第6話 腕輪と疾駆と夜空をゆく群れ
文字数 3,277文字
宿泊している建物の1階、それほど大きくもない食堂の中、一枚板のテーブルを取り囲み4人は会議をする。
「……ということで、明日 朝には王都を出るらしい」
「まだポレイトは目覚めたばかりではないか。皇帝からの依頼とはいえ、体調が優 れないとして断ることも出来るだろう」
そんな、学校の遠足じゃあるまいし……。茂 は二 つの条件を提示する。
「断ればリエムが……うーんと、まぁ、色々な事情で罰せられるらしい。あと、この遠征が上手くいけば、ディロスの研究所を復活させるそうだ。鉱石の研究が進むなら、俺としてもありがたいことだと思う」
「研究所を? まだ壊しておらんかったか。あそこにはアダマンタイトをはじめとして稀少な鉱石が収められておる。確かにポレイトにとっては必要なことかもな」
茂 がチラリとモナークを見ると、視線に気付いた彼女は目を逸 らして声を出す。
「クライモニス……か。足場が悪かったとはいえ、あの戦いはシイラって奴の勝ちだ。今のあたしの力 でどうにかなるとは思えないけれど。それでも、もう一度戦ってみたい、かもね」
珍しく弱音と少しの強がりを吐 いたモナークは、椅子に立てかけた長剣をじっと見つめていた。
それを意に介さず、ミディアが小人族 の長 から貰った皮の巻物をテーブルの上に広げる。
「ポレイト。東の砂漠の中にも印があるよ」
「そうなのか。この印の場所には神獣が棲んでるとか言ってたよな。ここを通るなら注意しろって、リエムに伝えておかないと」
「ポレイトは行くつもり?」
ミディアに訊 かれて、既について行くつもりになっていたことに気付く。茂 のその態度に、全員が笑う。
「……ポレイト。最初から行くつもりだったのだろう。ワシも行くぞ。研究所のためじゃなく、お前のためにな」
「あたしも。あたしはポレイトを守る戦士だからな」
「じゃあ、私も行く」
ミディアは学生みたいなノリでついて来るみたいだが、とりあえず全員一致で遠征参加が決まった。
ここからクライモニスという砂漠のさらに奥の極地までは、平地を選び天馬 が全力を出しても八夜はかかるということだった。そのため、各々それなりの準備をして、夜はしっかりと睡眠を取った。
朝、開 けっ放 しの窓から強い陽射しが広がる。
目を瞬 かせて茂 は体を起こす。
木窓の枠に、ティーナがちょこんと座っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ウチは遠征に行かないんだよ。団長の命 で、探らなきゃいけないことがあってさ。それに砂漠では水の精霊はあまり動けないからね」
「それでこれを渡しに来たってことか」
茂 はティーナから手渡された、銀色の腕輪を見る。完全な輪っかではなくCの字型で、少し広げて腕に留 めるみたいだ。
「うん。親父 が遺 した魔導具の一 つ。あなたに悪意を向ける者が近付くと、紅色 に光って報 せてくれるの」
「これが必要だと、ティーナは思ったんだな」
「……そうね。騎士団の中には、ゼミムの命 を受けた者がいるかも知れないから」
諜報役がそういうのなら、気を付けなきゃいけないんだろうな。でも……。
「どうしてリエムに渡さない? 俺よりも危険なのは彼だろ」
「団長は問題ないよ。まだ知らないと思うけど、もの凄く強いんだから」
そうだったのか、人は見かけによらないな。ならばとありがたく腕輪を受け取っておくことにして、茂 はさらに質問してみる。
「水の精霊術士 で、アーメルという名を聞いたことはあるか」
「アーメル? 知らないなぁ。王都でも近くの国でも、ウチは水の精霊術士 の連絡を取り纏 めてるけど、一度もそんな名を聞いたことはないよ」
「そうか……。ならいいんだ。忘れてくれ」
「ううん。少し気になるから調べておくよ。あと……」
部屋の扉を開 けてミディアが不思議そうな顔を覗 かせる。
「ポレイト、出発の刻 だよ。……ひとりで喋ってたの? 怖い」
視線を窓に戻すと、そこにティーナの姿はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
市場街 のほど近くの門を通り外へ出る。
