第29話 古書と迫害と生け贄
文字数 3,304文字
王都の古びた修道院にて、ティーナは茂 に古いボロボロの本の内容を読み聞かせしていた。
「……こうして、闇の勢力を退 けた聖エルフであったが、その強大な力 を恐れた人族によって、遥か東南の森へと追いやられたのである」
「モナークと初めて遭 った森のことだな。それが百年くらい前のことか」
「うん。それで確か……あ、これこれ。……七色の輝きを放つ鉱石を使い、聖エルフの力 を無きものとした……。これがあなたの言うオリハルコンのことだと思うの」
茂 は読めない文字を睨 んで、その後 天井を仰いで息を吐 いた。
「七色の輝き。どこでどうやって手に入 れたかは、書かれてないか」
「これは歴史について書かれた本だからね。鉱石研究者のディロスが知らないことは、どこにも書かれてないんじゃない?」
「アーメルはここに古書があるから来てみるといいって言ってたけど、案外普通の歴史書しかないんだなぁ。ちょっと期待外れだったよ」
アーメルという言葉に、ティーナが反応した。
「そのアーメルだけど、水の精霊術士 たちはその名を知らなかった。偽 の名じゃないかな」
……わざわざ偽名を使う? あの時、果たしてそんなことをする必要があっただろうか。風の精霊は隠し事がどうのこうのと言ってたけど、彼女はとても優しかった。精霊について色んなことを教えてくれたし、王都のことも……あれ?
「この修道院は、いつから使われてないんだっけ」
「ウチはよく知らないけど、この埃 の積もり方 だと、かなり前から使われてなかったはずだよ」
「アーメルは、今もこの修道院が使われてるような感じで話 してた気がする。それに俺と同じくらいの歳に見えたのに、ずっと前に処刑された災厄の魔導士のことをよく知ってる風 だった。まるで……」
「まるで過去からそのままやって来た、って言いてぇのか」
リエムが部屋の入り口からフラフラと歩いて来た。
「そのアーメルとかいう奴が、ゼミムとメギエス、悪の国王も操ってたって?」
「いや、俺の考え過ぎかも知れない。証拠は無いし、……そうであって欲しくないんだ」
「ふーん……。ま、首謀者が分かったって、騎士団があの状態じゃ何も出来ねぇけどな」
木椅子に腰掛け、リエムはだらんと項垂 れた。
「もう、おれは疲れたよ。同盟国に礼状を書いて、アルウェイナの傭兵たちを受け入れて、城の修復に怪我人の治療、その他諸々。それに加えて皇子 の仕事もあるんだぜ」
「団長は何でも出来るから。皆 、頼りにしてるんですよ」
「そうそう。おれはな、器用なんだよ。すげぇだろ……」
そこまで言ってリエムは黙ってしまった。
「……寝たみたいだ。よっぽど疲れてたんだな」
「皆 の前ではこんな姿、見せられないんだろうね。ポレイトのことをとっても気に入ってるみたい」
「そうなのかなぁ。単に舐められてるだけじゃ……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レミルガム城では監視塔、外壁や内壁など、一連の出来事で破壊された箇所の修復作業が行 われている。
「ポレイト、あれを見て。ミディアがすごく頑張ったんだ」
気絶したミディアを背負うモナークが、監視塔の先端近くを指差した。崩れていた壁のほとんどが元通りになっている。石の色が全然違うから、修復したことが丸分かりだ。
「すごっ。ミディアが直したのか?」
「そうだよぉ。あたし、ミディアを宿に連れて行くね」
ニコッと笑って、モナークは回廊の中を歩いて行った。
「ねぇポレイト、団長を見なかった?」
「ああ〜、……見なかった、ですね」
目を泳がせて答えた茂 の顔を、エメキオが訝 しげに覗 く。修道院でティーナに寄っかかって涎 を垂らして寝てるなんて、言えるわけがない。
「困ったワ。まだ入団希望の傭兵がたくさんいるのに。団長の許可がないと受け入れ出来ないんだから!」
プリプリ怒って、エメキオは走って行った。
茂 の目的の人物は、城壁の上から王都を見渡していた。瓦礫 を踏み越えて回廊に入り、石階段を上がって近付く。
「昔のことを、聞いても良 いですか?」
皇帝は、茂 の方 を向いて微笑んだ。
「儂 の知っていることであれば」
「前に災厄の魔導士が内乱を起こした時、そいつは誰かに操られていたのでしょうか」
「災厄の魔導士か。奴はゼミムと同じように、闇に取り込まれたと思っておる。過大な野心が闇を引き寄せたのだろう。ゼミムは……、あれの母親はリエムを生んだ時に亡くなってな。闇は人の心の暗い部分を喰らい成長していくものだ。もし闇に意思があるのなら、操っていたのは闇そのものということになる」
