第１０話 刀工と髪飾りと傷口
文字数 3,552文字
日本刀を両手で持ち上げ、しげしげと眺めてブダクドは刀身を鞘 から抜こうとする。微動だにしないのを確認して、当 て木 を添え、柄 と鞘の間 あたりを何度か木槌 で叩く。
鞘が若干動く。もう一度両手で持ち、刀身をスラッと引き抜いた。
「ふぅむ。少し錆びているが研 げば使えそうだ。……鞘に木屑 が詰まってるのもあって抜き難 かったようだ」
ブダクドはさらに目釘 を抜いて柄 も外す。そしてニヤリと笑みを浮かべ、全体が露 わになった刀身を茂 に見せる。
「ここを見てみろ」
「ミ……タニ、片仮名 ですね。ということは、ここで……？」
「私が小さい頃、確かに親父は幾つかのカタナを打っていた。妙な剣を作るもんだと思ったからよく覚えてるよ」
「お父さんは今、どこにいるのですか」
「都 の外れにある墓地の、土の下だな」
亡くなっていたか……。
「何か、言葉を遺 していたりは？」
「あまり自分の事を語らなかったし、記録も残していない。毎日ここで鉄を打っていたよ。ただ……」
何かを憶 い出そうと、ブダクドは腕を組んで俯 いた。
「……時々、同じニッポンジンだという旅人が訪ねて来ていたはずだ。ああ、そうだ、その男に渡したのがこのカタナじゃないかな」
「その旅人は、イワナガと名乗ってましたか？」
「すまん、そこまでは憶 えてない。店に来る度 、旅の間 に観たことや聞いたことを親父に教えていた。かなり危険な場所にも行 ってたようだ。親父は話を楽しそうに聴いていたよ」
この刀はミドリの祖父 、おそらく岩永教授がここで手に入れたものだ。それを知ったとて何かが進展するわけじゃないけど、やはり以前から何人もの、あるいはそれ以上の日本人がこの世界にやって来ているのは間違いない。
「このカタナも直そうか？ 私がやってみたいだけだから、銀貨は要 らんよ」
無料 ！
茂 はカウンターに身を乗り出して答える。
「ぜひ、お願いします！」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
鍛冶屋を出て、大通りへ戻るために歩く。
茂 は露天商が地面に広げた店を眺める。2メートル四方の分厚い布地の上に、髪飾りや奇妙な石像、クリスタル調の小さな珠 など、雑多な品物が置かれていた。
「なあリエム。これはいくら……銅貨とか銀貨何枚で買えるんだ？」
茂 が銀製の髪飾りをリエムに見せる。
「おれに訊 かれてもな。おい、これは銅貨何枚だ？」
「……それは、そうさな。銀貨2枚」
リエムは茂 から髪飾りを奪い取り、布地の上に戻した。そして茂 の肩をポンと押して店から離れる。
「たかが髪飾り、あんなに高いわけがない。物の価値がよく分からない奴ら相手にせこい商売をしてるんだ」
……悪かったなぁ物の価値が分からなくて。
「ポレイト、あたしに買ってくれようとしたの？」
ニコニコしながら、モナークが近寄って来た。
「一度、買い物をしてみたくてさ。そうだな。買えたならモナークにあげてただろうな」
「そうなんだー。気持ちだけでも嬉しい」
今の手持ちは銅貨5枚。王都に戻ったら仕事を探してみるかと思いつつ、さっきの店の髪飾りに後ろ髪を引かれる茂 。
だが平穏な雰囲気は突然崩れ去る。
左腕に着けた銀の腕輪が紅く光った。
前方にはリエム、左にはモナーク。なら……。
後ろを見ようと振り返った時、目に映ったのは短剣 を両手に持ち迫り来る白いローブの男。
避 けようと身体を捻 る。だが間に合わない。
短剣 の先端が腹に刺さった瞬間、男が後方へ勢い良く吹っ飛んでいった。
