第23話 抜け道と醜い戦いと光

文字数 3,794文字

 エメキオの背中を見ながら、中腰でないと頭が当たるくらい天井の低く狭い洞窟を前進し続ける。(しげる)、ミディアと続き、ティーナを前に(かつ)いだままのディロスは、その巨漢もあって無理な体勢で、息を切らしながら少し遅れてついて来る。

 窮屈そうな姿勢で歩くエメキオに、(しげる)が話しかける。

「ゼミムと、えっと……メギエスって奴を倒したら、魔導士団はおとなしくなりますかね」
「魔導士団て元々おとなしい子たちなんだけど。ホント、どうしちゃったのかしら。もし操られてるのなら、そうね、奴らを倒すしかないでしょうネ」
「ウチが捕まってた時、漆黒(しっこく)の鳥を見たわ。メギエスが悪魔(あくま)と契約して(みんな)を使役してるのかも……きゃあっ」

 近くで爆音が(とどろ)き、洞窟が揺れた。頭上から小さな石や砂がパラパラと落ちてきたが、崩落するほどではなかったようだ。
 エメキオが辺りを見廻(みまわ)して、また進み始める。

「魔導砲かしら? 城内は(ひど)いことになってそうネ」

 行き止まりまで辿(たど)り着いたようで、エメキオが上を向いて鉄製の(ふた)を持ち上げようとする。

「ホッ……、ホッ! ……ダメね。上に何か乗ってるワ。壁が崩れたのかも」
「戻ってる暇なんてないですよ。何とかしないと」

 エメキオの隣の(わず)かな隙間に体を()れて、(しげる)も一緒に(ふた)を押すが、ビクともしない。

退()いて」

 と言われて退()く前に、(ふた)が上に向かって弾け飛んだ。エメキオと(しげる)に大量の土砂が(おお)(かぶ)さる。

「ぐふぉっ! ぐへっ!」

 エメキオが渋い声で()き込む。(しげる)は頭まで土砂に埋まって呼吸が出来なくなり、必死で掻き分け掻き分けてなんとか顔を出す。
 ミディアが大きく()いた穴からヨイショと()い出てきて、(しげる)の顔を見下ろした。

「ゴメン。やり過ぎた」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ……やり方はともかく、全員が狭い抜け道から脱出した。内壁(うちかべ)付近の草地に出たようだ。崩れた石壁の瓦礫(がれき)を乗り越えて内壁の中、回廊へ(はい)った。

