第141話 断ち切れない鎖 終 ~抵抗・約束~ Bパート

文字数 7,119文字


 ただここもまた腐っても女の子。下手に身長や体重を知られるのは恥ずかしいからと、その後は全てが順調に進んでいく。
 そしてもう完全に放課後と言う時間になったにもかかわらず、改修された保健室の居心地が良いのか、中々出て行こうとしない一部の女子たち……まあ居心地が良いんじゃなくて、蒼ちゃんを警戒しているんだろうけれど。
 その上、診断中は実祝さんが読み上げて咲夜さんが記録する側だったから、気付いたらいつの間にかと言う状態ではあったけれど、明らかに咲夜さんの顔色が悪い。もちろん咲夜さんの側には実祝さんがついていてくれているのだけれど、読み上げに集中していて気付けていないみたいだ。
 そして残っている生徒はやっぱり警戒していたのか、
「先生。咲夜の調子が悪そうなので、保け……家に帰宅させたらどうですか?」
 咲夜さんの状態に気付いた女子グループが最後の抵抗とばかりに声を上げるけれど、
「保健室って……ここがその保健室なんだから、私がちゃんと見てるわよ。それよりも貴方たちも友達が心配なら、そこでたむろしてないで、さっさと尿検査キットだけ持って帰りなさい」
 私が我慢比べになるのかなと思った矢先に、先生が女生徒たちを帰らせる理由を作ってしまう。それでも蒼ちゃんへの視線がキレない事に耐え切れなくなったのか、
「蒼依、用事があるから先に帰る――」
「――駄目よ。さっきも言ったけどこれは絶対に受けてもらわないといけないから、受けるまでは帰す事は出来ないのよ」
 それでも蒼ちゃんの言葉をバッサリと切り捨ててしまう腹黒。ただ、その言い方はさっきからの女子グループよりも格段に言葉が柔らかい。
「――じゃああたしたちでやってしまうんで、先生は――」 
「――それも駄目よ。あなたたち全員夏季課題の提出は終わってるの? 確か提出は今日中じゃなかったかしら。まずは自分のやるべきことをしなさい。話はそれからよ」
 残った生徒の申し出も全て断った上で、
「後は先生一人で出来るから早く帰って夏季課題を片付けなさい。それとも担任に来てもらう?」
 それでも反論しようとした先生に、完全に封殺されてしまう女生徒たち。本当にどうあっても蒼ちゃんの健康診断を阻止したいその執念はすごい。この情熱と言うか執念を勉強の方に回したら、成績はものすごく伸びる気がするのだけれど、それは今更だから私からは言わない。
 結局最後まで驚く程ごねていた女生徒たちを追い払った後、改めて内側から鍵をかけた先生と私たち5人となる。
 そしてまずは私から身長と体重を測った時に、腹黒から笑われた気がする。
「まあ、岡本さんならそのままでもレントゲンを受けられそうだけど、一応着替えてね」
 いや、ハッキリと笑いながら隣の保険準備室に誘われる。


 そして私の後に実祝さんが受けた後少し抵抗したのか、さらに遅れて咲夜さんも健康診断を受けてしまう。そして残るは蒼ちゃんだけになったのだけれど、その蒼ちゃんは全く動く気配がない。
 ただ時折ではあるけれど、咲夜さんに憎しみを込めた視線を向けながら、私に縋る目を向けて来る。
 私だって蒼ちゃんのこんな姿を見るのも嫌だし、ましてや友達とは言え他人に晒すのも以ての外に決まっている。
 それでも今日が最後のチャンスのつもりで、私の決死の覚悟を持って蒼ちゃんに向き合う。
「ねぇ蒼ちゃん。もう見せてよ。教えてよ! 何もないなら私を安心させてよっ!」
 だから、あの夏休みの登校日の話の続き、中学期(なかがっき)に入ってから蒼ちゃんと登校した日の話の続きを、今度はみんなの前でする。
「でも蒼依も愛ちゃんに何回も言ったよ。親友だから、愛ちゃんは蒼依にとって大切だからこそ言えないって」
 そして何も言わなくても分かるのが、私たち唯一無二の親友なのに、今の蒼ちゃんの状態が私には何も分からないのだ。
 そして先生がいつぞやの日に、私を応接室に軟禁したように保健室の入り口にもたれかかって通せんぼをしながら耳を傾けている。 (68話)
「だったら蒼依からもう一回同じ質問を愛ちゃんにするね。蒼依の腕にアザを付けたのがソノ人なら愛ちゃんはどうする?」
 蒼ちゃんの質問にハッキリと息を呑む咲夜さん。それを驚きの表情で見る実祝さんと、腹黒。
 私はその蒼ちゃんの質問を一度否定している。でも、その言動をひとつずつ繋ぎ合わせていくと…… (136話)
