第135話 断ち切れない鎖 8 ~疲労・崩壊~ Bパート

文字数 6,206文字


 今回ばかりは悪者にはなりたくないけれど、もうこの機会を逃すと蒼ちゃんの腕を見る事が出来ないかも知れないと危惧する。
「……じゃあ咲夜さん。お願いしていい?」
 覚悟まで決めたら、今まで五里霧中の中にいた私は何だったのかと言うくらいすんなりと咲夜さんの名前が、私の口から出て来た。
「……じゃあ蒼依からは夕摘さん。お願いしても良い?」
 私の言葉を受けて、間違いなく始めて蒼ちゃんから向けられた“落胆”と“軽蔑”の視線。だけれど私が落ち込むよりも早く、蒼ちゃんの口から衝撃的な名前が飛び出す。蒼ちゃんは実祝さんと喋るのがあの日以来怖かったんじゃなかったのか。気持ちの整理に時間がかかっていたんじゃなかったのか。 (41-43話)
「分かった。防さんがあたしに声を掛けてくれるなら頑張る」
 それはもう蒼ちゃんの中で、あの時の実祝さんの行動を許せたって事なのか。その上で蒼ちゃんは実祝さんと喋るって言う事なのか。
 そして実祝さんの方も明確に蒼ちゃんに歩み寄ろうと言う意思を感じる。違う。そうじゃない。
 図書室で実祝さんを避けたのがバレた放課後に、私が実祝さんと喋るまで、許すまで腕を捲らないと言った蒼ちゃんの事だから、恐らくは、その場で私と実祝さんのわだかまりを消すつもりなのかもしれない。 (44・57・59・60・89大連結)
「じゃあ男子の方は俺らで。女子の方は岡本を中心に頼むな」
 本当に時間も押しつつあるからか、私たちの心境に構う事無く進められる連絡事項。
「それからさっきも少し言ったが、夏期課題の最終提出日は週末の金曜日

だからなー。その時に一つでも提出できなかった者は、明日行われる実力テスト全教科で得点無しになるからなー。やる事やらない奴は結果だけ出ても認めないからなー」
 気付けばいつもの間延びした口調に戻っている先生。
 軽く言っているけれど、どう考えても受験生の私たちには大切だと思うんだけれど。
「それから今日の授業は明日の実力テストの予習みたいなものだから、しっかり受けるようになー。それじゃあ最後に習熟度テストの結果を渡して終わりだ!」
 そして、ようやく長いロングホームルームが終わりを告げる。


 イマイチ集中しきれなかった午前中の授業。もちろんその原因は『健康診断』のメンバーだ。
 これは仕組まれた物なのか、それともたまたまという名の運命なのか。浅からぬ縁というか、関係の私たち四人。
 それともう一つ気になっていた実祝さんの結果。こっちは改めて確認するまでも無く先生と実祝さんの雰囲気で分かった。
 これで一学期の試験の再考と言う形になれば一番良かったのだけれど、そこまでは望めなかった。ただ、2グループともそれどころじゃ無いのか、実祝さんには一切構う様子も見られなかった。

