文字数 3,153文字

 白書所不動産の弁護士が秋生さんのお父さんの工場を訪ねた。
 所有する土地と建物を買いたいと申し出たらしい。
 どういうことか分からなかった。
 ただユリカ先生だけはピンと来ただろう。何故なら、お教室へ来たとんちんかんな女子高生の名が白書所早苗だったから。

 弁護士は工場と土地が売却出来無いのならお金を融資すると言った。秋生さんの家族は一体どういう事か全く分からなかったが、融資の条件を聞いて愕然とした。

 秋生さんが早苗と時々会っていると早苗から聞いて、秋生さんが可哀想になった。
「3千万の利子だと言って、月に数回私と秘密デートする事を納得させたの」
 早苗は言った。
「未耶には黙っている様に言ったわ。だって、最高の瞬間は私が未耶に言う事なんだから。
 『私、実は秋生さんと付き合っているの』って。それでね。この写真を見せるのよ」
 そう言って嬉しそうにスマホの写真を私に見せた。
 そこには秋生さんと早苗のツーショットが幾つも入っていた。
 私はため息を吐いた。

 秋生さんは一度早苗と決別する決心をしたらしい。早苗が泣いて私に電話を掛けて来た。
 ユリカ先生がお教室を手放し、自分のマンションも売ったと言っていた。家族が金を集めてそれで何とか2千万を用意したと言っていた。残りの1千万は自分が働いて返すからと秋生さんが言ったと言ってめそめそと泣いていた。
私は心の中でいい気味だと思った。


 早苗は悲嘆にくれていたが、また意地悪を思い付いて秋生さんに言ったらしい。
「それでもいいわよ。でも利子が高くなるわ。デートは今までより多くして月に7回。土日は潰れちゃうかしら? 未耶と会っている暇が無いわね。
 秋生さんは未耶と結婚しても、それを払い終えるまでずっと二股を掛けるのよ。そして秋生さんが稼いだお金は私が貰うの。未耶にはあげないわ」
 早苗は得意気にそう言ったと私に言った。
 こいつは悪魔みたいな女だと思った。
 早苗はそれからしんみりと付け加えた。
「ねえ。ユリカ先生って独身なのよ。独身の女があくせく働いてそれで買ったマンションも手放したの。可哀想ねえ」

 けれど、会社は元々資金繰りに困っていた。銀行への借り入れの返済も滞りがちだったらしい。昔からの従業員が十人程の小さな町工場だ。だからこそ、秋生さんのお祖父さんはお金が欲しかったのだろう。

 細かいいきさつは知らないが結局秋生さんは早苗と結婚した。
「お金が無いって本当に惨めねえ」
 早苗はさも気の毒気に言った。私はそれを聞いてあきれた。早苗のその辺りの感覚が私にはよく分からない。
 早苗は豪華な結婚式を挙げた。秋生さんは結婚式を嫌がったが、義祖父母が強引に推し進めた。白書所の義祖父母が年老いた自分達の最後の願いだと言って秋生さんを説き伏せた。
 式の最中、秋生さんは終始にこやかに微笑んでいたけれど、心の中はどうだったのか分からない。

 早苗と結婚した秋生さんは白書所にやって来た。
 私は早速早苗に呼ばれて白書所の家に行った。
 私が一度ユリカ絵画教室の無料体験に早苗に連れられて行って秋生さんに会ったことがあると言ったら思い出してくれた。
「覚えているよ。ああ、そうか。君があの時の・・・」と言って苦笑した。
「俺は『サクラ』だったんだ。生徒が少ないから。でももう二度と行きたく無いと言ったら、伯母さんは謝ってくれたよ」と言った。
 伯母さんは教室を再開したよ。違う場所でね。
 彼はそう言った。

 時々家を訪れる私を秋生さんは可愛がってくれた。
 秋生さんはあの家で孤立していたから。
 早苗の下僕であり、裏では妾の子と蔑まれる私(今だに!!)と、金で買われて来た(秋生さんは自分の事をそう言った)自分の境遇に共通点を見出したのだろうか。
 秋生さんは未耶さんを忘れていないみたいだった。


