第2話 天馬と移動する山と土色の斧

文字数 3,473文字

 赤ずくめの騎士団長リエムが指笛を吹き、どこからか馬に似た甲高い(いなな)きが聞こえてきた。

 颯爽(さっそう)()けて来たサラブレッドより少しだけ脚の短い生き物は、真っ白な被毛(ひもう)で、(うなじ)から(くび)にかけて尖った短い(ツノ)を何本か生やしており、角の周りから垂れるタテガミや尻尾(しっぽ)は輝くような(あお)色だ。リエムを起点にくるりと一周して脚を止めた。鼻息が荒い。

「よしポレイト、こいつの脚に風の祝福をかけてやってくれ。急いでな」

 (しげる)は首にかけた天然石のネックレスを握って目を(つむ)る。

 ……だってさ。お願いできるかな。

 周囲に緑色の光が(ただよ)い始める。
 もったいぶったように(しげる)の頭の上でくるくると円を(えが)きながら、次第に光は収束していく。

 突然目の前にポワッと風の精霊の姿が現れた。全高は人の頭一つ分、幼な顔に緑の長い髪、緑のローブを(まと)い、背中には半透明で薄緑色の小さな羽根が四つ。いわゆる妖精風な出で立ちの精霊はフワフワとホバリングしながら面倒くさそうな表情を見せる。

『久しぶりに呼んだと思ったら、そんな簡単なこと? その赤い服の嫌味(いやみ)ったらしい男を破裂させてあげようか』
「おいおい。祝福をかけてくれるだけでいいから。急いでるらしいよ」
『はいはーい。でもずっと祝福し続けるとキミも疲れちゃうんだからね。()いて欲しけりゃすぐに言うのよ』

 天馬(ペガサス)(ひづめ)が緑色に発光する。

「お、祝福がかかったな。そんでポレイト、お前ひとりで何ブツブツ言ってんの?」
「風の精霊とお喋りしてるんだよ」
「は?! そんなことが……とか言ってる場合じゃねーや。お前も後ろに乗れ。精霊術士(エレメンタラー)と離れたら祝福が()けちまう」

 リエムは天馬(ペガサス)の背に着けた(くら)に手をかけ、(あぶみ)に赤いブーツを引っ掛けると一気に飛び乗った。右手で手綱(たずな)を握り、(しげる)に向かって左手を伸ばす。

 モナークが(しげる)の服の(そで)を引っ張る。

「あたしたちもすぐに追いつく。……無理をするんじゃないぞ」
「どうかな、状況が分からないし。でも気を付けるよ。まだ一緒に旅を続けたいからさ」

 (しげる)は苦笑いを浮かべる。それに反応するかのように、モナークもぎこちない笑顔を作った。

 リエムの手を取った(しげる)の体はグンと引き上げられ、天馬(ペガサス)の腰辺りまで伸びた鞍上に()ろされた。目線が思ったよりも高くなる。……乗馬って怖いんだな。

「俺はどこに(つか)まれば()い?」
「もちろんおれの腰だよ。しがみついてないと、落ちて身体がバラバラになっちまうぞ!」

 リエムが両足に(ちから)を込めた瞬間、(しげる)の体は強く後ろへ引っ張られた。振り落とされないよう彼の腰に手を回しながら、一瞬振り返る。

 モナークがミディアとディロスに何やら手ぶりで合図をしている。おそらく急いで山を越えようとしているのだろう。

 天馬(ペガサス)がぐんぐんスピードを上げて地面を滑るように進んで行く。
 (しげる)は腕の(ちから)をさらに強め、リエムの腰を砕くくらいの気持ちで必死にしがみついた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 時折、顔に(しずく)が当たる。鬱蒼(うっそう)とした森の中、緑のアーケードから雨粒が垂れてきている。

 リエムと(しげる)を乗せた天馬(ペガサス)は深い森を抜けた。視界が(ひら)けるとともに、強い雨の真っ只中へ突入する。
 急に明るくなった景色に目を(しばたた)かせ、光に目が慣れてきた頃、(しげる)の眼に映ったのは丘の上に(そび)える大きな城塞(じょうさい)だ。

「あれが王都の城か?!」
「そうだ! レミルガム城、皇帝のための城だ!」

 (しげる)はその大きさに驚く。遠目に見ても東京ドーム1コ分はありそうな横幅、丘の地肌から続くように築かれた城壁の高さは20メートルでは済まない。ディロスの言っていた監視塔はおそらく、城壁の3倍ほど高く先端の(とが)った細長い塔のことだろう。街は城の向こう側にあるのか全く見えない。

 思いっきり上下に揺られながらも目を()らすと、城壁の上、凹凸になっている狭間(はざま)の部分にちらちら人影が見える。慌てて配置に()こうとしている様子。

 リエムが東の方角を指差して大声を出す。

「あいつだ! でっけーなぁ!」

 そちらに目線を移した(しげる)はまたもや驚く。
 ……山が……、動いてる。

 いや、どうやら岩や土砂、木々がやたらめったら一塊(ひとかたまり)になっているようだ。幾つもの黒光りする脚を動かして、地を這い城へ向かっている。まるで頭の出ていない亀と百足(ムカデ)を合わせて2で割ったような何か。速度は出ていないが盛大に砂煙を上げながら突進してくる。

