第134話 孤独と疎外感 3 ~個と集団~  Bパート

文字数 6,128文字


 先週は蒼ちゃんとお誕生会をして今日は妹さんを含めた優希君との登校。せっかく気分良く教室に入ろうとしたのに、
「岡本。新学期から良いご身分だな」
 初日早々から咲夜さんグループの一人に絡まれる。
「何か知らないけれど、私に絡むの辞めてくれる? 私あんまり時間が無いからそこ退いて欲しいんだけれど」
 出来ればいつも早くに来ている実祝さんが来ているのかどうか、一目で良いから見ることが出来れば、私も徹底的に聞きたい事はあるのだけれど。
 でもそれは色々喋ってくれそうな女生徒Aに取っておきたいのだ。
「なんか知らないけどって、お前なんで副会長と破局してないんだよ。後輩にパクられて終わったんじゃないのかよ」
 それも聞き過ぎて流石に私の心自体に波風が立たなくなってきた。
「破局? 何で私たちがあんたたちの思うように別れないといけないの? 別れる理由なんて無いって」
 でも、女生徒Aに聞きたい事を温存しておく意味では、この寸劇に付き合うのは得策かもしれない。
 まあそれを置いても、優希君が私に対して“最高の好き”を頑張ってくれたし、夢のような世界の中で二人共が正真正銘の初めての口づけ。こっちだって伊達に信頼「関係」を築いているわけじゃない。
「何でお前だけが何をやってもうまく行って、初学期の時にも、もう少しで潰せそうなところまで来てたのに、何で今はそんなに余裕そうなんだよ」
「あんたさぁ。私に対して思っている事、そのまま口に出ているけれど。それで良いの?」
 どういう心境があったのかは知らないけれど、おおよそ普通のクラスメイトにかける言葉じゃ無いとしか思えない。
 まあ、私の方も散々腸を煮え繰り返しているのだから、今更友達だとか言う気は全く無いけれど。
 あの時の事は本当に朱先輩と優珠希ちゃんに助けられた。間違いなくあの二人がいなかったら今、絶対こんな風に笑っていられない。あんなにも素敵な夏休みは過ごせていない。
「お前こそ、努力しても、食らいつこうとしても結果が出ない奴の、うまく行かない奴の事も考えろよ! お前統括会だろ! それなのにこんな時期に男と遊んでて良いのかよっ!」
 だから今更そんな屁理屈を聞かされたところで、私の心は全く動かないし、下手をしたら溜息くらいしか出て来ない。
「アンタの御託は良いから、そこ。退いてくれる?」
 イチイチ反論するのがアホらしかった私が、通ろうとするのを女生徒が止める。
「岡本! 言い訳出来ないからって逃げんのかよ」
 そして出て来た言葉はまさかの売り言葉だった。
 私は心の中で喜びながら、
「逃げる? 何で私があんたらから逃げる必要あんの? そこまで言うんならあんたらから売ってきた喧嘩買うよ? そして実祝さんを追い込んだ事、咲夜さんの呼び出しも近いうちに全部暴いてやるから。覚悟しておきなよ。あと、あんた今、何をやってもうまく行かないって言ってたけれど、明日のテスト。私にかまっている余裕あんの?」
 その喧嘩を利子を付けて買う事にする。幸い蒼ちゃんもいないから誰にもバレる心配はないはずだし。
 その喧嘩を売ってくれたお礼に、明日のテストの時間の使い方のアドバイスをして教室の中へと入る。
 朝が早かったからか、クラスに来ていたのは半分にも満たなかったけれど、
「おはよう実祝さん」
「おはよう愛美――」
 本を読んでいた実祝さんに朝の挨拶だけを交わすようにする。
 実祝さんは会話をしたそうにしてくるけれど、私はあの先月の三日の日の事も中々許す気にはならない。どう考えてもワザとテストの成績を落とさないといけなくて、実祝さん自身も納得できていなかったからこその揉め事だったはずなだ。
 なのにどうして分かり切った嘘をつくのか。何が体調が悪かったなのか。私も咲夜さんも何とか実祝さんの力になれたらと思っているのに、当の実祝さんは良いと言う。
 それだったら目元を拭う必要もないし、お姉さんに私が叱った事が嬉しかったと言う必要なんてないはずなのだ。
 咲夜さんにもその傾向はあるけれど、自分の進路、将来の事までそんなので良いのか。その姿が、自分に意志に反して統括会を降りようとしている雪野さんと、どうしても重なってしまう。
 このままクラスの中にいて実祝さんに余計な事を言ってしまう前に、先に雪野さんの話でもと思ったところに、女生徒Aが登校してくれる。
 私は統括会の原稿だけを手にして、いつものメンバーがそろってしまう前に女生徒Aを呼び止める。
「何だよ。今来たばっかで何で呼び止められてんだよ」
 何を好き勝手な事を言っているのか。私だって来た初っ端にあんたらのグループの子に難癖付けられたっての。
 しかもまだ何も本題は言っていないのに、もう既に声が震えているし。
「咲夜さん。まだ来ていないみたいだけれど?」
 そう。いつもならもうそろそろ、その姿が見えていてもおかしくは無いのだ。
「そ、そんな事。こっちが知る訳ないだろ! 大体呼び出しだって……」
 途中で気づいて口を閉じる女生徒A。やっぱりこの女生徒Aは、聞き方によっては色々教えてくれそうだ。
「今は時間が無いから見逃すけれど、昼休みあんたに聞きたい事があるから中庭に“呼び出し”『――っ!』ね。何ビビってんの? あんたら前に友達との約束をしているだけって言っていたのに、この言葉だけでビビるくらいの何かをしているって事?」
「……」
 努めて何の反応もしないようにしていると思う女生徒A。
「言っとくけれど、私はあんたと二人だけで話がしたいから、わざわざ呼び止めたんだけれど……その意味くらいは分かるよね」
 首を小さく縦に振る女生徒A。
「じゃあ私、行くから」
 それだけを確認して、急ぎ統括会役員室へと急ぐ。