20人ほどの軽鎧を着けた騎士たちが天馬 に跨 っており、リエムの周りに騎乗者のいない天馬 が4頭。茂 は乗馬経験がないため、顔面蒼白で彼に伝える。
「まず乗り方 が分からないんだけ……ですけど」
「それならまた、おれの後ろに乗るといい。こいつは王都で一番大きくて脚の強い天馬 だから、ふたりで乗っても難なく走って行けるさ」
襟 正しモードのリエムの手を取り、茂 は彼の天馬 に跨 った。
「ずっと背中にくっつくけど、いいのかな」
「おれの尻の後ろに持ち手があるだろう。よっぽどのことがなければ、そこをしっかり握っていれば落ちないぞ」
お、こんなものが……。では、よっぽどのことがあればリエムにしがみつくこととしよう。
モナークの後ろに、茂 と同じく乗馬歴の無いミディアが乗る。ディロスはひとりで天馬 に跨 る。随分と荷物が多いのか2メートル近くある図体 のせいか、彼の天馬 だけが少しよろめく。大丈夫かな……。
リエムが右腕を天に向けて振り上げる。騎士団員はそれぞれ大きな声を上げて、天馬 を走らせ始めた。
城の真東 は深い森と湿地が続く。そのため、森を回り込むようにいったん北へと進路をとり、出来るだけ平原を通って砂漠へ抜けるということだ。
道中に立ち寄った同盟国にて、かなりの数の騎士が加わり、天馬 の大群に道行 く魔物たちも驚き逃げ出すほどであった。
多少の高低差はあるものの、今まで茂 たちが越えてきた山のような険しい場所はなく、天馬 の速さもあって、三夜が過ぎる頃には砂漠の近くまで辿 り着いた。
一団は人数を増やし続けており、二百もの騎士が集 っていた。
ただしクライモニスは極地であり、砂漠に入 ってからは進めば進むほど強くなる風のため吹き荒 ぶ砂嵐によって、休憩すら取り辛 い環境となるはずだ。
そのため、砂漠に踏み入 る前に、草木がまばらな小高い丘の上で最後のしっかりした休息を取ることとなった。
夜になり、幾つもの焚火 の明かりが丘を彩 る。
空には相変わらずの場所に蒼 とピンクの球体、ルーナがはっきりとした輪郭を見せていた。
「この地図を小人族 がなぁ。あいつらは嘘をつかねーから、印 の場所には何 かあんだろうけどさ……。避 けるなら相当の遠回りになっちまうぜ。神獣がいようがいまいが突っ切るしかねぇよ」
周りに騎士がいないので、リエムの口調はぶっきらぼうだ。茂 たちの張った簡易な天幕を訪れ、ミディアが見せた地図を興味深げに眺めていたものの、彼は道程 を伸ばすことを拒否した。
「で? 何をしに来たんだよ」
「おいおい、つれねぇなポレイトぉ。一杯くらい付き合ってくれてもいいだろう。団の奴らが一緒だと本音で話せねぇんだからよっ」
ああ、そうか。この皇子様はキャラを守るのにストレスを感じてるんだな。偉い立場とか身分になったことはないけど、それはそれで結構大変そうだ。
果実酒の入った小さな木樽 を茂 とミディアとディロスの前に置き、さあ飲み始めるぞとなった時に、慌ててモナークが天幕の下に潜り込んできた。
「なんだモナーク、お前 も……」
「飲んでる場合じゃない! 空を見ろ!」
言われて皆 が天幕を出る。
見上げる空に、ルーナを覆い尽くすような何かの群れ。数は……三百はくだらないだろう。
茂 の眼には、小さな黒い影がビッシリと夜空にひっ付 いているようにしか映らない。
「モナーク、あれは何だ」
「多分、ワイバーンだよ。あんなに群れて飛ぶことがあるんだね」
リエムがやたらと低い声を漏らす。
「おい……。あれ、西に向かってないか。まさか王都に……?」
確かに、今まで騎士団一行が辿 って来た方角へ向かい飛んでいるように見える。
呆気 に取られているリエムに、茂 は問う。
「戻るか? 王都に」
しばらく腕を組んで考えていたリエムは、急に真面目顔になり茂 を見つめる。
「いや、クライモニスに向かう。レミルガムには魔導士団と、置いてきた騎士たちがいる。魔物が移動するだけでいちいち戻ってたら何 もできねーよ」
その時、砂漠の彼方 の空で稲光 が走った。しばし遅れて辺 りに轟音 が響き渡る。
どうやら戻るも進むも、ただでは済まなさそうだ。
「……ということで、
「まだポレイトは目覚めたばかりではないか。皇帝からの依頼とはいえ、体調が
そんな、学校の遠足じゃあるまいし……。
