第138話 同調圧力の怖さ ~分水嶺~ Bパート  気付け・考え方あり

文字数 6,112文字


 そしてもう一つ。今日一番きつく注意しないといけない彩風さんだ。
「……」
 その彩風さんは明らかにさっきよりも不満そうだ。
「どうして愛先輩は中条さんにはそんなに甘くて、アタシには厳しいんですか?」
「あれ? 彩風さん。以前私の事を甘いとか優しいとか言ってくれていなかったっけ? あの時の気持ちはもうないんだ」 (88話)
 彩風さんらしく感情論から入る可愛らしい後輩。その言葉一つでどういう感情が渦巻いているのかが分かるから、的確な指摘がしやすい。
「あの時の言葉に嘘はないですけど、今の愛先輩は不公平ですよね」
 そりゃ同じ統括会でより私たちの内情、雪野さんの事、それに倉本君の事もあるからに決まっている。だからこれは不公平とかではなくて、統括会としての気持ちの問題なのだ。
「不公平? 厳しい? 何がよ。雪野さんとの事も優希君との事も彩風さんには統括会役員と言う事もあって、一番初めにちゃんと伝えているし、中条さんよりも詳しく具体的にちゃんと連絡しているよね」
 なのに返事だけで行動はお留守番になってしまっている彩風さん。
「……統括会の時にも、全校集会の時にもいつもいつも冬ちゃんの味方ばっかりして、アタシの言ってる事なんて聞いてくれてないじゃないですか」
「聞いていないって何よ。ちゃんと彩風さんが納得するまで説明しているし、今だってちゃんと彩風さんの話を聞くために時間取ってるじゃない。それに私だって彩風さんの気持ちも分かるから実際に同じような事をしようとした事も彩風さんにはちゃんと言ったよね」 (116話)
 その上で女の子らしい彩風さんに納得してもらえるように、説明も重ねて来たはずなのに。
「じゃあ愛先輩は、一度納得したら、その後冬ちゃんや副会長が何をしてもなんとも思わないって事ですか?」
 何をしてもって……彩風さんの性格を考えたらそうなってしまうのも仕方がないのかもしれないけれど、この後輩も何を感情だけで物を喋っているのか。しかもしれっと優希君を並べ立てているし。
「彩風さん……いい加減、言い訳ばっかしてると怒るよ」
「言い訳って……アタシはちゃんと正論言ってます!」
「昼休みの教室内での騒ぎの時、同調されたら駄目だってちゃんと言ったよね」
 あの時も間一髪で彩風さんを繋ぎとめたはずなのだ。 (96話)
「アタシは同調なんてしていません」
 なのにその自覚が薄い彩風さん。だから加圧側・起圧側に意識が薄いのかもしれない。
「じゃあ昨日の統括会の時の態度は何なの?」
 あの空気感がおかしかった時の雰囲気に、あの時浮かべた気まずそうな表情。あのイタズラが見つかった時の表情はある程度は理解していたと取れる表情だ。
「あの時の表情って……目の前で怒ってるって言われたら、あんな顔になるに決まってるじゃないですか」
 こっちはお見通しだって言うのに、まだ隠そうとする。
「分かった。じゃあ今から

