第142話 断ち切れない鎖 完 ~独白~ Bパート  解説あり

文字数 11,754文字

―――――――――――――――― 独白 ――――――――――――――――――


 初めは些細な事だった。蒼依さんがあの戸塚君と付き合い始めた。
 それに対して全く気乗りして無さそうな蒼依さんの態度が始まりだった。
 あたしももちろん初めはそんなつもりじゃなかった。ただ蒼依さんみたいな物静かなどちらかと言えば地味な子がみんなの憧れともいえるような戸塚君と付き合えたことが面白くなかった。ただそれだけだった。
 それなのに男子とまともに付き合った事もなさそうな蒼依さんが、あの戸塚君の目に留まった事も面白くなかった。
 だから初めは蒼依さんの事を無視しようって言う話だった。あの戸塚君と付き合った事をのろけられる話が嫌だったとか、ムカついたとかその程度の話だった。
 都合が良い事にその時に戸塚君と付き合い出したって事が、あたしらの間の噂でも流れて来た。だからそれを理由に、便乗する形で蒼依さんを無視しようって流れでその行動は始まった。 (18-30話・40話)

 そして実際それにあたしも参加してしまった。
「咲夜……」
 そして蒼依さんと喋ろうとした男子も女子もあたし達が取り込んで、喋らせないようにした。 (45話)
 そうやって広がる噂の中で蒼依さんを孤立させようと、戸塚君と付き合い始めた事の腹いせをした。 (32話ー45話)
 でもそれだと全く意味が無かった。愛美さんがいっつも蒼依さんの側にいて、あたし達の腹いせなんて全く気にする事なく毎日楽しそうだった。
 その愛美さんをこっちに取り込もうにも、愛美さんはいつだって蒼依さんを優先した。あたし達が多少の皮肉を言ったところで、意に介す事もしなかった。
 それどころか、蒼依さんはこんなあたしとも喋りたい、仲良くしたいってクッキーまで作ってくれてたのに――

 その中で“将を射んと欲すれば先ず馬を射よ”愛美さんをまずはどうにかしようと、あたし達の間で話がまとまった。
 ――その話の時に、実祝さんとのクッキーの事件があった。 (41-43話)
 これにあたし達じゃないもう一つのグループが反応した。
 そうやって愛美さんと、その周りの人間を少しずつ減らして孤立させようとした。
 ところがそこから、愛美さんと実祝さんが喧嘩してしまって、まったく口を利かなくなってしまった。 (→162話)
「……咲夜」
 だからこの作戦も失敗に終わってしまった。だって愛美さんは実祝さんと喋らなくても毎日蒼依さんといるだけで楽しそうだったし、2年の後輩とも仲良さそうだったし実祝さんを全く気にして無さそうだった。 (58話・72話)
 だから、二年で戸塚君を気に入ってる女子も、少なかったけどあたしたちのメンバーに引き入れた。 (41話→)

 そうこうしている間に次は愛美さんがあの副会長と付き合い始めたって言う噂が流れた。
 愛美さんはずっとごまかしてたみたいだけど、中間テスト辺りから意識してた事は分かってたから、あたしの判断で噂じゃなくて本当の事だって女子グループと自分の仲間に伝えた。 (36話→/48話→ 二層)
 思えばあの時のあたしは愛美さんにも嫉妬してた。何で愛美さんばっかり? 何でこんな男子の事も知らない様な女が良いのかって。あたしだったら男子の事も少しは理解してるし、愛美さんは無いだろって思った。
 ただそう思ったのはあたしだけじゃなかった。結局いつものメンバーで次は愛美さんと副会長の仲を壊そうって言う話になって……
 あたしは……前から愛美さんに気がありそうだと分かってた島崎君に声を掛けて、去年から愛美さんを意識してた会長の味方をすることにした。 (48話→)
 その島崎君には愛美さんが好きならあたしが協力するって。会長には出来るだけ愛美さんとの仲を応援するような方に話を持って行った。そっちは愛美さんもある程度知ってる流れになると思うから今は割愛するね。