 私もそんなにゆっくりしたつもりはなかったのだけれど、私が役員室の扉を開けた時にはすでにみんなが揃っていた。
「岡『愛先輩おはようございます』――」
「おはよう彩風さん。それに雪野さんも」
 私の腕に可愛く掴まって来る後輩と、いつもみたいにキツイ視線を私に向けて来ない雪野さんとにそれぞれ挨拶をする。
「さっきぶり」
「うん」
 その後さっきぶりの挨拶を優希君とも交わして一度いつもの席に腰を落ち着ける。
「彩風さん。この統括会のスピーチ用の原稿を倉本君に渡してもらっても良い?」
 その後原稿用紙一枚だけの話だけれど、倉本君に渡すように彩風さんにお願いする。
「あ。はい。分かりました」
 自分は雪野さんと普通に会話しているからか、距離が近いくせに、私に対して満足気味なのがどうにも納得が行かないけれど、そこにイジワルな優希君がいない事だけを確認してから後で面倒臭い私をぶつけるとして、先にこっちの二人だ。
「彩風さんどうかしたの?」
 私は彩風さんに笑いかける。
「……っ! えっと愛先輩。雰囲気変わりました?」
「変わってはいないと思うけれど、どうして?」
 まあ、実際の所は優希君が気合の入れてくれたデートで、私を夢のような世界に連れて行ってくれた中で、口づけをしてくれて、私に対する“最高の好き”を頑張ってくれた。
 そして不本意ながら妹さんに筒抜けになった中で、優希君のイジワルは私に対する男心で、相手……この場合は優希君の彼女である私の事が好きだと言ってくれた。
 要約すると、好きな女の子にイジワルをしたいって言う男心を優希君から教えてもらっている。
 その上で雪野さんにはイジワルはしていないし、優珠希ちゃんは私たちの仲を認めてくれつつあるのだから、優希君自身が誰よりも大切にしている妹さんに筒抜けた時点で、他の女の子へ気移りしてしまう可能性は低いと信じられるのだ。
 もちろんその前提として、今後も私が優希君の言葉に耳を傾けて、女としても優希君に、私を選んで良かったと思って貰えるように“大好き”を頑張る事は前提だけれど。
「……清くんと何かあったんですか?」
 私の答えに納得が行かなかったのか、今度は小声でそう思った理由を伝えてくれる。
 けれどそっちの方か。まあ倉本君に対しては、あの夏季講習の最終日の事は頂けないのだけれど、好きな人の悪口になってしまう事は彩風さんには言わない方が良い気がする。
「まあ、色々ね」
 だから彩風さんの頭を一撫でして、その答えを濁していたのを雪野さんと喋っていたにもかかわらず、優希君が嬉しそうに私の方を見て来る。
 倉本君の相手を全くしないで、優希君の方を見つめたのが気に入らなかったのか、それともそのつもりだったタイミングが重なっただけなのか、
「あの後、俺も霧華ともう一度話をしたんだが、俺たち統括会の理念の中にあるように、生徒が過ごしやすくするようにって言うのもあったと思うんだが、それって俺たち役員に対しても当てはまるんじゃないのか? もちろん解釈にもよるから一概には言えないかも知れないが」
 もうすぐ全校集会って言うか、始業式だって言うのに雪野さんの話を持って来る倉本君。
「そう言えば初学期の終わりに、教頭と話をするとか言ってたが、結果がどうだった?」
 そしてやっぱり私に話しかけてくる倉本君。
「結果も何も話なんて出来てないよ」
 だって最終日にゆっくり時間をかけて話をしようとした矢先の今日の9/1の火曜日ならと言う話だったのだから。
「じゃあ岡本さんの分も含めて、俺が学校側と交渉するから、岡本さんの力をまたあの昼休みの時みたいに貸して欲しい」
 だけれど自ら降りると言った事を知らされていなかっただけでも落ち込んでいた倉本君に、今日の教頭先生の話を伝えるのはいくら私宛ての課題だと言っても、どうなるのかは目に見えているのだから私からは言えない。
 私の大切な友達を“そこの女”扱いした倉本君に腹立って幻滅したとしても、別に落ち込ませたいわけじゃない。
「ちょっと待って倉本君。私の力とか、俺が交渉するとか、まだそんな言い方をするの?」
 ただ、倉本君が口にした以前の話に待ったをかけさせてもらう。
「いや、俺は岡本さんに力になって欲しいから……」
 改めて言い直した上に、初めこそ元気だった彩風さんの今の様子にも気づかない倉本君。私も彼氏とは喧嘩もたくさんしたけれど、その分お互いにジョハリの窓を開示しながら、お互いに成長していると思う。
 だけれど倉本君は私と会って、喧嘩をしても言い合いをしても、いつになっても変わらない。
 彩風さんの言うように私の気持ちの持ちようが変わったからなのか、倉本君の一言一言に首をかしげる事が増えている気がする。
「……おい倉本。時間は良いのか?」
「イチイチお前に言われなくても分かってるって――じゃあ遅くなったが体育館に移動しようか」
 倉本君の号令でやや気まずい空気の中、私たちも体育館へと移動を開始する。
 ……珍しく優希君が彩風さんを呼び込むのを横目で見ながら。


