第140話 敵をだますには ~腹黒の骨頂~ Aパート

文字数 7,123文字


 慶に関しては不満もあったけれど、それでも蒼ちゃんに優希君の事もちゃんと言えたし、何より本当に久しぶりに蒼ちゃんとの雑談が出来た。この当たり前のようで今まで特に、三年になってからは蒼ちゃんとはある意味優希君といるよりも長い時間一緒だったにも関わらず、こういう雑談をする機会がほとんど無かったのは事実だった。
 だからこそ蒼ちゃんと二人で、気分上々自分の教室まで来た時、
「愛美さんに関して島崎に何かを言われる筋合いはない」
「何を言ってるんだ。この前俺のクラスの女子に早く帰れって言われてるんだから早く自分の教室に帰れよ」
「あたしは愛美を泣かせるならって言った。あの時副会長だけって特定してない。二人共って言った」
「普通はクラスメイトに協力するはずなのに話が違うじゃないか」
「そっちの普通なんてあたしは知らない」
「とにかく島崎には関係ない。僕はここで愛美さんが来るまで待たせてもらう」
 何か見覚えのある三人で言い争いをしているのが目に入る。
 何となく嫌な予感がした私は、蒼ちゃんの手を握らせてもらって、三人の輪と言うか対面している三人の元へ足を運ぶ。
「おはよう優希君。朝からどうした――」
「――岡本さん。そんな軽々しく男の名前を呼ぶのははしたないから辞めた方がいい」
「愛美ごめん。これはあたしが原因。男の言う事聞かなくて良い」
「愛美さんはそんな人じゃない。今の発言は取り消してくれ」
 何が理由かはイマイチ判然としないけれど、何となく私が原因で実祝さんの何かが原因の一端を担っているって言う認識で良いのか。
 蒼ちゃんと一緒に優希君の側まで行って事情を聴くと、どうも昨日のお礼にと言う事で今日のお昼を私と一緒したいって思ってくれたみたいだ。
 そこまで妹さんの事を考えてくれる優希君の優しさが嬉しい反面、やっぱりまだ私が一番になれていない、妹さんの事を大切にしていると分かる優希君の態度に、どうしてもヤキモチと嫉妬が織り交ざってしまう。
 ただ今はそんな事よりも、教室の入り口前の廊下でこんな騒ぎを起こすと悪目立ちするからと、私と実祝さんで、廊下端の踊り場の方へと場所を移し替える。
 主に私は優希君をなだめながら、実祝さんにメガネを説得してもらいながら。