「断ればリエムが……うーんと、まぁ、色々な事情で罰せられるらしい。あと、この遠征が上手くいけば、ディロスの研究所を復活させるそうだ。鉱石の研究が進むなら、俺としてもありがたいことだと思う」
「研究所を? まだ壊しておらんかったか。あそこにはアダマンタイトをはじめとして稀少な鉱石が収められておる。確かにポレイトにとっては必要なことかもな」
「クライモニス……か。足場が悪かったとはいえ、あの戦いはシイラって奴の勝ちだ。今のあたしの
珍しく弱音と少しの強がりを
それを意に介さず、ミディアが
「ポレイト。東の砂漠の中にも印があるよ」
「そうなのか。この印の場所には神獣が棲んでるとか言ってたよな。ここを通るなら注意しろって、リエムに伝えておかないと」
「ポレイトは行くつもり?」
ミディアに
「……ポレイト。最初から行くつもりだったのだろう。ワシも行くぞ。研究所のためじゃなく、お前のためにな」
「あたしも。あたしはポレイトを守る戦士だからな」
「じゃあ、私も行く」
ミディアは学生みたいなノリでついて来るみたいだが、とりあえず全員一致で遠征参加が決まった。
ここからクライモニスという砂漠のさらに奥の極地までは、平地を選び
朝、
目を
木窓の枠に、ティーナがちょこんと座っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ウチは遠征に行かないんだよ。団長の
「それでこれを渡しに来たってことか」
「うん。
「これが必要だと、ティーナは思ったんだな」
「……そうね。騎士団の中には、ゼミムの
諜報役がそういうのなら、気を付けなきゃいけないんだろうな。でも……。
「どうしてリエムに渡さない? 俺よりも危険なのは彼だろ」
「団長は問題ないよ。まだ知らないと思うけど、もの凄く強いんだから」
そうだったのか、人は見かけによらないな。ならばとありがたく腕輪を受け取っておくことにして、
「水の
「アーメル? 知らないなぁ。王都でも近くの国でも、ウチは水の
「そうか……。ならいいんだ。忘れてくれ」
「ううん。少し気になるから調べておくよ。あと……」
部屋の扉を
「ポレイト、出発の
視線を窓に戻すと、そこにティーナの姿はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
20人ほどの軽鎧を着けた騎士たちが
「まず乗り
「それならまた、おれの後ろに乗るといい。こいつは王都で一番大きくて脚の強い
「ずっと背中にくっつくけど、いいのかな」
「おれの尻の後ろに持ち手があるだろう。よっぽどのことがなければ、そこをしっかり握っていれば落ちないぞ」
お、こんなものが……。では、よっぽどのことがあればリエムにしがみつくこととしよう。
モナークの後ろに、
リエムが右腕を天に向けて振り上げる。騎士団員はそれぞれ大きな声を上げて、
城の
道中に立ち寄った同盟国にて、かなりの数の騎士が加わり、
多少の高低差はあるものの、今まで
一団は人数を増やし続けており、二百もの騎士が
ただしクライモニスは極地であり、砂漠に
そのため、砂漠に踏み
夜になり、幾つもの
空には相変わらずの場所に
「この地図を
周りに騎士がいないので、リエムの口調はぶっきらぼうだ。
「で? 何をしに来たんだよ」
「おいおい、つれねぇなポレイトぉ。一杯くらい付き合ってくれてもいいだろう。団の奴らが一緒だと本音で話せねぇんだからよっ」
ああ、そうか。この皇子様はキャラを守るのにストレスを感じてるんだな。偉い立場とか身分になったことはないけど、それはそれで結構大変そうだ。
果実酒の入った小さな
「なんだモナーク、お
「飲んでる場合じゃない! 空を見ろ!」
言われて
見上げる空に、ルーナを覆い尽くすような何かの群れ。数は……三百はくだらないだろう。
「モナーク、あれは何だ」
「多分、ワイバーンだよ。あんなに群れて飛ぶことがあるんだね」
リエムがやたらと低い声を漏らす。
「おい……。あれ、西に向かってないか。まさか王都に……?」
確かに、今まで騎士団一行が
「戻るか? 王都に」
しばらく腕を組んで考えていたリエムは、急に真面目顔になり
「いや、クライモニスに向かう。レミルガムには魔導士団と、置いてきた騎士たちがいる。魔物が移動するだけでいちいち戻ってたら
その時、砂漠の
どうやら戻るも進むも、ただでは済まなさそうだ。