 ただその一方でも愛美さんは蒼依さんにベッタリだった。蒼依さんは戸塚君って言う誰もが憧れる彼氏がいるのに愛美さんにベッタリ。一方の愛美さんもあの麗しと言われてる副会長の彼女になれたのに、お互いが彼氏を放って、友達同士で仲良くしてる。
 あの二人と付き合いたくても付き合えない女子からしたら、ただ不満がたまる一方だった。ただその事に対して、あたし達以上に面白くないと思っていた人がいた。そう戸塚君。
 “せっかく俺が彼女にしてやったのに、毎日顔を見せに来るのが礼儀だろ”って言ってたらしい。

 それを聞いた戸塚君のファンが、あんなに素敵な彼氏を放って友達とばかり楽しんでる蒼依さんはおかしいって、更に不満が集まった。

 あたしが蒼依さんへの暴力行為が行われてるって知ったのはこの辺りから。毎日では無かったと思うけど、あたしが知ってからは、早朝・昼休み・放課後、部活動に合わせた目立たない時間を隠れ蓑にして、蒼依さんを屈服させようと……あたし達と……戸塚君の言いなりになるように暴力を……加えてた。 (23話→/51話→)
 そうしないと戸塚君のはけ口がこっちに来るから……
「まさか……」
 そう。この時からあたしも蒼依さんに対する性暴力が行われてる事を聞かされた。でもこの事はとてもじゃないけど言えなかった。言ったら最後、その牙は実祝さんにも向くと言われてたし、あたし自身も当然対象になるって言われた。
 それでも孤立して行った蒼依さんの心は折れなかった。いくら暴力を加えても、あたしたちや戸塚君の言いなりになる事は無かった。もう誰がどう見ても愛美さんの存在が大きかったのは明らかだった。
 だから何とかして愛美さんを潰す必要性に迫られた。

 そんな時、嘘か本当かはいまだに判断できてないけど、あの先生の愛美さんに対する気持ちにあの女子グループの方が気付いたと言って来た。あたし達はその真相を確かめる事無く、これは大きなポイントになると飛びついた。 (49話→)
 この話が知れ渡ったら副会長との仲も、愛美さん自身をみんなが見る目も何もかもが変わって、完全に孤立させられると意気込んだ。
 そうこうしてる間に愛美さんと副会長が喧嘩した。だからここぞとばかりにあたしは二人の仲を引き裂こうとした。 (56話 連結 63話)
 でもそれもまた蒼依さんに阻まれた。 (連結器:57話)
 だからあたしも蒼依さんに行われてる性暴力の事を聞き知っていてもフラストレーション自体は溜まって行ってた。明らかにあたしの神経や良心がマヒしてる証拠だった。
「咲夜……」
 そしてあたしも……参加してしまった。

繰り広げられる光景を見てるだけの人になってしまった。この詳細は後で話すね。
 蒼依さんと愛美さんに言われてた事を忘れた訳じゃ無かったのに……それでも自分可愛さにっ……。
 その上、あさましくも自分はあの立場になりたくないと思ってしまった。大体の女の子はそう思っていたと思う。
 その中でも少しではあるけれど、それでも蒼依さんと立場を代わって欲しい、どうしてもあの戸塚君と付き合いたいって言う女子はいたけど、その女子は戸塚君の目には止まらなかった。

 だからあたしたち2つのグループで、蒼依さんの事は戸塚君に任せて、何とかして愛美さんを潰そうと言う事になった。
 今思えばあの蒼依さんの姿を見たくなかったのも大きく影響してたと思う。
 だから副会長に告白したのもあたしが知ってるだけであたしを含めた4人。それに2年の議長の子もいたっけ。 (92話・116話)

 そうして何とか愛美さんと副会長の仲、愛美さん自身を潰して孤立させる。その一点に集中する為に実祝さんに交換条件を提示した。それが成績の話だった。しかもその時、間の悪い事に少し目を離した隙に実祝さんの成績が上がりそうだった事もあって、初学期の学期末テストであたし達の誰よりも成績が下になる事。中学期以降も成績を上げない事……夏季講習にも参加しない事……それから推薦枠を取らない事。
 それらを約束すれば実祝さんを的にするのは辞める。 (89話⇒117話)
 逆にそれでもあたし達の言う通りにしなければ愛美さんを潰した後、全員で実祝さんを潰す。そして戸塚君に実祝さんを差し出す。実祝さんが気に入ってるあたしの事を教室中に言いふらしてやる、潰した後の愛美さんに直接リークしてやる。二人揃ってボロボロにしてやる。
 当然あたしは話が違うって、あのメンバーに言ったけど、それなら代わりにあたしが蒼依さんの身代わりになるかって、戸塚君の相手をするのかって言う選択肢を突きつけられた。このままだと以前からあたしと愛美さんが時々喋ってるのを見られてるのもあって、裏切り者扱いをされそうだった。 (呼び出しの中身→143話)

