第144話 (【転】最終話) 【???】 ~集中会話~

文字数 28,610文字

【注】この話のみ全レイティングが付きます! 苦手な方でも、ここまで読み進め
   て頂けたなら最後まで追いかけて欲しいなって思います。

 ※2021年 9月28日 加筆・修正・校正 (Ver1.37)

「あの、少し時間良い?」
 放課後、部活も終わり校舎内に人気がほとんど無くなった時間になってようやく待っていた当人が友人と思わしき人と共に現れる。
 そしてその友人と思わしき生徒の顔を見て衝撃が走る。まさかここであの優珠希ちゃんや御国さんに暴力を働いていた、あのサッカー部の後輩男子、雪野さんの友達と当たるとは思っていなかった。それは思わぬところから、園芸部暴力事件の時に、天城さんとこのサッカー部との繋がりがあった事も証言だけじゃなくて物理的に、人間の繋がり的にも証明されたも同じだった。
「あ? お前誰だよ?」
 一方、蒼ちゃんの彼氏であるはずの戸塚君は、蒼ちゃんと一緒にいる時に、何度か顔を見ているはずだけれどそれすらも覚えていないのか、周りに女子がいない事も助けてか、普段みんなが思っているであろう戸塚君とは似ても似つかない声で会話が始まる。
 その横にいる雪野さんの友達であるサッカー部後輩男子は、私を覚えているのか、恨みのこもった視線と、嫌悪感の混じった視線を遠慮なく私に向けて来る。
 もちろんそこに私からの戸塚君やこのサッカー部後輩男子に対する敵意みたいなのも感じてはいると思うけれど。
 その中でも、なかんずく戸塚君が、私の体を不躾に上から下まで舐めるように見た後、
「おい! 行こうぜ!」
 私にいや、私の体に興味が湧かなかったのか、私の横を雪野さんの友人と一緒に通り抜けようとしたところで、私は戸塚君が通り抜けようとするのを邪魔するように一歩横にずれる。
「は? お前何のつもりだよ」
 その表情は普段みんなの前で“イケメン”と言われている表情・雰囲気とは全くかけ離れたものだった。
 本当に、つくづく人って言うのは見かけだけでは、今視えている表面だけでは判断できないと今更ながら思う。
 こんな男子のどこが良いのか、大部分の女の子に聞いてみたい。迷いの無くなった私にはこんな奴らに遠慮する気も言葉を選んで話をする気も全くない。
「私、時間ある? って聞いたんだけれど」
 蒼ちゃんが綺麗な涙をこぼしながら、ごめんね、ごめんねと繰り返しながら話してくれたこと。
 その軋む心の中に、葛藤と罪悪感をずっと持ちながらだった気持ちを、セミ声ながらにそのほとんどを話してくれた咲夜さん。
 私に対して後ろ暗い気持ちを持って、接していた事もあった事。体に凄絶さを刻み込まれたその蒼ちゃんの上半身全体と、嗚咽交じりの懺悔に近い言葉の事も……今の私に対する舐めまわすような視線、何もかもが悔しくて仕方がない。
「だったら早く言えよ! ただですら可愛くない顔が酷い事になってんぜ」
 そう言ってたいして大きくもない私の胸を見てあざ笑う戸塚君。こんな男と付き合う事を止められなかった自分が。
 蒼ちゃんがこんなにまで傷ついている事に今まで気づけなかった自分が! こんなにまで追い込まれていると気づけなかった……いや、気付ける機会があったはずなのに気付こうとしなかった自分がっ!
 だから今は、戸塚君の卑しい視線に嫌悪感を覚える事はあっても、間違っても恥ずかしい気持ちを覚える事は断じて無い。
「じゃあ、単刀直入に言うけれど、今すぐ蒼依と別れて」
 それでも蒼ちゃんはまだこの人の暴力という名の報復が怖いのかもしれない。だからあと一歩が踏み出せないのかもしれない。今でも当人たちが決める事だって思うし、最後の一言は蒼ちゃんが言わないといけないって思う。
 でも、前回そう思って失敗して、今こんな状況になってしまっている。蒼ちゃんには後で恨まれても良い。その時は“また”私が悪者になれば良いだけの事だ。こんな事になるのなら私がいくら悪者になったとしても、後悔は全く無いし、むしろもっと早くに私が悪者になっておくべきだった。
 私は今でも、いつだって私の周りの人間には笑っている事は出来なくても泣いて欲しくないのだ。
 その気持ちだけは今もこれからも絶対に変わりはないのだ。
「はぁ? 何でお前にそんな事言われないといけないワケ? ひょっとしてお前か? 俺の女共らをセンコーに突き出しやがったのは」
 蒼ちゃんの話をすると、やっぱり昨日の今日でもうは耳には入っていたのか、こちらに向かって威嚇するように声を低くして、その下卑た視線を隠すことなく一歩ずつこっちに歩を進めてくる。
 それにしても俺の女共らって……あの女子たちは好き好んで戸塚君の近くにいるんだろうから、私からは何も言う事はないけれど、戸塚君の良い所を探しながら、それでも一人暴力に耐え続けた蒼ちゃんとだけは一緒にしないで欲しい。
 その暴力を裏付けるかのような今の雰囲気。大体の女の子はこの雰囲気で迫られたら、泣き出すと思う。
 でも、朱先輩に出会うきっかけとなった私の弟は特別口が悪いのだ。加えて今ではナリを潜めてはいるけれど、暴力も一時期は本当にひどかった。その上、優希君の妹さんである優珠希ちゃんの言葉遣いも場合によってはすごい。
 だから凄んで来られても、これが戸塚君の本性なのかと思うだけなのだ。
 蒼ちゃんからしたら、とっても怖かったと思う。どうして私がその時、一緒にいてあげられなかったのか、その時に予知能力でも無いと分からない事だと分かっていても、後から後から後悔が押し寄せて来る。
 どうして蒼ちゃんの気持ちに、苦しみに気付いていたにもかかわらずもう一歩を踏み込むことが出来なかったのか。
 全部が全部詮無い事だと分かってはいても、“タラレバ”の話だと分かってはいても、どうしても後から後から後悔が押し寄せてきて止まらないのだ。
 朱先輩から人の話を聞く、人に寄り添う事も教えてもらって、実際私もそれで何回も優希君との事で、友達との事で、ボランティアの事で助けてもらっていたはずなのに。朱先輩に教えてもらった事を周りのみんなに伝えたいと、朱先輩に言い切ってもいたのにっ!
 怖がるそぶりを見せない私の態度が気に障ったのか、はたまた気に入ったのか、
「へぇ、お前みたいな気の強いやつ、嫌いじゃないぜ! 特別に俺の女共らのツケをお前一人で払わせてやるよ! 胸は小さいけ――なっ?!」
 そう言いながら片方の手で私の顔を無遠慮に撫でまわし、もう片方の手で服の上からとは言え、胸を思いっきり触られる。
 その触られた気持ち悪さとびっくりしたのとで思わず胸を触っていた戸塚君の手を力いっぱいはたき、顔を触られていた手から逃れるように大きく後ろへ下がる。なんで私が、好き好んで取り巻きをしている女の代わりにならないといけないのか。
「そんな汚い手で私に触んな。それと私を他の女子と一緒にすんな」
 その上、どうして蒼ちゃんって言う容姿端麗で良妻賢母な彼女がいながら、平気で他の女の子に触れるのか。
