第143話 親友、その先へ  ~白日・崩壊~ Aパート

文字数 8,751文字


 帰る準備を終えた私たちは下駄箱で靴を履き替え、いざ先生の車へ。
 その座席配置は、咲夜さんが助手席で、残りの三人が後部座席へ。その後部座席の真ん中が私で右隣に蒼ちゃん、左隣に実祝さん、これも全部先生の指示だったりするけれど、ひょっとしたら私たちと咲夜さんを一緒にしない方が良いとかそれくらいの事は、この腹黒の事だから考えてはいそうだ。
「それじゃあ夕摘さん、月森さん、防さんの順で送って行くから、道案内はよろしくね。そして岡本さんに話しておきたい事と話さないといけない事があるから、悪いけど一番最後になるけど許してね」
 その断りだけを入れて腹黒が車を動かす。まあ、私の方も探りを入れたい事がまだあったからちょうど良かったのかもしれない。
 私の意図に気付いているのか、はたまた私の考えなんて取るに足りないと思っているのかそのまま私たちに、事実確認と言うか、説明を続けるのを私は、蒼ちゃんの手を握りながら耳を傾ける。
「巻本先生から聞いたんだけど、さっきの月森さんの話と突き合わせても、夕摘さんも岡本さんも標的にはなっていたのよね。そして今日、言い訳を口にし続けていた女生徒たちは、私たちの耳に入ってる事も、防さんの状態の事も目にした事は知ってるはず。そしたら次に起こるって言うか起こす行動と言えば大体が報復なのよ。しかも報復の際にはそれ以上に失うものが無いと

から怖い物がない。つまり加減が無くなってしまうの。そう言った危険から守るための明日の休みだと言う事を理解してちょうだい」 (※改正児福59条ね)
「そして明日一日で処分を決めてしまうつもりだから、出席が出来るなら月曜日

登校して来て欲しい。今の様子を見る限り、防さんや月森さんが該当しそうだけど、気持ち的にしんどかったり、今日明るみに出たことによる体調不良とかが出た際には明日巻本先生が電話した時でも、月曜日当日に学校か、私宛てに直接電話して来てくれても良いから、正直に体調や、心の不調の事は教えて欲しい。それに合わせる形で、学校側は公欠期間を延ばすから」
 要は私たちに、例の女生徒たちから報復の危険が及ばない様にとの対処の話だった。 
 私たちにその説明をした後、無言の車内の中で腹黒が実祝さん、咲夜さんと順に送り届けて、蒼ちゃんの家の近くに差し掛かった時、再び先生が口を開く。
「どうする? 先生も付き添って出来る説明だけでもする?」
「分かりません。蒼依もどうしたら良いのか、どうして欲しいのかも分かりません。ただ、蒼依の家はお父さんもお母さんも、もう少ししないと帰って来ません」
 対して蒼ちゃんの方は、私にしがみついてくれている腕と声を震わせて答える。
「……先生。蒼依の事は無かった事には出来ませんか? 蒼依、お父さんとお母さんに心配かけたくない……」
 言葉と共にまた蒼ちゃんが綺麗な涙を再びこぼし始める。
「防さんの気持ちは分かるけど、それは駄目よ。防さんのそれは一歩間違えれば最悪の結果を招きかねなかった。岡本さんがいなかったら、本当に取り返しのつかない事になっていてもおかしくなかったの。それにいつまでもご両親に隠し通せるものじゃない。そうなった時にどう説明するの? 蒼依さんの今、涙をこぼしてるその気持ち、誰が掬い取ってくれるの?」  
「……愛ちゃん。愛ちゃんなら蒼依の気持ち全部分かってくれます」
 散々蒼ちゃんと問答して来たのだから、蒼ちゃんの気持ちも分かる。でも私が知りたがっていたように、蒼ちゃんのご両親だって蒼ちゃんの事が心配なんだから、知りたいに決まっている。自分の娘の事を知りたくない親なんていないに決まっている。
 二つの葛藤が私の中を行ったり来たりする中、二人の会話は進む。
「防さんと岡本さんがとても深くお互いを想い合ってる事は、さっきからのやり取りを聞いて議論する余地がないくらいは伝わったわ。でもね防さん。その役を全部岡本さんに押し付けるの?」
「ちょっと待てよ! 私、迷惑なんて思ってないし、私で良かったらいくらでも蒼ちゃんの話も想いも受け止めるのに、勝手に私が迷惑してるみたいな言い方は辞めろっての」
 私が葛藤する中で、私の気持ちを決めようとする腹黒に運転シート越しに蹴りを入れる。その腹黒がこれ見よがしと私に向かって大きくため息をついた後
「……あのね岡本さん。何も岡本さんがそう思ってるなんて微塵も思ってないわよ。そんな事を少しでも考えたら、さっきや今みたいに例え先生であろうが手も足も出るんでしょ?」
 そんなの当たり前に決まってるっての。なのにこの腹黒は何を当たり前の事を言い出すのか。
「そうじゃなくてね防さん。岡本さんにその役を全部引き受けてもらったら、防さんのご両親はなんて思うの? お腹を痛めて生み落としてくれた防さんのご両親の気持ちを考えた事はある?」
「……」
「もちろん言われたその時はすごくつらいし、自分の子供だもの。どうして気付けなかったのかって、どうして一歩を踏み込めなかったのかって自分を責めるわよ。でも、後で知らされた時、それ以外の周りが知らされていた事を、本当に後から知らされた時、ご両親はどう思うか分かる? その気持ちは多分岡本さんなら少しは分かるはずよ」 (82話)
 ……悔しい事にあの鼎談を今思い返しても、悔しい気持ち、目の前の腹黒に沸いた感情が鮮明に思い出せてしまう。
 そうか、これをあの優しそうな蒼ちゃんのおばさん達にも植え付けてしまう事になるのか。本当に感情って言うのは形なくて難しい。
「……だから防さんの気持ちは分かるけど、そのお願いは聞けないし、岡本さんにその役を全部任せるのも反対。そう言った内容も明日一日しっかり考えて欲しい。その上で今みたいに気になる事があればいつでも連絡をくれて良いからね」
 この腹黒は簡単にそうやって結論を出すけれど、私はそんな簡単に結論なんて出せない。少し蒼ちゃんと話をしたくなった私は、先生に探りを入れたい事もあったのだけれど、やっぱり蒼ちゃんの事が一番の優先に決まっている。
「先生。私一人で帰れますから、蒼ちゃんを家まで付き添って行きます」
 それに言葉に出来ない程の凄絶な状態の蒼ちゃんを、片時も一人にしたくないと思っていた私が提案するも、
「さっきも言ったでしょう? 岡本さんに話があるからって。時間は気にしなくても良いから防さんに付き添ってあげるなら行ってきなさい。ここで待ってるから」
 そう言えば先生からもってさっき言われていたっけ。
 私は先生に向かって一言短く返事をして、蒼ちゃんを家まで送り届ける。