 そんな中で迎えた昼休み。私は改めて売られた喧嘩を買う為にお弁当を持って、女生徒Aの所に向かう。
「あんたどこに行こうとしてんの? 先生の呼び出しを断ってまで、私に文句とか話とかあるんだよね。中庭に行くよ」
 なのに、何をしれっと他の咲夜さんグループと一緒になってどこかに行こうとしているのか。
「今はそれどころじゃねーんだよ。お前との話なんて後に決まってんだろ」
 何を自分勝手な事ばかりを言っているのか。そっちから昼休みに私と話をするって、私が“呼び出し”をしているとか言って担任の呼び出しを断ったんじゃ無いのか。
「それどころじゃ無いって……蒼依の腕に付いたアザの事?」
 教室の外に出たところで女生徒Aの足を蹴り止める。
「な?! ち、違うに決まってんだろ! 岡本には関係ないんだからそこ退けよ!」
「退くのは別に良いけれど、そしたら私、そのまま先生の所に行くよ。私と話をする前にどっか行きましたって。それにあんた放って行かれたみたいだけれど、みんなどこに集まってんのか分かってんの?」
 このまま問答を続けて時間を無駄にするくらいなら、さっさと退いてこのまま先生の所に行ってしまった方が、この女生徒Aにとっては良い薬になるかと思ったところで、
「分かってるに決まってんだろ! お前らと違ってちゃんと場所決めてあるんだよ」
 何を考えているのか、その場所があると自白する女生徒A。
「へぇ。ちゃんと集まる場所が決まっているんだ。じゃあ今からその場所、案内してもらって良い?」
「――っ?!」
 自分が口を滑らせてしまった事を今更悟ったのか、私の方を今にも噛みつかんとする目で睨み付けてくる女生徒A。
 私がもう一押ししようとしたところに、
「愛美さんまだいてくれて良かった。そっちは愛美さんの友達?」
 慌ててきてくれたっぽい優希君にびっくりする。
「ううん違う。こんな人、私の友達にはいないよ。私の友達を無理矢理優希君に告白させようとする人と、友達なんて出来るわけ無いよ」
 だけれど、間違っても優希君がこんな女に優しくするなんて耐えられないからと、先に優希君に説明だけしてしまう。
「ああ……あの優しい子の……」
 それだけで分かってくれたのか、毎回毎回優しいって付けるのがどうしても納得がいかないのだけれど、明らかに女生徒Aを見る優希君の視線の温度が下がった気がする。
「副会長は岡本さんの言う事を信じるんです――?!」
 さっきまでとは全く違う、別人のようなよそ行きの声。そんな人がどうしても優希君に触れて欲しくなかった私は、優希君の腕を抱き込んで、私にひっつくように女生徒Aから遠ざけてしまう。
「ちょっと。私の彼氏に触れるの、辞めてくれる?」
 元々売ってこられた喧嘩を買ったのだから、これくらいは良いと思ったのだけれど
「ふふっ……」
 ここでまさかの、鈴が鳴るような優希君の笑い声。
「――?!」
「ごめんごめん。ただ愛美さんの反応が優珠そっくりだったから」
 私は真剣だったのに、まだ小さく笑う優希君。
「そんな事言ったら、このクラスメイトを見た時の優希君の目も、優珠希ちゃんにそっくりだったよ」
 私の指摘に嬉しそうにする優希君。
「副会長もなんでこんな猫かぶった女が良い――」
「――僕の彼女の事を悪く言うのは辞めて。それと、月森さんになんであんな事をさせたのか、僕にはその理由を聞く権利があると思うけど」
「優希君……」
 優しい優しいって付けるのは気に食わないけれど、倉本君とは違って、私の友達である咲夜さんを大切にしてくれている優希君にはやっぱり嬉しくなってしまう。
「とりあえず中庭に行こうよ」
 私は優希君だけに声をかけて、でも大変不満な事に他の女子からの人気が高い事もあって、女生徒Aも逃げずに着いてきた。