「おい、サッカー部のキャプテンで、女子からのあこがれでもある俺の誘いを断るなんて、他の女共らが知ったら、嫉妬と嫌がらせの嵐だろうなぁ。もし俺が女共らに言えば、お前明日から友達失くすぜ? 特にセンコー送りにしたお前はな」
 そしてどうして蒼ちゃんが私に頑なに言えなかったのか、私が踏み込もうとしてもかたくなに拒んだのか、答えが分かる。そうか、これで気の弱い蒼ちゃんが断れなくなったのか。そりゃ蒼ちゃんならこんな言い方をされたら何も言えなくなるだろうし、実際周りの人に言っても、聞いてもらうどころか蒼ちゃんが悪いと言われたのだから、その時点で何も言えなくなっていても何の不思議もない。
 蒼ちゃんもバカだなぁ、こんな男よりも私を信用して欲しかったなぁ。あんな女子たちじゃなくて、まずは私に初めに言って欲しかったなぁと思う反面、信用よりももっと暴力的で分かり易い、恐怖によって蒼ちゃん自身が身動きできなくなっていた事を身をもって知る。
 私はただ蒼ちゃんが暴力を振るわれているのを、女の子の体についたアザの事が広まるのが嫌なだけだとばかり思っていた。あの女子たちの嫌がらせが酷くなるのが嫌なのばかりだと思っていた。
 あの女子グループや、咲夜さんグループに付けられたアザ、戸塚君に屈服させるためだけの暴力だとばかり思っていたのだけれど、蒼ちゃんからの話で少しは予想していたとは言え、これはそんなに生易しい物じゃなかった。蒼ちゃんに恐怖を刻み込むための暴力。
 完全に都合の良い女にするための暴力。私たちの事なんか何も考えていない戸塚君……蒼ちゃんの本当の意味での恐怖心をやっと少しだけでも理解できたのかもしれない。
 それでも、私にも言えず、クラスの女子からの圧力にもさらされ続けていた蒼ちゃんの心境を理解するには圧倒的に足りないし、こんなもので知った気になるのはハッキリ言って言語道断だと分かる。
 そんな中にあっても蒼ちゃんは、私の話を聞いてくれたし、優希君との間も必死で橋頭保をしてくれた。その心に後ろ暗い気持ちを持っていたとしても、それ以上に私を助けてくれた。
 そんな蒼ちゃんの気持ちを知った気にはとてもじゃないけれどなれない。ただ私に出来るのは蒼ちゃんの深い優しさに心からの感謝を想うだけしか出来ないのだ。
 私が蒼ちゃんの気持ちを想う間に、私が戸塚君の手から逃れるために大きく下がった一歩を埋めるために、再度戸塚君がこっちに一歩を踏み出す。
 その一歩は体育会系で大柄な戸塚君からしたら普通の一歩だったのか、元の間よりも狭くなる。
 私は不躾な視線と、嫌な感じがしたからもう半歩後ろへ下がろうとして……元々部活棟の出入り口のガラス扉付近で待っていた私は、そのガラス扉に背中をくっつける事になる。
「蒼依の事、初めから好きじゃなかったのに蒼依に声かけたんだ」
 ただそれでも私がビビっている場合じゃない。蒼ちゃんの受けた暴力と恐怖に比べたらこんなのは何でもない事なのだ。
 それよりも蒼ちゃんに対する扱いや、蒼ちゃんの事をどう思って、あんなにも凄絶な事をしたのか、そこのところは絶対に聞き出さないと気が済まない。いや、聞き出して絶対にただでは済まさないつもりで戸塚君と対峙する。
 だから、私は自分の決意を示す意味でも、戸塚君が何かを言う前に、こっちから質問を突き付ける。
「ああ? 蒼依の事は好きだぜ?」
 私の質問に取り繕う必要もないという判断なのか、卑しい視線を遠慮なくぶつけてくる戸塚君。さっき触られた感覚も残っていて、気持ち悪い。この気持ち悪さは、お風呂に入って洗い流せるのか。
「あいつは、俺が求めたらいつでも応えてくれるからな」
 いつかの階段の踊り場での蒼ちゃんと戸塚君のやり取りの事を思い出す。あの時の事もそうだ。あの時もただ雪野さんの男版だと思って、話を聞かない、くらいの話だと思っていたのだけれど、その中身は全く違った。
 それはさっきの脅しとセットだったからだろう。だから嫌でも恥ずかしくても、応える以外の選択肢がなかったことは容易に想像できる。
 しかも求めるって……どう言うつもりなのか。いや、この戸塚君の卑しい視線と、私の胸に無遠慮に触れられた手。
 どう言うつもりも何も、男として女を求めるって言う事は、そう言う事にいくら疎い私でも流石に分かる。
 そう言う話じゃなくて私たちはまだ学生でどうあっても責任なんて取れるわけが無いのに、この戸塚君の無責任さには呆れを通り越して、怒りしか沸いてこない。それと同時に、あの放課後に女子たちが言っていた“戸塚君に他の女を抱かせて”これもひょっとしたら“そう言う事”なのかもしれない。
 今まで私は優希君に“ぎゅ”ってしてもらう事のように思っていたのだけれど、明らかにそう言うイメージからは程遠い。
 もちろん好き合っている男女なんだからそう言う事も普通にあるんだと思う。でもそれを恐怖によって、暴力によって無理やりって言うのはもう犯罪と同じだ。女の子を性の道具としてしか見ていないこんな男に、私の一番大切な親友である蒼ちゃんを任せるわけには断じていかない! 
 ましてや蒼ちゃんがいるのに、他の女子と“そう言う事”を平気で出来るような男の人に、蒼ちゃんに触れさせるわけにはいかないっ!
 不躾な視線、遠慮なく突然触られた胸。たった短い時間での行動だけでも半ば答えは予想出来てはいたけれど、あまりにもあんまりな答えに、悔しさや怒りを通り越して絶句する私。そんな私の姿に好き勝手な解釈をしたであろう戸塚君が
「お前みたいな気の強い女は嫌いじゃないぜ! 胸は小さいけど、気の強さに免じてもう一回チャンスをやるよ。あの女共らのツケをお前一人でまずは俺に払えっ!」
 そう言って今度はスカートの中に手を入れてって! 冗談じゃない!!
「触んなっ!!」
 思いっきり(ちから)いっぱい、戸塚君を蹴り飛ばす。
「キャプテン大丈夫っスか?!」
 後ろにたたらを踏んで、こけそうになった戸塚君の元に慌てて駆け寄る雪野さんの友達であるサッカー部後輩男子。
 あまりにも気持ち悪くて吐きそうになる。そしてこれも夏休み前の放課後に昇降口の所でえずいていた蒼ちゃんの姿を思い出す。そうか、あの時も戸塚君から普通の暴力じゃない性暴力を受けた後だったのか。
 私は昇降口から連想した、あの女子グループからの暴力だと思っていた。本当に蒼ちゃんの何を今まで見て来たのか、自分自身のあまりにものふがいなさに、自分がどうにかなってしまいそうだ。
 しかもさっきの言い方からして、蒼ちゃん以外の女の子にも同じような事をしていたのも理解してしまっている。もちろんこんな酷い話、私か蒼ちゃんにする事は絶対ないけれど。
 だからなのか、さっきも遠慮なく触られた私の太もも。戸塚君とかあの女子たちとは違って、誰でも良い訳じゃ無い。
 私の中ではこういうのは優希君以外には考えられない。その優希君ですらもまだ見せてもいないし、触って