「副会長だからって意気ってるのかは知らないが、俺だって同じクラスメイトとして岡本さんとは仲良くしたいから、空木も他クラスにかまってばかりいないで、自分のクラスの女子に声を掛けてみたらどうだ」
 そして仕切り直しの開口一番、私と仲良くしたいからって言う意味も全く分からないけれど、それよりも何よりもこのメガネはなんて事を言ってくれるのか。よりにもよって優希君と他の女の子を仲良くさせるとか頭おかしいんじゃないのか。
「そんな事、島崎君には関係ない。あたしが謝るからこの前の朝の事、忘れて――ごめんなさい」
 私が憤っている間に、実祝さんがメガネ相手に頭を下げてしまう。
 何でこんな事になっているのかは分からないのだけれど、このメガネが何も悪くない実祝さんに頭を下げさせた。
 それだけ分かれば私には十分だ。
「何か分かんないんだけどさぁ、私の友達に謝らせるってどういう事? って言うか、さっきから聞いていたら自分のクラスとか、他所のクラスとか何勘違いしてんの?」
 朝の教室前の廊下から、階段踊り場に場所を移したにもかかわらず、初めの騒ぎの事を耳にした生徒が少しだけれど、こっちに注目しているのが分かる。
「それよりもこの人を愛ちゃんに紹介したアノ人は?」
「もし月森さんを言ってるんだったら、多分教室の中にいるとは思うけど、こいつが邪魔で分からなかった」
 優希君の返事を聞いて、蒼ちゃんが少しだけその表情を消す。
「こいつって、仮にも統括会の人間が嘆かわしい」
 そうこうしている間に優希君の悪口まで言い出す始末。女生徒Aにしてもそうだし、このメガネにしてもそう。
 ソリが合わないとかそう言う次元じゃなくて、私には意味の分からない人間と言うのもいるって事かもしれない。そうでないと私の事をはしたないとフッたこのメガネの意味が分からない。
 私は優希君と視線を交わして、お互いの意思を確認してから、
「夕摘さんありがとう。そろそろ教室に戻ろう」
「蒼ちゃんも楽しかった朝の登校の後にごめ――っ?!」
 これ以上は相手にしていられないと、メガネを放って教室に戻ろうとしたところで、
「おい! 僕の彼女に気安く触るなって」
 優希君が、私の腕を握ったメガネの手をはたき落としてくれる。
「ごめん。ありがとう。すごく嬉しかったよ」
 すぐにはたき落としてくれた優希君に感謝するも、どうも少し機嫌を損ねてしまった気がしないでもない。
「まあ良い。改めて岡本さんには俺の方から交際の申し込みをさせてもらう」
 それだけでも気になってしまうのに、信じられないほど好き勝手な事を言い残して先に教室へと戻っていくメガネ。
 教室に帰って行くのは好きにしたら良いけれど、私に対しての交際って何よ。あのメガネにみんなの前でフラれたり、それで優希君とも喧嘩みたいになってしまって言うのに、なのにまた交際の申し込みとか本当に意味が分からない。
 私はどうしたら良いのかな。
「優希君ごめ――」
「――二人ともごめん。あたしが早とちりしたのが原因」
 自分の彼女が、前から時々話に上がって来る男の人からの告白宣言みたいなのを聞いて、何も思わない、感じないなんて事はさすがに考え辛い。
「大体の事情も分かったし謝らなくて良いよ。僕も今後あの島崎って言う男にも注意しておくから、二人にも気にかけてもらえるとありがたいかな――それから僕は怒ってないから愛美さんも謝らないで」
 私への気遣いも忘れずに、私の背中に腕を回してくれる優希君。今は二人きりじゃないけれど、蒼ちゃんや今は喧嘩しているけれど友達の実祝さんが見ているだけだから、私の行動に驚いていたとしても、少し気恥しいだけでそこまでの抵抗は感じない。
「ごめん優希君。もうあんまり時間ないと思うけれど、私の背中を少し撫でて欲しい」
 私のお願いに対して二人共から息を呑む雰囲気を感じるけれど、そんな事よりも何回かあのメガネに背中を撫でまわされた事を思い出してしまって気持ち悪いのだ。
「背中ってまさかあの島崎に――」
「――空木君。気持ちは分かるけど、蒼依の親友だからって言うのもあるし、何より空木君は愛ちゃんを大切にしてくれるんでしょ? だったらその先を愛ちゃんに教える必要。ある?」
「……そうかも知れない。分かった、この気持ちは僕自身で何とかする」
 何かを言いかけた優希君の言葉を途中で止める蒼ちゃん。二人の間で私には分からない何かがあるみたいだけれど、やっぱり蒼ちゃん相手だと嫌な気持ちは分かない。だけれど、実祝さんの方は驚きに目を見張っている。
「愛美、副会長……あたし……本当にごめんなさい」
「大丈夫。僕も愛美さんも何も怒って無いし、仮に怒ってたとしたら習熟度テストの時に何か言ってるはずだから、本当に気にしなくて良いよ」
「……ありがとう副会長」
 実祝さんを優しく説得しながら、私の背中もまた優しく撫でてくれる優希君。しかも同じ男同士で何か分かるのか、あのメガネとよく似た触り方をしてくれる。やっぱり同じ触り方だとしても、優希君相手なら嫌な気持ちになるどころか、少しずつ私の体が熱を持ち始める。
「ねえ優希君。あのメガネがした触り方が分かるの?」
 その中でもやっぱり優希君の事なら知りたい。そう思って聞こうとするも、
「愛ちゃん。それは愛ちゃんが知らなくて良い事。愛ちゃんはそこまでしてあの島崎君の事も知りたいの?」
 蒼ちゃんに再び窘められる。今度は私が。
「それは絶対ないけれど、やっぱり優希君の事なら知りたいから」
 なんか辛い事や意味の分からない事も多いけれど、蒼ちゃんや優希君もみんないてくれるし、驚きながらも実祝さんも私たちの仲を好意的に見てくれている気がする。
 そして私が優希君の腕の中、私専用の場所で甘えていると、気を利かせてくれた蒼ちゃんが、私たちを二人きりにしてくれる。