「私は蒼ちゃんを信じるよ」
「――っ」
 私の答えと同時に、くずおれる咲夜さん。
 その咲夜さんを強固に縛り付けている、見え隠れする鎖。咲夜さんの震えた声、思わず私相手に口を滑らせてしまった時、何度か私に何かを言おうとしてくれていた咲夜さんに、逆に最近は口を閉ざしてしまっていた咲夜さん。 (88話~140話)
 そして何が起こっているのか片鱗しか見えていないであろう実祝さん。その実祝さんに咲夜さんを、逆にその咲夜さんには実祝さんの事をお願いをしたのだから、私は何があっても蒼ちゃんの味方になり切れる。
「じゃあ愛ちゃんには知られたくないって思った、親友だからこそ言えないって思った蒼依の気持ちは、どこに持って行ったらいいと思う?」
 どこに……か。
「その気持ちも何もかもを私にぶつけてくれたら駄目なの? 私は何があっても蒼ちゃんとは唯一無二の親友だって思っているし、何ならそれ以上だって思っている。それでも私にぶつけてもらえない? 私は信用できない?」
 確かに蒼ちゃんからしたら私では役者不足なのかもしれない。でも役者として不足していたとしても、あの私のベッドに投げ出された腕、私には胸を張れるだけの根拠はあるのだ。 (118話)
「蒼依が愛ちゃんを疑う訳ないよ。蒼依だってそれくらい愛ちゃんの事は分かってる。分かってるからこそ、蒼依は愛ちゃんにだけはどうしても言えない。本当にごめんね」
 これだけ言っても結局は喋っても、見せても貰えない。お互いの気持ちは寸分違わず伝わっているはずなのに、その気持ちは蒼ちゃんの瞳一杯に浮かべた涙を見ても分かるのに、どうしても最後の一歩が埋まらない。
 私が悔しさで内唇を噛んだ時、くずおれている咲夜さんには目を向けずに穂高先生が動く。
「防さん。貴女の岡本さんを大切に想う気持ちは分かるけど、岡本さんはそこまで弱くは無いわよ。もちろん脆い部分もあるけど、その岡本さんの強さを信じる事は出来ない?」
「先生は愛ちゃんと言う人間を何にも分かってないのに勝手な事を言わないで下さい。愛ちゃんが強く見えるのは意地っ張りで頑固なだけです。その中身は誰よりも純真で繊細で……聖女みたいな優しさを内包しているんです」
 本当に蒼ちゃんは……さすがに誇張が過ぎると思うけれど、やっぱり一番の親友からそう言ってもらえると嬉しくて涙が目に溜まってしまう。でもそう言えば、同じような事は咲夜さんからも、私を慕ってくれる可愛い後輩二人からも言われた事もあったっけ。
 そうか、ここに答えがあったのかもしれない。
「じゃあさ。蒼ちゃんが私を汚してよ。純真じゃ失くしてよ。私は蒼ちゃんの親友でいたいから、その為ならなんでも出来るよ」
 もう私にはこれ以上何をどうしたら良いのか分からない。くずおれた咲夜さんが嗚咽を漏らす中、私は諦める事無く蒼ちゃんに言い募る。
「愛ちゃん。それは駄目だよ。蒼依は空木君に何回か言ったりメッセージをして来たけど、愛ちゃんのあの本当に辛そうな泣き顔を見るのは嫌なの。今でもあの時の愛ちゃんの悲痛な声は蒼依の耳に残ってるんだよ。あの表情が蒼依の脳裏に焼き付いて離れてくれないの」
 蒼ちゃんの言葉に何故か先生が目を見開く。
「まさか(つつみ)さん、それ――」
「――ごめん蒼依さん。あたし、もうこれ以上は耐えられない」
 少し前から咲夜さんの心が悲鳴を上げていた事は知っている。 (98話)
 その咲夜さんが半呼吸遅れて、くずおれたまま弱音を吐く……すぐ側に実祝さんがしゃがみ込む。
「……今更何なの? 何を偽善者ぶるの? 自分の保身の為に蒼依や愛ちゃんをこれ以上使わないで。最っ低っ!」
 保身、偽善者……そこに分からない言葉を並べる蒼ちゃん。
「……愛美さんと、蒼依さんの二人の想いの深さを目の前で見せられて……蒼依さんが辛い『辞めてっ』――っして、一人で泣いて『辞めてよっ!』――っるのを見て、これ以上はあたしの心が死んでしまうっ」
 蒼ちゃんが叫んで止めても止まらない咲夜さん。蒼ちゃんがビンタをしても止まらない咲夜さんの言葉。
「貴女なんか、あなたなんかっ!?」
 その咲夜さんに、どう言う理由があれ今までは友達だった相手に、それ以上を言わせたくなかった私は、蒼ちゃんの正面から抱きしめて、その先に続くであろう言葉を止めてしまう。
