美術講師 原田未耶 4

文字数 1,107文字

 「あれ、センセー」
「あら、お早う御座います。林さん」
数日後、駅で幸人は未耶に会った。
未耶は手首に包帯を巻いていた。

「どうしたんですか? その腕?」
「自転車で転んで捻挫をしたの。暫くは電車通勤だわ」
未耶は言った。
「不便っすね。それじゃ」
「うーん、仕方が無いわね。・・・ところで林さんは早いわね」
「もう少しするとすごく混むから、混む前に行っているんです」
幸人は言った。
電車がやって来て、二人は乗り込む。
「この駅を使っている生徒はあまりいないのかしら?」
「いや、そんな事は無いですよ。ただ東口では見ないですね。東口、やたらと過疎化が進んでいますからね。少子高齢化で高校生なんかいないんじゃないですか」
二人は乗り込んだ反対側のドア付近で話をする。
幸人は背負ったリュックを前に抱える。

次の駅でごちゃっと人が乗り込んで来た。見ると同じホームの向こう側の電車のドアが開きっ放しで繰り返しアナウンスが流れていた。
「○○線は車両の安全点検の為、暫く運行停止となります。お急ぎの方は向かい側のホームの△△線をご利用ください」
だだだと乗り込んでくる人の勢いで幸人はぎゅっと押された。
慌てて両手で踏ん張る。
「す、済みません」
未耶の後ろのドアに両手を置いてぎゅうぎゅうと迫りくる人の圧に耐える。必死で耐える。彼女の手首は大丈夫か? ・・・それよりも、もうすぐ彼女の胸に俺の体が・・、いや、リュックが。俺の代わりにこのリュックが胸に触れる。
くそ! このリュックさえ無ければ・・。失敗した。リュックを棚に乗せれば良かった。そうすれば押された振りしてあの胸にタッチする事だって・・・。
だが、そんな事をしたら、俺とは二度と口をきいてくれなくなるかも知れない。
ほっとした様な、残念な様な気持ちで幸人は耐える。兎に角耐える。

未耶が幸人の必死の顔を見上げ「ぷっ」と吹き出して「壁ドンだね♪」と言った。
幸人は思わず力が抜けそうになった。
「俺がどれだけ頑張っているか、知らないんすか? これ以上押されたら、俺のリュックで先生の顔をぎゅっと潰しますから」と言った。
「それは嫌だ」と未耶が返し、「嫌なら黙っていてください」と言った。
未耶が幸人を見上げて面白そうにふふふと笑う。
幸人は未耶から視線を外し、ドアの向こうの空を見上げる。
このくりくり頭、完全に俺をおちょくっているなと思う。

と、未耶が後ろを向いて、スマホを取り出しそれを見始めた。
俺が必死で確保しているスペースでスマホだと!? スマホだとォ!?
未耶の柔らかい髪が自分の顔の下にある。シャンプーのいい匂いがした。ああ、くらくらする。早く駅に着いてくれないと俺の腕が(それと下半身が)やばいと幸人は思った。

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