美術講師 原田未耶 5 

文字数 878文字

 朝、未耶と会ったのは一回きりだった。次の日、幸人は電車を1本見送ってみた。しかし、未耶は来なかった。もっと早い電車に乗ったのかも知れないなと思った。
もしかしたら、俺を避けているのかも知れない。そう思うと力が抜けてため息が出た。

一週間程過ぎると、彼女が自転車で出勤するのを見掛けた。手首にはまだ包帯があったが、自転車に乗れるようになったのだなと思った。

ある日の事、いつもの様に塾の帰りで10時を過ぎた頃。
東口に男がぽつりと立っているのが見えた。
幸人とその男は目が合った。
あれ、どこかで見た様な・・・と思って、そうだ。思い出した。あの時、原田先生に殴られていた男だと思った。
向こうも思い出したらしい。
何故か目礼をしてくれた。だから、幸人もちょっと頭を下げた。

ルックスいいじゃん。と思った。
俺より良くね?
優しそうな顔をしているし、身なりだってちゃんとしているし、礼儀正しいし、悪く無いんじゃないの? と思った。きっとモテるんだろうな。
だから言い寄る女がいて、・・・しかし、友達ってひでーなとは思うけれど。
てか、彼氏、ここでずっと待っているのか? 原田先生を。
そう思ったら、何だか気の毒になってしまった。幸人は立ち止った。暫し、逡巡する。

幸人は踵を返すと男の傍に走り寄った。
男は幸人を見た。
「あのう・・余計なお世話だったら済みませんが」
「はい?」
「もしかしたら、原田先生を待っていらっしゃるのですか?」
男は黙って幸人を見る。
「違うのなら御免なさい。原田先生、今は自転車通勤ですから、この駅は使っていないですよ」
それだけ言うと幸人は「じゃあ、失礼します」と言ってその場を去ろうとした。
男が言った。
「君は彼女のアパートを知っているかい?」
幸人は「いえ、知りません」と答えた。
「途中で僕とは違う方向へ行ったので」

「そうか・・・。じゃあ、未耶と学校で会ったら、伝えてくれないか?」
「嫌です」
「えっ?」
「そこまでやる義理は有りません。じゃ。失礼します」
幸人はさっさと歩き出した。
後ろから男の声が聞こえた。
「元気でいてくれって言っていたって」
幸人は振り返らないで歩き続けた。





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