 そして中庭の長ベンチにて。当然真ん中が私で、その私を挟むように優希君と女生徒A。
「改めて聞くけど。ああ言うのは趣味も悪いし最低だと思う」
 ばっさり行く優希君を初めて見たかもしれない。
「副会長は何か勘違いしてます。友達の咲夜が副会長に告白したいって言っ『な?! 何言っ――』――たから、あたしたちが、咲夜の気持ちが絶対副会長に届くようにって、確かにやり方自体は強引だったかもしれませんが……それでもあたしたちなりの必勝を伝えたんですよ」
 まさかこいつら。咲夜さんの懊悩まで作り替えてしまうつもりなのか。
「ちょっといい加減な事――」
「――さすがに友達だって言う月森さんの心まで、無かった事にするのは酷すぎるよ」
 私の怒りが爆発したその後ろから、私も聞いた事の無いくらい冷たい声がする。
「それで、どうして愛美さんの友達にあんな酷い事させたのか、早く教えて欲しいんだけど」
 優希君が初めの話をばっさり切ったからなのか、全く答えない女生徒A。
 だから私がため息をつきながら、こいつの本性を優希君に伝えてやる。
「なんか私が聞いた話だと、何をやってもうまく行っている私と優希君が、恋人同士としてまでうまく行っているのは許せないって聞いたけれど」 (100話)
 本当に辛かったあの金曜日の日に聞いた事だから忘れられるわけが無い。
「だから咲夜さんを充てて、私たちの仲を壊したかったのだと思う」
 あの時絶対つぶしてやるとも言われていたから、あながち間違ってはいないはずだ。
「何それ。今更言わなくても大丈夫だと思うけど、僕は愛美さんを離すつもりは無いよ」
 声は冷たく、手は温かく。
「ありがとう優希君。それと私からも聞きたい事があるんだけれど、あの咲夜さんに対する“呼び出し”って何?」
「呼び出し?」
「そう。なんか咲夜さんに向かってそう言ってたんだけれど、その一言で咲夜さんがビビって、私が試しに言った時も、目の前のクラスメイトがビビって……」
 よく思い返してみると、咲夜さんが初めの頃にあまり関わりにならない方が良いって言ってくれていたっけ。(21話)
「あのさぁ。あんたから私と話したい、私に話があるって喧嘩売ってきたんでしょ? なのになんで何も喋らないわけ?」
 咲夜さんの気持ちを作り上げたきり、口を閉じたままの女生徒A。
「何なのあんた。私を馬鹿にしてんの?」
 業を燃やしつつあった私が、女生徒Aを蹴り飛ばそうとしたら、
「ちょっと愛美さん! 暴力はダメだって」
 優希君が私の肩に手を回して、慌てて私をなだめる優希君。
「ダメって。でもこれじゃなんの話も出来ないじゃない」
「話なんて出来なくても良いって。だって僕が月森さんの告白の時に聞いた言葉と、今愛美さんが聞いた言葉。それにそこにいるクラスメイトの態度。もう答えなんて一つしか無いに決まってるから。だからもし月森さんに何かあったとしたら僕もちゃんと証言するし、出来るよ」
「咲夜に何かあったら証言するって、統括会の、しかも副会長が一個人に肩入れするんですか?」
 私を意に介する事無く、一心に優希君を見る女生徒A。
「違う。一個人に肩入れするんじゃ無くて、僕は統括会として生徒間同士のトラブルの解決を図る為に“判断”をするだけだって」
 その上で女生徒Aの意見を一つずつ切っていく優希君。
「解決とか、判断とか……自分の彼女、それに身内びいきが過ぎるんじゃ無いですか?」
 私の中にわずかに広がる不安をよそに、女生徒Aの反論に困ると言うより呆れの表情を浮かべる優希君。
「どこをどう取っても別に僕は困らないけど――愛美さん。このクラスメイトは担任に何て言ったか覚えてる?」
「えっと確か“ちょっと待って下さい! あたし昼休みに岡本さんから“呼び出し”を受けています”だったかな? それに対して私の方も“あの人が私と話したいって言っているんで、先生の話は、放課後にじっくりと時間を使ってもらって良いですか?”みたいな事を言ったよ」
 まぁ、いずれにしても私たちが話をするって言う事を先生には言って――あ。気付くと同時に優希君が私に向かって小さく首肯する。
「そこまで言うならあたしの話も聞いて下さいよ」
 私は分かったけれど、
「じゃあもう一回聞くけど友達にした“呼び出し”って何?」
 まだ優希君の言っている事が分かっていない女生徒A。簡単に何でも喋ってくれているのかもしれない。
「愛美さん……敢えて言うなら僕の彼女の質問に答えるかどうかはそっちの自由だから」
 その後、私の答えが正しかった事を教えてくれるけれど、女生徒Aの質問には直接答えない優希君。
 本当に兄妹揃って何て会話をするのか。本当に私たちと同じ学年とは思えないくらいスマートな会話を繰り広げる優希君。
「だから今、僕の彼女が聞いてくれた“呼び出し”の事も別に答える答えないはそっちの自由だから。ただ僕たちは統括会として、生徒間同士のトラブルの解決を図る為にそっちを“呼び出し”た。それだけ――」
「――違うだろ! 岡本は初めっから全部知ってたんだろ!」
 またここにも、私の彼氏の言葉を最後まで聞かない女生徒A。優希君の前でその口調を出しても良いのか。もちろんどれだけネコを被ったって、私がその度に一枚ずつ剥がしてやるけれど。
「はぁ? 何言ってんの? 知らない。分からないから何度もこっちは聞いてんのに答えなかったのはそっちでしょ? なのにそれをこっちのせいにするのは辞めてくれる? あと。私の彼氏の言葉くらい最後までちゃんと聞けって」
 だから私の言いたい事と合わせて、文句も一緒に付けさせてもらう。
 私の文句にいつの間にかお弁当を食べ終えた優希君が、座ったまま私を後ろから抱きしめてくれる。気がつけば最近私のお腹に優希君の手が腕を回してくれるのが普通になりつつある気がする。
「だから最後にもう一回だけ。優しい愛美さんならきっとこうするだろうから――愛美さんの質問“呼び出し”の事について答えてくれるか、担任の先生に言ったにもかかわらず、もうこのまま何も喋らないかそっちで決めて」
 私は優希君にもたれかかりながら今までの事を思い出す。
 “前門の虎、後門の狼”言っても言わなくても辛い立場になるのはさすがに分かる。今朝のホームルームの時に、ちゃんと私は一度引いたのに、さらなる喧嘩を売って来た女生徒。
 なのに咲夜さんの事一つ取っても、何も口にしない実祝さんの成績の事も聞けず、蒼ちゃんが誰に守られてんのかも分からず。こんな女生徒Aにかける情けも、同情も、優しさも私は持ち合わせていない。
 私はそこまで優しくも聖人君子でも無い。

