第137話 飾らないワタシ 1 ~防衛本能~ Bパート

文字数 6,615文字


 昨日は優希君効果もあってか、何もかもがうまく行っていたにもかかわらず、今日は朝からずっと微妙な気がする。
「おい機械! 勉強だけ出来たって何にもならないっつってんだろうが!」
「ちょっと実祝さん関係ないじゃん……」
「はぁ? こっちは機械と岡本のせいでどれだけ悲惨な目に遭ってんのか分かってんのか?」
 私が蒼ちゃんと一緒に教室に入った事に気付かずに、実祝さんのテスト準備か読書の邪魔をするだけに飽き足らず、半ば暴力まで振るっている女生徒A。まだそれほど登校している生徒が少ないからって油断し過ぎじゃないのか。
「実祝さんのせいって……」
「咲夜。お前ちょっとアバズレと仲が良いからって――」
「――ちょっと愛ちゃん――」
「――私の友達に文句あんの? それに私にも文句あんの?」
 本当はこいつがまた口を滑らせてくれるまで待とうと思ったのだけれど、また咲夜さんの心を作り上げようとした上、私の事をあまりにもあんまりな言い方をするから、蒼ちゃんの制止を振り切って気付かれない様に女生徒Aの真後ろまで行って、しっかりと声を落としてから、喋りかけてやる。
「――っ! お?! 岡本?!」
「そんな分かり切った会話なんてどうでも良いから、なんか私の名前も聞こえていたけれど何の話をしていたの?」
 漫画やアニメの中の世界だけと思っていたのだけれど、人って驚くと本当に飛び上がるのか。そんな瞬間を始めて見た。
「べ、別に岡本には喋ってないだろ!」
 分かった。いや、分かってはいた。間違いなくこいつはアホだ。でなければ毎回アホの一つ覚えのように同じ言い訳はしない。
「実祝さん。こいつが何を言っていたのか教えてくれる?」
 だったらアホ……失礼。女生徒Aに聞いても仕方がない。本当なら咲夜さんに聞きたかったのだけれど、危うい立場にいる事には変わりないし、四日の健康診断の時に、じっくり話をして欲しいからと、今日一番の当事者っぽい実祝さんに話を振る。
 ……まあ、お姉さんからの言葉と言うのか、刺された釘の事もあるからと言うのもあるけれど。
「……あたしの机を蹴ってた。勉強すんなって言われた。成績が落ちたのはあたしと愛美のせいらしい……後は言いたくない」
 何かを迷っていたのか、考えていたのか。私の顔をじっと見つめた実祝さんが、分かり易く箇条書きみたいにして答えてくれる。まあ、後って言うのは、あのあんまりな言葉だとは思うけれど。
「教えてくれてありがとう。だから今日のテストで少しでも手を抜いたら怒るよ」
 まあそれはともかくとして、正直に教えてくれたのだから、こっちはこっちでやりやすくなる。
「あんた。相変わらず人と話す時には蹴ってるんだ」
 そして皮肉から入ってやる。
 当然加圧側にも被圧側にも入りたくないクラスメイトは、静観を決めている生徒がほとんどだ。もちろん後から入って来た女子にグループも、女生徒Aへの加勢はしない。
「け、蹴るって、机に足が当たっただけだろ!」
「故意じゃない。当たっただけだって言うなら、実祝さんに謝れるよね。私が見ている前で実行して見せてよ」
「……」
 出来ない事を言う私も私だけれど、それ以上にこの女生徒Aも大概だと思う。
「分かった。じゃあこれからあんたには蹴ってしまったとしても、足が当たった事にすれば謝る必要は無いって事だね。じゃあ教室の中、人増えて来たし、こっちにも話したい事がたくさんあるから少し私に付き合ってよ」
 私は女生徒Aの手首をかなり強く握って、咲夜さんと話す時によく使っている階段の踊り場へと移動する。