「リエム、あれに近付いて何をするつもりなんだ?!」
「それを考えてたところだぜぃ!」

 おいおい騎士団長。だが、どう考えたってあの高さ50メートルはありそうなやつに(かな)うわけがない。流石(さすが)に彼も逃げるだろう。

「よし、決めたぞ! あいつに突っ込もう! きっと本体がどっかにいるはずだ!」
「えぇぇええ?! 俺は置いてってくれよ!」
「やだね! やられる時は一緒ぉ!」

 ああ、ここまでか……。死んだらどうなるんだろう。あの病院のベッドに戻って現世をやり直せるのか。それとも天国とか地獄に飛ばされるのか。

 (しげる)が顔面蒼白で死後のことを考えているうちに、バカでかい(かたまり)はどんどん迫ってくる。というかこちらから近付いている。多分このままだと踏み潰されてジ・エンドだ。

「跳ぶぞ! もっとしっかり(つか)まれ!」
「はい?」

 リエムが天馬(ペガサス)(くび)をぺちんと叩く。一瞬ふわぁっと重力を()くし、地面が離れていく。これはあれだ、跳んでるんじゃなくて飛んでる。

 視界がデカイやつの姿で占められる。このスピードで岩とかの硬いものにぶつかったらやはり一巻の終わりだ。一体なんのために命を賭けているのやら。

 リエムが何かを発見して手綱(たづな)を引く。さらに飛翔し、巨躯(きょく)のてっぺんが見えてくる。
 そこに人影があった。こいつの本体か?

「ポレイトお前、武器を持ってるか?!」
「錆びたにほ……剣だけある!」
「構えろ! 来るぞ!」

 え、何が?
 言われた通り、錆びて(さや)から出てこない日本刀を肩から()ろし右手で持つ。するとバランスを崩してあっさり天馬(ペガサス)から落ちてしまった。

 もっさり(しげ)った木々の葉っぱと枝に勢い良く突っ込んでいく。バサッバキバサッと音を立てながら、(しげる)は比較的柔らかい土砂に腰から落ちた。雨で濡れた地面がひんやり冷たい。

()っててて……」

 腰を(さす)りながら体を起こす。傾斜がきつくて足に(ちから)を入れ続けていないと滑り落ちそうだ。神獣なのか魔物なのか知らないが、その表皮の上にいるようで、細かく上下に揺れ続けている。

 ふと視線を感じて後ろを向く。
 背は小さく、緑色の皮膚を白い軽装で(つつ)んでいる。長く綺麗な金色の髪。(なに)との混合か想像もつかない亜人の女が、仁王立ちで(しげる)を眺めていた。

「あんた、どっから飛んできたのさ?」
「え……っと、俺は被害者というか、巻き込まれたというか……」
「うーん。ま、殺しても()さそうだね」

 そう言って緑の皮膚を持つ女は右腕を天に向かって伸ばす。
 その手の周囲に茶色い光が集まり、土色の斧が生まれた。ミディアと同じ土の精霊術士(エレメンタラー)か。

「じゃあな、よく知らないやつ!」

 女が斧を振り下ろす。と同時に何かがぶつかって軌道を変え、斧は崩壊しながら(しげる)の真横の空間を切り裂いた。

「ヒェッ!」

 情けない声を上げる(しげる)の前に、リエムが()ってきた。
 緑色の女が口の端を上げ、リエムを(にら)みつける。

「面白いものを持ってるね。しばらく眠ってるうちに、見たことのないモノがたくさん増えてるなぁ」
「お前は魔物だな。このデカイ魔物の本体か?」
「違う。アタイに構ってていいのか? もうすぐ城だぞ」

 リエムは銃に似た魔導具を女に向け、すぐさま発砲した。
 放たれた小さな光は、女の(ひたい)に当たる寸前で何かに弾かれ消えた。

「……ちっ、効かないか。ポレイト、ここは任せたぞっと」

 軽薄な口調でそう言い放ち、リエムは(きびす)を返して木々の(あいだ)を走って行ってしまった。

「なんだあいつ。あんた、あいつに見捨てられたみたいだよ」
「困ったなぁ……ハハハ」

 苦笑いする(しげる)の目に映るのは、緑の女の右手に再び現れた土色の斧。……あぁ、終わった。

 女が斧を振り下ろす。
 死を覚悟して目を(つむ)った(しげる)の耳に、何かを削るような音が響く。それだけで痛みは一向に襲ってこない。痛みもなく殺されたのか。

 目を()ける。眼前に、黒い翼を広げたモナークと、小脇に(かか)えられたミディアの姿。どうやらミディアが地面を隆起させて斧の斬撃を防いでくれたようだ。

 モナークがミディアを()ろし、傾斜のある不安定な足場の上で左手に剣を構えた。

「アンタが何者か知らないけど、ポレイトの敵はあたしの敵だ。いくぞ!」

 叫んでモナークは地面を蹴り緑色の女に斬りかかる。
 女はニヤリと笑みを浮かべて両腕を広げ、全身から茶色の光を放ち始めた。
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