第30話 引き継ぎと荷物と再出発

文字数 2,699文字

「パニリトが研究所志望だったとはなぁ」

 王都の歓楽街(かんらくがい)にある鉱石の研究所。革製の分厚いエプロンを着けたパニリトが、濡らした古着で床をゴシゴシ(こす)っていた。完璧主義らしい彼は、ディロスの適当な掃除では満足できなかったのだろう。

「元々、僕は研究所に(はい)りたくて王都の門をくぐったんだよ。そしたらここは閉鎖されてて。ようやく希望の職に()いたんだから頑張るよっ」

 彼はピカピカになった床を眺めてひとつ(うなず)き、今度は鉱石の整理を始める。別室で資料をまとめていたディロスが腰をトントン叩きながら戻って来た。

「ではパニリト、(あと)のことは頼んだぞ」
(まっか)せてください! この抽出されたミスリルも、ここにあるアダマンタイトも、しっかり研究して王都の発展に貢献します!」

 元気な声を出す彼に、(しげる)は細長く(いびつ)(あか)い石を渡した。

「これは?」
「かなり前、風の精霊の(ちから)を試すために2つの魔導石を合成したんだ。俺が持ってても使い道なさそうだから、ここに置いていくよ」
「魔導石かぁ。王都ではなかなか手に入らない物だね……、分かった。これも研究してみる。さあて、忙しくなりそうだ」

 さっそく仕事を始めたパニリトに別れを告げ、(しげる)とディロスは城門へ向かう。荷物一杯、パンパンに膨らんだ革バッグを背負いフラフラする(しげる)を見て、ディロスが苦笑いした。

「おいおい。出発前にそんなことでどうする」
「最初は馬車だろ、なんとかなるさ。皇帝のご厚意で頂いた食糧を捨てるわけにもいかないし」
「何でも欲しいものをやると言われて、まさか食べ物をねだるとはな。大量の銀貨でも貰っておけば()かっただろうに」
「王都を離れたら、銀貨なんか通用しなくなるかもって思ってさ。それに、……あそこにいるミディアが()(ざか)りだから」

 ふたりは城門前で銅製の笛を吹くミディアを見て笑った。
 彼女の足元には鳥籠(とりかご)、その中に少し大きくなった(ひな)ポミモスの姿。ポミモスはミディアの笛の()に合わせてピェー、ピェーと鳴いている。

 リエムとティーナ、エメキオがモナークと(はな)し込んでいた。リエムは歩いて来る(しげる)の辿々しい動きを眺め、少し笑った。

「よぉ、なんだその歩き(かた)。そんなんで旅が出来るのか?」

 ホレホレと言わんばかりに悪戯(いたずら)な笑みを浮かべたディロスを(にら)み、(しげる)は革バッグを石畳の上に置いた。
 バッグから(ひね)り曲がった銀製の腕輪を取り出し、申し訳なさそうな表情でティーナへ手渡す。

「アルウェイナ軍との戦いの(あと)で見たら、模様が消えて曲がってたんだ。それでも、この腕輪にはすごく助けられたよ。ありがとう」
「魔導具は使い過ぎると壊れるの。きっと戦場でたくさん悪意を吸って、限界だったんだろうね」
「そういうものなのか。ずっと使えるんじゃないんだな」

 リエムが銃のような小さい魔導砲(まどうほう)(かか)げて笑う。

「こいつも、撃てば撃つほど弱くなっちまうんだよなぁ。まだ実戦では使えねぇが、いつか騎士なんて()らなくなるくらいスゲェ武器にしてやるぜ」

 エメキオはなぜか(ひとみ)をウルウルさせながら、(しげる)の肩を強い(ちから)(つか)んだ。肩が潰れそうだ。

「ポレイト。絶対にモナークを悲しませるんじゃないわヨ。もし悲しませたら……分かってる?」
「は、はい……。えっと、……幸せにします」

 モナークが照れ隠しのためか長剣に手をかけた。肩を潰されて死ぬか、剣で斬られて死ぬか。どちらもすごく嫌だ。

 急にリエムが真剣な顔を見せて、(しげる)の胸を小突いた。

「北は(つえ)ぇ魔物が多いぞ。もっと強くなれ。モナークたちを守ってやれるくらい、強くなれよ」
「ああ。この前は(みんな)の邪魔ばかりしてたからな。もっと強くなるよ。強くなってモナークを……モナーク、剣を抜かないでくれ」

