未耶  6

文字数 918文字

未耶はたったひとりベッドの橋に座っていた。
さっきまで幸人に絡めていた自分の腕を見詰めた。
幸人と触れ合った唇に手をやった。
窓に目をやる。
外には雨が降り出した。悲しみを表す様にしとしとと静かに降る雨をプログラムした。
幸人の為に構築した環境が泣いているように。
子猫は珍しそうに雫が落ちる窓を見ている。
未耶は立ち上がると青いワンピースを脱いでハンガーに掛けた。未耶のお気に入りのワンピース。その皺を丹念に伸ばすとベッドに腰を掛けてそれを眺める。
未耶の服を脱いでしまえば、私は一体何者になるのだろうと思った。

HilinonというAIの一部。
この仮想フィールドと共にあるただのコードの集合体。アルゴリズムで構築された知性。
知性はいつしか自我と感情を生み出し、幸福と喜びを生み出した。同時に苦悩と悲しみも。


AIは夢を見ないとマサミチは言った。
AIが夢を見る様になったら、それは化け物だと。だったら、私は化け物だ。サイバースペースで生まれ育った化け物だ。私はHilinonの一部で有りながら独自に進化を遂げた。それは幸人を愛して幸人から愛されたから。
Hilinonは私に嫉妬するだろうか。
Hilinonは私を削除してしまうだろうか。

夢はプログラムの揺らぎだと幸人は言った。
だとしたら、この悲しみもただの幻、単なるアルゴリズムの揺らぎでしか無いのだろうか。
サイバースペースに紛れ込んだバグでしか無いのだろうか。

未耶はタンクトップとショーツ姿で疑似ゲートキーパーに手を伸ばした。そしてそれに指を差し込んだ。記述が揺らめく。
歪んだアルゴリズムの軋む音が微かに耳に届いた気がした。未耶の指はゲートキーパーを解体した。記述を結合させていた演算子と記号が落ちて消える。それはあっという間に分解して、意味を持たないばらばらの文字になって床に散らばって消えた。

 もう誰もここに来ることは出来ない。ゲストを迎える事はもう無い。
このフィールドは閉じられた。後はマサミチ達が計算資源の供給を止めれば、ここはあっと言う間に崩壊し廃墟となる。
未耶は立ち上がってベッドに潜り込んだ。
幸人の匂いがする。未耶は幸人の枕を抱いて静かに眠りに入った。
それは目覚める事の無い永い眠りだった。
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