第143話 親友、その先へ  ~白日・崩壊~ Bパート

文字数 7,081文字

 しばらくの間、生まれた自責を涙と言う形で逃がし続けていると、今度は家の電話が鳴り出す。さすがに親からかもしれないと電話を放っておく訳にもいかず、子機を取るためにリビングに顔を出すと、
『ねーちゃ……って、どうしたんだ?!』
 帰って来ていた慶と鉢合わせてお互いびっくりする。
「ごめん。お姉ちゃんの事はそっとしておいて」
 ただ、こんな事を慶に話す訳にはいかないからと一言断って、子機だけを持って自室へと戻る
『岡本です』
 相手が誰だか分からない以上、出来るだけ声を張って電話に出ると、
『岡本か? 俺だ。担任の巻本だ』
 まさかの先生からだった。
『はい。私ですけれど』
 今日の話だったら今、私の家には親はいない。
『岡本の声が聞けて良かった。それから養護教諭の話を聞いてから今まで連絡するのが遅くなってスマン』
 でも先生の話し方からして、両親に話があると言う訳ではなさそうだ。
『遅くなったって、私より先に蒼依の所に――』
『――今の今までその防に電話をしていたんだ。その防は明日俺らが行くまでは親には言わないそうだ。本当なら俺もここで岡本に弱音を吐きたいところだが、防や岡本の方が辛いだろうからそのまま本題に入るな』
 ちゃんと蒼ちゃんの事を気遣ってくれる先生。ただし今回の件に関しては、もう完全にそう言う次元の話じゃなくなっているけれど。
『岡本には、今日明日の流れの説明をしておくぞ。俺が最近の天城の生活態度や成績の話をしてる最中に、養護教諭が飛び込んで来て事の仔細を天城本人と親御さんと三人で聞いた。その話もまとめて聞き取りをしてたんだが、結果。防への暴力、夕摘へのテストの妨害及び脅迫、それから後輩への暴力の関与、加害を認めた。そして岡本への下劣な嫌がらも認めた。ただし全部が全部天城が加害者と言う訳じゃ無くて、ある意味では被害者――』
『――なんですかそれは!! まさかそれを先生は信じたんですかっ!!』
 まさかの先生の発言に電話口にもかかわらず、涙声のまま怒鳴る。
『良いからまずは聞いてくれ。天城の場合はもっとややこしくてな、防相手には加害者。他の一部のメンバー相手には金品の要求に対する被害者なんだ』
 ただですら私と蒼ちゃんとの事だけでも、整理が出来ていないのに、まだ別の問題もあったなんて。
『その詳細は岡本でもさすがに伏せるが、あいつは夏休みの間、最近の学力の遅れを取り戻すために予備校の進学講習を受ける予定だったらしい。その為の授業料と言うのか、そう言うのを“献上”したと言う話だ』
 本当にあのグループと言うか、この学校自体どうなっているのか。詳細は省くと言う通り誰にとかその動き自体はぼやかされるけれど、それだけでも十分に犯罪なんじゃないのか。
『その事も予備校からの何の便りもないと言う事から不審に思った保護者の方が、予備校に問い合わせて発覚したと言う事らしい』
 だからって蒼ちゃんにこいつらがした事とは別の話でしかない。それで酌量の余地とか言い出されたらたまった物じゃない。
『そしてこの先の事はどう言ったら良いのか分からないから、出来事だけを言うと①防には暴力はあったが金品の要求は無かった。②天城には暴力もあったが金品の要求もかなりひどかった。③天城からも聞いたが14人全員の関与した生徒の名前は把握してる』
 それは蒼ちゃんの事、咲夜さんの話を腹黒が持ってきた時点で隠しきれないと観念した言う事なのかもしれない。
 それにしてもここまで来て、セミ声に咲夜さんが話してくれたにもかかわらず、まだサッカー部と戸塚君の名前だけは出て来ないのか。
『そしてここから先は予定の話なんだが、明日残る12人の聞き取り行った上で俺と養護教諭で四人のご自宅に説明に上がる予定を立ててる。それと同時に恐らくは明日の統括会で、生徒の事だからと言う事もあって、その連絡事項だけは確実に行くと思う。ここまでで何か質問はあるか?』 
 先生が順を追って話をしてくれているのだろうけれど、今の私では頭の中の整理すら追いついていない。
『まあこの件に関してはまた明日じっくりと説明するから、今は気にする事はない。それよりも養護教諭から聞いたけど、明日は公欠扱いだから絶対に家から出るなよ。本気で心配してたぞ』
 あの腹黒教師。私が信用してるからって巻本先生に喋ったのか。
『約束は出来ませんが、善処はします』
 でも学校側もまだ知らんフリを続ける戸塚君と蒼ちゃんの関係。私は明日、戸塚君にその話だけはしに行かないといけない。
 もう誰が何と言おうがあの腹黒だけは信用しない。
『岡本。頼むから約束してくれ。明日一日だけで良いから家で大人しくしてるって言ってくれ』
 返事をしない私に対して声色を変える先生。
『明日岡本がちゃんと家にいるかどうか、この電話に明日もかけるからな』
 それくらいなら気付かなかった事にしておけば良いだけの話だ。