茂 はその場に倒れ、右脇腹に食い込んでいた短剣 は地面に転がり落ちた。
「ポレイト！」
モナークが茂 の身を隠すように覆 い被 さる。
どうやら男を吹き飛ばしたのは彼女ではなく、リエムの銃だったらしい。
小さな魔導砲とかいう銃を向けたまま歩み寄り、リエムは気絶した男の顔を確認する。
「こいつ、アリヤスタから合流した騎士だ。なんでポレイトを……」
茂 の傷はそれほど深くないものの、出血が酷 い。
呻 く茂 を両腕で抱 え上げたモナークが大声を出す。
「治療所はどこ？！ すぐに連れて行かないと！」
その声に驚いた通行人たちが指差す方向へ、モナークは走り出す。
少し走っては周りに大声で治療所の場所を尋 ねまた走り、大通り近くの平屋へ入った。
「この者を治療してくれ！」
必死の形相で頼むモナークに、ベージュのローブを纏 った初老の男が慌てて石床に白く分厚い布を広げる。
「ここに寝かせろ。そっとな」
ゆっくり降ろされた茂 は何度目かの呻 き声 を出す。目を開けていることすら出来ず、全身の力 が抜けている。
「刃物で刺されたか。まずは血を止めよう。君、そこの布を取ってくれ」
指示に従い、モナークは素早く布を取って渡す。
男は布を重ねて傷口に当て、抑えて止血を試みる。さらにモナークに顔を向け、視線で入り口の方向を示す。
「近くに水の精霊術士 がいれば連れて来てくれ。早く血を止めるには、精霊の力 を借りた方 が良 い」
「水の精霊術士 なんてどこに……」
「ここにいるぜ」
リエムが息を切らして入って来た。茂 の横に跪 き、傷口に手を当て蒼 色の光を放つ。そして目を瞑 り、何やらブツブツ唱える。
やがて、茂 の右脇腹からの出血が止まった。
「……ふーい。久 しぶりに精霊の力 を借りたぞ。こんなに疲れるモンだっけかな」
額 の汗を拭 うリエムに、モナークが話しかける。
「リエム、ありがとう。アンタ水の精霊と契約してるのか」
「契約はしてない。でも子供の時に……っと。ま、使えんこともねぇってとこかな」
リエムは苦笑して、石床の上でへたり込む。相当疲れた様子だ。
「……なんだか……、怪しい話をしてる……」
薄目を開けた茂 がニヤけて呟 く。
「ポレイト、無事か？！」
モナークは茂 の頬 に手を当て、心配そうな顔を近付けた。
「うん……メチャクチャ痛いけど、な」
リエムがひとつ息を吐 いて立ち上がる。
「さっきの騎士に用がある。モナーク、もし他の奴が襲って来たらポレイトを守ってやってくれ」
「分かった。そんな奴はこの新しい剣で切り刻んでやるよ」
モナークなら本気で八つ裂きにしてしまいそうだ。リエムもそう思ったのかまた苦笑いして、少し早足に出て行った。
水の精霊の力 では止血くらいしか出来ず、茂 の回復には幾日か必要とのこと。そのため治療所内で奥まった部屋の、木製の簡易な寝床に移された。
王都の様子が気になるリエムは、防腐処理の終わった遺体を早く運ぶためにも翌朝、砂漠の都 を出ることにした。
夜、茂 の様子を見るために、リエムは治療所を訪れていた。
「モナークがすげぇ怖い顔で入り口に立ってたぞ。あいつ、寝ずに番するつもりか」
「そうかもな。ディロスはミディアを守る役目があるし、皆 がこの治療所に押しかけるわけにもいかないからなぁ。俺が弱いばっかりに、迷惑かけっぱなしだよ」
「……だったら、おれがしばらく番をしようかな。ダークエルフだって少しくらいは寝た方 がいいだろ」
「そんなこと、リエムには……」