事もまだ何もしてもらってはいない。
 ……触って

……そこで自然に、私自身の体が優希君に触れて欲しいと求めているのだと今初めて気付く。
 気が付けば後は早かった。まるで一瞬だった。私の体が今までにないくらい(あつ)(ねつ)を持つ。
 その熱はあの星降る夜に優希君に“ぎゅ”ってしてもらった時の、夏休みの放課後の役員室でしてもらった“ぎゅ”とは全く比べ物にならない。それが自分でもはっきりと自覚できるくらいには熱を持っている。
 さっき一瞬でも触られた胸も、顔も……その気持ち悪さよりも、優希君に触れてもらって上書きして欲しい、顔も胸も体中全てを優希君だけに触れて欲しい。優希君以外には触れられたくない。今触られた感触も嫌な気持ちも全部優希君に(さわ)ってもらって、()れてもらって、求めてもらって私の体を優希君一色に染め上げて欲しい。
 心と体の全てが優希君を求めていると理解する。
 そして蒼ちゃんがいつからか、言わなくなってしまった、言えなくなってしまった
「――“安売り”は駄目だよ――」
 咲夜さんが言ってくれたこと、
「――こんなパッとしない男どもらにはサービスする必要なし――」
 朱先輩が言ってくれていたこと
「――愛さんもこの人! って決めるまでは、あんまり気を許し過ぎたらダメだよ。男の人ってすぐに勘違いしてしまうんだよ――」
 私の親友・朱先輩・友達の言葉が濁流となり私の頭の中に浮かび上がっては消えて行く。
 ああ、こういう事なのか。だから蒼ちゃんが事ある度に私に注意をしてくれていたのか。
 今なら分かる。やっぱり私は女なのだ。だから好きな人以外には見せたくないし見られたくない。ましてや触られるなんて以ての外だし、あのメガネに触られた時と優希君との時でどうしてこんなに感覚が違ったのか、本当に皮肉にもそれを戸塚君から教えられてしまう形で理解する。
 そして優希君の独占欲も思い出す。
 ――僕以外の前では私服姿のスカートを穿いて欲しくない、見せて欲しくない――
 そう言う事か。やっぱり優希君もその時から男の子だったんだ。優希君の男の部分を理解した瞬間もう駄目だった。
 こんな状況の中で皮肉にも私は自分がどうしようもなく“女”である事“恋”をしている事を自覚させられてしまう。
 そう理解してしまうと、次は優希君以外に触られると言うものすごい恐怖感と優希君以外に体をさっき触られた嫌悪感が私を襲う。
 その感覚は自覚するまでのさっきとは、全くの別次元の気持ち悪さだった。
 だからこそ、ここで約束をしてもらわないといけない。
 今は私の話よりも蒼ちゃんの気持ちが先なのだ。この気持ちにずっと晒されていた蒼ちゃんを一番の優先にするのは、もう迷う必要は無いのだ。
「もう一回だけ言う。蒼依と別れて」
 こんなのに蒼ちゃんは誰にも言えずにずっと独り、恐怖と心細さ、踏みにじられる女としての尊厳に耐えてきたのだから。
 蒼ちゃんと戸塚の関係を知りながらも知らんフリを続けた学校側。気付いているのに匂わせるだけ匂わせて決してその中身を口にしなかった腹黒教師。どう考えても学校側の対応も、あの腹黒の対応も許せるものじゃない。
 蒼ちゃんの恐怖心と気持ちを知って、そのままにするなんておよそ人のする事じゃない。
 さっき私が蹴り返したこと、それでも表面上は怖がらずに戸塚君に言い返した私にいら立ったのか、立ち上がった戸塚君の表情を見て、雰囲気を感じ取って私の中に恐怖心が芽生え始める。
 蒼ちゃんはいつからこんな気持ちで私たちと学校生活を送ってきたのだろう。今回の蒼ちゃんも、雪野さんが巻き込まれた悪意ある噂も、優珠希ちゃんと佳奈ちゃんの園芸部も、クラスでのいさかいもみんな、私は統括会に入ってみんなが悲しまないようにって、少しでも短い学校生活を楽しめるようにって、私は今まで何を視てきたんだろう。
 私と同じ学校生活を送りたいって言ってくれた蒼ちゃんに対して、私は何をしていたんだろう。
 朱先輩が教えてくれていたのに、どうして一番の親友だって胸を張りたい蒼ちゃんを見ることが出来ていなかったのだろう。昨日知ってから何度も何度も自問して来た自分自身の行動。なのに答えなんかまるで出る気がしない。
 あの優希君との時はみんなの前で思いっきり涙してしまったけれど、元々人前では、出来うる限り朱先輩の前でしか泣かないって決めていたのに、悔しくて、悔しくて視界がぼやけてくる。
 何でこんなどうしようもないクズ男の前で涙を見せないといけないのか。悔しくて悔しくて歯を食いしばっても、私の涙は止まってくれない。
「何? さっきまでの勢いはどうした? 今更大人しくしても、さっきのが最後のチャンスだったからな。いい加減女共らのツケを払えって言ってんだよ!」
 負けたらダメだって思いながらも、必要以上に大きな声とどすの利いた声に膨れ上がる戸塚君に対する恐怖心と嫌悪感。
「この落とし前はつけてもらうぜ!」
「キャプテンこっちです」
 私の恐怖心にも嫌悪感にも構うことなく、私は戸塚君に力任せにつかまれて、もう一人、雪野さんの友達に(いざな)われるように、近くの更衣室に引きずり込まれる。
「あ? ほんとにさっきまでの勢いはどうしたんだ……よっ!」
 それと同時に戸塚君に押し倒される――だけでなく、近くの更衣室に引きずり込まれた私は、雪野さんの友達にそのまま馬乗りされる。
「?!」
パニックに陥った私がその後輩男子をどうにかしようともがいていると、
「この前の恨みここで晴らしてやる。女のくせに先輩だからって調子乗ってんなよっ!」
「――っ!」
 そのまま力ずくで朱先輩からの大切な貰い物のブラウスを引きちぎられる。私が恐怖で引き攣ったノドで声を出せないでいる間に、
「なんだよ、色気のないパンツ履きやがって」
 下半身がガラ空きになってしまっていたのも手伝って、戸塚君の方からは丸見えになってしまっていたのか、求めてもいないのに遠慮なくその感想を言われる。それに気づいた私が慌ててスカートを抑えようとするも、その手を馬乗りになっている雪野さんの友達に阻まれてしまう。
 なす術無く恐怖心だけが恐ろしい勢いで膨れ上がる私に、言葉とは裏腹に卑しい声を隠そうともせずに、ジロジロとスカートの中に視線をやるのを感じる。
「そんな子供みたいなパンツに興味なんてねえよ。俺の女共らでも、もう少しマシなの履いてたぞ!」
 もう蒼ちゃん以外の女の子もそう言う目でしか見ていなかった証明だった。それを体現するかのように、さも当たり前のように、私の足に手をかけて下着を取ろうとする戸塚君。その瞬間優希君への罪悪感と共に膨れ上がった恐怖心が爆発した私が
「や、やめ――『やめてーー!』っ!」
 叫びかけた時に、
「愛ちゃんに乱暴しないで!」
 半ば叫ぶようにして、今日学校を休んだはずの蒼ちゃんが人気のない更衣室に飛び込んで来る。
 でも私は、恐怖で喉がひきつっていて、蒼ちゃんの姿を見ても今度は声を出すことが出来ない。
「ハァ? 蒼依が何でこんなとこにいんだ? お前今日休むんじゃなかったのかよ。俺は休めって指示しただろ!」
 健康診断の日に休めと言ったであろう戸塚君が悪びれる事無く、その言葉を口にする。その戸塚君の言葉に耳を貸さず蒼ちゃんが私の姿を確認したとたん、こんな奴に見せる必要のない涙を目に浮かべ、そのまま瞼から涙がこぼれ落ちる。
「家に電話をかけても繋がらなかったから、もしかしてと思って愛ちゃんを……っ探してたの」
「ハァ? お前には今は用はねえよ。俺はコイツに相手してもらって、あいつらの分のツケも払ってもらうんだよ」
 そう言って私のスカートを乱暴にまくり上げる戸塚君。
「先輩。いつか俺の言った“ベットの上で鳴かせてやるって”覚えてますか? ベットって言う約束は果たせませんが、鳴かせてやるって言う約束だけはちゃんと果たしますよ」
 その間も私に馬乗りになった雪野さんの友達が、私の抵抗を無効化するだけでなく、引きちぎられたブラウスの中に着ていたシャツの上から、再び私の小さい胸を乱暴に揉まれ、その度に痛みと共に優希君への罪悪感が積み上がっていく。
「分かった。蒼依が……相手っ…するから……愛ちゃん…っから離れ……て!」
 蒼ちゃんが泣きながら、押し倒されて半ば上半身下着姿になってしまった私に、私に夢中になっていたからか、抵抗なく雪野さんの友達と戸塚君を押しのけた蒼ちゃんが、二人の視線から庇うように覆いかぶさる。
「間に合って良かった。間に合ってないけど、まだ最悪じゃなくて良かった」
「それと……ごめん……ね愛ちゃん……っ謝っても……っ…謝っ……ても、許して……もらえ……ないだろうけどっっごめんねっ……」
「蒼……依がっ……あの時に……っ恥ずかしがって……っないで……愛ちゃんの……言って……っくれた事……に耳を……傾けて……おけばっ良かったっ。本当に……何回謝っても……済む状態じゃ……っないけど、本当に……ごめんね」
 後から後から零れ落ち来る涙をぬぐう事も忘れて、止まる事を忘れたかのように涙をこぼし続けながら私に、ごめんね、ごめんねとただ繰り返す、嗚咽交じりの悲痛なすすり声だけが、昨日の保健室内での咲夜さんの再現かのように更衣室に響く。

「蒼ちゃん良いから。蒼ちゃん悪くないから。大丈夫だから。それに今日の事は外出禁止だって言われていたのに破った私の責任だから。蒼ちゃんは何も気にしなくて良いんだよ」
 いつの日か、クラスメイトに悪口の同調を強要されて、何も言えなかったあの時のように泣き止みはしたものの、未だしゃっくりあげている蒼ちゃんの背中を、私自身に非があるのだと精一杯伝えながら優しく撫で続ける。
「愛ちゃん……っごめんねっ。蒼依のせいで……愛ちゃんをっこんな目に遭わせて」
 蒼ちゃんの方が辛かったはずなのに、気づけなかったのは私の方なのに、蒼ちゃんは私だけを気遣ってくれる。
 まだ嫌悪感は吐きそうなほど気持ち悪いくらいだし、膨れ上がった恐怖心も消えるどころか、これから先を思うと、私たち女からしたらもう地獄絵図しか浮かばない。
 ここが本当に学校の中なのか疑いなくなるような非日常が、目の前で展開されようとしている事実に、増々恐怖心が増長される。いや、蒼ちゃんは今まで一人この中に放り込まれていたのだ。
 あの優希君の時と同じように、私だけが悲劇ぶっている場合じゃない。一番しんどかったのは蒼ちゃんなんだから、私はこんなところで折れている訳にはいかない。
 いくら心をそうやって奮い立たせたとしても、朱先輩からの大切なブラウスも破られて、もうこのままだと外を歩く事は出来ない。
 その上、さっき自分がどうしようもなく“女”であり“恋”もしている事を意識させられてから、優希君を心と体の両方で求めているのをはっきりと理解してしまっている。その上で恐怖心も残ったままだけれど、事態は好転していないし、何より話もついていない。
 それでも、怖くても、私がどうなろうとも、私は蒼ちゃんの親友だと……ううん親友だなんて言葉では言い表せないくらいの気持ちを持って、胸を張って言いたい。蒼ちゃんは私にとって無二の親友なんだって。親友以上の関係なんだって。それ以上を表す言葉を知らなくてもどかしいんだって!
 今まで気付けなかったのだから、気付けた今、何が何でも蒼ちゃんを見捨てたりはしない。
「蒼ちゃ――」
「――じゃあ蒼依さっき言った事覚えてんな? ここで頼むわ」
 私が言いかける前に、戸塚君が蒼ちゃんに命令する。
「な?! ここでって……」
 他にも雪野さんの友達がいる中でなんて、正気の沙汰とは思えない。
 咲夜さんが言っていた通り、いやしくもみんなの前で“そう言う事”をさせていたって事の証左だった。
「お?! じゃあ俺も見るのは良いんですか?」
 しかも、雪野さんの友達はその現場を嬉々として見ると言う。こんな性格だって言う事を雪野さんは……絶対知らないに決まっている。あのきっちりした雪野さんが知っていたら、絶対こんな男子とは友達をやっていない。
「あんま見んなよ? 俺の女だからな。どうしてもって言うなら、そっちの貧乳にしとけ」
 戸塚君の言葉で雪野さんの友達の私を見る目が変わる。

