頼んだぞ!」
「何言ってやがる?! おいモナ……」

 輝く剣が真っ直ぐ振り下ろされ、ゼミムの身体を左右に引き裂いた。

「ガ……ァ、ァァ…………」

 ゼミムが黒い(ちり)と化し消滅するのを見届け、モナークはふっと意識を失い床に倒れた。背中の白い翼は輝きを失うも消えず、そのまま残った。

 (あるじ)を失った5体のリッチーが、(いびつ)咆哮(ほうこう)を上げながら闇へと(かえ)っていった。

「リエム。これで終わりか?」

 皇帝が()く。リエムは鉄剣(アイアンソード)(さや)に納めながら歩き出す。

「ゼミムを闇に取り込んだのはメギエスです。陛下はモナークを連れて隠れていてください。おれはメギエスを探します」
「なんと……。(わし)はとんでもなく愚かで間抜けだな。何も知らず、ただゼミムの変わりように心を砕いていた。どうやら国政を()(おこな)うほどの(うつわ)ではないようだ」

 リエムは振り返り、皇帝の目を見据えて言う。

「それでも、おれの父親です。おれは陛下のために戦います」
「……リエム、お前まで失いたくない。生きて戻ってこい」

 ひとつ頷いて、リエムは走って王の()(あと)にした。

 皇帝はモナークを白い翼ごと両腕でそっと(かか)え上げた。髪飾りの紅い紋様が光を帯びていることに気付く。

 割れた窓の外を見る。
 大量の水滴が、強い風を受けて斜めに降り注いでいた。
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