『それよりも先生。あの先生、蒼ちゃんが暴力を振るわれた事を迷惑そうに言われたんですけれど、あの先生何を考えているんですか? 本当にあの先生を信用しても良かったんですか? 私にはあの先生を信用する事がどうしても出来ないんですけれど』
 だからって言うのも変だけれど、先生が抗議してくれるって言った事を思い出して少し甘えさせてもらう。
『その事に関しても養護教諭が項垂れてたぞ。どうしたら岡本にこっちの意図がちゃんと伝わるのかって。一緒になって防も岡本に加勢されたのが、相当堪えたみたいだ』
 加勢されたって……あの腹黒はどこまでも蒼ちゃんを悪者にするつもりなのか。こんなのでどうやってあの腹黒を信用しろって言うのか。先生も私に気があるとか言ったくせに、あの腹黒の肩を持つって言うのなら、今後の対応にしっかりと反映させないといけない。
『じゃあ先生も、あの腹黒の言う事を信じたんですね』
『腹黒って……お前なぁ。ちなみに念のため言っておくと、あの養護教諭の話を鵜呑みにしてないから岡本に話題を出す事すらもしなかったんだからな』
 先生がため息ながら説明をしてくれる。
『じゃああの腹黒に抗議してくれたんですね』
 そして一番大切な事。あの聞き取りの時のように先生がちゃんと私の味方になってくれたのかどうか。
『……分かった。ちゃんと抗議しておく』
『……先生。私の一番大切な親友なんです。私の親友、友達を大切にしてくれない人とは誰であっても信用もしませんし、仲良くする気もありません』
 あの腹黒の蒼ちゃんに対する態度も然り、実祝さんを“そこの女”発言をした倉本君然り。
『分かった。ちゃんと明日抗議して、お伺いする時にはその件も含めて養護教諭に、ちゃんと誠意を持って岡本と防に謝ってもらうから、何とか納得してもらえないか?』
 その先生の事を反芻していると、まだ足りないと思ってくれたのか、
『もちろんそれで納得出来なければ、俺も養護教諭が謝るまで一緒に抗議する』
 下手をしたら先生の気持ちがバレてしまいそうな事まで言い出す先生。そこまで私の味方をしてくれるって言うのなら、
『分かりました』
 先生の気持ちを無碍にも出来ないし、何よりも先生には理想の先生を目指して貰わないといけないのだから、これ以上のワガママは言わない方が良い気がする。
『ありがとう岡本。それから……タラレバの話をしてもしょうがない事は分かってるが……本当にすまなかった。俺が一番初めの時に、岡本の話にちゃんと耳を傾けていればこんな事には……』 (44話)
 私の返事を聞いた先生が、涙声を隠さずに結局は弱音を吐いて来る。
 でも先生の優しさも、目指す先生像を私は理解しているから、嫌悪感も何もない。先生を応援したい私としては、電話口では笑顔を見せる事が出来ないのだから、先生の話にじっと耳を傾ける事くらいしかできない。
『先生。もう謝らないで下さい。先生との面談の時に私は赦しました。その上で実祝さんと咲夜さんの事はちゃんと見てくれていた先生を私は知っています。だから先生は胸を張って下さい。先生の目指す先生を目指してください』
 だから私は先生に応援を紡ぐ。
『本当に岡本って奴は……俺の携帯番号教えておくから何かあれば24時間いつでもかけて来てくれて構わないからな』
 その先生が私に携帯番号を教えてくれる。
『それじゃああんまり遅い時間に若い教師が、生徒宅に電話していてもアレだからもう切るな。明日伺う前に、一度連絡だけはするからな』
 そう言い残して先生が電話を切ってしまう。
 それにしてもこんな時にも若い教師とか、意識し過ぎだって言うのに、そんな場合じゃないって分かってはいても、その先生の不器用さに、切り替えの出来てなさに少しだけ心が軽くなる。
 それと同時に張っていた気が緩んだのか、ベッドに倒れ込んだそのまま意識も一緒に手放してしまう。