「ねぇ優希君。さっき優希君は何を言おうとしてたの?」
 蒼ちゃんが見えなくなったのを確認してから、今は私専用の場所だって言ってくれた優希君の腕の中で私は、もう一度さっきの質問を繰り返す。
 やっぱり好きな人の事なら知りたいに決まっている。
「……ごめん愛美さん。別に愛美さんに秘密を作るとかそう言うんじゃないけど、男の事は僕に任せてくれるって約束したよね」
「……まあそうだけれど」
「じゃああの島崎の事は僕に任せてもらえないかな。その代わりあの島崎になんかされたら僕に何でも言って欲しい。そして僕に出来る事なら愛美さんの力になりたい……この愛美さん専用の場所で」
 そう言って私を優しく抱きすくめてくれる優希君。私の肺の中一杯に優希君の匂いが満ちる。
「でも優希君の言おうとしてくれた事を知らないと、言い逃してしまうかもしれないよ?」
 私は優希君の顔を見上げる。
「……っ。これは僕のワガママだけど、愛美さんにはそう言うのは知って欲しくない。愛美さんには愛美さんらしく伸び伸びと行動して欲しい」
 そしてあの時、優希君としての男心を語ってくれた事を、もう一度私に伝えてくれる。しかも今度は誇らしげに。
 やっぱり優希君は私にとって一番でありたいんだなって、男の人としての格好は付けたいんだなって分かる、伝わる。
 だったら私も、優希君の彼女としてここは引き下がらないといけない気がする。
「分かったよ。じゃあこれ以上は聞くのを辞めるから、何かあったら優希君が守ってね」
 優希君の腕の中で聞く優希君のワガママ。優希君の小さな秘密の窓を見つけて私の心が喜ぶ。
 それに、こっちが断っても、こっちが断られてもまた私に付きまとうあのメガネ。どうしたら良いのか私の中でも分からなくなって来てはいたから、そう言う意味でも優希君の言葉は嬉しい。
「ありがとう愛美さん。それと、愛美さん多分分かって無いだろうから。あの島崎は愛美さんの事好きだから」
「でも私、乱暴な女だから嫌いだって言われた事もあるし、優希君も知っている通り私、一回知らない間にあのメガネにフラれてもいるんだよ? それで好きとか意味分かんないよ」
 ひょっとして優希君。あの図書館でのデートの時に喧嘩になったの忘れているのかな……。
 私が寂しい思いをしているのに、得意げな表情を見せる優希君。
「違うよ。倉本みたいなタイプも確かに居るけど、基本男は好きな女にイジワルもするし、あの島崎は“押して駄目なら引いてみな。引いてダメなら押してみな”を実践してるだけだから。だから何も怖がることも焦る事も無いよ。ただ、相手の気を惹く時に使うテクニックだから、愛美さんは迷わずに僕だけを見てくれたら嬉しい」
 押して駄目なら引いてみろ。そう言うかけ引きみたいなのがあるのか。恋愛に関して疎い私には全くの別世界の話だ。
 私だったらやっぱり好きな人には優しくされたいし、あんまり意地悪をされるのは好きじゃない。ただ、優希君が私に対してしかイジワルをしないって言うから嬉しくなるだけなのだ。
 その上あのメガネからは、セクハラまがいな触り方もされて、全然共感できない気持ちを見せられたかと思いきや、今度は私を幻滅しただの、選ばなくて良かっただの……今まで分からなくて不安だった私の心に、一言で答えと安心をくれた優希君。
 それで、優希君だけを見ていたら良いなんて格好良すぎる気がする。
「あれ? でもちょっと待って? 優希君がそれを知ってるって言う――」
 優希君がどこで、誰のためにそんな事を知ったのかが知りたくて聞こうとした瞬間、予鈴がその邪魔をする。
「じゃあ僕らもそろそろ教室戻ろうか」
「……言いかけて辞めるなんて、ホント優希君ってイジワルだよね」
「もちろん。僕の好きな彼女相手だからね」
 そんな言い方されたら嬉しすぎて何も言えなくなるに決まっているから、
「――っ!」
 唇同士が軽く触れ合うだけの軽い口付けをして、優希君を放っておいて先に教室へと戻る。


 さっき優希君がメガネの事を教えてくれたから、あれ以降は特に悩む事も無く、メガネを気にする事も無く朝礼に挑む事が出来た。その朝礼の中で、昨日の校内学力テストの採点と言う理由で今日と明日が六限までで、改めて夏季課題に関しては明日4日まで。
 せっかく先生が親切に何回も期限の話をしてくれているのに、何人かの生徒が私

の方を向いているから、先生に見咎められている事すら気付けていない。
 ただそれとはまた別の話なのか、夏季課題に関しては昨日実祝さんの協力もあって提出できたはずなのに、元気と言うか、覇気そのものが無いように感じられる。
 そう言えば新学期に入ってから咲夜さんとはあまり喋れていないような気がする。だけれど、今日のお昼も雪野さんと一緒に摂りたいし、明日は休むと言っている蒼ちゃんも何とか説得しないといけない。そんな焦燥にも似た気持ちを抱きながら今日から通常授業が始まる。