「今日私は汚されても良い。蒼ちゃんに嫌われても良い。私が泣いた時、辛くて苦しかった時蒼ちゃんはいつでもそばにいてくれた。その時の安心感や嬉しさ。そう言った温かな感情を私はずっと忘れない」
 その上で朱先輩が私の力になってくれた。一晩中私の話を聞いてくれた。更に優希君の話も聞いてくれた。
「だったら蒼ちゃんが泣いている時、私だって蒼ちゃんの側にいたかった」
 でもその時、蒼ちゃんは誰にも言えずに一人で抱え込んでしまっていた。私はたった一人話を聞いてくれる人が近くにいるだけで、その気持ちのありようは全然違うと言う事を朱先輩から教えてもらっていたはずなのに、よりにもよって一番の親友を一人にしてしまっていた。
 今更ながらその事実に気付いた私に、信じられない程の重さの自責が押し寄せて来る。
「そんな事ない。蒼依が困ったときはいつでも愛ちゃんは蒼依の側にいてくれた。それもまた本当の事なんだよ」
 それと同時に蒼ちゃんが私の心をすくおうとしてくれる。だけれど、そうじゃないのだ。蒼ちゃんが今苦しんでいるのと、根本の部分で力になれなかったのとでは全然違うのだ。
「咲夜さんお願い。知っている事を全部話して欲しい。咲夜さんが話したがって、私が頑なに拒否して聞かなかった事、私が聞いても話してくれなかった事全てを話して欲しい」 (~107話・108話~)
「どうして? どうして愛ちゃんは蒼依のお願いを聞いてくれないの! こんな偽善者の話なんて聞いて欲しくないよぉ」
 咲夜さんが口を開いたまさにその瞬間、蒼ちゃんの心の叫びが保健室内の空気を震わせる。
 蒼ちゃんと咲夜さんの嗚咽だけが耳朶を打つ中、私も蒼ちゃんの心の悲鳴を聞いてしまえば身動きが出来なくなってしまって、再び場が固まる、凍る。
 もうこのやり取りを続けて2ヶ月くらいになるんじゃないのか。
 結局今日もあと一歩のところで踏み込めずに歯噛みしていると、穂高先生が更に動く。ただし、今回はいつものような腹黒い笑顔では無くて、非常に厳しい表情を浮かべて。
「防さん。悪いけど早く服、脱いでもらえるかしら。でないと健康診断も終わらないし、何より私は良いけどもう一人の女医さんも待たせて――」
「――おい腹黒! 今どんな状態か分かって言ってんのか? それとも分からないほどアホなのか? 健康診断が終わらない? 人を待たせてる?」
 その先生から出た信じられない言葉に正面から言い返す私。朱先輩も巻本先生もこの先生を信じても良い、この先生を信用しても良いって言うけれど、こんな事を言い出す先生をどうやって信じろって言うのか。
「蒼ちゃんが今どんな気持ちか分かって言ってんのか! さっさと答えろよっ!」
「……防さん。早くしてくれないかしら」
 その上で、私の言葉に耳を傾けるのを辞めたっぽい、厳しい表情を浮かべたままの腹黒。
「蒼ちゃん分かった。今日は体調悪かった事にしてもう帰ろう」
 だったら私は蒼ちゃんの味方になるって決めたのだから、もう全部諦めて今日の事自体を無かった事にする。もう蒼ちゃんの腕にアザがついている事自体は分かったのだから。もうそれだけで十分だ。
「……統括会の人間が一人の生徒に肩入れした挙げ句の果てに、学校行事までサボらせるの?」
「サボる? ふざけんのも大概にしろよ。元々急に入れて来たのは学校側だろ。それにお願いした配慮も何か分からない。人の話を聞いたふりして、何勝手な事ばっか言ってんの? それに困っている生徒を助けるのも統括会の理念に決まってんだろっ」
「分かった。じゃあ今から教頭先生を呼んで来るから今の説明をもう一回してごらんなさい」
 分かっていて私まで追い込む腹黒。さっき先生が漏らしていた通り国が定めているのなら、統括会とかそんな事は関係ない。どう言ったって今の私たちではどうにもならない。
「じゃあ岡本さんは統括会不適格と言う事で良いのね」
 私が答えられないのを分かった上での確認。でも蒼ちゃんの味方になるって決めたのだし、汚される事までは決めているのだから、もうなんだって構わない。
「じゃあ教頭先生からの課題に関しては、辞退と言う事にしておくわね」
 そして腹黒らしく私の一番弱い所を突いて来る。
「……課題?」
「うん。何でもないよ。私と教頭先生の話なだけだから。ただそれも今腹黒が言ったからその課題自体が無効になってしまったから気にしなくて良いよ」
 それに反応した蒼ちゃんを何とかしてやり過ごそうとするも、