 その蒼ちゃんの家の玄関。本当は蒼ちゃんが一番落ち着ける蒼ちゃんの部屋が良かったのだけれど、あの腹黒を待たせているって言う事と、やっぱり一日でもご両親に心配をかけたくないと言う、蒼ちゃんの気持ちで、ここでお話をする。
「ねぇ蒼ちゃん。正真正銘今は私たち二人だけしかいない。だから正直に答えて欲しいんだけれど、そのアザの中に戸塚君が付けたアザもあるんじゃないの?」 (18話-20話・40話)
 初めから蒼ちゃんの事を大切にしてくれていなかった戸塚君。数えるほども見てはいないけれど、蒼ちゃんを雑に扱っているところを見たあの時の目。もう今となってはほとんど確信する。戸塚君も自分の彼女に暴力を振るっていたと、性暴力に飽き足らず、下手をしなくてもその暴力は今でも続いていると言う事くらいは分かる。それに私としては蒼ちゃんの彼氏としてあのどうしようもない女生徒たちから守って欲しかったのに、一緒になって暴力を振るっていた。
 もうそれだけで私が動くには十分すぎる理由になる。
「……そうだよ。(よし)……君は気性が荒いからって言うのか、戸塚君からの性行為を嫌がったり、他の男子と仲良くしてたり顔を見せなかったり……とにかく何か気に入らない事があったらすぐに暴力に訴えた。それを周りに言ったけど、誰も聞いてくれなかった。それどころか蒼依の方があの義君の事を悪く言ってるって。自分の彼氏の事を悪く言うなんて最低だって、あの戸塚君に暴力を振るわせるなんて最低だって」
 聞く言葉、出て来る事柄全てに対して呆れるか、怒りに震える感情しか沸いてこない。
 そう言えばいつかの放課後、昇降口で蒼ちゃんを囲んでいた女生徒たちも浮気をされた方が悪い、させた方が悪いって言ってたっけ。 (51話・60話)
 そして遅れて、本当に遅れて蒼ちゃんがしきりに優希君の気持ちは私から離れていないって言ってくれていた真意に気付く。気付けばまた違った視点があった事に気付く。
 そう言えば蒼ちゃんの口からは優希君に関してたったの一回も“浮気”とは言葉にしていないのだ。その言葉は全て私を“涙させたら”私を“泣かせたら”なのだ。
 つまり蒼ちゃんは心から私と優希君の仲を応援してくれていて、それは蒼ちゃんの女としての、人としての矜持で。
 そんな蒼ちゃんの心が汚れているだなんてとんでもない話なのだ。とてもじゃないけれど私と蒼ちゃんではその心の在り様の綺麗さは違い過ぎていて、でもそれが蒼ちゃんらしくて。
「あの時にも言ったけれど、そんなの浮気する方が悪いに決まっているし、ましてや他の女の子を抱くとか、そんな男の人なんてこっちから願い下げだって」
 あの時、あの女子たちは浮気された方が悪いとか、他の女を抱かせる方が悪いとか、冗談みたいな事を口走っていた。そしてその真意と言うか、オブラートに包まれた言葉の意味も理解した。
 もちろんお母さんからも聞いた通り、私たち女側も浮気をして男の人を悲しませることもあるのだから、どっちも悪いのかもしれない。
 ただ今回に関しては蒼ちゃんは暴力を振るわれている上、蒼ちゃんが浮気なんてするわけがないのだから、蒼ちゃんに落ち度なんてある訳がないのだ。
 そう言った諸々の話を蒼ちゃんが私に言ってくれていた言葉を、理解できたから私は、優希君の事を気にせずに浮気を全否定する事が出来るのだ。
 この事は今、蒼ちゃんが教えてくれたはずなのに、自分の心も体も汚れていると思い込んでしまっているのか、やっぱり私相手に時々しゃっくりあげながら羨望の眼差しを向けてくる蒼ちゃん。
「それにこれだけ話が大きくなってしまえばいくら女子からの人気が高かろうが、もう隠す事なんて出来ないし、蒼ちゃんの話を聞いてくれる人は増えるよ」
 そんな蒼ちゃんの表情なんて見たくなかった私は言葉を重ねる。
「それでもまだまだ義君のファンは多いだろうし、蒼依の話なんて聞いてもらえないよ」
 それでもまだ、私の言葉は届かない。
「それでも、二年ではあの戸塚君を良く思っていない人もそこそこいるって、中条さんも言ってくれていたよね」
「でもそれは理っちゃんだけかもしれないし……現に二年も少しだけどいたって言うんだから、二年がみんなそうだとも限らないよ。それに理っちゃんはともかく、みん話を合わせてるだけかもしれないし」
 そう言えば優珠希ちゃんも言葉では幾らでも取り繕えるって言ってたっけ。 (26話・28話・46話・53話関連)
「そんな事ない! 少なくとも私たち三人と巻本先生は聞いてもくれるし、信じてもくれる」
 だから私は言葉以外でも信じている、蒼ちゃんの話を全面的に聞いている事を行動で示そうと決意する。
「……愛ちゃん。明日はずっと家にいるんだよね。だったら明日電話しても良い?」 
「もちろん良いよ。私で良かったらどんな話でも聞くし、何かあったらいつでも取れるようにしておくから、電話してきてよ」 
 そしていつでも辛くなったら、声が聞きたくなったら遠慮は無しと言う事を確認して、先生を待たせている事、もうしばらくしたら蒼ちゃんのお母さんが帰って来ると言う事で、私も引き上げる事にする。