 ある日、私が未耶さんに本当の事を言えば良かったのにと言うと、
「そう思った事もあった。未耶との共通の友人がいてね。その人が未耶の使っている駅を教えてくれた。急いで駅に向かったんだ。・・・けれど、未耶に殴られた。『この浮気野郎!』って言われたよ」
 秋生さんは苦笑いをした。
「よくよく考えたら、そんな事を言っても未耶を悩ませるだけだと気が付いた。だから言わなくて良かったんだ。・・・こんなくだらない事に未耶を巻き込んで苦しめるのは絶対に駄目だと気が付いたんだ」
 秋生さんはそう言った。

 それでも彼は早苗を愛そうと努力したのだと思う。だが、その努力も結局は何の成果ももたらさなかった。彼等夫婦はすれ違い、諍いが絶え無くなり、秋生さんは家庭を忘れるかのように仕事に没頭し早苗を避けた。早苗夫婦は結婚して半年もしない内に寝室は別になっていた。生活もすれ違い、二人は同じ家でばらばらに暮らしている様なものだった。
 その頃、義祖父がくも膜下出血で倒れた。
 意識不明の状態で1カ月程入院していたが、そのまま亡くなった。早苗は酷く悲しがった。義祖母はがっかりしたせいか、ふさぎ込む様になった。
 義父は涙も見せなかった。
家族がバラバラで誰もが自分の事だけを考えて過ごしていた。そうして日々は過ぎて行った。

 早苗は外に遊びに行く事が増えた。白書所の金に群がる若い男達に金を与え遊びまわった。
 秋生さんの不倫が発覚した時、早苗は烈火のごとく怒った。自分を棚上げして秋生さんを責め立てた。
 秋生さんは「若い男と遊びまわっている君に言われる筋合いは無い。俺の事は放って置いてくれ」と言ったらしい。
「もうお互いに自由になろう。だから・・・」
「離婚して欲しい」そう言って離婚届を差し出した。
「俺はもう君の会社には借金の数倍の返済をしたと思っている」
 彼は言った。
 早苗は秋生さんを睨んで「絶対に離婚なんかしないわ」と言った。
「私と離婚して未耶と結婚する積りでしょう!」
「馬鹿な。未耶はもう別の人と結婚して幸せに暮らしているよ」
 彼は返した。
「会社もクビでいい。もう君とは一緒にいられない」
「一緒になんかいなかった!!」
 早苗は泣き叫んだ。
「一度だって私を愛さなかった」

 早苗はそれを泣きながら私に言った。
 秋生さんはそんな早苗をどんな目で見ていたのだろうか。
「愛せるはずなんか無い」
 私はそう早苗に言いたかったが、勿論言わなかった。
 早苗が憐れだった。

「離婚届は送ってくれればいい」
 彼はそれだけを言って立ち去った。それ以来、早苗と別居して都内のマンションに住んでいた。
 義父が訪れて、秋生さんを諫めたらしいが、秋生さんはもう無理だからの一点張りだったそうだ。
 秋生さんは義父の片腕として会社には無くてはならない人になっていたから、義父もクビになど出来る筈も無かった。秋生さんは二度と白書所の家には戻らなかった。
 その頃、義祖母は介護施設に入所した。そして半年もしない内に肺炎で亡くなった。

私が幸人と出会ったのは全くの偶然だった。
小説投稿サイトにぽつぽつと投稿し出して一年が過ぎた頃の事だった。
マサミチという人からコメントを貰った。
マサミチはもう投稿はしていないけれど、時々サイトを覗いているみたいだった。マサミチの投稿した昔の物語はすごいPV数と★の数だった。ダントツだった。
そんな人が私に自分のオフ会への招待をしてくれた。私はびっくりした。
マサミチは私にはトムと言う相方がいて、私達はユーチューバーだという事も知っていた。

私はオフ会に出掛けた。アカネと言うゴスロリのお人形みたいな人が、待ち合わせた駅にいた。通る人達が振り返って見て行く。私はちょっと近寄り難かった。

だが、私達がオフ会の会場に着いた時、すでに幸人はいなかった。
「奥さんが列車事故に遭ったらしい」
皆が暗い顔をして言った。

 事故に遭ったのが未耶さんだと後で知って驚いた。

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