「お前 を刺した奴は何も覚えちゃいなかった。人を操ることが出来るのは闇の魔術使いか、火の精霊術士 くらいだ。見せしめなら一度でいいはずだし、そいつの狙いはおれじゃなくて間違いなくポレイトだよ」
「うーん、誰かの恨みを買うようなことしたかなぁ」
「もしくは、ニッポンジンに彷徨 かれると困る奴がいるとか、かもな」
ただでさえ貧血気味なのに、考え事をすると頭がズキズキと痛む。
茂 の苦々しい表情に気付き、リエムは腰を上げた。
「しっかり寝とけ。道中また襲われるかも知れねーが、モナークならなんとかしてくれんだろ。王都に戻ったらおれが稽古をつけてやるよ」
リエムは歩き出してすぐに足を止め振り返る。
腰に下げた革袋から銀貨を3枚取り出して、茂 の右手に握らせた。
「これは？」
「銀貨1枚あれば、ミディアにもう少しまともな飯 を食わせてやれるはずだ。あとの2枚は……まぁ、髪飾り代にでもしてくれ」
おお、なんというイケメン。
「思ったより、いいやつなんだな」
「そう、おれはいいやつだよ。やっと分かったか」
リエムは笑いながら部屋を出て行った。本当に見張りを交代したらしく、モナークが何度も振り返りながら不思議そうな顔をして入って来た。
「なんか、代わるからポレイトに添い寝してやれって……」
余計なことを……。でも、寝床はおよそひとり分の面積。石が敷かれたこの部屋でちゃんと横になるなら引っ付いて寝るしかない。
茂 は寝床の上で少し体をずらす。腹の傷口あたりに鋭い痛みが走った。
「モナーク、せっかくリエムが代わってくれたんだ。少し寝ろよ」
「……うん」
彼女は寝床の端に横たわる。狭すぎたのか、茂 に抱きつくかたちになった。
「腹に響かないかな？」
「……大丈夫。ちょっと恥ずかしいけど」
ふたりは静かに笑う。
少しの平穏な時間、そして大切な時間が過ぎていった。
鞘が若干動く。もう一度両手で持ち、刀身をスラッと引き抜いた。
「ふぅむ。少し錆びているが
ブダクドはさらに
「ここを見てみろ」
「ミ……タニ、
「私が小さい頃、確かに親父は幾つかのカタナを打っていた。妙な剣を作るもんだと思ったからよく覚えてるよ」
「お父さんは今、どこにいるのですか」
「
亡くなっていたか……。
「何か、言葉を
「あまり自分の事を語らなかったし、記録も残していない。毎日ここで鉄を打っていたよ。ただ……」
何かを
「……時々、同じニッポンジンだという旅人が訪ねて来ていたはずだ。ああ、そうだ、その男に渡したのがこのカタナじゃないかな」
「その旅人は、イワナガと名乗ってましたか？」
「すまん、そこまでは
この刀はミドリの
「このカタナも直そうか？ 私がやってみたいだけだから、銀貨は
「ぜひ、お願いします！」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
鍛冶屋を出て、大通りへ戻るために歩く。
「なあリエム。これはいくら……銅貨とか銀貨何枚で買えるんだ？」
「おれに
「……それは、そうさな。銀貨2枚」
リエムは
「たかが髪飾り、あんなに高いわけがない。物の価値がよく分からない奴ら相手にせこい商売をしてるんだ」
……悪かったなぁ物の価値が分からなくて。
「ポレイト、あたしに買ってくれようとしたの？」
ニコニコしながら、モナークが近寄って来た。
「一度、買い物をしてみたくてさ。そうだな。買えたならモナークにあげてただろうな」
「そうなんだー。気持ちだけでも嬉しい」
今の手持ちは銅貨5枚。王都に戻ったら仕事を探してみるかと思いつつ、さっきの店の髪飾りに後ろ髪を引かれる
だが平穏な雰囲気は突然崩れ去る。