 あたしたち受験生にとっては、やっぱりこれから先の人生がかかってる成績も大事だったから、特に成績が思うように中々上がらなかった一部のメンバーは、蒼依さん以外でも焦っていたんだと思う。
 勉強をしてる雰囲気もない実祝さんが、結果を出す事に対して面白く無さを感じてたのも助けたとは思う。
 でも、先生が一回の成績でどうのって言っても、実際難関進学先を考えている生徒からしたら、そんな気休めなんてどうでもいい。とにかく蒼依さんもどうにかあたし達や戸塚君に屈服させなければいけなかったし、実祝さんの成績も落とさないといけなかった。そうしないとあたし達のメンツもあったし、自分たちの体の安全の事もあった……そして何より将来の進路の事もあった。

 そう言った諸々の事を考慮した場合、その全てにおいて愛美さんが邪魔だった……だからあたし達も、もう愛美さんを潰す事に対して手段を選んでいられる状態じゃなかった。
 今思うと本当に、何に対して、どうしてそこまで追い詰められていたのか……あたしには分からない。(集団同調・無思考)

 愛美さんならもう予想は付いてると思うけど、あの夏休み、先生とあたしで話をした時、実祝さんが自分の体調を盾にテストの出来が振るわなかった事を認めたけど、実際はあたしを守るための嘘だった。 (127ー128話)
 そんな実祝さんに愛美さんは呆れていたみたいだから、あたしが実祝さんの名誉のためにここで言い訳をしておくと、実祝さんからはあの後注意された。“あんなに友達想いの愛美さんに嘘をつくのは辞めたい。それは友達相手にする事じゃない”って。“あたしが咲夜の盾になるだけだと役者不足だったのか”って。そう言えばあの時、愛美さんには本当の事を一回でも話した事はあるのか、愛美さんに助けを求めた事はあるのかとも言われたっけ。

「……一つだけ。夏季講習はお母さんに心配かけられなかったから、あたしは受けた。あたしの行動動機はお母さんだから、夏季講習だけは咲夜は何も気にしなくて良い」

 それでも、あたしは実祝さんの言葉には耳を貸さずに……あたし達は愛美さんを潰す事に集中できる環境を整えた。

 そうして、準備万端の上で愛美さんの方には島崎君と担任、それから会長。愛美さんと副会長の仲を壊してくれるなら、愛美さんに痛い目を合わせられるならアタシ達もフォローするからって事で、男子に初心な愛美さんにはこれで十分だと思ってた。
 ただ、結果的に会長だけは愛美さんに本気だったから、あたしたちがとりわけ何かを煽るような必要もなかったけど。ただ、あたしが会長の応援をしてるのだけは伝えはしておいた。
 でも意に反してこれだけやっても二人の仲は壊れなかった。それどころかこんなあたしにも親切にもしてくれるし、あたしの悩みも聞いてくれた。その上であたしに実祝さんと仲良くして欲しい、喧嘩してる愛美さんの代わりに実祝さんの事を任せたいって言ってくれた。 (45話→)
 その途中あたしは気づいてしまう。愛美さんと喧嘩してる方が楽しい事に。自分らしくいられてる事に。 (72話)
 自分の正直な気持ちに気付いてしまったら後は早かった。急に自分のしてる事が怖くなった。だけどあたしが抜けるにはあまりにも踏み込み過ぎた。あたしは完全にあの2つのグループの共犯になってしまってた。(断ち切れない鎖 全ナンバー)