「ちょっとあんた! これは何の真似なの? こんな事して雪野さんがなんて思うかとか考えないの?」
 蒼ちゃんの方もさることながら、雪野さんの気持ちを思うとこっちもどうにかしないといけない。それにさっき自覚させられたばかりの、女ならではの優希君への罪悪感もこれ以上は駄目だ。雪野さんと優希君との、後から聞かされた口付けを思い浮かべたら、例え他の人からの無理矢理だったとしても、ずっと残るに決まっている。
 ましてや私も優希君の口づけ以上は全て初めてなのだから。
「はぁ? 先輩が何で(ふゆ)と俺の関係知ってんですか?」
 私の頬から胸、お腹にかけてを、手の甲でゆっくりと撫でまわす雪野さんの友達……雪野さんを(ふゆ)って呼んでいるのか。私はこの二人の仲の良さに少し驚く。でもそんなのも何もかも後回しだ。蒼ちゃんも止めいといけないから、私はこの吐きそうなほどの嫌悪感もさることながら、雪野さんとの親密度なんていちいち構っていられない。
「初学期のような騒ぎを起こしておいて、バレないと思っていたの?」
 一通り撫でたらやっぱり男なのか、私のたいして大きくもない胸を手の甲で執拗に撫で始める。
(ふゆ)には何も言ってないからバレるわけ無いのに、まさか他にも知ってるやつがいやがやったのか? せっかくあの生け好かねぇ空木って野郎と引っ付けてやろうと思ったのに」
 優希君への罪悪感と必死で戦いながら、雪野さんの友達と言うこのサッカー部の後輩から可能な限りの話を聞き出そうと、決死の思いで気持ち悪い感覚を意識の外に放り出す。
 優希君と雪野さんを応援していたのはあの女子グループだけじゃなかったのか。この目の前の男子も雪野さんの応援をしていたのか。
「引っ付けるのに、初学期の時に何で雪野さんの立場が悪くなるような嘘と偽りに染まった噂を流したの? 本当に応援する気あったの? ――っ」
 あの騒ぎと噂のせいでどれだけの生徒と、私たち統括会が振り回されて、雪野さんがどれ程辛い目に遭ったのか、この友達とか言う男は分かってないのか。
 その私の言葉が何かの琴線に触れたのか、私の胸を乱暴に揉み始める。
「痛いっ! 辞めてっ!」
 痛みに耐えられず私はその手から逃れようともがく。
「お前みたいなやつに、(ふゆ)の何が分かるんだよ! お前がいるから(ふゆ)はっ! (ふゆ)はっ!!」
 だけれど男の人の力。ましてや今は私の上に馬乗りになっているのと、運動部の力に私が叶う訳もなく、私の抵抗は後輩であっても歯牙にもかからない。
 こんなところ優希君に見られたらどう考えても関係が終わってしまう。それだけは嫌だ!
「そんな逆恨みみたいな話をされても知らない! お願いだからそこを退いてっ!」
 私は力いっぱい押しのけようとするけれど、どうしても動かない。
「しらばっくれるなよ! 先輩が俺と(ふゆ)の邪魔をしたあの昼休みは忘れてないですからね」
 そう言って今度は私の顔を力任せに片手でつかんで来る。
「邪魔って……」
 結果としてそうなってしまったかもしれないけれど、あの日の昼休みのやり方は“統括会”としては認められない。
「あの時のせいで、(ふゆ)のイメージが固まってしまったんですよ? 強引で、人の話を聞かないって」
「だけれど、その後に暴力の噂を流してそのままにしたのはあんたなんでしょ」
 何でもかんでも統括会のせいにはさせないし、こいつが働いた暴力をこのままうやむやにはしない。
 ここで絶対に暴いて、白日の下に晒してやる。それは雪野さんに傷をつける事になったとしても、私は辞めない! 
 私は蒼ちゃんを第一に考えるって決めて、今日ここにいるんだからっ。
「そんな事まで分かってるなんて驚きですが、それがどうしたんですか? (ふゆ)は俺の友達なんですから先輩には関係ないですよね?」
 一瞬言っている意味が分からなかった。
 俺の友達だから何なのか。
「関係無いってどう言う意味?」
「どう言う意味も何も、俺は冬と言う人間を小学校の時から知ってるんですよ。だったら何も知らない先輩には関係ないじゃないですか。冬と言う人間をちゃんと知ってから喋ってもらえます? そう言う意味です」
 何を言っているのか。本当に雪野さん自身を知った上で、こんな非現実的な事を繰り広げているのか。これを知った時、雪野さんがどういう気持ちになるかを、こいつこそ分かってないんじゃないのか。
「そっちこそ雪野さんを知った気になって喋んのは辞めて。悪いけれど今日の事、私はちゃんと隠さずに雪野さんに言う――っ!」
 これ以上雪さんが何も知らされないまま、悪者になってしまうような噂を広げられて孤立するのは、どうしても認められなかった私が言い切る前に、力任せだと思うけれど、頬を“グー”で殴られる。口の中に広がる鉄の味からして、今度こそ口の中を切ったっぽい。
「元々先輩も、あの空木って言うクソッタレもいなかったらこんな事にはなってなかったんだっ! なのに何勝手に俺らの間に入って来て、引っ掻き回そうとしてんだよ!」
 その上、私の気持ちも、雪野さんの気持ちも一切考えないで、自分勝手な話を続ける雪野さんの友達。
「……人って他人の物を欲しがるじゃないですか」
 唐突に話が飛んだ気がする。それでも依然私の顔を掴んでいる手は離してはくれない。
 それどころか私に聞かせるためか、雪野さんの友達の顔が近づいてきている気がする。
「先輩があのクソッタレに熱さえ上げなかったら、(ふゆ)もここまで本気になる事は無かったんだ」
 そう言って憎々しげに私の顔を間近で睨みつける雪野さんの友達。
(ふゆ)が本気にさえならなければ、俺だってここまで焦る必要は無かったし、来年になったらクソッタレな空木って奴も先輩もいなくなっていたんですよ」
 ……まさか……まさかまさか。いやでもさっきは優希君と雪野さんをくっつけるって言ってたんじゃなかったのか。
「この責任どうやって取ってくれるんですか? (ふゆ)の気持ちと俺の今まで、“生徒会”として、どうやって保証してくれんですか?」
 そう言ってどんどん私に顔を近づけて来る雪野さんの友達。
「――ってちょっと離れてっ! いやっ!」
 かと思ったら、もう優希君専用となっているはずの私の唇に、そのまま口づけをしようとする雪野さんの友達に本気で焦る私。
 その顔を突き出した瞬間、腰が浮いたからと、私は全力で雪野さんの友達をビンタと共に押しのける。
「先輩。人の邪魔だけはしておいて、先輩は一人のうのうと幸せを享受するんですか。そんなの俺が納得するわけないだろっ!」
「――やめてっ! 痛いっ」
 それに逆上した雪野さんの友達が、支離滅裂な理論を振りかざして再び私の上にまたがって再度頬を殴られる。