 その授業中も時折咲夜さんグループは咲夜さんを、元々の女子グループは蒼ちゃんを伺いながらも、何とか午前中の授業を終える。
 そして午前中の女子グループの視線が、久々に蒼ちゃんの方へ向いていた事に、嫌な予感を覚えた私は、対雪野さん用のお弁当箱を持って蒼ちゃんの席へと向かう。
「今日は蒼ちゃんも雪野さんと一緒に食べるんだよね」
「もちろんだけど、今朝の出来事でアノ人の本性が愛ちゃんにもちゃんと伝わったよね」
「そんな、分かったって……咲夜さんの話も聞いていないのに」
 そしたら明らかに元気の無い咲夜さんに、追い打ちをかけるかのような蒼ちゃんらしくない言い方。
「でも夕摘さんも謝ったのに、アノ人は未だに知らんフリ。蒼依は空木君と喧嘩して泣いちゃう愛ちゃんなんて二度と見たくないよ。そう言う意味では朝の一件は、空木君の愛ちゃんへの想いはちゃんと見せてもらえたから、蒼依的には良かったけど、でもそれとアノ人の話は別だから」
 言葉では嬉しそうに言ってくれるのに、その哀しそうな、寂しそうな表情がまた一致していなくて、どうしても私の中に巣食った不安が消え切ってくれない。
 そうこうしている間に、今日中に課題提出を言われているにもかかわらず、咲夜さんグループに咲夜さんは持って行かれ、実祝さんもどこかへ行ってしまった。
 そしてテストが終わった所だからか、教室の中が半分くらいになったところで
「じゃあ今日も中庭の方で良いよね」
 昨日に引き続き雪野さんが顔を出してくれる。

 三人共が、雪野さんの出す気乗りしない雰囲気に押されて、ほぼ無言でグラウンド近くのテーブル席へと向かう。
 当然昨日は二人でお昼をすると言っていたからなのか、蒼ちゃんがいる事に不満を持ったのか、遠慮なく私に不満顔を向けてくる雪野さん。
「私の親友だけれど、まさか文句ないよね」
 さすがに蒼ちゃんに対して文句があると言われたら反撃をせざるを得なくなってしまう。
「やっぱり岡本先輩はワタシをバカにしてるんですね。昨日の最後はワタシと二人でお弁当にするって言ってたのに、お弁当をそちらのご友人に作ってもらったんですか?」
 ほんっとに腹立つ。これだと今朝慶が言っていた展開とほぼ同じだ。
「何で私が雪野さんとのお昼のために、蒼ちゃんに迷惑をかけないといけないのよ」
 常識で考えてそんな事あり得ない。その証拠に蒼ちゃんなんて、後輩からの言葉にびっくりして、さっきから一言も口を利いていないし。
「昨日あれだけの事を言っておいて、引くに引けなくなったって事じゃないんですか?」
 よくもまあ私の気持ちを逆撫でする言葉ばかり出て来るなと、ある意味で感心する。でもこっちだってあの腹黒の挑発や、ありえない程の狡猾さを隠した教頭ともやり合っているのだから、雪野さんごときの挑発なんかに乗る訳がない。
 ただ、前にも一回思った事があるけれど、この雪野さんとは本気で一回やり合わないといけない気がする……まあ、慶みたいに殴り合いとか、暴力的な事ではないけれど。
「そこまで言うんなら、私と蒼ちゃんのお弁当の中が一緒だって事で良いね」
 お弁当を作った事のある人なら分かると思うけれど、お弁当ごとにおかず、献立を変えるなんて手間がかかる事を朝からするなんて普通しない。そこを理解しているからか
「……まあそう言う事です」
 今日もお弁当を持って来ている雪野さんは頷かざるを得なくなる。
 だからこっちはそれを利用させてもらうだけだ。
「じゃあお弁当の中身が違ったら、お弁当のおかず交換をしてもらうけれど良いね」
 今日は雪野さんの心をこのお弁当一つでへし折らないといけないのだから、私の力作を口にしてもらわないといけない。
「そんな後出しの条件なんて飲めません」
「あっそう。じゃあ蒼ちゃんと一緒のお弁当、蒼ちゃんに作ってもらったって言うのを撤回する?」
 だから煽っててでも何をしてでも、このかけ引きに乗ってもらわないといけない。
 蒼ちゃんがびっくりしている中、果たして雪野さんがおかず交換に乗ってくれる。

 そしていつもの席。私の横に蒼ちゃん。私の正面に雪野さんが腰かけて、それぞれの前に自分たちのお弁当。
 そして三人同時にお弁当の蓋を開けると、そこには三様の色どりを見せたお弁当箱が顔を出す。
 よし、これで雪野さんの心をへし折れると内心意気込んでのお昼が始まる。

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