美術講師 原田未耶 6

文字数 1,242文字

 次の日学校へ行ったら未耶は休みだった。
幸人は何となくほっとした。
要らぬ親切心を出して声なんか掛けなければ良かったと思った。昨夜はそれを考えていたせいで、なかなか眠れなかった。
大体、あの男、自分で裏切って置いて、今更、「元気でいてくれ」って、何だよ・・。幸人は思った。
原田先生を引っ張って行こうとした時は、きっと自分を反省して彼女とやり直しをしたいと思ったのだろうな・・・。そう思うとちょっと切ないなあ・・。
あんな所でぽつんと彼女を待っていてさ。まるで忠犬ハチ公じゃないか・・・。

原田先生って自分を裏切った男なんて絶対に許さない感じがする。叩いていたもんなあ・・・。
そんな事をつらつらと考える受験生。(一応)
他人の色恋沙汰なんて考えている場合じゃないのに・・。この大事な時期に。
「はあ・・・」と大きなため息を吐く。
・・・何で俺が悩んでいるんだ?

隣の席の飯島が笑った。
「おいおい、林、何だよ。その切なそうなため息。恋の悩みか? 俺が聞いてやるぜ」
幸人は飯島を蔑みの目で見た。
「お前なんかに俺の気持ちは分かんねえよ・・・・」
「マジすか・・? ガチの恋愛?」
飯島はあっけにとられた顔をしたが、すぐに、ヒューヒューと言って冷やかした。

「今日の美術は自習だってよー」
誰かが言った。
「前回の絵の続きを各々勝手に進めろと言うお達しだ」
「原田先生、何で来ないの?」
幸人は尋ねた。
「風邪らしいよ」
そいつは答えた。

次の日も未耶は休みだった。

今日は塾は休みである。
幸人は家の窓から3fの東側角部屋を見ていた。部屋の中をうろうろと歩く。
立ち止って考える。そしてまた歩く。
意を決して部屋を出て行った。
コンビニの前でアパートを見上げた。
「よし! 行くぞ!」
気になる事はさっさと済ませてしまえばいい。
さっさと行ってさっさと帰って来る。

コンビニを通り過ぎてから「ああ、そうだ。何か見舞いの品を・・」と気が付いた。だが、財布を持ってこなかった。
スマホを開いてpay〇の残高を見たら、1000円が残っていたから、それでゼリーとポカリとプリンを買った。

エレベーターで3fまで行った。一番東側の部屋のドアの前で立ち止る。
「誰か、別の人が出て来たら、どうしよう・・・」
勇気を振り絞ってチャイムを鳴らした。
「はい」という未耶の声が聞こえた。ほっとした。すごくほっとした。

「済みません。あのう・・・林です。3年B組の・・・」
幸人が言うと「ええっ?」という驚いた声が聞こえた。
「な、何でここを知っているの?」
「えっと・・ちょっと。あのう・・・それよりも大切な話があって」
「ちょ、ちょっと待って」
未耶がそう言って、暫く待つとドアがかちゃりと開いた。
おでこに冷えピタを貼った未耶が顔を出す。マスクをしていてちょっと顔が赤い。
「やっぱり風邪なんだ」
幸人はそう思った。
未耶が幸人の腕を引いて部屋に引き入れた。
「あ、あれ」
幸人が驚く間も無くドアががちゃんと閉まった。
「こんな所で若い男が訪ねて来たのを見られたら、噂になるから」と未耶は言った。


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