『――っっ』に電話であの後、三人でどんな話をしたのか聞いてみるから」
 だったらある意味ではとっても女の子らしい彩風さんに、しっかりと反省、理解してもらえるようにその方法を変える。
「……ちょっと待って下さい! 何で愛先輩がそんな呼び方をするんですか!」
 私の意図通り、たった一回呼んだだけで、その感情一色に染め上げる彩風さん。
「……」
「私がなんて呼ぼうと彩風さんには関係無いよね」
 だって私の彼氏と仲良くして、射止めたいと自ら言ったはずの倉本君のお願いや仰いだ協力には、一切手を貸す事も耳を傾ける事もしていないんだから。
「か……関係ないって……副会長から愛先輩は清くんの事を毛嫌いしてるって聞いたんですが愛先輩こそ、今の話を副会長にしても良いんですか?」
 なのに今までの自分の行動を忘れて、その表情から余裕を無くす彩風さん。
 その上で私の彼氏に、今日の事を言うと脅しにかかる可愛いくない後輩。
「別に良いよ。優希君は私の気持ちを分かってくれているし、今日の夜に優希君と話す時にでもちゃんと私の意図も伝えるし」
 好きな人の悪い話を聞くのは嫌だと言っていた彩風さんにはあの日の話をするつもりは無いけれど、逆にその分私の意図に気付きにくいかもしれない。
「……愛先輩。アタシに協力してくれる、力になってくれるって言ってたじゃないですかっ!」
 倉本君に対する深く、強い気持ちで余計に彩風さんがその強い感情一色に染めていくのが分かる。
「彩風……」
 だけれど今回ばかりは駄目だ。普通に加圧側に入るのだけでも言語道断なのに、よりにもよって統括会の人間が同調圧力の加圧側に回ってどうするのか。
 この事は統括会の中で、何度もみんなで確認し合って来たはずなのだ。
「彩風さんが倉本君の事を好きでも何でもなかったのに、何で私が協力するの? 何に協力するの?」
「愛先輩酷い……アタシの気持ち、どれくらい清くんの事、想ってるか分かってくれてると思ってたのに……」
 目にたまった涙をブラウスの袖でぐしぐしと拭う彩風さん。そんなの分かっているに決まっている。だからこそ、私の気持ち、倉本君の気持ちを他の誰でもない彩風さんに一番分かって欲しくて、理解して欲しくて心を鬼にして、私はこの方法を取ったのだから。
「酷い? 酷いのは彩風さんの方じゃないの? 一番初めから私と優希君の仲を応援してくれる、私たち二人のお願いを聞いてくれる? ってお願いした時には、私にキラキラした目を向けながら約束してくれたんじゃないの?」
「……」
 顔を俯けた彩風さんの目元をぐしぐしと拭う音と、鼻を啜る音だけが耳に届く。
「それに倉本君の事が本当に好きなら、自分ばっかり、女側だけじゃなくて、私たちも好きな男の人の話に耳を傾ける、倉本君の話を聞く事も大切だってちゃんと言ったじゃない」
 いつかの昼休みだか、統括会の後だかに言ったはずだ。
「じゃあアタシにはずっと愛先輩や冬ちゃんの話ばっかり聞いて、言う通りにしてろって事ですか?」
 彩風さんの話を聞いて、思わず頭を抱えそうになる。雪野さんの事に関しては今が踏ん張りどころだから仕方がないにしても、どうして倉本君と距離を取っている私の話を始めるのか。
「その分倉本君との一緒に時間は増えているし、登校日と昨日みたいに素敵な意見も出たんじゃないの? それに倉本君の前でつんけんする態度を取るの辞めてくれた? そっちの話もどうなってんの?」
 だけれど、中条さんが教えてくれた通り、男女とも好きな人に見てもらえるようになるまでは、ある程度自分たちでどうにかするしかないと思うのだ。
「その上でもう一回同じ事聞くけれど、せっかく心から大好きな倉本君と二人で出した答えを、今の同調圧力に流されて、彩風さん自らどうしてフイにしようとしているの? そんな支離滅裂な行動で彩風さんの深く強い“好き”が倉本君に伝わるの? 本当に倉本君が好きなのに、その好きな人に対して取る行動なの?」