「闇そのもの……。では、またいつか闇が攻めてくる、と?」
「そうだ。刻 をかけて、ゆっくりと攻めてくる。だから我々は諸国と同盟を結び、平和を目指すのだ。闇に対抗し得 る聖エルフたちを迫害した歴史が、闇との戦いを困難にしてしまった」
皇帝は、ミディアを背負い城門から出て歩くモナークを見ながら続ける。
「モナークが聖エルフとしてゼミムたちを倒さねば、王都は滅んでいたかも知れん。もしくは、ここにモナークがいたことが必然であったか」
「……運命だったってことですか?」
「我々とは違う世界で闇の力 と聖 の力 が争っているとすれば、闇がその宿主を探すように、聖もまたその拠 り所 を探しているはずだ。それとは知らずに選ばれ、道を決められているということも有り得 るのではないかな」
……リモティリアの森で、出逢 った。片瀬先輩の言葉でオリハルコンを求める旅に出た。元の世界へ戻る機会はあったが、その度 、モナークのため、仲間のためにこの世界を選んだ。色々な困難を乗り越えて王都までやって来た。これが全部、最初から決まっていたとは思いたくない。
険しい表情に気付いて、皇帝は茂 の肩に手を置いた。
「年寄りの戯 れ言 だ。とにかく、其方 たちが居たから、こうして儂 もここに立っておる。……旅を続けると聞いたが、いつ出発する?」
「ディロスの研究所を引き継ぐ人材が見つかれば、すぐにでも」
「そうか。出来る限りの支援をしよう。欲しいものがあれば何でも言ってくれ」
茂 の背中をパンパンと叩いて、皇帝はゆっくりと歩いて行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿に戻り、ミディアの部屋の木扉をノックする。静かに扉を開 けたのはモナークだった。
「ポレイト。ミディアはまだ寝てるよ」
「そっか、じゃあこれ渡しておいてくれ。頼まれてたポミモスの餌 」
「分かった。……部屋に入ればいいのに」
「これからディロスの研究所に行くんだよ。大昔の生物が作り出した塊 から、ミスリルを取り出すんだってさ」
「へぇ、面白そう。ミディアの目が醒 めたらあたしたちも行こうかな」
宿を後 にして、茂 は市場街 を抜ける。
……そういえば結局、貴族街 には一度も入 らず仕舞いだ。城壁から観ると大きな家が綺麗に並んでいた。ここにはどんな人たちが住んでるんだろう。
そんなことを考えながら貴族街の壁に沿って進み、歓楽街 へ至った。今日はこの道を何回も行ったり来たりしている。
研究所へ向かうため大通りに出る。早足で歩くミドリが目の前を横切って行った。
「ミドリ、何してるんだ?」
「おっ、こんな所にポレイト。斡旋所 に依頼することないですか〜、って聞いて廻 ってるんだよ」
どうやら営業の仕事までやっているようだ。斡旋所 で働くのもなかなか大変そう。
「そっか、頑張って」
「ポレイトにも出来る仕事が幾つかあるから、また寄ってね。じゃっ!」
手を振って、またミドリは早足で駆けて行った。
それを見送っていた茂 に、遠くから呼び声がかかる。
「ポレイト! あったよ、あの名!」
ティーナが木の杖と片足を動かして慌てた様子で歩 んで来る。
「あの名って、アー……」
茂 の唇に人差し指を当てて、ティーナが制した。
「外では呼ばない方 が良 い」
「それは、どういう……」
ティーナは抱 えていた一冊の本を開 いて見せる。この世界の字が読めない茂 は、戸惑ってティーナの顔を窺 う。
そしてティーナは、真剣な表情で話す。
「大昔、北の凍 てつく大地に海洋神を崇 める一族がいて、その一族は代々、海洋神に生 け贄 を捧 げてた。その生け贄になるのは一族出生の女で、生まれた時に必ず同じ名が付けられてたの。それが……」
……アーメル。
「……こうして、闇の勢力を
「モナークと初めて
「うん。それで確か……あ、これこれ。……七色の輝きを放つ鉱石を使い、聖エルフの
「七色の輝き。どこでどうやって手に
「これは歴史について書かれた本だからね。鉱石研究者のディロスが知らないことは、どこにも書かれてないんじゃない?」
「アーメルはここに古書があるから来てみるといいって言ってたけど、案外普通の歴史書しかないんだなぁ。ちょっと期待外れだったよ」
アーメルという言葉に、ティーナが反応した。
「そのアーメルだけど、水の
……わざわざ偽名を使う? あの時、果たしてそんなことをする必要があっただろうか。風の精霊は隠し事がどうのこうのと言ってたけど、彼女はとても優しかった。精霊について色んなことを教えてくれたし、王都のことも……あれ?