 そんなあたしの煮え切らない態度が気に入らなかったんだと思う。あるいはなんだかんだ言いながら愛美さんと喋ってたのを見咎められたのかもしれない。
 ある日の放課後あたしは呼び出された先で、戸塚君と女子メンバーから二択を迫られた。蒼依さんを更衣室に閉じ込めるか、あたしが身代わりになるか……そして……あたしはっ!  【92話手前舞台裏→:蒼依・行動動機〘(人間)行動学〙】

 あたしの選択に満足した女子メンバーから、あたしの知らなかった事をその場で蒼依さんに実践しながら色々聞かされた。
 あたしの入ってたグループもだけど、女子グループは初めから戸塚君と付き合えた蒼依さん自身を、腹いせとして暴力の的にしていた事……それを女子メンバー全員の前で見せしめのようにされていた事もあったこと。

 あたしが副会長と愛美さんの仲を潰すために、告白する事を条件に、今までの煮え切らない態度を見逃してもらった時を同じくして、二年の子が副会長とキスをしたのを見たって言い出した。 (98話手前:舞台裏)
 それを聞いた時、時々愛美さんを苦しめてたあの議長の事だってすぐに気が付いた。だけど、この事はあたしには言えなかった。副会長に告白しても良いって言ってくれた愛美さんをこれ以上追い込むような事なんて言える訳なかった。
 ただ、この噂に喜んだ2グループは、愛美さんそのものを潰せるとしかけた。実際あの後、愛美さんは授業には出なかったから、これであたしたちの最大の障害は取り除けたと思ってた。 (99話)

 その話を戸塚君に話して、2グループともやっと一息付けたと思ったら、週明けに愛美さんと副会長が手を繋いで並んで登校してきた。 (109話)
 これを見た時、あたしたちの中で混乱が生じた。どうしてああまで潰して、心を折って、引き離したはずの二人が仲良く登校してきたのかが分からなかった。
 [【小見出し】能う限りの優しさを]
 ただ、その時実祝さんが副会長を追い払ってくれた事は、あたしたちの中で見どころのあるクラスメイトに見る目が変わった。

「……咲夜……」

だけど、あたしたちが実祝さんを労っても邪険にするし、まともに話もしなかった。
結局実祝さんは、すぐにお高く留まる“姫”だって所に落ちついた。
 結果、愛美さんと蒼依さんが相変わらずベッタリなのも、何もかも変わらなかった事にあたしたちの我慢の限界も近かった。その上、一度戸塚君に報告も済ましていたのも手伝って、焦燥感も強くなって行った。
 だからどっちつかずの中で、愛美さんと副会長の仲を引き続き壊す事、蒼依さんを
屈服させるための暴力だけは続いた。

 そしてそれは夏休みの間も女子たちの間で入れ代わり立ち代わり続いた。その夏休みの間は学校へ来る生徒も少ないからって事で、他にもはけ口にされてる人がいた。 (123話→)

「え? 蒼依以外にもって……」

 そして夏休みが明けてからの今日までの短い間にも、愛美さんと副会長の仲や蒼依さんに対してあたしの取った行動。
 今更謝っても、もうどうにもならないけど蒼依さん。本当にごめんなさい!

 それと今回の一連の件についてはあたしが全て蒼依さんの代わりに証言しますし、あたしはどんな処分でも受けますので、この件については今後一切蒼依さんに聞くのは辞めて下さい! それと今回関係してる人の名前は全員言いますから、あたしも含めて処分をお願いします。
 今回の件はあたしが何とかします。
「今回の件?」
 はい。今回の健康診断で関係した女子全員が非常に神経質になっていますから、今日の話はもう耳に入ってると思いますけど、明るみになった時点で蒼依さんに矛が向くのは確実ですから、愛美さんの親友でもある蒼依さんを守ってください。お願いします!
「ちょっと待ちなさい! あなた――えっと、月森さんが何とかってどういう事よ」
 ……先ほども言いましたけど、少し前からあたしも的になりかけていたので、蒼依さんの代わりにあたしが身代わりになります。 (97話-120話)
 だからその間に学校側で全て調べて下さい。そのための情報提供ならいつでも応じます。