左腕に着けた銀の腕輪が紅く光った。
前方にはリエム、左にはモナーク。なら……。
後ろを見ようと振り返った時、目に映ったのは
「ポレイト！」
モナークが
どうやら男を吹き飛ばしたのは彼女ではなく、リエムの銃だったらしい。
小さな魔導砲とかいう銃を向けたまま歩み寄り、リエムは気絶した男の顔を確認する。
「こいつ、アリヤスタから合流した騎士だ。なんでポレイトを……」
「治療所はどこ？！ すぐに連れて行かないと！」
その声に驚いた通行人たちが指差す方向へ、モナークは走り出す。
少し走っては周りに大声で治療所の場所を
「この者を治療してくれ！」
必死の形相で頼むモナークに、ベージュのローブを
「ここに寝かせろ。そっとな」
ゆっくり降ろされた
「刃物で刺されたか。まずは血を止めよう。君、そこの布を取ってくれ」
指示に従い、モナークは素早く布を取って渡す。
男は布を重ねて傷口に当て、抑えて止血を試みる。さらにモナークに顔を向け、視線で入り口の方向を示す。
「近くに水の
「水の
「ここにいるぜ」
リエムが息を切らして入って来た。
やがて、
「……ふーい。
「リエム、ありがとう。アンタ水の精霊と契約してるのか」
「契約はしてない。でも子供の時に……っと。ま、使えんこともねぇってとこかな」
リエムは苦笑して、石床の上でへたり込む。相当疲れた様子だ。
「……なんだか……、怪しい話をしてる……」
薄目を開けた
「ポレイト、無事か？！」
モナークは
「うん……メチャクチャ痛いけど、な」
リエムがひとつ息を
「さっきの騎士に用がある。モナーク、もし他の奴が襲って来たらポレイトを守ってやってくれ」
「分かった。そんな奴はこの新しい剣で切り刻んでやるよ」
モナークなら本気で八つ裂きにしてしまいそうだ。リエムもそう思ったのかまた苦笑いして、少し早足に出て行った。
水の精霊の
王都の様子が気になるリエムは、防腐処理の終わった遺体を早く運ぶためにも翌朝、砂漠の
夜、
「モナークがすげぇ怖い顔で入り口に立ってたぞ。あいつ、寝ずに番するつもりか」
「そうかもな。ディロスはミディアを守る役目があるし、
「……だったら、おれがしばらく番をしようかな。ダークエルフだって少しくらいは寝た
「そんなこと、リエムには……」
「お
「うーん、誰かの恨みを買うようなことしたかなぁ」
「もしくは、ニッポンジンに
ただでさえ貧血気味なのに、考え事をすると頭がズキズキと痛む。
「しっかり寝とけ。道中また襲われるかも知れねーが、モナークならなんとかしてくれんだろ。王都に戻ったらおれが稽古をつけてやるよ」
リエムは歩き出してすぐに足を止め振り返る。
腰に下げた革袋から銀貨を3枚取り出して、
「これは？」
「銀貨1枚あれば、ミディアにもう少しまともな
おお、なんというイケメン。
「思ったより、いいやつなんだな」
「そう、おれはいいやつだよ。やっと分かったか」
リエムは笑いながら部屋を出て行った。本当に見張りを交代したらしく、モナークが何度も振り返りながら不思議そうな顔をして入って来た。
「なんか、代わるからポレイトに添い寝してやれって……」
余計なことを……。でも、寝床はおよそひとり分の面積。石が敷かれたこの部屋でちゃんと横になるなら引っ付いて寝るしかない。
「モナーク、せっかくリエムが代わってくれたんだ。少し寝ろよ」
「……うん」
彼女は寝床の端に横たわる。狭すぎたのか、
「腹に響かないかな？」
「……大丈夫。ちょっと恥ずかしいけど」
ふたりは静かに笑う。
少しの平穏な時間、そして大切な時間が過ぎていった。