 その横で、蒼ちゃんが私の声に耳を傾けてくれず、ブラウスのボタンに手をかけ始める。
「ちょっと蒼ちゃん! 駄目! こんな奴の言う事聞く必要ないよ!」
 私に逆上した雪野さんの友達が、無言で私の肌着に手をかける。雪野さんの友達の説得を諦めた私はそれにかまう事なく、蒼ちゃんの行動を止めようと、今ここで服を脱ごうとする蒼ちゃんに声を掛ける。
「あ? どうした蒼依? 今やらないと明日女共らに言いふらすぞ。それとも蒼依の親友だったか? の犯される現場を見る方が良いのか? まあどっちにしてもあの女共らのツケも払ってもらうのは変わりないけどな」
 すかさず戸塚君が脅しに入る。そこまで恐怖心を刷り込まれているのか!
 駄目だ! 今、ここで関係を断ち切ってしまわないと、このまま卒業するまで弄ばれてしまう!
 私もシャツを引きちぎられて、お父さんはおろか、優希君にも誰にも見られた事の無い下着姿を、雪野さんの友達に晒してしまう。そこから先は、さっきまでの会話は何だったのか、本当に私に対して“人って他人の物を欲しがるじゃないですか”を実行しようとしているのか、無言で私に乱暴する雪野さんの友達。
 それでもかまう事なく蒼ちゃんに対して、蒼ちゃんの行動を止めたくて何でも良いから言葉を絞り出す。
「蒼ちゃん! 今ここで言う事聞いたとしても変わんないよ!」
 それでも止まらない。
 雪野さんの友達も私に対する無言の乱暴を止めない。それでも私は諦めない。
 胸を張って親友と言い張りたい蒼ちゃんを絶対にあきらめないっ!
「今までずっと一人そうやって脅されてきたんだろうけれど、今は私も聞いてる!」
 ブラウスのボタンを外す手は止まらない。
 肌着も破り取られた私も、完全に上半身下着姿になってしまう。
 私の中のほとんどは恐怖心で一杯になっているけれど、蒼ちゃんはこれを今までずっと独りで耐えて来たのだ。
 だったら今度こそ私だけが怖いなんて言って諦める理由にはならない! 優希君の時の二の舞だけはしないっ!
「今までは一人だったかもしれない! でも今は一人じゃないんだよ! 私も聞いてるんだよ!」
 それでも、私の決意届かずブラウスを脱いでしまう手も止められない。
 スポーツブラまでまくり上げられた私の体は再び、今度は直接雪野さんの友達に弄ばれ始める。
 それでも今、食い止めないと蒼ちゃんは卒業まで弄ばれてしまう。前にも言ったけれど人に変わりはいないのだ。
 私の唯一無二の親友に代わりなんていないんだ!
「蒼ちゃん! 私は今日の事が片付いても蒼ちゃんとは親友だよ! 今日の事なんて関係ない! 今日自宅待機だって言われていた中、勝手に抜け出した私が悪いんだから、蒼ちゃんが責任を感じる必要なんてないんだよ!」
「おいっ! 女のくせにうっさいんだよ! 先輩の相手は俺だろっ!」
「――っ!」
 私がイチイチ口出するのがうっとおしかったのか、今まで無言で私に乱暴していたにもかかわらず、私の頬を三度目拳を作って殴る後輩男子。
 それでも私は声を上げない。こんな奴に上げる声なんて持っていない。それは私に出来る抵抗の一つのつもりだ。
 その傍らでも、蒼ちゃんのブラウスを脱いで、シャツを脱ぐ手も止まらない。
 声すらも上げない私にイラついているのか、私の小さな胸を乱暴に揉む続ける後輩男子。当然痛みと嫌悪感しか感じない。
 けれど蒼ちゃんが受けた心の痛みに比べたらこんなのは比べるまでもない。私は痛みと嫌悪感、それに優希君への罪悪感と必死で戦いながら声を掛け続ける。
「周りに何を言われたって変わらない! 実祝さんや今は私も許せないけれど咲夜さんだってちゃんと理解してくれる! 昨日の保健室でのあの二人を見たんでしょ? だったら蒼ちゃんはもう一人じゃないって分かってるんじゃないの?!」
 三度目殴られた時に口の中を大きく切ったのか、強い鉄の味が広がる。しかも口の中も腫れているのか少し喋りづらい。
「でも……」
 そうこうしている間に、蒼ちゃんの元はキレイだった肌に、体に、出来た痛々しい痣を隠す事も叶わない上半身下着姿になってしまったところで、蒼ちゃんの手が初めてためらいを見せる。
「蒼ちゃんはもう一人じゃないんだよ! それに蒼ちゃん自身を分かってくれる友達もいる。それは昨日の咲夜さんや実祝さんだけじゃない。後輩の彩風さんや中条さんも蒼ちゃんの事ちゃんと友達だって思ってくれている。戸塚君の事だって良く思っていない――っ!!」
 畳みかけるなら、止めるなら今しかない。
 そう思った瞬間に私の頬にすごい熱が生まれる。遅れて尋常じゃない痛みが頬を中心に首筋にまで広がる。
 馬乗りにされている私の顔めがけて力任せに殴られた……いや頬を蹴られたのだと遅れて気づく。
 私は怖気づいてしまいそうな心を必死で奮い立たせる。蒼ちゃんはこんな比じゃないくらいの恐怖を今まで一人味わって来たんだ。
「お前調子乗んなよっ! 俺を良く思ってないって何だよ。お前一人が思ってる戯言を勝手に口にすんなよ!」
 これはあの妹さんの時の比じゃなくらいに痛い。あの時以上に腫れるのも間違いない。
 私の頬を遠慮なく蹴った、悪魔の一言とその行動が止まりかけた蒼ちゃんをまた悪魔の鎖のごとく動かしてしまう。
「じゃあお前が相手してくれるんだな――なんだ準備出来てないのか? ――おい! 退け」
 私に馬乗りになっていた雪野さんの友達を、戸塚君がまた意味の分からない事を言って退()かしてしまい、その矛先を蒼ちゃんから私へと素早く変えてしまう。
 後輩男子が退()いたのを確認した戸塚君は、不満そうに私の下半身を見た戸塚君……いや、戸塚が、スカートを抑える事も叶わないまま、私のふくろはぎを撫でて、その手を少しずつ上に上げそのまま下着まで取られてしまう。
「……」
 その様子を嬉しそうに、つまらなさそうに、でも興味を持って見ている雪野さんの友達。
 それでも、私が声を上げたり抵抗すれば、その矛先がそのまま蒼ちゃんに行く事を思うと、私の思いを声に出す事はどうしても出来なかった。
 今の私は上半身はまくり上げられたスポーツブラも相まってほぼ裸で、下半身は戸塚によってスカートの体も成していない、ほとんど裸と変わりない。むしろ雪野さんの友達からは上半身の衣類を破られ、戸塚君からは下着を取られてしまったのもあって、ただの下着姿よりも酷い。
 ――ごめんね、優希君――
 どうしようもなく“女”である事と“恋”をしてる事を自覚した私は心の中で、強く、強く、深く、深く恋人に詫びる。
 自分からなんてもちろんあり得ない、無理矢理とは言え自分の彼女が他の男の人に体を触られるのを、(まさぐ)られたことを知ったら良い気がするわけがない。
 もし私が反対の立場なら、悲しくて、悲しくて間違いなく泣いてしまう。その気持ちを私は雪野さんの時を通して嫌と言うほど味わっている。あの時は朱先輩が話を聞いてくれた上に、蒼ちゃんも私を応援、理解してくれていたのも遅れて昨日知る事が出来た。分かっていてもどうする事も叶わない私は、ただ心の中で優希君に詫び続ける――
 そして、その手が再び股関節の付け根に差し掛かった時、
「やめて! それ以上愛ちゃんに触らないで! 蒼依が相手するから!」
 そう言って、私の太ももの付け根にあった戸塚の手を払いのけて、そのまま蒼ちゃんが戸塚を無理やり自分の正面へと向けなおす。
 ――そして(みずか)らスカートを脱ぎ始める。
「待って蒼ちゃん! 私だけじゃダメ? 他のみんなが嫌がらせをしても私は絶対にしない!」
「でも蒼依は愛ちゃんに蒼依の代わりをしてもらうのが、許せないの……ごめんね」
 膝立ちになった蒼ちゃんが、再びスカートを落とすために手を動かし始める。
 ただ今度は戸塚の声が無いからか、私と蒼ちゃんのあられもない姿を見ているだけで、何も行動しようとはしない雪野さんの友達。
「蒼ちゃんはもっと自分を第一に考えて良いんだよっ!」
「……もし愛ちゃんにそんな事させたら蒼依、空木君に合わせる顔がないよ」
 これ幸いとばかりに、何とか蒼ちゃんを止められる言葉を探して口にするけれど、中々止まってくれない。それどころかやっぱり蒼ちゃんは私の気持ちを余す事なく分かってくれてしまっている。本当に相手を知りつくしているって言うのは、こういう時はとても……辛い。
 どうしよう……優希君の優しい表情が頭にあって、好きな気持ちが爆発して、今の私にはこれ以上蒼ちゃんに届く言葉を持ってない……っ!
 それでも、何でも良いから言葉を紡がないとっ
「みんな蒼ちゃんが言う事を受け止めるよ! 明日からはみんな受け止めてくれるって蒼ちゃんなら気付いているんじゃないの?!」
 スカートも落として、スカートに隠れていた部分の痣も露わにして、蒼ちゃんも完全な下着姿になってしまうのを見て、更に私は息を呑む。昨日は上半身だけだった。でもそのスカートの中に隠れていたアザも今日は白日へと晒す。
 昨日目にした上半身だけでも、見るに堪えない程の凄絶さだったのに、これじゃあ上半身じゃなくて全身だ。スカートの中だから全く気付かなかった。って言うかそんな場所、意識すらした事が無かった。
 もうこれ以上は何て言ったら良いのか、私には分からない。だからって今、言葉を止める訳にはいかない。何としてでも蒼ちゃんの行動を止めないと、と言う一心で言葉を紡ぎ続ける。
「蒼ちゃんは私たちの前で、堂々と思ってる事、本音で話しても良いんだよ!」
 蒼ちゃんが引っ込み思案なのはみんな知ってる。それでも、蒼ちゃんと本音で話したいって実祝さんも咲夜さんも、クラスメイトの中にもたくさんいるはずなんだ。
 それでも、戸塚君のズボンに手をかけようとする蒼ちゃんは止まらない。
 恐怖を心の奥まで刷り込まれたら、ここまでなす術が無くなるのか……それが、悔しくて、悔しくて、それでも頭から優希君が離れてくれなくて、痣だらけになった蒼ちゃんの綺麗だった体をただ歯噛みしながら見るしかなくて……
 私は今の自分の格好と、腫れ上がった顔に思い至って、それでも蒼ちゃんの行動を止められなくて……
「私じゃ、蒼ちゃんの親友として、支えられなかったのかな……」
 今まで朱先輩の前でたった一回しか吐いた事の無い弱音をついに吐いてしまう。
 戸塚がこれ以上何も言葉を持たない私を一瞥してから
「うだうだ言わずに早くしろよっ!」
 蹴りながら蒼ちゃんに行為を促したところで、蒼ちゃんのひざ元に(しずく)がポタ・ポタと1滴、また1滴と落ちているのに気付く。
 そして、少しの後、涙声ではあるけれどもはっきりと


