第20話 ジュースと果し合いと捜索

文字数 3,847文字

 市場街(いちばがい)を貫くように伸びる石畳の大通りには、どこからこんなに()いてきたのかと思うほどの人、人、人。通りの脇にはいつもの倍ほど色とりどりの屋台が並び、(ひと)(ひと)つに行列を作っており通行の妨げとなっている。

「やっぱり戻りたい」

 ミディアがうんざりしたような口調で(つぶや)いた。手作りの鳥籠(とりかご)(ひな)ポミモスを()れて安心させ、美味(うま)い飯で釣って久しぶりに外出させてみたが、あまりの人の多さにあてられ彼女はげんなりしている。

「あたしもちょっと疲れたよ」
「ディロス、どこか休憩できる所に行こう」
「そうさなぁ……おお、あそこは()いてそうだぞ」

 ディロスの導きで(しげる)、モナーク、ミディアは人波(ひとなみ)を掻き分け掻き分け、テラスのある食事店になだれ込んだ。()いているテーブルに木椅子を並べて座り、ひと息つく。
 テーブルに突っ伏したミディアが(みな)に手をぷらぷら振る。

「楽しんできて。私はここにいる」
「うーん、俺はさっきあったマンドサルの(しぼ)りたてジュースが飲みたいなぁ」
「ワシは珍しい道具を並べていた店だな。もう一度見たい」
「楽器を演奏してる集団がいたよね。ゆったり聴けるなら聴きたい」

 それぞれの目的がかなり違うのと、ミディアを(ひと)りにしておくのもどうかということで、(みな)で悩んで(うな)る。

「いらっしゃい、……あれ? ポレイトたちじゃない」
「ミドリ。ここで働いてるのか?」
「そうなんだよ。人が多過ぎてここで休憩してたら、働かないかって」
「どうしてそういう話になるんだ……」

 ミディアを残して3人で(まわ)りたいと伝える。すると、ミドリが彼女をみていてくれると言う。

「あたしがついてたら(なん)にも問題ナシさ。誰かに襲われそうになったら大声で叫んで、なんなら料理用のナイフでグサって」

 そう言ってミドリはシュッ、シュッと何かを突き出すような仕草をした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ミディアを置いて、再び3人は人混みの中を突き進む。
 道路脇の建物の壁には、赤、青、黄、緑などの色を付けた布がぶら下がっている。さらに道路を横断するように縄を渡して、馬や牛や鳥を模した木像(もくぞう)が吊り下げられている。せっかくの(まつり)(かざ)りも、人を()けながら歩くのに必死で誰も観ていやしない。

 (しげる)の希望であるマンドサルの(しぼ)(じる)は、薄い陶器のコップで提供されていた。飲み終わったら陶器は捨てても()いらしい。
 それを飲みながら、(しげる)とモナークは旅楽団の演奏を聴いて、ディロスは道端の屋台で鉄道具を眺めて過ごした。

 その(あと)、他の所よりは()いている貴族街(きぞくがい)の壁近くを歩いて進み、歓楽街(かんらくがい)に出た。

 城門と修練場(しゅうれんば)(あいだ)にある広場に、異様な人集(ひとだか)りができている。
 目の()いモナークが集団の中央にひとつ、巨大な影を見つけた。

「あれはエメキオだね。……人を振り回してる?」

 (しげる)たちは人と人の(あいだ)に身を滑り込ませてジワジワ進んで行く。酸欠になりそうなくらい潰されながら、なんとか人集(ひとだか)りの先頭まで辿(たど)り着いた。

「プハァッ! 死ぬかと思った……」
「あらポレイト。あなたも(わたくし)に挑戦するの?」

 エメキオはその巨大な右手で(つか)んでいた男を地面に放り投げて、ニコニコと(きら)めくような笑顔を見せた。彼の周りには、3人の(いか)つい体つきの男たちが仰向けに転がっている。

「え……っと、何やってるんです、か?」
「毎回大好評! 銅貨3枚払って騎士団最強の(わたくし)と素手で戦い、体に一発でも当てられたらナント銀貨10枚をお返しヨ!」
「10枚?! ……いやぁ、でも手加減してくれないんですよね」
「当然じゃないの。もちろん殺しはしないけどネッ」

 彼は片目を閉じてウインクした。倒れた3人の男たちはまだ起き上がれないようだ。胸は上下しているから、死んだわけではなさそう。

「俺はやめときます。なあモナ……、モナーク?」

 モナークがツカツカとエメキオに歩み寄り、銅貨3枚を渡した。
 エメキオの笑みが消え、なんとなく戦闘用のオーラを放ち始めた。

「モナーク、女の子相手でも手加減は出来ないワ。それでもいいの?」
「手加減なんてしたら、エメキオがこの男たちみたいになるよ」

 詰めかけた群衆の(ザワ)めきが大きくなった。後方から軽鎧を身に着けたふたりの兵が人払いしながら進んで来る。その後ろには赤ずくめの姿があった。

「リエム。顔のアレ、治ったのか」
「二夜前にようやく完治だ。いや〜、もう治らないかと思ってたから、今が楽しくてなぁ。久しぶりに街の風に当たりに来たんだよ」

 リエムは群衆の先頭に立ち、腕を組んだ。

「エメキオとモナークの本気の戦い、じっくり見ていこうかな」

 モナークは真剣な表情でエメキオを(にら)んでいる。それに対抗するように、エメキオもモナークの目をしっかり見据えた。

「団長、合図をお願い」

 リエムは(うなず)く。そして、観客たちの(ざわ)めきが落ち着くのを待つ。

「……はじめろ!」

 モナークが地を(えぐ)り、エメキオの後ろを取ろうと体を横に流し駆ける。エメキオは利き手の右腕を外側に(ひら)くも、モナークの動きが速く(かす)りもしない。

 左足でブレーキをかけ、体を回転させてモナークは左腕を突き出す。エメキオは身体をのけ()るようにしてその一撃を()わし、縦に飛んで右足でモナークの顔を狙う。

 モナークは(かが)み、右手を地面につけて(さか)()きに立ち、浮かした両足でエメキオの右足を挟み込み身体を(ひね)る。
 エメキオの巨体がぐらつく。彼はその向きに同調し回転してモナークの足を外し、前転で彼女との間合いを取った。

