第13話 黒いモヤと薬草狩りとフラグ

文字数 3,333文字

 ティーナは走る。市場街(いちばがい)で建物の屋上や屋根の上、足音を立てずに駆け抜け建物と建物の間を飛び越え、後方から迫る複数の影との距離を広げていく。

 ふと向かいの建物が目に(はい)った。……あそこなら。

 (かわら)が並ぶ屋根から飛び道路を越えて、無用心に()け放たれた木窓の隙間に体を滑り込ませた。すぐ身を隠し、息を潜める。

 ルーナの淡い光によって伸びる人影が通り過ぎて行ったことを確認し、ティーナはふぅ、と息を吐いた。

「お前は誰だ」

 その声の主を見遣(みや)る。ベッドの(ふち)に腰掛けてこちらを(にら)む男がひとり。

「ポレイト、すまないけどもう少しここに居させて。追われてるの」
「……ポレイト? この入れ物はそういう名を持っているのか。ここはどこだ」
「え?」

 様子がおかしい。ティーナは腰に()げた革製のナイフホルダーに右手をかけ、体をポレイトに向けて中腰で構える。

「ここは王都よ。あなたはポレイトじゃないの?」
「王都……。どうやら(はい)(うつわ)を間違えたようだ。それでは、コレは返しておこう」

 頭頂部から黒いモヤが浮かび上がり、天井を抜けて部屋から出て行った。そしてポレイトの上半身は(ちから)無くぐらついて、ベッドの上で横倒しになった。

 寝息を立て始めた彼に近付き、ティーナはその顔をじっと見る。
 ……(うつわ)。さっき別人のような奴は確かにそう言った。

 ティーナはしばらくベッドの(ふち)に背中を預け、(ひら)かれた窓から()し込む(ほの)かな光を見つめていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「おーい、ティーナ。聞いてるか?」

 視界に(しげる)が割り込む。ティーナはハッとして首を横に振り、深い夜の記憶を追い払った。あれは気のせいかも知れないし、あるいは敵の術による幻覚だったのかも知れない。

「聞いて……なかった。考え事してたの」
「じゃあもう一回(いっかい)。リエムの怪我、じゃなくて病気には、この山で()れる薬草が効くんだな?」
「うん。キルビノっていう綺麗な青い花につく葉っぱと、その周辺に生える青っぽい草を煮詰めて飲めば毒が抜けるそうよ。魔導士団でひとりだけ信用できる薬師に教えてもらったから間違いないはず」

 昨夜リエムと密会した(しげる)たちは、(ほお)()れる(やまい)(わずら)った彼から薬草採取の依頼を受けた。(しげる)たちを頼ったのは、(やまい)については門外不出であり、(おもて)()って団を使うことが出来ないから、らしい。

 治療に必要な薬草は珍種で、高い山の頂上近くの岩肌や、魔物の住処(すみか)など普段は人が踏み()らないような場所に自生するものだという。それゆえ市場街(いちばがい)での流通はなく、ティーナに連れられて王都の北に(そび)える山々の(ひと)つを登っている。

「砂漠の(みやこ)を出るまでは問題なかったのに、いつからあんな風になってたのかな」
「王都に戻る途中の宿場(しゅくば)(まち)で、珍しいキノコを食べたんだって。団長はそういうの好きだからね。で、その夜からだんだん(ほっぺ)が膨らんできたらしくて、こっちに戻って来た時は頭巾(フード)を深々と(かぶ)ってたの」

 ミディアが(しげる)とティーナの(あいだ)に割って(はい)る。

「リエム、冷たかった」
「ミディアがいきなり吹き出すからでしょ。だから笑うなって言っといたのに」
「だって、リエム前は格好(かっこ)()かったから、可笑(おか)しくて」

 肩を落とすミディアの頭をくしゃくしゃ()でて、ティーナは微笑んだ。

「じゃあ、また格好(かっこ)()い団長を取り戻すために、薬草を()って帰りましょ」

 一方、後ろを歩くディロスは不満顔だ。

「いくら極秘でも、斡旋所(ギルド)を通して依頼を受ければ銀貨数枚は(くだ)らん仕事なのにな。ポレイトもお人好しが過ぎるぞ」

 彼の肩をポンと叩き、モナークが(なだ)める。

「まあ、いいじゃない。リエムにはポレイトの命を救ってもらったし、(みやこ)美味(おい)しい料理もこの髪飾りも、あの皇子(おうじ)の銀貨のおかげでしょ」
「随分と気に()ったようだな、その飾り物」
「だって、ポレイトがあたしにくれた初めての贈り物だもの。大切にしなきゃ」