 蒼ちゃんの家を出て最後、私の家へと向かう途中、本当に私に話があるのか今度は助手席に座らされている。
「岡本さんにもう一回念のために言っておくけど、明日は公欠の欠席なんだから家から出たらダメよ」
 そしたら、不本意ではあったけれど初っ端から私が言いたかった事と被る。
「なんですか、それ。大体私はあいつらに負けません。大体なんで私たちが学校を休まないといけないんですか? こっちに非が無いんならどうして堂々としてたら駄目なんですか!」
 後部座席に腰掛けた時にはそこまで気にしていなかったけれど、私が二回ビンタと裏ビンタをかましたからか、顔が赤い……だけじゃなくて一部は内出血でも起こしているのか青くなっているところもある。
「だからよ。私に手を上げるくらいなんだから、さっき月森さんから聞いた誰かの顔を見たら、ただじゃ済まさないでしょ? それにさっきも言ったけど、報復だって十分に考えられる。それを分かっててそのままには出来ないのよ」
 そこまで言うのなら、どうしてこうなるまで蒼ちゃんを放っておいたのか。あの日保健室で話してからどうしてすぐに動いてくれなかったのか。
「先生に、本当に大切な人をここまでボロボロにされた気持ちが分かるんですか? それでも平気な顔をして生活しろって言うんですか!」
「だからよ。暴力に対して暴力では解決できない。きちんと法で裁いてもらわないといけない。その土俵