―――――――――――――――― 独白  完 ―――――――――――――――


 そう前置きをして、咲夜さんを含める女子グループ八人と、他クラスの女子生徒三人と二年の生徒二人の名前を次々と口にする咲夜さん。
「分かったわ。ただ、当たり前だけど、月森さんが身代わりになるなんて話は認められないし、私自身も認めないわよ。その上での話だけど、処分とか今後の事は正直こっちも状況を整理できてない今、確約は出来ないけど可能な限り月森さんの意向に沿うようにはするわ。それから防さん。ずっとその格好だと体を冷やすから、肌着もブラウスも

健康診断は受けなさい。その代わり身長は実測から1mm引いて、体重は500g引いて記入しておいて。そして隣のレントゲンへは岡本さんが付き添ってあげて。そして月森さんには夕摘さんがついててあげて。その間に私は一度職員室に戻って今日の事と、今聞いた話を校長先生、教頭先生、それから担任の巻本先生に話してくるから。それから私が戻るまで保健室のドアは絶対に明けない様に。私は鍵を持ってるから自分で開けられるから、気にしない様に。そして私が戻って来たら防さんの視力と聴力を測って、今日は四人共私が家まで送って行くから」
 咲夜さんの現実離れをした話を聞いて呆然としていた私にかまう事なく、穂高先生が指示を出して一度保健室を留守にする。
 それと同時に蒼ちゃんが、健康診断を受けるためか身支度を整える。
「……あなたの事、一生許さないから」
 かと思いきや、しゃがみ込んでしまった咲夜さんに平手打ちをし……ようと振りかぶって、寸前で思いとどまる蒼ちゃん。
 その蒼ちゃんの動きを見た咲夜さんが憚る事なく、再び声を上げて泣く。
 その様子を完全に放心した状態の実祝さんが見下ろしている。
 でも私は今聞いた咲夜さんの姿以外にも、心が悲鳴を上げる程の懊悩を抱えていた事も知っている。そして何が咲夜さんを縛り付けていた鎖なのかもはっきりした。しかもその鎖には自分から絡まりに行ったことも。
 だからって咲夜さんがした事を到底許せるはずはない。咲夜さんには蒼ちゃんを助ける機会が何度もあったはずだし、咲夜さんの性格上それが難しかったとしても誰かに言う事自体は出来たはずなのだ……私以外の誰かにでも。
 ただ私も頑なに拒んでしまっていたから、それを指摘する事は出来ない。
 もう本当に色々な思惑、気持ち、感情が絡まった挙句の果ての最悪の結末だ。
 だから私にはこういう時どうしたら良いのか分からない。こういう時は何を信じてどう判断したら良いのか分からない。
 だから声を上げて咲夜さんが泣く中、私は蒼ちゃんの測定をしながら一つずつ頭の中を整理するために聞く。
「ねぇ咲夜さん。私に言ってくれたあの不安とか、優希君に告白するって電話で言ってくれた時に、私に言ってくれた言葉とか……あれは嘘? 本当?」
 人は誰だって失敗するし、ミスもする。だけれど一回の失敗でその人間と関係まで断つって言うのはあまりにも寂しい気がする。
 もしそうなら何度か言っては来ているけれど、私が連絡を落とした服装チェック、慶と喧嘩した時に思わず出てしまった足や手、それに優希君のお願いすらも聞き落としてしまっていた私。
 そうは思うのだけれど、今回の蒼ちゃんに対する仕打ちは、どう考えても私には許せそうにないのだ。私にとって何よりも大切な親友で、その事は二人には何回も言っていた。
 その上での今回の咲夜さんの行動。でも咲夜さんは本当に悔いて、咲夜さん自身の懊悩の話とかをしなかった事を思い返すと、全部を話してくれたわけじゃなさそうだけれど、恐らくはそのほとんどを話してくれていると思う。
「嘘じゃない。あたしは愛美さんにはいつも正直でいた」
「咲夜……」
 考えれば考える程良い所も悪い所も出て来て、頭の中が堂々巡りになってしまう。結局私にはそれ以上の結論を出す事が出来なくなってしまう。
「じゃあ咲夜さん。咲夜さんも蒼ちゃんの暴力に加担したって言ってたけれど、具体的には何をしたの?」
 それでも私の一番の親友に、咲夜さんが何をしたのかは気になる。どう言う気持ちで暴力に加担していたのか知りたくはないけれど、聞かずにはいられない。
 けれど私には正直でいたって言う咲夜さんが、私の問いには答えてくれない。私は全く自分の気持ちも整理できないままレントゲンへと蒼ちゃんに付き添う。