「“私”今回を最後にします」
「はぁ? 何言ってんだ?」
「今回を最後に戸塚君と別れます」
「そんな事許されると思ってんのかっ」
「戸塚君に許される必要はないと思います」
「俺は認めないからな」
「認められなくても“私”の大切な親友を傷つけてまで付き合いたくない」
「それはお前が反抗するからだろ?」
「“私”が来る前にもう“私”の大切な親友に乱暴してたじゃない」
「それはこいつが勝手な言いがかりをつけてきたからだろっ!」
「言いがかり? そんな事ない! 愛ちゃんは私の事を精一杯いつも考えてくれてる!」
「うるせぇよ! 俺様に女風情が口答えするんじゃねえよ!」
「痛い! そうやって暴力で押さえつけられるのはもうたくさん!」
「お前が俺の言う事を聞いておけば俺もこんな事しなくて済むっていつも言ってんだろ!」
「言う事聞いても暴力をふるったのはあなたの方!」
「はぁ? 暴力ってちょっとしたコミュニケーションだろ! 悲劇ぶるのもいい加減にしろよ!」
「私の体に、お父さんとお母さんが大切に育ててくれた体を傷だらけにしたのはあなた!」
「傷だらけって、ちゃんと見えない所を選んでやっただろ」
「卑怯者! 見えない所ってただバレたくなかっただけじゃない!」
「お前ほんっとに俺の気遣い分かってねぇな」
「暴力に気遣いなんてある訳ない!」
「女が体に傷を作ったら、外歩けないんだろ?」
「そんな御託はもうたくさん! 傷を作らなければ良いだけの話!」
「お前が俺に尽くさないからだろ!」
「痛いっ! “私”はあなたのモノじゃない!」
「いやな事は嫌って言える関係が良い!」
「俺に抱かれたい女なんていくらでもいるんだぞ!」
「じゃあ私を抱くんじゃなくて、その人たちにしたら良いじゃない」
「その中でわざわざ蒼依を選んでやってんのが分かんないのかっ!」
「私は頼んでない」
「そもそも一番初めに付き合いたいって言ったのはあなたからで私からじゃない」
「だったら初めに断れよ! お前にその気があったから受けたんじゃないのかよ」
「違う! 私は始めに断った。でも、あなたが無理やり迫って来ただけじゃないっ!」
「ハァ? 俺様がお前に声かけたってか?」
「私はあなたの事なんて声かけられるまで全然知らなかった」
「俺の事知らなかっただと?」
「痛いからやめて! 知らないものは知らない。サッカーなんて興味もない」
「お前俺と付き合っていて良い気になってたんじゃないのかよ」
「恐怖と暴力で付き合っていても良い気になれるわけない」
「おまえは一度だって嫌がらなかったじゃねぇか」
「私は何回もやめてって言った」
「言った? ほんとに嫌だったら突き飛ばすなり、いくらでもあるだろ!」
「私の力でそんな事出来ない。私にはそんな力もない」
「言い訳すんなよ!」
「言い訳なんかじゃない! 私はそんなあなたと付き合いたくなかった」
「なんだと? 誰に向かって言ってんだよっ」
「きゃっ! 痛い! 平気で暴力を振るえる人を好きなれるわけがない」
「女はみんな同じ事言うんだよ。それでも別れる選択はしない」
「別れられないように、周りに言いふらして言えなくしたのもあなた」
「自分の彼女を宣伝して何が悪い」
「何回言っても分かって貰えないなら何度でも言ってあげる。私はあなたの“物”じゃない!」
「俺がお前を守ってやってたのに、感謝の一つもないのかよ!」
「守った? 嘘つかないで! 私が他の女子から暴力を受けてたのをあなたは知ってる」
「俺が知らない所の話を俺が知ってる訳ないだろ! だから知った時は俺がちゃんと教育してやったんだぞ」
「教育って、そうやって他の女子にも乱暴してただけじゃない!」
「乱暴? よりにもよって俺が蒼依を守ってやったのを乱暴って言ったのか?」
「その独りよがりなのも私は好きじゃなかった」
「独りよがりだと?! 俺のやる事にお前文句言わなかっただろっ!」
「それは今みたいにして、女の子をみんな暴力と恐怖で支配しようとするから言えないだけよ」
「ふざけんな! 俺は自分の彼女を取られたくないから、周りに言ってただけだろ!」
「あなたなんかの言葉なんて信じられない。ただあなたは私を道具扱いしたかっただけ」
「道具? 道具がカネを欲しがるのかよ?」
「そのお金だって、私は欲しいなんて一度も言った覚えはない! 他の女子から巻き上げたお金なんて欲しくない!」
「ハァ? 自分から俺に貢いできたんだから、俺が巻き上げたって人聞きの悪い事う言うなよ!」
「違う! 暴力と恐怖で持って来るようにあなたが仕向けた事は知ってる!」
「ふん。それで蒼依も金には困ってなかったんだろ?」
「私が貰ったみたいな言い方は辞めて!」
「女はみんなそう言うんだよ。それでも俺相手に腰振るのを辞めないし、金を求めたのはお前もだったろ」
「自分の性欲を満たすためだけに、私をあなたの都合の良いように言うのは辞めて」
「誰がそんなこと信じると思う?」
「愛ちゃんは信じてくれる」
「一人だけかよ! 話になんねーな」
「あなたはかわいそうな人ね。本当に心から信頼しあえる親友がいないって事なのね」
「おまえ! 俺の周りにいる人数見てから物言えよ」
「それはあなたが、私には全く興味のないサッカー部のキャプテン。ただそれだけ」
「そうだ。俺がこいつらの中心だからな」
「そしてそれは友達とすらも呼べない」
「友達? 俺の周りにいるやつらは友達よりも崇高なんだよ」
「崇高? だったら間違った事をした時、必ず注意してくれるの?」
「おまえ、勝手な事ばっか言いやがってっ!」
「痛い……やっぱりそうなんだ。図星だから暴力しか振るえないんだ」
「友達よりも崇高だって言ってんだろうが!」
「崇高って意味わかって使ってる? だったら何でこういう時、あそこの男は止めないの?」
「それはお前が間違っていて、俺が正しいからに決まってんだろ」
「正しいって言うなら、どうして愛ちゃんに手を出すのは辞めたの?」
「それは俺が許可を出してないからだ」
「違う。ただ私や愛ちゃんの体が見たいだけ、下着姿が見たいだけ。性欲のはけ口にしたいだけ」
「ふん。そんなの男なら当たり前だろ」
「そんな事も分からないんだ。それ以上は犯罪になるって事も、ただの下卑た欲だって事も」
「犯罪? 男女合意なら犯罪にはなんねぇんだよ」
「私は一度も合意した記憶なんてない! 誰に聞かれてもこれだけは否定するから!」
「はぁ? 蒼依……お前、俺に冤罪かますつもりか?」
「冤罪? 違う。私は事実を言ってるだけ」
「冤罪かまして、俺を強姦罪に仕立て上げるつもりなんだな」
「仕立て上げてなんてない! 何度だって言ってあげる。私はただ本当の事を言うだけ!」
「分かった。もういい、お前俺が女共らに言っておくから、明日から一人な」
「一人じゃない。愛ちゃんがいる。愛ちゃんの友達もいる」
「じゃあそいつも一緒に言っといてやるよ」
「言っても良いけど、愛ちゃんは貴女みたいな犯罪者に負けない!」
「この俺様を犯罪者だと?! ふざけんな! 蒼依もそこの貧乳も明日から誰も信じない様に、孤立させてやる」
「孤立でも、嫌がらせでも何でもするように仕向けたらいい」
「愛ちゃんはたった一人でも、みんなから嫌われても私の親友でいてくれるって言ってくれた。私の事を誰よりも信じてくれるって言ってくれたっ!」
「は? たった一人で何が出来るって言うんだよ!」
「一人でも、大切にしてくれる、出来る親友がいてくれたから、心から信じてくれる親友がいてくれたから私は“変わる事”が出来た」
「じゃあ明日俺が他の女どもらに言いふらして、全員からシカト食らっても良いんだな」
「そうやって脅されてきたけど、勝手にしてくれたらいい」
「今日、この行為が終われば私とあなたはもう関係のない人」
「分かった。じゃあ最後だから思いっきりヤらせてもらうぜ?」
「最後だから好きなように満足すると良い」
「じゃあ今日妊娠させてやるよ」
「子供が出来たってあなたの子供なんて堕ろすよ」


 私は自分の今の格好がどういう状態かも忘れて、蒼ちゃんに見とれていた。すごかった。今まで見た事無かった。
 今まで蒼ちゃんのあそこまで凛とした声を聞いたことが無かった。蒼ちゃんに私の言葉がちゃんと届いていた事に、安堵と共に、無上の喜びを感じる。
 それに何より、蒼ちゃんが自分の事を 蒼依から私と呼ぶようになってる。
 それだけ自分に自信が持てたんだと思う。体は確かに痣だらけかもしれない。
 でも、蒼ちゃんは誰よりも良い方向に変わったと思う。輝き始めたと思う。
 そんな変化の瞬間を目の当たりに出来た事は、私の将来の宝物になる事は間違いない。
 それと共に、物怖じして言えなかった蒼ちゃんが、今まで恐怖を刷り込まれて身動きできなかった相手に対して、暴力を振るわれても、ここまで堂々と自分の意見を通せるようになったことにも言いようのない喜びを感じる。
 気が付けばもう一人、雪野さんの友達はもういなくなってる。ただ、その行為自体は辞める気はないようで