 だから私はもう女生徒Aの事は放っておいて、せっかく来てくれた優希君との恋人同士の会話を楽しもうと切り替える。
「そう言えばどうして私の所に来てくれたの?」
「ちょっと愛美さんが“やきもち”焼いてるってメッセージを貰って、次に愛美さんを泣かせたらってあったから――ってちょっと愛美さん?!」
 思い出した。そう言えば優希君も私一筋だって言っておきながら、

彩風さんとデレデレしていたっけ。
「優希君? その件は後でじっくりと話を聞きたいから今日の放課後、最後まで待っててね。どうしてもの場合は優珠希ちゃん――」
 私の言葉を邪魔するかのようなタイミングでの予鈴。
「――じゃあそろそろ教室に戻ろっか」
「ちょっと愛美さん! 僕の話も聞いてってば!」
 私が優希君に背を向けて歩き始めると、大慌てで駆け寄ってきてくれて、私と恋人つなぎをしてくれる優希君。
「もちろん今日の放課後、私が納得できるまでじっくりと聞かせて貰うよ? ……場合によっては妹さんと三人でね」
 もちろん恋人つなぎに応じて返事をする私。
「……」
 に、両肩を落として落ち込む優希君。散々私たち二人の事は優珠希ちゃんには内緒だって言っているのだから、立ち会って貰う訳ないのに。
「……お前ら。化け物カップルかよ」
 女生徒Aの失礼なつぶやきを背に、午前の授業を受ける為、教室へと戻る。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
       「……愛ちゃんは先生に蒼依の腕の事言ったの?」
             腕の話が大詰めを迎える中……
    「ねぇ。彩風さん。今日の二年の雰囲気ってどうだったの?」
            本当にさり気ない一言が他人を救う
      「さっきもそんなこと言ってたけど、その用事って学校の?」
              一方で学校側の課題

         「分か

ました。やって

みます」

        136話 近くて遠い距離6 ~自滅・交渉~
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