 穂高先生が帰って来るまで手持ち無沙汰になった私たちは、改修して広くなった保健室内。私と蒼ちゃんはベッドの仕切りを借りて少し二人きりにさせてもらう。
「蒼ちゃんが言っていたのはこの事だったんだね」
 私の方から蒼ちゃんに寄り引っ付く。信じられないほど凄絶な暴力を受けながらも私を第一に考えて行動してくれた上、度重なる注意もしてくれた蒼ちゃん。その時の気持ちはどんなだったのだろう。
 さっき蒼ちゃんが話してくれた後ろ暗い気持ち、それだけなんだろうか。気にならないと言えば嘘になるけれど、やっぱり聞くのは憚られる。
 それに聞き知ったところで、どう考えても蒼ちゃんの気持ちを知る事は出来ないのだから、例えそれが逃げだと言われようがもう辛い話を聞くのは辞めて、これから先の事を考えた方が良いのかもしれない。
「本当はね。愛ちゃんが夕摘さんを許せない気持ち、分かってたんだ。だって蒼依も愛ちゃんと空木君の仲を壊そうとしてたアノ人は、もう一生許せないって蒼依自身分かるから」
 蒼ちゃんの言葉に、カーテンの外から息を呑む空気と言うか雰囲気が伝わって来る。
 それに、お互いがお互いの為に怒れる、お互いの為に感情を動かす事が出来ると言うのなら、それ以上は必要ない気がする。
「それでも私は実祝さんの事、どこかで折り合いをつけて許すと思う。だって私と蒼ちゃんの約束だもん。どう言う形であっても蒼ちゃんは私に腕を見せてくれたんだから、私だって約束は果たすよ」
 私は蒼ちゃんの腕を優しくふわりと抱き込む。
 それに私は実祝さんのお姉さんから、あの日の激情を後悔して一人部屋の中で涙している事も聞き知っているし、実祝さんもまた被圧側に立たされて、人生を棒に振るところまで追い詰められた。いずれも実祝さんには何の非もないにもかかわらず、誰にも恨み言を言わずに咲夜さんを守り、蒼ちゃんの心の痛みまで理解をしてくれているのだ。 (89話)
 だったら約束を守る理由こそあれ、違える理由なんてどこにもない。
「愛ちゃんごめんね。蒼依が無理なお願いを言ったから、愛ちゃんもたくさん頑張ってくれたんだよね。人を赦すのってこんなにしんどくて辛いんだね。ごめんね……そしてありがとう」
 蒼ちゃんが綺麗な涙をほろほろとベッドに零しながら、私の事ばかりを気に掛ける。あのクッキーの日には私も実祝さんに対して猛烈な敵意を持ったのだから似た者同士。私だって蒼ちゃんの気持ちを分かるとまでは言えなくても慮る事くらいは出来る。
「蒼ちゃんが謝る事なんて何もないよ。本当に何もない。私だって今は咲夜さんを赦せそうにない。それでも不思議な事に、本当に悔いてくれていたなら、いつか赦せなかったとしても心に折り合いを付けられる日は来るよ。だから私の事は何も気にしなくて良いから」
 私にとってそのタイミングはやっぱりお姉さんからの電話であり、咲夜さんを守るために声を上げた時で、最後の引き金は蒼ちゃんにした事を理解してくれているのを理解した瞬間だった。 (60話・89話・127話)
「それでも蒼依が、戸塚君とお付き合いを始める前に愛ちゃんに言われた通り、恥ずかしがらずにどんな人なのかちゃんと聞いておけば良かった」 (17話ー20話)
「そんな事は無いよ。お付き合いを始めてからその人の事を知って行くのも一つなんだから、蒼ちゃんが間違った訳でも無いし、おかしかった訳でも無いよ」
 実際この考え方は優希君とお付き合いを始めて、朱先輩からジョハリの窓を通して教えてもらった事の一つだ。 (48話→)
 それを省いたとしても、実際出来上がりつつあったあの集団同調の中で聞くのは、恥ずかしがり屋の蒼ちゃんからしたらもう一つしんどいはずなのだ。
 ただ、そんな事は関係なく男女関係でも人付き合いでもそうだけれど、暴力を振るった方が悪いに決まっている。
 ましてや私にとって無二の親友である女の子に対して暴力を振るうとか、いくらなんでも考えられなさすぎる。そんな中でするタラレバの話なんてない。
 以降は蒼ちゃんの嗚咽と、実祝さんの方も何かを話していたのか、カーテン越しに咲夜さんの嗚咽が聞こえてくる中、私は戸塚君と蒼ちゃんの事を思い返していた。