「じゃあ、ズボン降ろすね――」
「――何やってんのアンタ」
 まさに、その行為をって言うところで、学校では制服を着崩している優珠希ちゃんがまっすぐに、

あられもない姿を射抜くように見ていた。
 しかもその足元には、蹴り転がして来たのかさっき逃げて行ったはずの雪野さんの友達が伸びて転がっている。


「ああ? なんだお前? 俺は今、最高に機嫌が悪いんだよ――おいっ! そいつどうしたんだ?」
 優珠希ちゃんに振り返った戸塚を一蹴する。
「わたしも今までで最悪なくらい機嫌が悪いのよってあんたには聞いてない――これは何の茶番なの? アンタ。今日は家にいるはずじゃなかったの?」
 優希君から概要だけは聞いていたのか、優珠希ちゃんの足元に転がっている雪野さんの友達を見て、トーンの変わった戸塚相手にも全く意に介する事なく、他の人なんていないかのように私だけを射るように見る優珠希ちゃん。
 優珠希ちゃんには取り繕うこともほんの少しの嘘をつく事も、絶対に出来ない。優珠希ちゃんほど信頼を築き上げるのが難しい子を私は知らない。
「私と蒼ちゃんがこの人に乱暴されそう――この人とそこで伸びている雪野さんの友達に乱暴されていた。それから学校側が把握していない、学校側が見て見ぬフリをしようとしていた、この男が蒼ちゃん――私の親友にした事を、何としてでも白日に晒したかったの。学校側に言い逃れさせたくなかったの」
 優珠希ちゃん相手にはどんなことがあっても、喧嘩する事になろうとも、多少言いにくい事であっても正面からぶつかる事。それが優珠希ちゃんとの今までの付き合いで、私が学んだことだ。
 その代わり一度優珠希ちゃんからの信頼を勝ち取ると、その後はすごく深い情を見せてくれる。
 だから少しのごまかしも出来ないからと、言いかけた言葉を言い直して、全てをオブラートに包むことなく、正直に口にする。  
「オイこらガキ! そんな短いスカートで誘ってんのか?」
 私が雪野さんの名前を出したからか、それとも懐いてくれている、信用し始めてくれている私に対する乱暴が許せなかったからか、まだこれ以上の不機嫌さがあるのかと、私までもが驚くくらい禍々しい程の不機嫌さを出す優珠希ちゃん。
 だけれど、今ほどその不機嫌さが頼もしい時はない。
 それに全く気付かない戸塚が優珠希ちゃんにも同じように下卑た視線を向けるけれど、相手が悪い上に今の禍々しい程の雰囲気を纏っている優珠希ちゃん相手にそれは無謀でしかない。
「ハァ? 見たかったら好きなだけ見ろよ! その代わりそのくっさい手で触ん――な――よっ!」
「――んなっ?! ――がはっ」
 そう言うや否や、優珠希ちゃんのスカートを遠慮なく捲って中を見た戸塚の手を掴むと、全く恥ずかしがることなく、隠す事もせずにそのまま一本背負いみたいな形で投げつける。
 戸塚の方もまさか投げられるとは思っていなかったのか、なすがまま床の上にあおむけにされる。ただ機嫌の悪い優珠希ちゃんがそんな事で済むわけがない。本当にこの子の機嫌が悪い時は容赦が無くなるのだ。
 仰向けになった戸塚のお腹……ちょうど胃の上辺りと言うのか、みぞおちの辺りに空かさず二度三度とめり込ませるようにして、ローファーを履いた踵の先端を置く。
「ぐぇっ?!」
 力任せに置いたからか、まさかそこに踵を置かれると思っていなかったのか、戸塚から何とも情けない声が空気と一緒に、二度三度と口から漏れる。
 でも今日は禍々しい程の雰囲気を垂れ流している優珠希ちゃん。こんなのは序の口と言わんばかりに、仰向けになった戸塚の横顔をもう片方の足につま先でケリを入れる。その時も力加減はしなかったのか、聞いた事の無い変な音が戸塚の頬から聞こえる。
「わたしだって恥ずかしいんだから、少し横向いてろ」
 戸塚の顔が優珠希ちゃんが蹴った反動で横を向いたのを確認してから、その戸塚の顔に、下着を見やすくするためだろう少し股を開けて、蹴られたにもかかわらず、すぐに真上を向いた戸塚君の顔を靴のまま踏みつけるように足を乗せる。
「お前、年上に向かってこんなことして――っ?!」
「うっせーな! 望み通りお前の好きな下着を見せてやってんだろ? 目だけは足を置いてないんだから少しは黙れよ」
 そう言いながら、今度は戸塚君の言葉を止めるように、顔の上に置いた足を二度三度と力任せに踏みつけるように足を置いた上、力を入れて踵部分を捩じる優珠希ちゃん。
 そんな戸塚君の状態を一瞥だけして、もう一度私の方を射るように見てから、
「違う。わたしが聞きたい答えじゃない。そもそも、この状況と、こいつの格好、態度を、見りゃあ、分かんだろ」
 そう言って、時々真下にいる戸塚の顔面や、みぞおち辺りを文節ごとにリズムを刻むように力任せに蹴りながら、泣き顔の上に体全体に広がる痣を晒したままの下着姿である蒼ちゃんと、雪野さんの友達によって肌着とブラウスを破られた上半身裸の私。次に私たちの周りに破られ散らばった衣類、肌着、下着類それに、自分の下にいる戸塚君を順に見た後、禍々しいほどの雰囲気はそのままに、全身を戦慄かせる優珠希ちゃん。
 そして、ブラウスや肌着だけでなく、いつの間にかまくり上げられていたブラも取られていた事に気付くも、それを隠す布も近くにはない。私は隠すものが全くないからと、手で胸を隠してスカートだけはたいて立ち上がったところで、
「……もう一回だけ聞く。アンタ、わたしのお兄ちゃんの彼女なのに、このクズの前で何、裸になって股開けてんの? 後、お兄ちゃんの彼女なのに、何勝手に傷を作ってんの? お兄ちゃんの彼女の自覚、あるの? ゆっとくけど今のわたし、あり得ない程機嫌悪いから、次。同じ質問させないでよ」
 言葉はとてもきついけれど、このいきさつをある程度知っているのだろう。私の女としての顔まで気遣ってくれるその表情だけはとても優しい。
「私だってこんな人に見せたくないし開けたくないに決まっている。ただ大切な親友を守ろうとしてこうなったの。でも見せてしまったことと、スカートの中の事は悪かったと思う。ごめんなさい。それからこの顔はさっき戸塚とそこで伸びている雪野さんの友達に殴られて、蹴られた」
“女”を意識してしまっている自分にはもう言い訳なんて出来なかった。
 だって、私自身が優希君以外に見せるのも触られるのも嫌なのだから。
 優希君が私以外の女の人に触れるなんて、二度とごめんだってあの時も固く思ったくらいなのだから自分だけがなんて、今度こそ思えるわけがなかった。
 でも、それ以上に私の顔を殴った事をなのか、蹴った事なのか。私が顔の原因を口にした瞬間、身が竦むような雰囲気に変える優珠希ちゃん。
「……衣服を破り取っただけじゃなくて、愛美先輩の顔を蹴ったの? こいつが? それともこっちが?」
私に確認しながら交互に蹴り入れていた足を止めて、戸塚の顔を二度三度と再三にかけて踏みつけて、雪野さんの友達に唾を吐きかける優珠希ちゃん。
「……まあ、今日の所は学友の為に中々そこまで出来る人間なんていないから、ちゃんと言葉だけじゃなくて行動でもって示した愛美先輩の気持ちを認めて、この後の事はわたしも一緒に何とかする」
 私の言葉に雰囲気を更に激変させた優珠希ちゃんが、戸塚の額を踵で()じるように踏みつけた上、その戸塚の横顔をもう一度つま先で蹴り上げて、やっぱりさっき蹴った時に頬の骨がどうにかなったのか、口から血を吐きながら悶絶の声を上げる戸塚に満足したのか、一つ微笑んでから
「それにしても……愛美先輩がそこまでするってゆう事は、わたしにとっての佳奈みたいな女なのね、そこにいるのは」
「おい、そこのオンナ。お前も男に媚びないと生きていけないビッチか?」
 私に、御国さんとの関係の話を少しした後、表情を消して蒼ちゃんに向ける。
 私に話しかけてくる優珠希ちゃんとの温度差も相まって、ほぼ初対面の蒼ちゃんには相当きつい言葉に聞こえると思う。
「オイコラ汚い手で触んなってゆってんだろっ!」
 気付くと優珠希ちゃんの足をなでていた手の方の肩を、固いローファーで顔を踏んでいる足とは反対側の足で踏みつけるようにして一度足を捩じ置く。
 そして顔に置いた足をそのまま軸にするように、一度、二度と脇腹辺りを踵で踏みつけた後、それでも優珠希ちゃんの太ももを撫でる手を離さなかった戸塚に、続けて片足で立つ要領で優珠希ちゃんの足を触っていた戸塚君の腕を一度足を()じ置いた方の足で改めて蹴り飛ばす。その反動でやっと優珠希ちゃんの足から離れた手首を空かさず蹴った方の固いローファーで踏みつけてしまう。あのまま踵部分で戸塚の額部分や顔面を捩じり続けると、顔の骨が割れてしまうんじゃないだろうか。
「がはっっ!」
 私が優珠希ちゃんの足さばきに見惚れている間に、顔面と手首を抑えて戸塚君を身動き出来なくしてしまう優珠希ちゃん。その直前で踏みつけた脇腹辺りや、肩と相まって相当な痛みがあるんじゃないだろうか。もちろんそんな気遣いをしてやる気持ちは微塵もないけれど。