「あんたさぁ。なんで実祝さんに毎回足出すの?」
 廊下端のいつもお馴染みとなりつつある階段の踊り場。朝の内はここを使う生徒が少ないから私的にはとても重宝するのだ。
「だからたまたまだっ――っ!」
 いつも通り女生徒Aが喋っている間に脛を蹴りつける。まあたまたま当たっただけだから、私から謝るような事はないけれど。
「おい! いくらなんでもこれは暴力だろ! それに何でいつもいつもあたしばっかりなんだよ」
「何言ってんの? さっき自分でたまたま当たっただけだって、謝りすらもしなかったじゃない」
「ふざけんな! あたしは夕摘自身には蹴ってないだろ!」
 何を今回だけの話をしようとしているのか。あんたらが蒼ちゃんの腕にアザを付けた事を忘れたとは言わせないから。
「その前にさぁ。私が蹴ったって言うあんたらが大好きな証拠。あんの?」
 自らが言った事を思い出してもらう事にする。
「そうやって人を蹴落として、引きづり落として楽しいのかよ」
 こいつは一体何を言っているのか。
「言っとくけれど、あんたらが実祝さんの成績を落とした事も、今回も落とそうとしている事は担任も調べているし、私も見ているから」
「また担任かよ。何で岡本ばっかりチヤホヤされて、何でもかんでもうまく行くんだよ! あたしだって必死で努力して塾にも通って、波風立てないように友達付き合いもして……それなのにどうしていつもいつも見る度に毎回違う男連れてる岡本とか、本ばっか読んでロクに勉強もしてない機械にあたしが負けっぱなしなんだよっ!」
 踊り場でほとんど人が来ない事を理解したのか、体勢一転。私の胸ぐらをつかんで来る女生徒A。
「あんたがホントにそう思ってるんなら、アホなんじゃないの?」
 咲夜さんに無理やり告白させた時も思った事だけれど、何で自分が少し努力したからと言って、全部結果に繋がると思えるのか。他人だって必死で努力しているのが分からないのだろうか。
 それに分からないとしても、同性に対して、同じクラスメイトに対して、おおよそかける言葉とは思えない程の悪意ある言葉。私にはこれも看過できない。
 私は、胸ぐらをつかんでいた女生徒Aの手を思いっきり叩く。
「あんたさぁ。実祝さんがどれだけ勉強しているのか、努力しているのかを知らないで勝手な事ばっかり言うなって」
 毎日時間を見つけては図書室へ行って、時間を作っては本を読んで。
「努力とか勉強とか、そんな事、今更岡本に言われなくても、さんざん親からも言われまくってやってるに決まってんだろ!」
 言いながら今度は私の肩を突き飛ばすようにして押す女生徒A。何が努力とか勉強とかをしている。なんだか。こいつは担任の先生が言ってくれた意味を全然分かっていないんじゃないのか。
「あんたさぁ。昨日先生も言ってくれていたけれど、自分の点数が1点上がったからって何だって言うの? 自分が毎日10時間勉強したからって何だって言うの? そんな人、全国

十万人の中に、どれくらいいると思ってんの?」
 昨日も一回のテストで上下したからと言って、どうこうなる事なんて無いって言ってくれたばかりなんじゃないのか。
 自分しか勉強していないなんてそんな事あり得ないし、よしんばこの学校で一人だけ10時間勉強したとしても、各学校にたった一人ずつでもそう言う生徒がいたら、どれくらいの人数になるのか。
 そんな事も考えられないで、何が必死で勉強しているなんだか。ほんっとに腹立つ。
「もう一つ聞くけれど、あんたさぁ。必死で勉強しているって言うけれど、今この時間私と何してんの? 今この時間、実祝さんは本読んでるよ。そんな態度で人より必死で勉強してるって言えんの?」
 言いながらローファーのかかとで女生徒Aのつま先を思いっきり踏んづけてやる。こんな奴に負けてられるかっ。
「……っ。テストの役に立たない本を読んで、成績上がるのかよ」
「何言ってんの? 私、あんたが本読んでいるところ見た事ないけれど、人にそう言えるくらい本読んでんの?」
 あの実祝さんの部屋にあった本の匂いがする程の本の数。だから文科系の教科に強いのかもしれない。
 そして私の言葉に言い返せない女生徒A。だから最後に二つ言っておいてやる。
「今この時間だけでも、あんたと実祝さんの差、付いているからね。それと前言ってた通り、私の友達にオイタをしたんだから、蒼依の腕のアザの事、今日から本気で調べてやるから。そのつもりだけはしておきなよ」
 私はそれだけを言い残して一足先に教室へと戻る。
「お前、本当に何なんだよ。あたしをあのセンコーの的にして、印象と評価を下げて、副会長からの印象も下げて、どうしたいんだよ」
 女生徒Aのあまりにも自分勝手な、何も分かっていないと(みずか)ら暴露するその言葉を耳にしながら。