「この修道院は、いつから使われてないんだっけ」
「ウチはよく知らないけど、この
「アーメルは、今もこの修道院が使われてるような感じで
「まるで過去からそのままやって来た、って言いてぇのか」
リエムが部屋の入り口からフラフラと歩いて来た。
「そのアーメルとかいう奴が、ゼミムとメギエス、悪の国王も操ってたって?」
「いや、俺の考え過ぎかも知れない。証拠は無いし、……そうであって欲しくないんだ」
「ふーん……。ま、首謀者が分かったって、騎士団があの状態じゃ何も出来ねぇけどな」
木椅子に腰掛け、リエムはだらんと
「もう、おれは疲れたよ。同盟国に礼状を書いて、アルウェイナの傭兵たちを受け入れて、城の修復に怪我人の治療、その他諸々。それに加えて
「団長は何でも出来るから。
「そうそう。おれはな、器用なんだよ。すげぇだろ……」
そこまで言ってリエムは黙ってしまった。
「……寝たみたいだ。よっぽど疲れてたんだな」
「
「そうなのかなぁ。単に舐められてるだけじゃ……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レミルガム城では監視塔、外壁や内壁など、一連の出来事で破壊された箇所の修復作業が
「ポレイト、あれを見て。ミディアがすごく頑張ったんだ」
気絶したミディアを背負うモナークが、監視塔の先端近くを指差した。崩れていた壁のほとんどが元通りになっている。石の色が全然違うから、修復したことが丸分かりだ。
「すごっ。ミディアが直したのか?」
「そうだよぉ。あたし、ミディアを宿に連れて行くね」
ニコッと笑って、モナークは回廊の中を歩いて行った。
「ねぇポレイト、団長を見なかった?」
「ああ〜、……見なかった、ですね」
目を泳がせて答えた
「困ったワ。まだ入団希望の傭兵がたくさんいるのに。団長の許可がないと受け入れ出来ないんだから!」
プリプリ怒って、エメキオは走って行った。
「昔のことを、聞いても
皇帝は、
「
「前に災厄の魔導士が内乱を起こした時、そいつは誰かに操られていたのでしょうか」
「災厄の魔導士か。奴はゼミムと同じように、闇に取り込まれたと思っておる。過大な野心が闇を引き寄せたのだろう。ゼミムは……、あれの母親はリエムを生んだ時に亡くなってな。闇は人の心の暗い部分を喰らい成長していくものだ。もし闇に意思があるのなら、操っていたのは闇そのものということになる」
「闇そのもの……。では、またいつか闇が攻めてくる、と?」
「そうだ。
皇帝は、ミディアを背負い城門から出て歩くモナークを見ながら続ける。
「モナークが聖エルフとしてゼミムたちを倒さねば、王都は滅んでいたかも知れん。もしくは、ここにモナークがいたことが必然であったか」
「……運命だったってことですか?」
「我々とは違う世界で闇の
……リモティリアの森で、
険しい表情に気付いて、皇帝は
「年寄りの
「ディロスの研究所を引き継ぐ人材が見つかれば、すぐにでも」
「そうか。出来る限りの支援をしよう。欲しいものがあれば何でも言ってくれ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿に戻り、ミディアの部屋の木扉をノックする。静かに扉を
「ポレイト。ミディアはまだ寝てるよ」
「そっか、じゃあこれ渡しておいてくれ。頼まれてたポミモスの
「分かった。……部屋に入ればいいのに」
「これからディロスの研究所に行くんだよ。大昔の生物が作り出した
「へぇ、面白そう。ミディアの目が
宿を
……そういえば結局、
そんなことを考えながら貴族街の壁に沿って進み、
研究所へ向かうため大通りに出る。早足で歩くミドリが目の前を横切って行った。
「ミドリ、何してるんだ?」
「おっ、こんな所にポレイト。
どうやら営業の仕事までやっているようだ。
「そっか、頑張って」
「ポレイトにも出来る仕事が幾つかあるから、また寄ってね。じゃっ!」
手を振って、またミドリは早足で駆けて行った。
それを見送っていた
「ポレイト! あったよ、あの名!」
ティーナが木の杖と片足を動かして慌てた様子で
「あの名って、アー……」
「外では呼ばない
「それは、どういう……」
ティーナは
そしてティーナは、真剣な表情で話す。
「大昔、北の
……アーメル。