 色々な人の感情を考えて動く彩風さんには、理屈で云々言うよりは絶対こっちの方がうまく伝わる事は今までの経験則で分かっているのだ。
「彩風。これ以上は辞めとけ。恋愛マスターである愛先輩の言ってる事の方が正しい。あーしも前に言ったと思うけど、彩風の場合はまずあの会長に彩風自身を見てもらわないとどうしようもない。それに愛先輩の話を聞いてたら、愛先輩はちゃんと彩風の気持ちを分かった上で、彩風と会長を応援してくれてる」
 何も言えない彩風さんの肩を優しく叩く中条さん。だけれど今回はこれだけじゃあダメなのだ。大きな同調圧力に流されないためには自分の気持ちをハッキリさせて、その気持ちを見失わないようにしないといけない。
「彩風さん。私の話はまだ終わってないよ。ちゃんと私の質問に答えて」
 でないと、次同じ事になってしまった時、彩風さんと倉本君。二人共が望まない結果になりかねない。そうなったら私も中条さんも、蒼ちゃんもみんな残念な思いをするだけになってしまう。こんな事で彩風さんの想いをフイにしたくない私は、最後まで心を鬼にする。
「分かった。答えたくないならそれでも良いけれど、その間は私がしっかりと倉本君の力になるから。当然文句は無いよね」
「ちょっと愛先輩! 彩風に厳しすぎますって」
 返事をしない彩風さんに対して一つため息をついて教室を出ようとした時、中条さんに腕を掴まれて止められる。
「中条さんが素直で良い子なのはわかるよ。でもね、生徒を過ごしやすくするための統括会が、周りの集団同調と同じように流されていたらダメなの。統括会の中でも何度かみんなの話で出て来たけれど、雪野さんの行動自体に問題は無いの。ただその言い方、周りへの配慮が足りないだけなの。それに集団同調・同調圧力って言うのはどう言う理由があっても駄目なの。それで変わってしまう人生は必ずあるの」
 ――今の実祝さんや、潰れそうになっている咲夜さん。それに蒼ちゃんの腕のアザ次第では――
「万一今回の事で、雪野さんが学校を辞めたら責任取れる? 雪野さんのご両親に説明できる? それで同調圧力は無くなると思う? 答えは“ノー”だよ。これもまた倉本君が一番初めに懸念していた事でもあるの」
 それにこれは何も私たちの学校にだけに限った話じゃない。昨今イジメ・自殺が放置されて、報道されるようになって、いつ当事者になってもおかしくない私たちにとっては、極めて大きい問題だと私は、思う。しかも報道でその手口と言うか、詳細を語る事によって模倣犯も出て来てはいる。
 そこまで意識をしている一方で、彩風さんや中条さんのように時々でも声を掛けながらでも、気付けば同調圧力に流されそうになっている。つまり当事者に意識が全くないからと言い切って良い。
「だからって、ああまで彩風に言わなくても良いじゃないですか! 彩風だって努力して色々考えてる事は、愛先輩だって分かってくれてるんじゃないんですか?」
 そんな事は中条さんに言われなくても分かっている。分かっているから注意もするし、倉本君との事を応援したくなるから叱りもするのだ。考える事を辞めた時点で統括会役員の解任を私は提案するし、そんな人には何を言っても無駄だと私は多分切り捨てる。
 私はため息をついて、目をぐしぐししている彩風さんに向き直る。
「週末金曜日の統括会まで待つからよく考えて。その時までに彩風さん自身の気持ちを整理して聞かせて。それなら出来る?」
「……(こくん)」
「――じゃあ、中条さんは明日からお願いね。ちなみにお昼は私と雪野さんで当分の間は摂るつもりだから、気が向いたら二人も参加してよ」
 私の言葉に二人共が驚いた表情を向けるけれど、そこは意に介さずに、私は二年の教室を後にする。