 ただ、これで優珠希ちゃんの全体重が、戸塚君の顔面と手首の二点にのみ、かかっている事になる。
 しかも顔面を踏みつけている足は、据わりが悪いのか時々足をひねりながらその位置を少しずつ変えている。
 いくら優珠希ちゃんが女の子で体重も軽いとはいえ、わき腹や肩と合わせて本当に痛そうだ。
 今日この現場を見た優珠希ちゃんの性格を考えれば、当然だけれど、戸塚君に対する対応を見ても分かる通り、禍々しい程の機嫌の悪さだ。
「……」
 その間に無言で蒼ちゃんが破られた私の肌着や下着、それに朱先輩からのブラウスを、少しでもあらわになったその体を隠すようにと手渡してくれるけれど……
「さっきまでは私の彼氏だったから、尽くそうとしてただけだよ」
 私に破られた衣服だけを渡して、蒼ちゃんだけが服を着る事に抵抗があったのか、それとも、もうそんな気力も残っていなかったのか、体中にある痣を衣服で隠すような事は一切せずに、優珠希ちゃんに答える蒼ちゃん。
 だけれどそれでは優珠希ちゃんには全く響かない。体中にある色とりどりの痣で、その実は分かるはずなのに、それでも取り繕ろおうとした蒼ちゃんの態度と言うか、言動をはっきりと感じたのか、優珠希ちゃんの態度から蒼ちゃんへの興味が失せて行くのがはっきりとわかる。
 優珠希ちゃん相手にそれでは信頼どころか相手にもしてもらえない。
 そんな蒼ちゃんを、もうすでに興味のない表情で見た後、私のどうにもならない所まで破られた衣服を見たところで、
「愛美先輩。こんなビッチ、愛美先輩が体を張ってまで守る価値、本当にあるの?」
 こんな時じゃ無かったら、蒼ちゃんをぞんざいに言う優珠希ちゃんに文句の一つでも言いたかったのだけれど、今の私にはそんな余裕もないし、上半身を隠すものはおろか、スカートの中だってもう何も無いのも手伝って、まだ恐怖心も膨れ上がったままだ。
 だから私は軽口をたたくのは辞めて、
「蒼ちゃんは私に三年って言う時間を、夢があるにもかかわらず私のためにくれた大切な大切な親友……ううん。親友だなんて言葉で言い表せないくらい大切な親友だよ。私たちの(とし)で三年って時間がどれ程大きいのか、優珠希ちゃんに分かる? それに優希君との仲もちゃんと応援してくれている。雪野さんとの時だって、優希君の気持ちを真っ先に信用して、私を諭してくれたのは他の誰でもない蒼ちゃんなんだよ。そんな私にとって大切な親友の代わりなんているわけ無いし、そんな心無い呼び方はして欲しくないな」
 顔中が(あつ)(ねつ)を持ち、口の中も腫れてうまく喋れない中、優珠希ちゃんに私の蒼ちゃんへの想いを口にする。もちろん優希君には悪いと思っている。これで許してもらえなくても私は何も言い返せない。
 でも、蒼ちゃんと朱先輩――この場合は蒼ちゃんだけれど――は、何にも代えがたいほど大切なのだ。時間をくれる、私との三年をくれる。私が困っていたらなんだかんだ言いながらでも助けてくれる、私が間違った事をしてしまったら、私の知らない所でこれだけの辱めと恐怖心、それに尊厳を踏みにじられていたとしても、ちゃんと叱ってくれる。
 他の誰に対しても怖がって、内向的な性格だったとしても、私にはちゃんと本音を喋ってくれる。私の為にちゃんと叱ってくれるのだ。私相手にだけはちゃんと正面からぶつかって喧嘩もしてくれるのだ。そして喧嘩をしていても、私に対する思いやりや温かさを忘れる事無く、途切れさせる事なく注いでくれるのだ。
 それはこれほどまでに苦しい状況に置かれた今までも変わらなかったのだ。そんな蒼ちゃんに私は何をどうやって返せると言うのだろうか。蒼ちゃんからもらった温もりや、宝物は一生かかっても返す事は出来ないと思う。
 そんな蒼ちゃんの事はもう既に親友って言う言葉では言い表せないほどの関係だって信じたい。
「そう……そのビッチはそこまで愛美先輩にとって大切な親友なのね」
 私の言葉で頭の回転の速い優珠希ちゃんがどこまで読み取ったのか、優珠希ちゃんの表情が私にはやっぱり優しいままで。下に戸塚がいるとは思えないくらい、穏やかで、よく通る綺麗な声で私と会話をする。
「だから私の親友以上の親友を、ビッチなんて心無い呼び方をするのは辞めて欲しいな。蒼ちゃんと付き合ったら、蒼ちゃんの良さがだんだん分かって来るよ」
 だから私は優珠希ちゃんに軽口じゃなくて、ちゃんと私の想いを取り繕う事なく伝える。
「まあ、それは愛美先輩の貞操感と今の格好を見ても、その覚悟とか想いとかは伝わるわよ。ただ、それに……そっちの先輩が応えてくれるかはまた別だとは思うけど」
 私の気持ちは優珠希ちゃんに届いたみたいだけれど、いかんせんさっきの蒼ちゃんの返答が気に入らなかったのか、蒼ちゃんに対しては色々と思う事があるみたいだ。私と優珠希ちゃんで蒼ちゃんの会話をしていたのだけれど、
「おまえ、さっきからうめき声がうるせーんだよ! 男だったら見せてやってんだから少しは我慢して静かにしろや」
 戸塚君のうめき声が耳障りだったのか、そう言って、手首にかけた足の方を固いローファーでねじり、うるさいと言った口をふさぐためか、顔面を踏みつけていた靴をそのまま踵の部分が口に合うように、靴底をずらす。それだけで戸塚の顔が真っ赤になり、一部血が滲み始めている。さっき口から吐き出た分の血と合わせて、顔面血だらけの様相を呈している。
 それでも全く容赦する気配のない優珠希ちゃん。これは禍々しいどころの機嫌の悪さじゃなさそうだ。
「ああっ? わたしの下着だけじゃまだ足りないのかよ! それじゃあただの歩く性犯罪者じゃねーかよ」
 痛みでただうめいているだけだろうに、話を作って文句を言う優珠希ちゃん。
 もうその姿は圧倒的だった。
 さっきまで私たちは何に諦めそうになっていたのか、必死になっていたのか。そう思うほどに。そう考えている間に
「しゃーねーな。最後の土産だよっ」
 優珠希ちゃんはそう言って、戸塚君の顔に唾を吐き、自分の下着を解き、なんとそのまま戸塚の顔の上にしゃがみ込み、脱いだ下着を戸塚の手に握らせ、服を脱がずに器用にブラだけを取り、それを戸塚のお腹あたりに放り投げてから、もう一度戸塚の手首と顔面をねじるように踏みつける。その合間に、脇腹やみぞおちに蹴りを入れるという動作を、何度か繰り返して完全に意気消沈したのを確認した優珠希ちゃんが戸塚からどいて、尚もしばらくの間、戸塚の動きを見る。
 うめき声はあげるけれど、腕をまったく動かさない所を見ると、ひょっとしたら手首の骨は折れているのかもしれない。一方何をしたのかは知らないけれど、私に対して徹底的に乱暴した雪野さんの友達は、口から泡を出して伸びたまま全く動かない。
 二人の姿を見た優珠希ちゃんが戸塚の横で女の子座りをして、
「良い? こうやって解決するのよ。今回はわたしが愛美先輩に代わって解決方法を教えてあげる。これで借りは一つチャラだから。ただこれだけの事があったのだから、わたしも付き合うから少しは覚悟しなさいよ」
 私と蒼ちゃんに一度視線を合わせて、また私に視線を戻す。
「それと、愛美先輩にとってそこの先輩がどれ程までに大切なのかは分かったわよ。その愛美先輩が親友以上の親友ってゆってたけど、親友以上に親密さを表す友達を表現する言葉をなんてゆうのか、アンタは知らないのね」
 かと思ったら、私の方を小憎たらしそうに見やって来る。
 もういつもの優珠希ちゃんだ。その姿と表情を見て、今の自分の格好も忘れて、私の中から恐怖心が消えて行くと同時に少しだけ笑顔が戻る。ただその笑顔も雪野さんの友達と、戸塚君にそれぞれ思いっきり殴られた上、蹴られもしたから、熱を持った上、腫れ上がってうまく笑う事は出来なかったのだけれど。
 それでも、優珠希ちゃんは何を思ったのか、私をまぶしそうに見つめて、

「愛美先輩のその親友以上の親友を表す言葉に……友人同士がきわめて固い友情で結ばれていることってゆう意味で、【断金の交わり】ってゆうのよ。これは漢字検定準一級の言葉なんだから、愛美先輩も難関国公立を目指すんなら、それくらいは知っておきなさいよ。学年七位の先輩」

 私に頭の良い所を見せてくる優珠希ちゃん。
 そう言って、戸塚が顔と下手をしなくても折れていると思われる、いつの間にかパンパンに腫れ上がった手首を見て、起き上がれない事を確認した後、蒼ちゃんは下着姿で体中の痣を晒したまま、私は朱先輩のブラウスも含めて、ほとんどの服を破られて、どこを隠す事もままならないスカート一枚のまま、優珠希ちゃんは下着とブラを戸塚君に放り投げたまま、思いっきり息を吸って
「きゃーーーーーーっ! 助けてーーーーー」
 よく通る、耳をつんざくほどの声量で、悲鳴を上げた。


      第144話 【断金の交わりへと至る】~集中会話~  完
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