 あの蒼ちゃんが嫌がっているのを気にも留めずに、蒼ちゃんの腰に手を回していた戸塚君。いくら男女交際をしているからと言って、女の子側の意見も聞かずにそう言う事をするのは、女側としてどうしても眉をひそめてしまう。(36話・40話)
 それに私が戸塚君に蒼ちゃんの事を少し突っ込んで聞いただけで、その目からは笑いを消した戸塚君。あれが体育会系特有の物なのか、それとも男子の特徴なのか、戸塚君の性格によるものなのか……今となっては答えは一つしかないのだろうけれど。
 私だったらあんな男の人なんてお断りだし、お付き合いを始めてから分かった性格なら多分その時点で別れる選択をすると思う。ただそれを気の弱い蒼ちゃんが出来たかと言うとまた話は変わって来ると思う。その辺りのいきさつも聞いておきたい気もするけれど、今はこれ以上蒼ちゃんの傷口に触れないように、一連の話を口にするのは控える。

 それからしばらくして、蒼ちゃんの方も咲夜さんの方も嗚咽が収まった頃合い、ノック音と同時に顔を所々赤くした穂高先生が戻って来ると、本当に形だけに近い残りの健康診断、視力と聴力を測って、腹黒からの連絡事項が伝えられる。
「えっとまずは。明日は四人共学校を休みなさい。当然学校側の判断だから普通の欠席じゃなくて公欠扱いにするから。進学の際の皆勤賞・精勤賞には影響しないわよ。もちろん内申にもね。それから明日は担任の巻本先生からどこかのタイミングで電話がかかって来るからその電話にだけは出るようにしておいて。もちろん明日休む理由を保護者の方に正直に伝えてくれても良いし、その辺りの判断は各御家庭の事情に任せるわね。だた、一番初めに全容を聞いた私と、担任の巻本先生で、防さんと月森さんの御家庭には明日お伺いして、事情の説明をさせてもらう事になるから、そのつもりだけはしておいてちょうだい。それと保護者の方なら必ず聞かれると思うから、先に説明だけしておくと、今日じゃなくて明日お伺いして説明させて頂くのは、明日一日使って該当者全員に話を聞いた上で、説明に上がるからって伝えておいてくれるかしら。もちろんご納得頂けなければ、今日は夜遅くまでいる事になるだろうし、直接学校に連絡をくれても構わないから」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(改正)児童福祉法 59条:第6項「児童の生命又は身体の安全を確保するため
             緊急を要する場合」の応用
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 そう言って先生が私たち一人一人に連絡先の書いた名刺をくれるけれど、
「えっ?!」
 その名刺の肩書を見て驚く。
『指導看護師・臨床心理士 穂高美加』
 どう見積もっても普通の養護教諭が持つ肩書ではない気がする。普通の校医だったら養護教諭だろうし。
 私の反応に満足したのか、苦笑いを見せた腹黒が、
「もちろん明日は岡本さんも夕摘さんも休んでもらうから。その説明が必要ならきっちりと説明させて頂くわよ」 (児童福祉法に則る)
 私と実祝さんへの対応もきっちりとすると言う。
「それじゃあ車で送って行くから、みんな用意してね」
 そして先生の引率で、私たちは下校する。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
    「どうする? 先生も付き添って出来る説明だけでもする?」
         先に分かっている分で説明するのかどうか
    「じゃあ本当に帰ります。改めてありがとうございました」
          話が出来たのか出来なかったのか……
         『……分かった。ちゃんと抗議しておく』
           誰から誰に対する抗議なのか

         「朱先輩。私に勇気と力を貸してください」

        143話  親友、その先へ  ~白日・崩壊へ~  
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