「これは……(みんな)、死んでるのか……?」

 砂煙に混じって、焼け焦げたような(にお)いが鼻をつく。

 (ひと)ふたりが並んで歩けるかどうかくらいの幅の狭い通路に、鎧を身に着けた騎士たちが倒れている。こんな所で戦闘をしたのだろうか。
 
「城に待機させてた第四隊の子たちだワ。……生きてるようだけど、火傷(やけど)(ひど)いわネ」
「魔導士団にやられたのかな……」

 ティーナが何かに気付いて声を出す。

「パニリト!」

 少し離れた所に、白いローブを(まと)った男が、壁を背にして座っていた。

「ティーナ、この人は?」
「魔導士団の薬師。団長の病気を治すための、薬の調合をしてくれたのがパニリトよ」

 パニリトはこちらを見て、(ちから)なく右手を()げた。

「やあ、ティーナ。……これは戦争だよ。魔導士団の(みんな)がいきなりおかしくなっちゃってさ。逃げようとしたらここで戦いに巻き込まれてね」

 (しげる)がパニリトに歩み寄り、膝をついて話しかける。

「魔導士団がおかしくなった原因、分かりますか?」
「僕にはよく分からない。あの人とは関わらないようにしていたから」

 (しげる)はチラリとティーナを見た。彼女は目を(しばたた)かせている。軽く(うなず)いて、(しげる)は続ける。

「あの人ってどっちのことだ。ゼミムか? メギエスか?」

 パニリトは口端を上げ、ローブの下に隠していた短剣(ダガー)を持ち上げる。その瞬間、(しげる)は後ろに体を退()いた。

 ティーナの放った水色の光弾がパニリトの顔にぶつかり、激しい蒸気を上げた。彼の顔はでろんと溶けて、強面(こわもて)で傷だらけの顔に変化(へんか)した。

 揺らめくように立ち上がり、そいつは(ゆが)んだ笑みを浮かべた。
 (しげる)は日本刀を抜いて構える。

「ポレイト、そいつは魔導士団のウィレナスよ。火の精霊術士(エレメンタラー)で、メギエスの部下」
「こいつらを狩って遊んでたらオレの目的がノコノコやって()たんで、嬉しくて少し悪戯(いたずら)してやろうと思ったんだけど。目でバレちまったか」

 ウィレナスは(しげる)をじっと見ながら喋っている。

「目的って、俺が? 俺はお前のことなんて知らないぞ」
「別に知らなくてもいいさ。お前を殺して、(うつわ)として持って帰る。それがオレの仕事だ」

 後ろでミディアが大声を上げる。

「監視塔! 闇が集まってる!」
「おやおや……。皇帝を闇に染められなかったのか。ゼミムの役立たずめ」
「何を言ってる?」
「もう間に合わないだろうから教えてやるよ。破局の魔術を発動させるんだ。天空神の涙を猛毒に変える。城を落とすのをやめて、王都を全滅させることにしたんだろう。メギエス様は心変わりの激しいお(かた)だからな」
「破局の……」

 なんとなく奴は嘘をついていない気がする。けど、どうしてこんなに言葉数が多い? ……まあ、いいか。せっかく情報をくれたんだ。
 (しげる)がチラリとエメキオを見て、伝える。

「監視塔に向かってください。こいつは俺がなんとかします」
「でも、ポレイト……」
「俺は死んでもいいって思って、ここに来ました! 王都を守ってください!」

 エメキオはディロスたちを見る。(みな)、困惑顔だ。

「早く行け!」

 (しげる)の大声に、エメキオたちは回廊の中を走り出した。
 ウィレナスはフンと鼻を鳴らし、足元の短剣(ダガー)を拾い上げた。

「お前みたいな弱っちい奴が、オレに(ひと)りで勝てると思ってるのか? ここの騎士たちを焼いたのはオレだぞ」
「勝てるなんて思ってない。お前が言う通り、俺は弱いからな」

 天然石のネックレスを(つか)む。

『ふわぁ……。え、ちょっと、火の精霊がいるじゃない! 無理よ、手助け出来ないっ!』

 ……(つめ)たっ。
 さっそく詰んでしまった。じゃあ殺されるまで、せいぜい時間稼ぎでもするか……、時間稼ぎ?

 (しげる)は両手に(ちから)を込め日本刀を突き出す。ウィレナスが驚いて飛び退(すさ)る。さらに踏み込んで、刃先をくるんと旋回させて左腕を斬りつけた。

 ウィレナスが顔を(ゆが)め、左腕を見る。ローブからはみ出した服が切れて、少量の血が(にじ)んでいる。

「いきなりだな。どうせなら楽しくお喋りでも……」
「お前、疲れて精霊(せいれい)(ちから)を使えないんだろ!」

 今度は刃先を下げて踏み込み、ウィレナスの足元から振り上げる。奴は短剣(ダガー)でそれを弾き、(しげる)の腹を蹴った。よろめいて、日本刀を支えにして踏みとどまる。

()ってぇ……」

 狭い通路では刀を振り回せない。相手も弱っているが自分もさして変わりない状況で、どうすべきか(しげる)は頭を(めぐ)らす。

「バレてたかぁ。ま、(うつわ)として使うためには焼いちゃダメなんだけど。だからさっさと殺されてくれよ!」

 今度はウィレナスが先に動く。右手の短剣(ダガー)を横に振るい胸を狙う。(しげる)は下げていた日本刀を真上に振り上げる。短剣(ダガー)(しげる)の両腕を浅く斬り、日本刀はウィレナスの右肩を裂いた。