 思ったよりあの女生徒Aと喋っていたのか、再び教室に戻って来た時には、ほぼ全員が揃っていた。
 そして昨日に続き今日も先生が朝礼のための入室と共に、女生徒Aが戻って来たため、また先生から一言二言もらった上でノートに何かを書かれていた。
 その中で行われた午前中の文科系のテスト。出来としては可もなく不可もなくと言ったところではあった。
 そして昼休み。今日から雪野さんと一緒するからと入れ違いにならない様に、一旦教室で待って中庭に出る際に購買に寄ろうと予定を立てて待つことにする。
 それから数分も経たない内に雪野さんが気乗りし無さそうな表情で、私に姿を見せてくれる。

 今朝は寝坊してお弁当を作れなかったからと購買に寄ってから中庭の方へ向かう事にする。その道すがらでも意識していたから気付けたと言うか、分かった事ではあるのだけれど、私と言うか雪野さんに声を掛けようとする人がいないのだ。
 そのクセ視線だけは私にも向けられているのか時折感じる。昨日優希君が気付いてくれた統括会の感じだと、雪野さん自身が何かを言われなかったとしても、この空気感はものすごくしんどいんじゃないのか。
「……岡本先輩って料理できないんですか?」
 いたたまれない視線の中、私が何とか雪野さんの手を取ろうと、雪野さんがそれを何とか回避すると言うのを、繰り返しながら中庭へ着いた時、デフォルメされた何かのキャラクタの包みを持った雪野さんが私に憎まれ口を叩く。
「出来るけれど。何でよ」
「だってお弁当じゃなくて、購買なんですよね。毎日そんなだと空木先輩が可愛そうです」
 ほんっとに頭は固いし、可愛くない後輩だと思う。
「あのさぁ。購買利用者みんなを料理できないって決めつけるのは失礼なんじゃないの? 朝が苦手な人もいれば、たまには購買で買おうって思う人もいるんじゃないの?」
 だけれど、私と優希君の中を散々引っ掻き回したのだから、この落とし前は雪野さんにしっかりとつけてもらうと決めたのだ。なのに、私の心をへし折らんとばかりに私の質問には返事をしないで、持参のお弁当を口にし始める雪野さん。
「そう言えば今日は空木先輩とは一緒じゃないんですか?」
 かと思えば私の彼氏の事を、雪野さんが気にし始める。
「……私の彼氏にはこの時間、彩風さんと中条さんを叱ってもらってる」
 雪野さんも恋慕している優希君。本当はこんな言い方をしたら雪野さんを傷つけるかもしれない事も予想できたのだけれど、朱先輩が私のそれは優しだって事も教えてくれたのだから、敢えてこの言い方を総菜パンを口にしながら選ぶ。
「……さっきもみんながいる前で見せしめのように、ワタシの手を繋ごうとしていましたよね。そんなにワタシを貶めて楽しいですか?」
 貶めてって……今までのやり取りのどこでそう思えたのか、ここはじっくりと聞きたいところではあるのだけれど、テストの合間を縫って雪野さんとお昼をしているのだからと、今日の所は挑発にだけは乗らないように注意する。
「見せしめるとか貶めるとか、私が雪野さんにそんな事してどうするのさ」
「……やっぱりワタシの事をそうやって下に見て、優越感に浸っているんじゃないですか」
 次は優越感に浸るって……私たちの仲を散々引っ掻き回した雪野さんが、何を言っているのか。あんたのせいで私の心の中がどのくらいドロドロになっているのか分かってんのか。
「同じ統括会メンバーで上も下もないけれど、たまには先輩の言葉を素直に取ったらどうなのよ」
 朱先輩がいてくれなかったら、今頃私たちがどうなっていたのかを想像するだけでも嫌だ。
「先輩? 先輩って便利な言葉なんですね」
 ……彩風さんと中条さんが攻撃的になるのも分かる気がする。
「だったら雪野さんも来年は最高学年になるんだから使えば良いじゃない」
 先輩ってそんなに便利な言葉なわけがない。目の前にいるあんたとか、優希君の妹さんもそうだし、先輩だろうが何だろうが思いっきり反抗的だっての……まあ、優珠希ちゃんは分かりやすいからそうでもないけれど。