「じゃあ統括会もバラバラ、岡本さんを慕ってくれる後輩たちみんな、どうなっても良いのね」
 自分から教頭先生の課題の事を持ち出したにもかかわらず、更にかかる追い打ち。雪野さんと御国さん。それに優珠希ちゃんの事を言っている事はすぐに分かった。だからこそ私はこっちでも反論に窮してしまう。
 そして今日初めて私に対して勝ち誇ったような表情を見せて、
「防さんの健康診断は嫌。統括会の事も嫌、教頭先生の課題も中途半端。その上言葉だけはいっちょ前……まるでガキね」
 私を追い込んで、なぶって楽しむ腹黒。分かっていても何も言い返せない自分に悔しくて目から涙がこぼれた時、“愛ちゃんはしょうがないなぁ”と蒼ちゃんが私の耳元でささやいてくれたかと思うと、私の手から温もりが消える。
「愛ちゃんがどうして先生に中々蒼依の事を言わなかったのか、迷い続けていたのか、何より先生の事を全く信用してないのか分かりました。蒼依は、先生が愛ちゃんに取った方法は戸塚君と同じで、ハッキリ言って最低だと思います。だから蒼依は愛ちゃんの心を守るために、健康診断を受けます」
 蒼ちゃんが腹黒に言い切った時、咲夜さんの嗚咽が大きくなり厳しい表情を浮かべていた先生の目が大きく見開かれる。
 その二人を尻目に、今まで躊躇っていたのがまるで嘘のように、そのブラウスのボタンに手をかける蒼ちゃん。
「ちょっと蒼ちゃん! 私の為にそれ以上無理をしなくても良いよ! もう蒼ちゃんの腕にアザがある事は分かったんだから、自分で自分を傷つけないでよぉ」
 だから今度は私が嗚咽交じりに蒼ちゃんを止めようとするも、
「愛ちゃん。蒼依との約束、覚えてる? 腕の事も保健室に行くのも夕摘さんと仲直りをするまではって話は確かにしたけど、愛ちゃんの相談に乗るんだったら、蒼依は喜んで協力するって言った事、覚えてる?」 (☆71話☆)
 覚えていると言うより、今蒼ちゃんに言われて思い出したって言う方が正しい。あの蒼ちゃんが巻本先生にビンタした時の話だ。
「だから愛ちゃんに一回だけ聞くね。 “愛ちゃん。あの先生のせいで困ってる事。ない?” 言っとくけど、今回は空木君相手じゃないけど、意地張っちゃダメだよ」
 どうして蒼ちゃんは、一番辛いはずなのにこんなに他人に優しく出来るのだろう。そしてどこまで私と言う人間を分かってくれているのだろう。これじゃあやっぱり私は蒼ちゃんの親友として役者不足のままだ。それ程なまでの蒼ちゃんの優しさに、私の最低でちっぽけな意地なんてあってないようなものだった。
「うん困ってる。私、あの先生の腹黒さにいつも困ってた」
 これじゃあどっちの方が大変なのか分からない。どっちの方が辛い立場なのかが分からない。本当に蒼ちゃんの人間性は私なんかでは及ばないくらい綺麗だし、強い。
「はい。愛ちゃんにしては素直だったね――先生も、蒼依の大切な親友を困らせてたんですね。だったら蒼依も健康診断を受けるので、愛ちゃんへの発言をすべて取り消してください。それが嫌なら健康診断を盾に先生から直接服を脱がされそうになりましたって言います。証拠が無くても証人は3人います」
 実祝さんだけじゃなく咲夜さんまで数に入れている蒼ちゃん。
「……岡本さんごめんなさい。私が無神経だったわ」
 そしてすんなりと謝った先生を見て、蒼ちゃんが改めてブラウスに手をかける。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
     「……愛ちゃんが公園で蒼依と話をした時には……かな」
              いつからの話なのか……
  「おい! 立てよ! 蒼依が受けた暴力はこんなものじゃないだろ」
             怒りが大爆発する愛ちゃん
               「まさか……」
            そして繋がる今までの片鱗

          「……あなたの事、一生許さないから」

          142話 断ち切れない鎖 完 ~独白~ 

【注意】次話から非常に厳しい話が【転】の最後まで続きます。もししんどければ、最後の幕間で少しだけダイジェストを入れますので、そちらに目を通して頂いても良いかもしれません。 
         次話冒頭にて、再度警告として告知します
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み