未耶  2

文字数 930文字

未耶のバックにはリボンに包まれた小さな箱があった。開けてみると
「未耶ちゃん。ご結婚おめでとう御座います。末永くお幸せに」というカードと金のブローチが入っていた。一粒真珠のブローチ。送り主はユリカと書いてあった。
ユリカが誰だか幸人には思い付かなかった。

酔っぱらって未耶と転げ落ちた男は過失致死の罪に問われた。しかし男は「誰かに足を掛けられた」と訴え続けた。駅に設置してあるカメラを見てもその現場は人込みに隠れて見えなかった。男の言っている事が嘘なのか本当なのか誰にも分からなかった。

事故は事件となり、数日間はテレビでやっていた。幸人のアパートにも取材陣が訪れた。
幸人はアパートには帰らなかった。

未耶の葬式が終わって、世間の関心が薄れた頃、幸人は一人でアパートへ戻って来た。
未耶の遺骨を抱いて。
サイドボードの上に遺骨と未耶の写真を乗せた。

アパートはあの日のままだった。
未耶が「行って来ます」と言って出て行った、あの日のまま。
未耶の洋服。未耶のパジャマ。未耶の靴。未耶のコーヒーカップ。二人分の食器。
幸人は窓を開けて籠った空気を外に出した。
外では蝉が鳴き始めている。
今日も暑くなる。幸人は青空を見上げた。ずっと見ていたが、ふと自分に気が付いて
部屋に目を戻した。未耶の幻を探す。

冷蔵庫の中の痛んだ食べ物を全部捨てた。
食器を洗ってコーヒーを入れた。
未耶の好きだったマンデリン。それを二人分入れてひとつを未耶の席の前に置いた。
「只今。未耶」
幸人はそう言うとコーヒーを一口飲んだ。
涙が溢れた。涙は止めども無く流れて幸人の頬を濡らした。

未耶と差し向かいで食べた何百回もの食事。
テーブルの向こうにはくりんくりんの髪をした未耶が座っていて、パジャマにしているロンTの襟からは白い首筋と鎖骨が見えて、耳にはリングのピアスが光っていて、それが素敵で、未耶はトマトが嫌いで、それを俺は何とか食べさせようとして・・・大学を卒業して仕事に就いたら、小さな家を借りて、未耶には油絵のアトリエを作って、俺には作業部屋を作って、それから、子供をつくって、男の子でも、女の子でもいいけれど、俺じゃ無くて未耶に似た可愛い子がいいって・・。

幸人は流れる涙を拭う事もしないでたった一人で椅子に座り続けた。
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