第25話 怪我人と忘れビトと少年

文字数 4,223文字

 広い部屋。壁には四角い石が規則的に並べられており、装飾の(たぐい)は一切無い殺風景な部屋だ。体を起こそうとしても(ちから)が上手く(はい)らない。

 (しげる)の両手には布が巻かれており、それを細い紐で縛って固定している。布は血の色で染まっていた。
 短剣で刺された胸にも、斬られた脇腹にも布が当てられて、同じように紐で縛り固定されていた。どちらの布も赤黒く染まっている。外観の悲惨さの割には、不思議とそれほど痛みを感じない。

 天井を眺めて(ほう)けていると、視界に男の顔が映った。ボサボサの金髪に、端正な顔立ち。

「まだ動かないで。君は確か……ポレイトだっけ。薬草が効かなくなって、痛みが出てきたら教えてよ」
「あなたは、うーんと……、パニリトだっけ」
「あれ? どこかで会ったかな?」
「あなたの偽者(ニセモノ)に会いました。火の精霊術士(エレメンタラー)があなたのフリを」
「何だそれ、変な出会い(かた)……。まあ、とにかく寝ててよ!」

 そう言ってパニリトはパタパタと忙しそうに駆けて行った。

 頭だけを少し起こしてみる。周りには全身に布を掛けられている人や、腕にも足にも布を巻かれている人など。重傷の患者が多いようだ。ここは救護所といったところか。
 (みんな)おとなしく寝ているので、(しげる)もパニリトの指示通り、じっとしていることにした。

 ウィレナスと戦った(あと)瓦礫(がれき)()いつくばって監視塔の闇が破壊される光景を見た。そこで意識が途切れ、気付けばこうして寝かされていたわけで。

 モナーク……。
 彼女だけじゃなく、(みんな)、どうなったかな……。

 ()ても()っても()られず、体を横に向けて両足を寝床からはみ出させ、肘を寝床に押し付けてなんとか起き上がった。
 若干、頭がクラクラするし、気持ち悪くて吐きそうだ。確かにもう少し寝ていた(ほう)()いんだろうけど……。

 足には多少、(ちから)(はい)るみたいだ。千鳥足(ちどりあし)で部屋の中を横切り、通路に出る。ここはレミルガム城だと思うけど、通った記憶のない場所だ。今はどの(あた)りにいるんだろうか。

「おい、怪我(ケガ)(にん)が無理してんじゃねぇよ」

 声に振り向く。リエムが疲れた顔をして壁にもたれていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 まだ水溜まりの残る中庭を歩きながら、リエムが昨日の出来事を説明してくれた。
 首謀者ふたりが消え去ったことで、魔導士団の面々にかけられた使役の術は()けた。ディロスとミディアは無傷で、(しげる)の無事を確認した(のち)、昨夜の(あいだ)には市場街(いちばがい)へ戻ったらしい。

「……ゼミムもメギエスも、倒したのはモナークだ。ふたりとも、おれの目の前で彼女(あいつ)に斬られて散ったよ。悪魔(あくま)と契約した者の最期ってのは、悲惨なもんだなぁ」
「モナークは、問題ないのか?」
「だ、か、らぁ。何回言えば分かんだよ。あれきり寝たままだし、これからお(めぇ)をモナークんトコに連れてくってぇの」

 リエムは鼻を鳴らして肩をすくめた。
 中庭を突っ切り、(ひら)かれたままの大きな扉を通り、石階段を上がる。

 大広間に繋がる広い通路に、皇帝とティーナの姿があった。皇帝の顔には、あざや切り傷が見える。ティーナは木の杖を(ささ)えにして立っていた。彼女の肩には青く淡く光る鳥が乗っている。