岡本さんから降りてどうするの!」
 私の答えに嫌そうな表情をした腹黒が、正論のような屁理屈を並べる。
「法で裁くって……こうなるまでお前ら先生の方が何もして来なかったんじゃないんですか! 知っているだけで何もしてくれなかったんじゃないんですかっ!」
 軟禁の時は証拠、鼎談の時は把握はしているけれど、どんな理由があるかは知らないけれど口にしない理由がある。
 その結果がこの最悪な結末なんだから、これ以上の言葉が浮かばない。
「その事については言い訳はしない。文句があるなら全て聞く。私を殴りたいならそれでも良い。“その上で今回の事件は可能な限り秘密にする。公にしないことを約束する”もちろんなかった事にする訳じゃ無いわよ。さっき言った関係各所にはもう校長が連絡をしてるだろうし、私も連絡をしないといけない所があるの」 
 【いじめ防止対策推進法28条


 それでも私が全く納得していない事を表情から読み取ったのか、
「それにあの生徒たちに暴力で仕返しをしたところで、意味がない事くらいは分かってくれるわよね」
「何が意味ないんですか? あの女生徒たちの体にも蒼ちゃんと同じアザを付けないと、蒼ちゃんの気持ちなんて分からないんじゃないんですか!」
 更に寝ぼけた事を言い出すこの腹黒。どうして好き放題した方が何の痛みもなく法によって裁かれるだけで済むのか。この腹黒はまだ他人事なんじゃないんだろうか。
「逆に聞くけど! 防さんと同じ傷をつけて岡本さんは満足なの? それで終わらせるつもりなの?」
 だからこんな綺麗事ばかり言える。あの日、保健室で勇気を出して話した事も無駄だった……そう思い返すと、もうこの先生とはいくら話しても無駄だとしか思えなくなった私は、
「分かりました。とにかく明日一日大人しく家にいれば良いんですよね」
 どうせ信用するのは辞めてしまったのだから、適当に話を合わせる事にする。
「……巻本先生の事は信用してるんでしょ。だったら先生の信用は裏切らないようにしても良いんじゃない?」
 私の家の近くで車を止めた先生が、やっぱり私の心の内を見破っていたのか、明日は大人しくしていない前提で説得にかかる。
「……その先生ですが、これだけの事態になったにもかかわらず何をしているんですか? どうして全然姿を見せてはくれないんですか?」
 だけれど返事をする気がない私は、聞きたかった先生の方へと話を移してしまう。
「巻本先生なら、あの天城さんだったっけ。の親御さんを呼んで三者面談をしている最中よ。しかも私がさっき持って行った話も合わせてしているみたいだから、相当時間がかかるんじゃないかしら」
 先生への不信感が出る前に、腹黒が全部説明してくれる。そこまで先生が迅速に動いてくれているのなら、やっぱり巻本先生の事は信用して良かったと思える。
「……岡本さん。お願いだから私との約束に返事をして。明日は家で大人しくしてるって約束して」
「……じゃあ今日は帰ります。送って頂きありがとうござい――」
「――ちょっと今日はって、あの生徒たちと同じ土俵に降りてどうするのよ! そんな事しても誰も何の得もしないじゃない!」
「損とか得とか……この期に及んで先生は何を言ってるんですか? 私は先生とは違って何でもかんでも損得で考えられるほど割り切れる性格なんてしていません」
 その一方でことごとく私の本質を外す腹黒。そんな腹黒の言葉は私を逆撫でするだけだ。
「損得って……ただ誰も喜びはしないって言ってるだけじゃない! 何で私に対してだけは頑なに信用してくれないのよ!」
「じゃあ本当に帰ります。改めてありがとうございました」
 そもそも私は女子グループの奴らをどうにかしようとなんて思っていない。まともに一人で私の所に来れないような奴らの事なんてどうでもいいのだ。
 そんな事よりも戸塚君の方をどうにかしないといけない。
 私の大切な親友に、自分の彼女に平気で暴力を振るえる人、暴力を振るわれているのを止める事も守る事もしてくれないような人に、蒼ちゃんをお任せ出来る訳がないのだ。
 だから見当違い甚だしい腹黒とこれ以上言葉を重ねても無駄なのだ。
 だから私は振り返る事なく帰宅する。