 ニコニコ笑顔で歩いて行くモナークに、ディロスはふっと息を漏らし柔らかな表情を浮かべた。

 山麓(さんろく)からの歩き始めは、なだらかな斜面が続いていた。徐々に傾斜がきつくなり、足元も土から砂利、細かな石へと荒く、歩き(にく)くなっていく。ミディアの腹がグゥグゥなる刻、一行の眼前には大きな岩に木の根が蔓延(はびこ)る絶壁が現れた。
 首をかなり後ろに倒して見上げ、(しげる)が困惑顔でティーナに()く。

「どうやって登る?」
「ウチが先に登って、上から(つる)を垂らそうか」
「私、ここなら役に立つ。岩の階段作れるよ」

 ミディアが前のめり気味に主張する。しかしここを登れても、まだまだ先は長いと思われる。(ちから)を使い果たした彼女を運ぶとなれば、一気に登山の難易度が()がってしまう。

「いや、まだミディアが役に立つのは早い。風の精霊の(ちから)もモナークの翼も温存したいから、ティーナにお願いしよう」

 分かった、と言ってティーナはさっさと張り出した岩に手をかけた。仕組みはよく分からないが、岩に手と足を引っ付けて蜘蛛(くも)の如く登っていく。重力に逆らっているか、そうでなければ手と足が粘着物質に変わったとしか思えない余裕の動きで、素早く登り詰めてしまった。
 キョロキョロと周囲を見廻(みまわ)すようなそぶりを見せた(あと)、どこかへ歩いて行った。

 しばらくすると、彼女は岩の(ふち)から顔を出し、太い緑色の(つる)を2本投げ()ろした。この(つる)で20メートルほどの高さを登れということか……。

「こっちはしっかり止めてあるから、安心して登ってきて!」

 目で(つる)辿(たど)り、足をかける場所はあるか、休憩場所があるかを確認する。一応は太い木の根と、岩と岩の間に足をかけられそうだ。しかし休憩の出来そうな場所は見当たらない。途中で体力が尽きたら()りるしかない。

 (しげる)とディロスとミディアの3人は一斉にモナークを見つめる。最初は身軽で(ちから)のある彼女が()い。出来ればすんなり登って安心させてほしいものである。

 モナークが2本の(つる)をまとめて両手で握りしめ、さあ登ろうという時にミディアの(ほう)を見た。

「あたしの肩に(つか)まりな。ミディアの(ちから)じゃ登れないだろうから」
「分かった。落ちないでね」
「もちろんさ。こんなの簡単だよ」

 自信ある発言の通り、モナークは背中にミディアがくっ付いているとは思えないほど、腕の(ちから)だけでスムーズに(つる)をたぐり岩や木の根を蹴り、華麗に()がって行った。

「さあ、次はどっち?!」

 ティーナの大声が下まで届いてきた。ディロスは(しげる)に提案する。

「ワシが先に登って、(つる)を引き上げてやろう」
「おお、なるほど。それなら俺はしがみ付いてるだけでいいのか」
「上にはモナークもいるし、どちらも疲れたら止めておくから、自分で岩に足を掛けて()がってこい。自分の重さくらい持ち上げられるだろう」

 以前、王都への道中で切り立った崖に出会(でくわ)した時は、汗だくになりながらも登り切った。時間さえかければなんとかなるはず。あとは、その時みたく魔物の襲撃に()わなければ……いや、変なフラグを立てるのはやめておこう。

 ディロスは腕を伸ばして(つる)(つか)み、2メートルほどある巨体を(たくま)しい両腕の筋肉で引き()げる。背負った斧もかなり重そうなのに、細かく息を()きながら左腕、右腕、左腕と順番に動かして、モナークよりも速い時間で岩のてっぺんまで到達した。
 どうやらこのパーティは筋肉自慢とヒョロヒョロに二分されているらしい。

 そして真打ちのヒョロヒョロが2本の(つる)をまとめて握りしめる。

「ディロスー! ()げてくれぇ!」

 返事はなく、(しげる)の体がいきなり地面から離れた。両手両腕に体重の分の負荷がかかる。エレベーターみたいに自動でスルスル()がっていけると思っていたのに、これはあれだ、懸垂(けんすい)みたいなもんだ。
 すぐに頭から汗が垂れてくる。急激な運動によるものなのか、高い所から落ちた場合のことを無意識に想像して冷や汗をかいているのか分からない。

 10メートルほど()がって(つる)の引き手がディロスからモナークへ交代した時、(しげる)の鼓膜を何かの鳴き声が揺らした。もの凄く嫌な予感がして、顔をギギギ……とそちらへ向ける。

「げっ!」

 あの大きな鳥には見覚えがある。(にわとり)に似ていて羽根は黒く(とが)っており妖しく赤色に光るふたつの眼。明らかにこちらへ向かって羽ばたいて来るその鳥は。
 モナークが懐かしい言葉を叫んだ。

「ポレイト、コッカトリスだ! 眼を見るな石にされるぞ!」

 あー、やっぱりね。
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