 私は自分が嫉妬するのを分かっているから、彩風さんと仲良く歩く優希君を見なくて済むように二人を最後尾にして雪野さんと手を繋ぐ。
「――! 岡本先輩! 何のつもりですか!」
 そうなると当然恋敵だった私に対して目くじらを立ててくる雪野さん。
 だけれど、落ち込んでいるのか倉本君はこっちを全く振り向かない。
「何のつもりも何も、今日の雪野さん明らかに元気が無いし。いつも元気な後輩の元気が無かったら気になるじゃない。それによく考えたらこうやって手を繋いだ事なんて無かったよね」
 もちろんこんなのは大嘘だ。私と優希君の仲を散々引っ掻き回した雪野さんの元気があろうがなかろうが、本心では放っておきたい。
「ワタシをバカにしてるんですか? 初学期の終業式の時にも無理矢理手を繋いだじゃないですか! 離して下さい!」
 言いながら手を離そうと腕を振る雪野さん。
 そこで初めて倉本君が気付いたのか、私たちの方を振り返る。
「でも手。繋いで雪野さんも少し元気になったね」
「やっぱりそうやって先輩の方が有利だからって、ワタシより上だって見せつけたいだけなんですよね」
 私を挑発するためだったのだろう。その雪野さんの言葉は正鵠を得る。
「……そうだよ。私は雪野さんに有利だって言う事と、雪野さんにものすごく嫉妬しているから。それも人にはとてもじゃないけれど言えないくらい憎悪程のね」
 間違っても優希君に聞こえないくらいの声量で言ってから、私のドロドロした嫉妬を少しでも雪野さんに分かって貰えるように手をかなり強く握る。
「……ワタシに嫉妬って、空木先輩の彼女になれた岡本先輩が、ワタシに何の嫉妬をするんですか?」
 私の声量に合わせるように絞った声で聞き返しながら、負けじと私の手を強く握り返してくる。
 そして私たちの前を歩いていた倉本君が、私たちがつないでいる手を見てその歩を緩める。
「……私がその事を、雪野さんに言うと思う?」
 だからたくさん言いたい事があったのを一言にまとめて、私のドロドロした気持ちの一部を口にする。
「そうやって岡本先輩はワタシを脅すんですね」
 本当はこの落とし前の話をしたかったのだけれど、そこで私たちの会話は終わってしまう。
「何の話をしてるんだ?」
 倉本君がまた、私の隣に並び立とうとして来たから。
 だから仕方が無く仲良さげに喋るのを見たくなくて、後ろの二人を見ないようにしながらさり気なく反対側の雪野さんの隣へと位置を変えて、体育館へ向かう。
 誰がなんて言おうと、私の友達や周りの人の事を大切に扱ってくれない男の人なんて、私の中では願い下げなのだ。