 昨日は一切余計な事をせずに寝たはずなのに、途中夜中に何度もうなされて目が覚めたせいか、体はだるいし頭痛もする。
 その中で慶にこれ以上変な心配をかけないためにも、朝ご飯の準備だけはと思って下に降りると、
「ねーちゃん大丈夫なのかよ」
 昨日の変な私を見せてしまったからだろうけれど、あの慶があり合わせで朝ご飯を食べていた。
「大丈夫って何がよ。慶には関係ないんだからそっとしておいてって言ったでしょ」
 慶の気遣いって言うのか、自発的な行動は嬉しいのだけれど、いかんせん一日で頭の中が整理できるわけもなく、まだ寝不足で頭が痛い事も手伝って、気の利いた事も言えない。
「……分かったよ。じゃあ俺からは何も聞かねぇ」
 いつもなら私の反応に噛みついて来る慶が、今日は素直に引き下がるって言うか、元気が無い気がする。
「今日はお母さんじゃ無くてお父さんが帰って来るからね」
 その慶にお父さんが帰ってくる旨を伝えるも、
「良いよ別に。じゃあ俺、先に学校行くから」
 元気が出る事無くそのまま学校へと行ってしまう。
 今日休まないといけない私としたら、先に家を出てくれた方がありがたいからとそのまま見送る。

 当然学校を休んだ事が無い私からしたら、この時間は手持ち無沙汰になる訳で。何もしないでいるとどうしても統括会としての立ち振る舞いはどうだったのかとか、どうして親友の事に気付けなかったのかとか、永遠同じ事を自問して気持ちが沈んでしまう一方だからと、とにかく家の事を全て済ませてしまう。 
 それでも時間が余り過ぎるのだからどうしようかとも思ったのだけれど、この後戸塚君としっかり話をするためと今日お父さんが帰って来てくれた時に、心配をかけてしまわない様にと二つの理由で、少しでもと思って自室に戻って横になる事にする。