「やぁ、ポレイト。もう動いて問題ないのかな?」
「吐きそうだけど、とりあえず歩くことは出来るよ」

 リエムが青く光る鳥を撫でながらティーナに(たず)ねる。

「アルウェイナの屍人(しびと)は、いつ頃ここに攻めて来るんだ?」
「それなんですが……。ついさっき連絡があって、……あの……」

 ティーナが言い(よど)む。自分が言おうとしている言葉を、自分で疑っているような感じに見える。

「どうした? 早く言え」
「……、……全滅したって……」
「ハァ?!」
「隊長によると、(ひと)()の大きな神獣と、それと同じくらい大きな蜥蜴(とかげ)の怪物が東から現れて、屍人(しびと)たちを蹴散らしたそうです……」

 リエムと(しげる)は目を見合わせてハモる。

『……シイラ?』
「でも、遅れてアルウェイナから出た別の軍がここへ向かっていると。おそらくあと二夜ほどでやって来るのでは、ということでした」
「それでも悪の国王って奴が攻めて来るのか……。ティーナ、支援を依頼した同盟国の状況も探ってくれ。足を痛めてるところ悪いな」
「ウチは、ウチに出来ることをするだけです。この城を守らなきゃ」

 ティーナは杖と片足を使って、フラフラと歩いて行った。
 それを見送り、皇帝が(しげる)の肩にそっと手を置く。

「モナークが目覚めた。だが……少し困ったことになっておる」
「困ったこと、ですか?」
「そうだ。とにかく会ってみてくれ」

 皇帝に連れられて(きら)びやかな一室(いっしつ)(はい)る。
 さっきの救護所とは全然違う、装飾の施された彩り豊かな壁に、美麗な調度品。ベッドにはシルクのような半透明のカーテンが備わっている。そのカーテンの中で、モナークが上半身を起こして(ひら)かれた窓の外を観ていた。

「モナーク!」

 (しげる)はベッドの(ふち)に座り、モナークの顔を(のぞ)く。

 モナークが眉を(ひそ)めて(つぶや)くように言う。

「キミは、誰?」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 (しげる)は皇帝とともに城壁の上へ出た。そこから見渡せるレミルガム城はボロボロだ。内壁は至る所が崩落しているし、一部の建物は半壊して中が丸見えになっている。
 中庭で、エメキオが騎士たちに何やら指示をしている。戦の準備だろうか。

「復旧はアルウェイナの軍を退(しりぞ)けてからになるだろう。災厄の魔導士が暴れた時と似ておるよ。あの時も随分と(とき)をかけて修復したものだ」

 話しながら皇帝は(しげる)へ、()(ぷた)つに割れた銀製の髪飾りを渡した。(しげる)は、なんとか動く右手でそれを受け取る。血に染まった布が巻かれた右手の上で、銀の髪飾りは陽光を(にぶ)く反射していた。

「モナークがゼミムを斬った(あと)(わし)はあの子を連れて隠れておった。だがその髪飾りが強く光って、あの子は翼を広げて飛んで行ってしまった。……それは一体、何だ。魔導具か?」
「これは、クヌワラートで露天商から買ったものです。聖なる加護(かご)……だったかな。俺に悪いものが()いてるからって、その露天商が何かの(ちから)を与えてくれたみたいです」

 皇帝は胸壁にもたれて腕を組んだ。リエムと動きが似ているあたり、やはり親子だ。

「その聖なる加護が、ゼミムやメギエスの悪意に呼応して聖エルフの血を目覚めさせたのかもな。だとすれば、あの子は……」

 そこで皇帝が何かに気付いて顔を上げた。

「ねぇ、キミ」

 長く黒い髪を(なび)かせ、モナークが微笑みを浮かべ(たたず)んでいた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 綺麗な所に居ると落ち着かないと言うモナークを連れて、(しげる)は宿へ向かっている。城であんな大騒ぎがあった(あと)とは思えないほどに、市場街(いちばがい)(にぎ)わいを見せていた。

「すごーい。これが王都(おうと)ってトコなんだね」

 彼女は楽しそうに、肉を焼く店、色とりどりの野草を並べた店、干し肉や乾燥させた果実を置く店などを眺めて歩く。

「もしかして、腹が減ってるのか?」
「……えへへ。ちょっとだけね」

 話しながら装飾品を見ている時、少し離れた所から叫び声が聞こえた。

「盗みだ! そいつを捕まえてくれ!」

 (しげる)の後ろを素早く通り過ぎていく影。
 しかし、その影はあっさり止められた。

「はなせ! はなせよぉ!」

 ジタバタするまだ年端(としは)もいかない少年の頭巾(フード)を、モナークがしっかりと(つか)んでいた。少年の手には大きな黄色い果実がある。
 ようやく追いついた店主らしき男が木の棒を振りかざす。