「ワタシは先輩を盾にする気はありませんから」
「ちょっと雪野さん。さっきから一体何なの? そんなに私に喧嘩を売りたいの?」
 可愛くないどころか生意気な後輩。
「やっと気づいたんですか? そうです。ワタシは空木先輩を盗った岡本先輩に喧嘩を売りたいんです。それが嫌なら明日からはまた、ワタシを放っておいてくださいっ!」
 もうあったま来た。この後輩は何を好き勝手な事ばかりを言い出すのか。
「明日は優希君も連れて三人で食べるからそのつもりをしときなよ」
 独りが辛いから昨日の統括会で涙を流し、さっきの購買でのみんなの視線がしんどいから、トイレで休み時間を過ごしたんじゃないのか。
 こっちも伊達に朱先輩から色々教わっているわけじゃない。気持ちと心のアンバランスくらいは分かるっての。
「ほら。そうやってワタシを嗤いたいだけじゃないですか。そうやって人の傷口に塩を塗るのが好きなんですね」
 何が傷口に塩を塗るのが好きなんだか。雪野さんが優希君を諦める気が無いって私にハッキリ言ったんじゃないのか。 (116話)
 塩くらい塗らしてもらわないと私だってやってられないってのに。
「分かった。そこまで言うなら明日も二人でお昼するから。明日も教室で待っているから五分以内に来なかったら、雪野さんの教室に私の方から行くよ」
 無論明日はものすごく気合の入れたお弁当を用意して。もちろんその時は、優希君にどのくらいの物を食べさせたのか。
 そこまで言う雪野さんの料理の腕を偵察させてもらう。もちろん私は雪野さんの料理の自信をへし折るつもりで挑む。
「ワタシと二人でって……空木先輩と二人でワタシの事を嘲笑いながら仲良くしたらいいじゃないですかっ!」
「ちょっと待ちなって。さっきから嗤いながらとか今の嘲笑いながらとか、雪野さんの中で私ってどうなってんのよ」
 もう話は終わりと言わんばかりに、食べ終えたお弁当箱を片付けてどこかに行こうとする雪野さんを引き留めるように口にする。
「二枚舌を使う人って思ってるだけです」
 に、二枚舌って……よりにもよってそんな印象なのか。何で蒼ちゃんや優希君、御国さんみたいに私の事を“素直で可愛い”って言ってくれる人がいる一方で、優珠希ちゃんやあの腹黒教師みたいに腹黒って言われたりするのか。
 彩風さんの昨日今日の行動と言い、今年の二年はあまりにも可愛げが無さすぎるんじゃないのかと思う。
「言っときますけど、岡本先輩。喋っている内容と目つきが全く違いますから。それじゃ失礼しました」
 そりゃこれだけ雪野さんに対してドロドロした感情が渦巻いているんだから、目つきが変わるのは仕方がないんじゃないのか。私自身が納得出来ない以上、その発言は取り消して貰わないといけない。
「……っ! 明日も待っているから。来なかったら二年の教室まで行って二枚舌だけは取り消してもらうよ」
「……」
 校舎に戻る雪野さんに一声かけて見送る。

 優珠希ちゃんの腹黒発言。
 彩風さんには“頑固”発言。
 そして雪野さんには二枚舌発言。
 各々二年の私の印象に不満を抱きながら、午後からの理数系の試験を受けるために教室へと戻る。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
        「少しわかったって……何かあったんですか?」
            見えない所で崩れ出す同調圧力
           「中条さんとは初学期以来だよね」
              キツイお説教の始まり
    「あの時の言葉に嘘はないですけど、今の愛先輩は不公平ですよね」
              もちろんもう一人にも

 「いえ大丈夫です。蒼依の配慮を聞きたかっただけなので、今日は失礼します」

          138話 同調圧力の怖さ ~分水嶺~
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み