 ひと呼吸も置かずモナークが走り寄り、今度は正面から左足を突き出す。エメキオは左手でその蹴りを(はじ)き、右腕をコンパクトに振り上げた。

 モナークは右足をグニャリと曲げ、背中を地面と平行にしてパンチを()ける。身体の柔らかい彼女は両手を支点にして後ろへ一回転、相手の腕も足も届かない位置まで下がった。

「……あらあら、どこでそんな体技を覚えたのかしら」
「里にはもっと強い戦士がいるよ。でも、あたしはきっと、もっと強くなれる」

 ひと(いき)()いてモナークが動き出した瞬間。

「ポレイト、ティーナが大変!」

 ミディアのいつもより大きな声。エメキオもモナークも立ちすくみ、(しげる)に飛びついたミディアを見る。その肩には淡く青色に光る小鳥が乗っていた。

「ミディア、どうした。ティーナに何か……」
「足を折られて、知らない奴に運ばれてるって! この鳥が飛んで来た!」
「運ばれてる? どこに?」
「分からない……。鳥はそれしか教えてくれない」

 リエムがエメキオに歩み寄り、指示を出す。

「出来るだけの人数を集めろ。ティーナは城の近くにいたはずだ。人気(ひとけ)の無い場所を探すぞ」
「そうネ! ちょっと(みんな)、邪魔! 退()いて!」

 叫びながらエメキオは群衆を吹っ飛ばし、レミルガム城へ走って行った。

「おれたちは貴族街(きぞくがい)を探す。協力してくれるなら、ポレイトたちは歓楽街を探してほしい。市場街に隠れられる場所は無いはずだ」
「分かった!」

 遅れてミドリが、(ざわ)つく人々の(あいだ)からひょっこり出てきた。

「はい武器。まさか丸腰で行こうと思ってた?」
「……宿から持ってきてくれたのか」
「うん。あたしにはこれくらいしか出来ないから」

 ミドリは(かか)えていた日本刀と長剣と斧を、それぞれの持ち主に渡した。

「ありがとう、ミドリ!」

 (しげる)たちは城に背を向けるかたちで駆け出す。
 とにかく人を退()けながら進み、人波(ひとなみ)が途切れたところでペースを上げて走り始めた。

「ディロス、まずは人のいなさそうな所を(まわ)ろう!」
「歓楽街には古くから使われていない建物がたくさんあるぞ! 散らばるべきではないか?!」
「あたしが飛んで探そうか?!」
「ポレイト! 風の精霊、助けてくれない?!」

 ミディアの言葉で(しげる)の足が止まった。

「そっか。その手があった」

 天然石のネックレスを強く握り、目を(つむ)る。

「……頼む。ティーナがいる場所を探したいんだ」

 緑の光が(しげる)(つつ)み、街へと散っていった。

『すごく疲れるけど……』
「それでいい。必要な分、使ってくれ」
『たまには自分のことも考えなよ。他人(ひと)のことばっかり……』
「いいんだ。大切な仲間なんだ」
『ふぅん……』

 (しげる)の頭の中に、(イメージ)が浮かぶ。
 これは、本? 平積みになっている。古い書棚いっぱいに本が置かれている。書棚を、淡い光が照らしている。

「もっと周りの景色を観ることは出来ないか?」
『暗い場所だね。光が届かない場所はムリ。でも方向は分かったでしょ』

 (しげる)はふらつく足を前に出して、風の精霊が示した方向へ走り出した。随分と(ちから)を吸われたらしく、速度が上がらない。

「何が見えたんだ」
「ディロス、本が置かれてる古い建物。何か心当たりあるか?」
「本だと? そんな高価なもの、歓楽街にあるとは思えんな」

 本って高価なのか。……ってそんなこと今はどうでもいい。精霊が教えてくれたのは貴族街とは反対側だ。でも具体的な場所が分からないから、とにかく近くまで行くしかない。

 疲れてグニャグニャの足をとにかく前に出して進もうとする。その時ふと、頭をよぎる言葉があった。

『王都の修道院に古書を収めた一室がある……』

 バンサレアで水の精霊術士(エレメンタラー)、アーメルから聞いた。

「修道院はあっちにあるか?」
「修道院、修道院……。おお、今は使われておらんが、研究所の(ひと)つ先の通りに修道院として使われていた建物があるぞ」

 (しげる)の頭の中の(イメージ)が鮮やかさを増し、明るく映り始めた。倒れたティーナの姿、そして彼女を取り囲む3つの影。
 
「きっとそこにいる! 行こう!」

 震える足を思い切り叩いて、(しげる)は石畳を強く蹴り再び走り出す。

 上空には暗く分厚い雲。(かす)かな雨の匂いが鼻をついた。
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