 どのくらい寝たのかは分からないけれど、携帯の着信で目が覚める。
『もしもし』
『あ。愛美さん。今日は家なのかな。昨日は大変だったって優珠から聞いた。今日出来ればどっかで愛美さんの顔を見ながら喋りたい』
 どこで知ったのか、優希君から昨日の事を案じてくれる電話だった。
『それは嬉しいけれど、昨日の事ってもう学校中に広まっているの?』
 蒼ちゃんの、女の子の体にアザがある事なんて知られたくなかったのに。
『ううん。全く。知っているのは昨日話を聞き出してくれた優珠と僕くらいじゃないかな』
 話の途中で固定電話が鳴り始める。
『優珠希ちゃんって言う事は保健の先生?』
 本当にあの腹黒は最低だ。昨日はあれだけ秘密にする。誰にも言わない、極力蒼ちゃんからの説明回数も減らすって自分で言っていたくせに、もう喋ってしまっているのか。
『そうだけど、先生のいつもと全く違う態度と、顔の至る所に赤みや腫れているところがあった事に違和感を感じた優珠が、保健の先生と大喧嘩をして聞き出したって言ってたかな』
 そう言えばあの先生が優珠希ちゃんとやり合ったら、言葉でもそれ以外でも勝てないんだったっけ。
『それで事情を聞き知った優珠が、すぐに僕に教えてくれたって所かな』
 この兄妹ならすぐにそう言った情報のやり取りくらいはあって当たり前だと言う事に思い至る。
『心配ありがとう。でも今、私に電話してくれて大丈夫なの?』
 それにこの電話を他の人に聞かれたら、また変な噂が流れ始める気がする。
『今は昼休みだから周りに気にしてる人はいないよ。それよりも今日何とかして――』
『――ごめん優希君! 今が昼休みならすぐに雪野さんを探し出して、今日も私と一緒にする約束をしていた雪野さんとお昼を一緒にして欲しい。それから今日会えそうなら改めて連絡するから、今は先に雪野さんを見つけて一緒にお昼をしてあげて』
 皮肉な事に今度はしっかりと眠れていたみたいだった。
『分かった。じゃあまた後で連絡待ってるから』
『ありがとう嬉しかったよ。それと……ごめんね』
 ただ雪野さんには今日休む事も何も言えていないのだから、私が約束をすっぽかしてしまった形になってしまっている。
 昨日の放課後以降、明らかに私に周りを見る余裕がなくなっている証拠だった。
 その優希君との通話を終えた私は、そのまま固定電話の方の対応をする。
『岡本だな。間違いないな!』
『そうですけれど、もし私の親だったらどうしたんですか?』
 幸いにも開口一番で分かったから良かったものの、せめて名前くらいは名乗って欲しい。
『そんな事言うけどな、他の三人はすぐに連絡が取れたのに岡本だけが中々繋がらなかったんだぞ?』
 分からないではないけれど、事情を心配してくれた優希君が連絡をくれたのだから仕方がない。
『それで今日の聞き取りと、教室の雰囲気はどうなんですか? 例の女子たちは何か言ってるんですか?』
 まあ今日は標的にしていた人間全員がいないのだから、いやあの女生徒Aだけはいるのか。とにかくどうなる事も無いだろうけれど。
『正直言って聞き取りは順調とは言い難い。ただ月森と天城が喋ってくれてるから、ある程度の概要は掴めてはいる。だから今日伺う時にはある程度の説明はしっかりできるとは思う。ただ思った以上に背景がややこしそうで学校側としても処分に困りそうだ。それから教室内の雰囲気だがハッキリ言って最悪だ。なんせ岡本ら四人も含めて11人もいないんだからな』
 生徒の前だからか、聞き取りの最中で気を張り続けていたからか、ハッキリと喋っていた先生の声から力が無くなる。
 でもこれも考えなくても分かる事だった。クラスの1/3ほどは空き机になってしまっているのだから、それだけでも異様な雰囲気になってしまうに決まっていた。
『変な事を聞いてごめんなさい』
 本当に周りの事に全く気遣いが出来ていない。これで先生の応援をしているって言うんだから、ちょっとお粗末すぎる。
『いや、そんな事は気にするな。それよりも今日の事、昨日の事も含めて統括会への説明は教頭先生が、そして教頭先生の説明を終えてから、それぞれの御家庭への訪問を予定してるから、それまでは大人しくしててくれよ』
 その中でも私が動くかもしれないと警戒している先生。
『それから昨日話した通り、ちゃんと養護教諭には抗議しておいた。気持ちに余裕がないのは分かるが、被害生徒をもっと大切にしてくれって』
 ただ、それに合わせる形で昨日の約束を早速果たしてくれた先生。この違いがあの腹黒と巻本先生の違いなのだと思う。
『ありがとうございます。本当に先生が担任で良かったです』
 だから先生に対する感謝の気持ちが素直に口から出て来る。
 ただ学校側の聞き取りの中でまだ一度もサッカー部の名前も、戸塚君の名前もまだ学校側が特別扱いをしているのか、咲夜さんがセミ声に語ってくれたのに、例の女子たちの計らいなのか全く出て来てはいない。
 これは下手な事を聞いて余計な警戒心を高めない方が良いかもしれない。
 だから私は下手な事を言ってしまう前に先生との通話を終える。

 そして念のための確認をする。確か昨日か一昨日に昨日(3日)と今日(4日)は学力テストの採点か何かで授業自体は6限までとか言っていたはずだ。その6限目が終わるのが15時30分。ただその頃に学校に行くと目立つ気がする。
 だから授業中である15時くらいには学校に入った方が良い気もするけれど、授業中はまた違った意味で目立ちそうだから、正面口や正門の方からでは無くて、裏口か通用門から入るしかない。
 まあ、あの戸塚君が授業・テストを受けていたらだけれど。
 学校側がサッカー部や戸塚君を把握していて明るみに出さなくても、隠そうとしても、女子たちがこぞってかばおうとしても、私にとって唯一無二の親友を傷だらけにした事を白日に晒して、蒼ちゃんとは別れてもらう。その上で私の友達にオイタをしたあの女子グループに一矢報いてやる。

 私にとって大切な親友をこれ以上は任せておけない、傷つけさせない。

 その気持ちを固く決意して私は学校へ向かう。
「朱先輩。私に勇気と力を貸してください」
 朱先輩のブラウスに腕を通して。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――

         「蒼ちゃんはもう一人じゃないんだよ!」

    今生きる気力を無くしている人へ――本当にあなたは一人ですか?

   【35話:友達から親友へ】【42話:親友はやがて】その先へと続く言葉、
       あなたは知っていますか? それとも分かりますか?
           私(筆者)が一番好きな言葉です

        144話(【転】最終話) 【???】~集中会話~  
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