 その後中学期の頭から、色々な事があり過ぎて後回しになっていた保健室の方へと足を運ぶことにする。
 まあ昨日の教頭との話の事や、私が配慮をお願いした蒼ちゃんの事が聞きたかったと言う事もあるのだけれど。
 とにかくあの穂高先生に文句を言うために、保健室の方へと足を運ぶ。

「何よこれ。どこよこれ」
 普段用事がないから中々来ない保健室。その雰囲気が明らかの初学期の時とは違う。
 まず保健室の中が見えないのだ。これは当たり前の事なのかもしれないけれど、目くらまし目的の暗幕とか、真っ黒いカーテンとかじゃない。学校にあるには不釣り合いなほどの柔らかさを感じる淡い暖色系のレースのカーテンが下げらている。
 そのカーテンを横目にノックをすると、中から腹黒の声がしたからかと中に足を踏み入れると、私の知っている保健室じゃなくなっていた。
 決して白一色と言う訳じゃ無い暖色系で統一された保健室内。なんか音楽も流れているし、ベッドが一つ一つパーティションで区切られているのは……前からか。そしてその奥の一角に目を引く、暗い色で統一されている狭い空間と言うか、休憩場所みたいな何か。
「あら岡本さんが珍しいわね。体調不良?」
 その中で私に声を掛けてくる腹黒。昨日の今日で何が体調不良なんだか。
「巻本先生から〖努力義務〗の話を聞いたからと、四日の配慮って本当にしてもらえるのかどうか気になったので、その事前確認です」
「本当にって……約束したんだから配慮してるじゃない」
 この腹黒、嫌そうな表情をするけれど約束って、優珠希ちゃんに言くるめられたからじゃないのか。
「そう言えば先生が言いくるめられた優珠希ちゃんと御国さんは今日はいないんですか?」
 いつも来るたびに保健室にいるから、今日もてっきりだと思ったのだけれど、この雰囲気だと電気ポットとか本とか、くつろぎやすすぎて逆に落ち着かないのかもしれない。
「……ホントに岡本さんって可愛くないわね。今日はあの二人待ち合わせだからとか言って、早々に引き上げたわよ」
 何でこんな腹黒に可愛いとか可愛くないとか言われないといけないのか。本当にクラスの男子の節穴具合には辟易とする。
 まさか優希君に限ってそんな事は無いと思うけれど、この腹黒の印象だけはちゃんと聞いておかないといけない気がする。
「……何ならお茶くらい出すわよ」
 その上この腹黒と二人でお茶を飲むとか、ちょっと考えただけで寒気がする。
「いえ大丈夫です。蒼依の配慮を聞きたかっただけなので、今日は失礼します」
「ちょっと待ってよ。防さんの配慮って、明日、明後日の事よね。ちゃんと配慮はしてるじゃない。万一の事も考えて話が大きくならないように手伝ってもらう人は最後にしたじゃない。そんなに疑ってばかりだと、彼氏にすぐに愛想尽かされるわよ。彼氏って空木さんのお兄さんなんでしょ」
 分かってはいた。この腹黒の前で不覚にも涙を流して、優珠希ちゃんとも喧嘩をして。でもこの腹黒にだけは優希君の事を何かしら言われるのはどうしてもダメっぽい。
「言っときますけれど、私と優希君に限って愛想を尽かすとか別れるとか、そう言う事は一切ないので勝手な事を言うのは辞めて下さい。この事は優珠希ちゃんに言いますね」
 私の反論に思いっきり顔をしかめる腹黒教師。
「それじゃあ明後日の『健康診断』、優珠希ちゃんも理解してくれていますから、くれぐれもお願いしますね」
 私は腹黒に再度念押しして保健室を後にする。
「……人にものをお願いする態度じゃないわよね」
「……先生が生徒(大人が子供)を守るのに理由は要らないんですよね」  (120話)
 お互いに腹の探り合いをして。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
   「――優珠ちゃん。ウチ放って岡本先輩にまた何言うとんのや?」
              コロコロと変わる展開
         「何よ。わたしが何かしたら文句あるの?」
       そして分り易く、素直じゃないもう一人の女生徒
   「ちょっと慶! お姉ちゃんとの約束を守ってくれないなら怒るよ」
          いつの約束なのか、何の約束なのか

       「だから今日中に慶久君にお礼を言う事。良い?」

          139話 応援か嫉妬か ~親友と私~
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