 家に帰ってから気付いたのだけれど、今日は買い物に行けていないのだから慶の夜ご飯がない。
 私もどうしようかとも思ったのだけれど、今日の事を考えると胸が一杯で多分食べられない。
 だから明日にはお父さんが帰って来てくれるからって事で、今日一日だけは家にあるあり合わせで我慢してもらう事にする。
 その上、明日をどうするのか。その事を少し集中して考えたくて先に慶の分の夜ご飯の用意と、シャワーを済ませてしまう。
 一通りを済ませて自室に戻って来た時、ちょうど携帯が鳴り始める。
 今日この時間にかかって来る電話なんて、一つしかないのだからと部屋の鍵をかけてから電話に出る事にする。
『愛美さん……』
 そしたらやっぱりだった。その咲夜さんが言葉につっかえながら再び話し出す。
『あたし、今までの事、今日の事、お母さんにも全部話した。そしたら泣かれた。電話ででも会ってでも良いからまずは許してもらえるまで……謝れって言われた』
 保健室でセミ声に絞り出しながら話してくれた咲夜さん。そして今の電話での嗚咽交じりの声。
 でも今の私には考える事、考えなければならない事が多すぎて、とてもじゃないけれど咲夜さんの気持ちにまでは気が回らない。
『私の事よりも蒼ちゃんが先じゃないの?! 何で私に電話して来たの!』
 咲夜さんもまた軋む心の中で懊悩して来た事も、私に助けを求めて来てくれていた事も。その一方で咲夜さんもまた、私が誰よりも蒼ちゃんの事を大切にして来た事を実祝さんと共に伝えて来たはずなのだ。 (37話→)
『――っ。ごめん。蒼依さんには何回か電話したけど、どうしてもつながらなくて』
 私の一言で完全に鳴き声に変わってしまう咲夜さん。皮肉にもその声で私の中に冷静さが戻って来る。
『……咲夜さんに聞きたいんだけれど、咲夜さんが受けていたあのグループからの“呼び出し”って何だったの?』
 言われた人みんながビビって態度を変える呼び出し。学校側にはいまだに流れていなさそうなその言葉の意味。
『それは仲間を裏切る可能性のある人に対して行われる暴力と、あたし達の事を喋った人に対して行われる“教育”の事』
 まあ、そんな事だろうとは思ったけれど集団同調を強くするための暴力。そのための「相互監視」。それで誰憚る事なく友達だと言い切るのか。
『じゃあ咲夜さん自身もその暴力を受けた事があるの?』
 咲夜さん自身が“呼び出し”を受けているのも聞いた事がある。
『あるけど……』
『……あるけど?』
『……蒼依さんへの暴力に協力する事と愛美さんと副会長の仲を壊す事で、軽くしてもらえた」
 私の追随に対して言いにくそうに口にする咲夜さん。だから蒼ちゃんは咲夜さんを信用できないって言ったのか。咲夜さんの事を『偽善者』って言ったのか。その事を私に教えようとしてくれていたのか。 (92話・127話)
 本来なら言いたい事もたくさんあるし、電話口じゃなかったら何をしていたか私自身も分からない。でも私にはもう一つだけどうしても聞いておきたい事があるのだ。
『じゃあ最後にもう一つだけ良い?』
『何?』
『あの天城さんだっけ。が一回だけ私に零したんだけれど、蒼ちゃんは誰から何に守られていたの?』
 結局これも最後まで分からなかった。
『……戸塚君以外の他のサッカー部や、あたしたち女子からの暴力から』
『でも私が放課後に見た時とか、女子グループの子らが蒼ちゃんを囲んでたよ』
 再三再四私の心が凍るのが自分でも分かる。
『うん。それもまた戸塚君に隠れて嫉妬やイライラを蒼依さんにぶつけてた』
 もう言葉がない。なんて言ったら良いのか分からない。そして統括会をやっているはずの私が、蒼ちゃんの一番近くにいるはずの私が全く気付けなかった。
 そのまま心が凍ってしまえば楽になれたはずなのに、そこからまた自責が生まれる。
『ごめん。電話切るね』
『あ、愛美さ――』
 自分の自責に耐えられなくなった私は、そのまま電話を切ってしまう。

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