「こいつめ!」

 振り下ろされた木の棒は、(しげる)の肩に当たった。

(いた)ァ!」
「あ……? なんだ、お前」
「この子は俺の知り合いだ。ほら、これは返すよ。俺が叱っておくから、もういいだろう」

 そう言って(しげる)は少年の手から果実を奪い取り、店主に渡した。
 店主が呆然(ぼうぜん)としている(あいだ)に、(しげる)はそそくさと少年を連れて裏路地に(はい)り、川辺(かわべ)へ出た。

「……もういいかな?」
「なぁ、にいちゃんのことなんて、オレしらないよ」
「俺だって、お前のことなんか知らないさ」

 少年は首を(かし)げて笑った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 川辺でモナークと少年は、落ちていた木の枝を使って剣技の練習をしている。少年が猛進するのを、モナークはひらりひらりと()わしていく。
 3本の串焼きを右手に持って戻ってきた(しげる)が、ふたりを呼ぶ。

「おーい。熱いうちに食べよう」

 短い丈の草が生えた斜面で3人は腰を()ろし、串に刺さった肉に噛みつく。1本につき銅貨1枚の手痛い出費だ。

「うまぁい! こんなのたべたことないや」

 少年は目をキラキラ輝かせて食べ進める。半分くらい食べて、ふと顔を上げモナークを見た。

「ねぇ、おねえちゃんは、きしなの? けんがじょうずだよね」
「あたしは、違う、かな。……何だろうね。自分でも分かんないや」
「オレ、おおきくなったら、きしになるんだ! それで、わるいやつらをやっつける!」

 鼻息荒く演説する少年を、(しげる)(たしな)める。

「騎士になりたいって奴が、盗みなんかしちゃダメだろ」
「オレ、きょうだいがおおくて……はらがへってたんだ。でも、もうしない。てんくうしんにちかって、ぬすみはしない」
「ホントかなぁ……。まぁでも、神に誓うんなら、信じてやるよ」

 (しげる)は少年に悪戯(いたずら)な笑みを向けた。
 やり取りを聞いていたモナークは、(しげる)を見つめて微笑む。

「何?」
「キミは、優しいね」
「うーん……。優しいなんて言われたことあったかな。弱いだけじゃないかなぁ」
「にいちゃん、よわいのか。じゃあオレが、けんをおしえてやるよ!」

 (しげる)とモナークが笑うのを、少年は不思議そうな顔で眺めていた。

 空が橙色(だいだいいろ)に染まる刻、手を振って少年と別れ、ふたりは市場街を歩く。
 宿近くの大通りで、ミディアとディロスの姿を見つけた。

「あ、ポレイト!」

 ミディアが駆け寄り、(しげる)に飛びつく。
 脇腹に鋭い痛みが走る。

()てててて……」
「ゴメン。……目、覚めたんだね」
「ああ。まだ色んなところが痛むけど」

 モナークがミディアの顔をまじまじと見つめ、両手で彼女の(ほお)を押さえた。

「キミ、可愛(かんわ)いいねぇ。ポレイト、この子の名は?」

 ミディアは(ほお)を押さえられたまま、眉を(ひそ)める。

「ホレイオ、ほうゆうほほ?」
「ええと、……モナークは、色々な事を忘れちゃったんだ」

 ディロスが驚いて、モナークに詰め寄る。

「ワシのことは? ワシのことも忘れたのか?」
「うーん、そうね。ポレイト、この大きい人も、キミの仲間?」

 かなりのショックを受けたらしく、ディロスは(くち)()けたまま棒立ち状態になってしまった。

「それで、ちょっと協力してもらいたいんだけど」

 (しげる)はミディアとディロスに、とあるお願い事をするのであった。
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