 そして終業式中。夏休み中の登校日の時に聞いた話では、雪野さんの事はさして話題にはなっていないと言っていたにも拘らず、主に二年の生徒から私たちに視線が集まっているのを感じる。
 だけれどさっきは言いそびれてしまったけれど、私は雪野さんに私たちの仲を散々引っ掻き回した落とし前は付けてもらわないといけないのだ。
「――っ!」
 だからこんな初めで躓いてはいられない。
 それに今までずっと倉本君を思い続けて来たはずなのに、優希君と喋ってからこっち。ずっと機嫌良さそうにしている彩風さん。
 今のこの集まる視線の事も気づいているはずなのに、役員室の中でもあまり雪野さんの事を気にする素振りは無かった。
 私は落ち込む雪野さんの手をしっかりと握りながら、ただひたすらに今日の放課後の教頭先生との話し合いの事を考えながら、始業式を過ごす。
 改めて今日の放課後の統括会の時に、雪野さんと彩風さんの話を、出来ればその時までに中条さんの顔も見られたらなと思いながら。
 
―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
            「ちょっと岡本先輩痛い――」
         何をして痛いのか、何をされて痛いのか
  「お前ら最後の『健康診断』だが養護教諭が何人かに手伝って欲しいそうだ」
           色々な思惑が入る『健康診断』
        「――僕の彼女の事を悪く言うのは辞めて」
             可視化する信頼「関係」

         「……お前ら。化け物カップルかよ」

         135話 断ち切れない鎖8 ~疲労・崩壊~
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