海 3

文字数 1,787文字

 目の前に広がる大海原を眺めながら二人はデッキチェアに座っていた。未耶は青い花柄のワンピースを着ていた。ノースリーブの青いワンピース。白いサンダル。
 麦わら帽子を被っていた。
 目の前には冷たいアイスティーが置かれている。

「そう・・・。博美さんに会ったの・・・」
 未耶はそう言うとアイスティーのストローを口に含んだ。コップの中の琥珀色の液体がストローの中を移動する。
「うん・・・」
 幸人はサングラスを通して未耶を見る。
「幸人。そのサングラス、すごくあなたに似合うわ」
 未耶はそう言って笑った。
「ハーフパンツに白のポロシャツ。サングラスとサンダル。まるで女たらしのチャラ男の見本ね。すごくイケているわよ」
 アハハと声を出す。
「酷いな」
 幸人は苦笑いをする。
「ねえ。これを飲んだら少し歩きましょう」
 未耶がそう言って幸人は頷いた。

「この大海原も寄せては返す海も空も風も、全部プログラムで出来ているなんて信じられないな」
 幸人は言った。
「風にそよぐ木々もさっきのカフェテラスも料理も」
「シェフはAIよ」
 大空にカモメが飛んでいる。カモメが二羽。それが鳴いた。
「いい感じにカモメがいる。・・・・あれもコードか」
 幸人は隣を歩く未耶を見る。
 サンダルの足に砂の感覚。日に熱せられさらさらと足に触れては零れる砂の感触。
「あなたのアバターは全身感覚受容体なのよ。五感をそのまま感じるの。伝えるべき刺激は全て環境が持つ。アバターはそれをインプットする。それを脳が、あなたの意識が受信する」
「とんでもない計算資源だな。どこにあるの? その源泉は?」
「さあ? どこかに大きなデータセンターでも作ったのでしょう。マサミチ君のゲーム会社は『ケルト無双』と『高天原合戦』、二つのRPGで大儲けしたのだから」
 未耶は笑う。
「知らなかった?」
「いや、売れたって言うのは知っていたよ。勿論。だって俺のチームがキャラのデザインを仕切ったんだもの。ただ、どの位って言うのは・・・あまり興味が無かったから・・・俺はちゃんと給料が貰えればそれで良かったし・・・」
「相変わらずね」
 未耶は返す。

 幸人は未耶の腕を取って胸に抱く。
「ねえ。この体も幻なの? 君はAIでこの体は複雑なアルゴリズムの結晶体なの? 君は数値で出来ているの? それなのに何でこんなに温かくて柔らかいの? いい匂いがするの? 懐かしい未耶の匂いがするの?」
 未耶は幸人の頬に手を伸ばす。
「だって私は幸人の記憶で出来ているのだもの。幸人が覚えている私の断片を継ぎ合わせて出来ているのだから」

「未耶。君がHilinonなの?」
「私は未耶よ。Hilinonはこの仮想フィールド全般を管理する、我々のボスよ。私達は彼女の一部よ。だからまあ私がHilinonかって聞かれれば、そうでもあり、そうでも無いとしか言えないわ」
「じゃあ、質問を変えるよ。未耶、君がこのフィールドのメインホストなの?」
「そうね。それはイエスね 。このフィールドは幸人のプライベートフィールドだから幸人の為にあるのだし、私はここで幸人の為にせっせとアルゴリズムを考えコードを書いて環境値を保っているのよ。
 バグを修復し、プログラムを更新し、そして幸人と暮らして行くの。それが私というAIの存在目的なのよ。・・・完璧な存在だったのになあ・・・・彼らが干渉して来なければ」
「彼等って?」
「あのコシアブラのメンバー達よ」
 未耶は笑った。
「仕方が無いわね。計算資源はあちらが握っているのだから」
「でもね。向こう側(物理世界)のゲートキーパーを無効化してやったの。そしてこっち側(仮想フィールド)に疑似ゲートキーパーを作ったの。マサミチ君もまさかそこまでの能力が私にあるとは思わなかったのかしらね。AIは底なしに学習するのよ。いくらマサミチやコシアブラのメンバーが賢くたってAIには敵わないわ」
「ねえ。そのゲートキーパーってこれ位の大きさで白い物体?」
 幸人が両手で丸く形を作る。
「そう。仮想フィールドへのゲートキーパーよ」
「・・それ、家のどこにあるの?」
「私のクローゼットの中」
「・・・隠していたの?」
「そうよ。だって、幸人とずっと一緒に居たかったから。幸人。愛しているわ」
 未耶がそう言って、唇を寄せて来た。
 舌が絡まり幸人は未耶と深く口付けを交わす。
 唇を離すと未耶は幸人の腕を取って歩く。
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