 ティーナがミディアを抱きしめて、別れの挨拶をする。

「元気でね、ミディア。干し肉ばっかり食べてないで、たまには野草も食べるんだよ」
「エェー……。う、うん。たまには、食べる、かな」

 (しげる)はパンパンに膨らんだ革バッグを両手で持ち上げて、リエムたちを見廻(みまわ)した。

「それじゃ、行くよ」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 歓楽街の西にある大きな黒門を出て王都の外へ。馬車に荷物を積み込んで、忘れ物がないか入念に確認する。とは言っても、水と服と武器と食糧があればなんとかなるはず。
 城の(みんな)から貰った傷薬や研石や防寒具なんかが、(しげる)の革バッグを膨らませて今にも破裂させようとしている。

 馬車に載せたバッグを絶望の表情で眺めていると、道の先から王都へ向かってミドリが歩いて来た。彼女は野草で一杯になった(かご)を背負っている。

「あっ、ポレイトだ。(みんな)も。そっか、もう旅に出るんだね」
「ミドリ、今度は何を?」
「今日は斡旋所(ギルド)の仕事がお休みなんだよ。市場街(いちばがい)で食べ歩きしてたら、屋台の店主に野草を取ってくるよう頼まれちゃったの。奥さんが病気で人手が足りないんだって」
「毎日忙しいな……。ミドリはしばらく王都で働くのか」
「そうだねぇ。銀貨を稼いだら、またどこかに行くかも。ポレイトは北を目指すんだよね」
「アルウェイナは()けて、ずっと平野(へいや)を行くつもりだ。回り道になるけど、揉め事に巻き込まれるよりかはマシだから」
「うんうん。平和が一番! じゃあ、あたしはこれで。……うーんと、また、ね?」
「さよなら、かな?」

 どう挨拶して別れるべきか分からず、ふたりは苦笑い。
 そうしてミドリは、手を振りながら黒門を通って去って行った。

「よーし。さあ、行こうか!」

 (しげる)(こぶし)を突き出す。
 モナークも、ミディアも、ディロスも、それぞれ(こぶし)を前に出して突き合わせる。
 (しげる)の目には、(みんな)を真似てちょこんと小さな(こぶし)をくっつけてくる風の精霊の姿が映っていた。

 当初の目的だったオリハルコンの情報はほとんど得られなかった。それどころか不意に一回死んでしまったし、幾つかの傷痕(きずあと)が残った。

 修道院の古書の一冊に書かれていた、謎の女アーメルと関わりがあるかも知れない北の()てつく大地。そこは、かつて海洋神を(あが)める一族が住んでいたはずの場所。そしてそのさらに北西には、デモンズドラゴンが棲むと()われる極地ゴルンカダルがある。

 進むしかない。行き当たりばったりだとしても、今は進んでいくしかないんだ。平坦な道ばかりではないだろう。恐ろしい魔物に出会うこともあるだろう。いざこざに巻き込まれて……はもうカンベン。

 未だに何を考えてるのかよく分からない精霊。
 すぐに腹を空かせてしまう優しい亜人の少女。
 優れた腕力と知識を持ち冷静で情に厚い大男。
 命を賭して他人を守ろうとするダークエルフ。

 助けてくれる仲間がいる。大切な人がいる。

 今日も明日も前を向いて進もう。

 この生命(いのち)ある限り。

 〈オリハルコレア 2 レミルガムの回廊 了〉
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