()って!』

 ハモって、ふたりとも勢い余って武器を落としてしまった。ウィレナスが(しげる)に体当たりして、前進して押し倒し左手で顔を殴りつける。

「てめぇ! おとなしく殺されろよぉ!」

 馬乗りになってまた左腕を振りかざし殴ろうとするウィレナスの右肩を思いっ切り(つか)む。

「がぁぁっ!!」

 痛みに耐えかねて背をのけ()らせる。(しげる)はウィレナスのローブを引いて転がり、奴の上に回った。左、右、左と痛む腕を振り、頬を殴りつける。
 左を向いたウィレナスの目に短剣(ダガー)が映る。

 すかさず短剣(ダガー)に手を伸ばし、(しげる)の脇腹を斬りつける。
 (しげる)(うめ)(ごえ)を上げながら倒れた。目の前に落ちている誰かの鉄剣(アイアンソード)を左手で(つか)んで起き上がろうとする。

 ひと足先に立ち上がったウィレナスが、(しげる)の左手を蹴り飛ばす。弾かれた鉄剣(アイアンソード)は硬い音を立てながら床を転がった。

 奴は目を見開き血走らせながら、短剣(ダガー)を振り下ろし倒れてくる。
 両手で止めようとして、鋭い両刃で指がぱっくり切れる。血を流しながらも剣身を握って止めるが、徐々に切先(きっさき)が落ち、胸に迫ってくる。

 ……モナーク。

 さっき斬られた両腕の傷が(ひら)き、血が(あふ)れ出る。血だらけの手と腕に(ちから)を込め短剣(ダガー)を押し返そうとする。だが奴はさらに体重を乗せてくる。切先(きっさき)が胸に当たり、痛みが生じる。

 ……モナーク……!

 頭の中にモナークの笑顔が映る。もう一度会いたい。このまま死にたくない。死んでもいいなんて嘘だ。まだモナークと旅を続けたい。

 さらに短剣(ダガー)切先(きっさき)が落ちる。胸の痛みが強くなる。

「うわぁぁああぁぁあっ!!」

 (しげる)が叫んだ瞬間、ウィレナスの頭が破裂した。

 短剣(ダガー)から(ちから)が抜け、頭を失ったウィレナスの体は前のめりに倒れ、(しげる)の横に転がった。

 何が起こったか分からず唖然(あぜん)とする(しげる)の顔の横に、風の精霊の姿が現れた。

『弱い者同士の(みにく)い戦い、いつまで見せる気なのよ、まったくもう』

 その小さな体躯は、小刻みに震えていた。

「……火の精霊が、怖いんじゃ……、なかったのか」
『ハァ?! 助けてあげたんだから感謝しなさいよ!』
「うん、……ありがとう」

 (しげる)はよろめきながら起き上がり、()つん()いで瓦礫(がれき)へ向かう。

『ちょ、ちょっと、どこ行くの。もうキミに出来ることなんて無いよ!』
「……俺も、……行かなきゃ。王都を守らないと……」
『いやいやだから、もう動くのも(つら)いでしょ! ……もう、……もう休んでよ……。お願いだから……』

 風の精霊が涙を見せた。

 それでも(しげる)は、血塗(ちまみ)れの手で瓦礫(がれき)(つか)()い上がる。

 激しく降り注ぐ雨の向こうに監視塔が見える。あれは……。
 闇が塔から(あふ)れ、天へと浮かんでいくところだった。

 ……間に合わなかった、か……。

『あれは? すごい(ちから)が飛んでく……』

 風の精霊と同じ方向を見る。
 (まばゆ)い光が一直線で、塔に向かい突き進んでいく。

「モナーク……?」
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