perfect days

文字数 2,096文字

 幸人と未耶のアパートから電車で一駅行くと森林公園がある。そこには大きな池があって、岸辺は葦原になっている。池の中には小さな浮島があって、そこに小さな鳥居と龍神の祠があった。
 この公園は「龍神池公園」と呼ばれている。この池には水鳥が沢山やって来て、野鳥観察の場にもなっている。
 
 幸人と未耶は池の周囲に巡らされた歩道を歩いた。初夏の爽やかな景色が広がる。
「どう、気分は?」
 未耶は言った。
「ああ。すっかりいい気分だよ」
 幸人は微笑んだ。
「未耶のマッサージとこの森林公園の綺麗な空気のお陰だな」
「家の近くにこんな素敵な公園があって良かったよね」
 未耶は池を見渡して言った。
 幸人が木陰のベンチを指差す。

「ねえ。幸人。昨日の幸人のポトフ、とても美味しかったわ。付き合い始める前に、ほら、私が風邪で寝込んだ時、うどんを作ってくれたでしょう? それで次の日、あれは土曜日だったわね。夕方、幸人がポトフを持って来てくれたのよね。あの時のうどんとポトフの美味しさは一生忘れられないわ」
 未耶は幸人を見上げて言った。
「ポトフにキャベツが入っていたよね。それと桃カン。白桃の桃カンってあんなに美味しいのね。私、あの時、初めて知ったよ」
「俺の母さんが生きている頃、俺が風邪をひくといつもキャベツのスープを作ってくれたんだ。ポトフにざく切りのキャベツを入れる。じゃがいもとニンジンがほろほろでウインナーも美味しくてさ。食べられなくてもスープだけ飲みなさいって。あれは俺のお袋の味なんだ」

「それと桃カン。風邪をひくと桃カンを買って来てくれた。冷えた桃カンはつるんってしていて甘くて歯触りが良くて俺にとってはご馳走だったんだ。風邪をひくと桃カンを食べる事でちょっと得した様な気になったよ」
 幸人は笑った。
「今でも、そうだよね。大人になって桃カンなんて好きに買えるのに、桃カンは風邪で具合の悪い時だけに食べる特別な物って決めているよね。(笑)。あの時、幸人って、料理が上手なんだなあって思ったよ」
「お袋が癌で入院していたからずっと家事をやって来たからね。でも、父さんも料理は得意だから、それが遺伝したのかな? 休みの日はよく父さんがお昼ご飯を作ってくれたよ。料理は母親よりも父親の方が上手だった」
 幸人が言った。
「お義父さんの料理って本当に美味しいよね」
「うん」

「私の胃袋が幸人を好きになったんだね」
 未耶が笑いながら言った。その笑顔を眺めながら幸人は未耶のくりくり頭に手をやる。
「髪が伸びて来たね。そろそろカットしようか?」
「いいえ。ちょっと伸ばそうかなと思っているからまだいいわ」
 未耶は答えた。
「幸人って何でも出来ちゃう。料理も上手いし、片付けも上手だし、それに髪のカットまで出来ちゃう」
「でも、俺って面白味の無い男だから、未耶の意外な発想に驚いたり、笑ったりしてすごく楽しいよ」
 幸人が返した。

「私ね。あの時、幸人が言ったでしょう? 『俺が秋生さんの代わりになります』って。あれを今でも思い出すのよ」
 未耶がふふふと笑って言った。
「未耶が飲んでいた水を噴き出した。無理!って即答されて、俺はめっちゃ凹んだよ」
「だって、秋生と幸人は全く違うタイプだもの。どう見たって代わりにはならないし、それに高校生なんて無理に決まっているって思ったもの」
「そうしたら、幸人が『付き合うんじゃなくて、秋生さんを思い出して寂しくなったり、悲しくなったりした時は俺を呼んでくれればいいから』って言ったんだ。私、それにすっかり感動してしまって・・」
 未耶が言う。

「結局付き合ったよね。(笑)実は俺はそれを見越していた」
「最初のデートは、夏休みだったね。日帰りでうんと遠くへ行ったね。千葉だった? 最初は電車の中で離れて座っていたね」
「未耶はでっかいサングラスを掛けてキャップを被っていた」
「俺、未耶の事ばかり考えていたから、9月の模試は最悪で、これはやばいと思ったよ。それから必死で勉強した。大学に入ったら絶対に未耶と結婚をしようと思っていた。誰かに未耶を取られてしまう前にさ」
「うん。私、幸人といて幸せだよ。すごく幸せだよ」
 未耶はそう言って幸人にもたれかかった。幸人は未耶の肩に腕を回した。
 大きな水鳥が池に舞い降りた。
「あれは何?」
「白鷺じゃないの?」
「あの首が青いのは? マガモかな?」
「さあ? 鳥って雄が大きくて綺麗なのね。雌は地味で小さい」
「人間とは逆だな」
「そうとも言えないわよ。人間は色々だから。でも鳥や動物って一律だよね」
「犬や猫は違うんじゃないの?」
「猫は雄の方が大きいよね。でも、犬はどうだろう? 犬もそう? そう考えると、鳥類が一番雄と雌の違いが顕著で一律的かしら?」
未耶は真剣に考えている。
その真面目な顔を見て幸人はクスリと笑う。

 風が吹いた。頭の上の葉がさわさわと音を立てた。
 未耶はその音に誘われる様に上を見上げる。
 さらさらと水が流れる。
 さわさわと葦原が鳴る。
「本当に今日は美しい日ね。こんな日がずっと続くといいね」
 未耶がそう言って幸人は返した。
「It's a perfect day」

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