第139話 応援か嫉妬か ~親友と私~ Bパート

文字数 6,055文字


 翌朝の9月3日(木曜日)いつもより早く寝た分目論見通り早くに目が覚める。今日はあの可愛くない後輩の心をへし折る為のお弁当を作らないといけないのだ。
 念のため蒼ちゃんからまだ返信が来ていない事を確認してから、朝の身支度を軽く済ませてお弁当づくりへと取り掛かる。

 一通り作り終えたところで、そろそろいい時間になって来たと言う事もあって、蒼ちゃんからの返信が気になった私は、一度携帯をのぞきに行くと、

題名:分かった
本文:じゃあいつもの公園で待ち合わせね

 蒼ちゃんから色よい返事が帰って来ていたからと引き続き気分よく、雪野さんの心をへし折るために作ったおかずを、いつもより大きめのお弁当箱に詰めていく。
 ただそれでも気合を入れて作った分だけおかずがかなり余ったからと、昨日のお詫びも兼ねて慶の朝ごはんのおかずにしてもらおうと、別のお皿に取り分ける。
 そして私が朝ご飯を食べようと言う頃合いになって慶が起きて来る。
「おはようねーちゃ……ってうぉ?! どうしたんだよこれ。まるで晩飯みたいじゃねーか」
 私の力作を見て眠気を飛ばして驚く慶。
「昨日作れなかった分、今日くらいはと思って」
 まあ、慶が家を出る時間を考えたらこれの半分も食べられないだろうけれど。
「昨日作れなかったからって、それで昨日の晩飯は俺の好きな物作ってくれたんじゃねーの?」
 洗面所から戻って来た慶と久しぶりの朝。私の作ったものに関しては好き嫌いなく食べるから慶に対して作るのが嫌とかそう言う気持ちはやっぱり沸かない。
「そんな細かい事どうだって良いでしょ。文句があるんなら余った分は夜に回すから無理に食べなくて良いよ」
 男の子だからって言って良いのかどうか分からないけれど、私が思っているよりよく食べる慶。なのに、イチイチ変な所に突っかかって来るから、変な感じになってしまう。
「細かい事って、まさか、男に弁当でも作ったのかよ」
 私の返事に思う所でもあったのか、よく分からない理由で口をとがらせるけれど何を言っているのか。
 優希君に食べてもらうのに、下手な物なんて出せるわけがないのだからその辺りは念入りに下調べをしてからに決まってるっての。
 そうでなくても優希君の作るお弁当とか、お料理は並の人よりも上手くて美味しいんだから。
 それを抜きにしても慶には優希君の事は秘密にしているのだから、そんな事ある訳がない。これが優希君のためだって言うなら私だったら、証拠も残さずにお弁当を作った事も合わせて何もかもを分からないようにするっての。
「男って……お姉ちゃん今年受験なんだからそんな事している暇なんて無いって。ただ、お姉ちゃんは料理できないって思っている子がいるから、返り討ちにしようって思っただけだっての」
 まあ優希君の話をするのは家の男二人の反応を思い出すと、打ち明けるのは当分先の事になりそうだけれど。そう思って雪野さんの事を少しだけ仄めかせると、
「はぁ?! ねーちゃんが飯作れないって言った奴は誰だよ。俺の前に連れてきてくれたらボコボコにしてやるから連れて来いよ」
 何故か慶の雰囲気が剣呑なものに変わる。
「ボコボコにするって……まさか慶、学校で暴力振るっているんじゃないでしょうね」
 その上、最近になってやっと私の言っている事が慶に伝わり始めたのかと思っていた矢先での不穏な言葉。どんな理由にせよ、暴力は良くないのだからと窘めさせてもらう。
「ハァ? ねーちゃん何言ってんの? そんな事まで言われてねーちゃんムカつかねえのかよ」
 そしたら今度はそのイライラを私の方に持って来る。
「あんたねぇ。いつも暴力は駄目ってお姉ちゃん言っているじゃない。今日はお姉ちゃんがその子に料理くらいは出来るって分からせるためのお弁当なだけなんだってば」
 ムカつくからって言う短絡的な暴力は本当に駄目だっていつも言い聞かせているのに、この分だとまだ治っていなさそうだ。いい加減両親に気付かれないようにしているこっちの身にもなって欲しい。
「それだってクソ相手からしたら、ねーちゃんが作ったかどうか分からねーじゃねーか。だからそう言う奴には殴って分からせるしかねーよ」
 しかも何を言い訳を立てて暴力の正当化をしようとしているのか。
「ちょっと慶! お姉ちゃんとの約束を守ってくれないなら怒るよ」
「んだよ。ねーちゃんの事考えて言ってんのに、なんで俺が文句言われないといけないんだよ、クソ姉貴」
「あっそ。じゃあお姉ちゃん先に学校行くけれど、お姉ちゃんはクソ姉貴なんだから、今日の夜の事は自分で何とかしなよ」
 どうしても私の言っている事に理解をしてくれない慶に対して、駄目だと分かってはいても半ば売り言葉に買い言葉。
 私は雪野さん用のお弁当だけを持って、蒼ちゃんとの待ち合わせ場所へと向かう。


「愛ちゃんおはよう。今日は少し遅かったね」
 慶とつまらない喧嘩をしてしまったせいか、今日は蒼ちゃんを待たせてしまっていた。
「おはよう蒼ちゃん。ごめんね遅くなって。慶の奴がちょっとね」
 よく考えたらこの件は、暴力的な事が嫌いな蒼ちゃんに言いつけても良いかもしれない。
「また朝から慶久君と喧嘩?」
 本当なら何とかして明日の『健康診断』を休むと言っている蒼ちゃんの説得をこの時間を使ってしたかったのだけれど、私にとって大切な蒼ちゃん。
 慶のような粗野な男や暴力には巻き込みたくない。私は蒼ちゃんの横に並び立ち、公園を後にしながら口を開く。
「今日私、すごく気合を入れてお弁当を作たんだけれど、慶がそれを見て優希君へのお弁当かって聞いて来たんだけれど――」
「――え?! 愛ちゃん、家の人に空木君の話してるの?」
 私の話の途中、本題とは関係のない所で驚く蒼ちゃん。
「言ってないって。雪野さんと優希君の件でお母さんには全部話してしまったけれど、男二人にはごまかしてくれてるよ」
 その代わり私は秘密だらけの娘になってしまったけれど。
「えっと。じゃあ何で慶久君と喧嘩になるの?」
 蒼ちゃんとはこう言う他愛もないお話をするのが久しぶりだからか、顔を傾けた蒼ちゃんに合わせるようにサラサラの黒髪が流れるのが目に入る……けれど、艶が無い気がする。
「今日のお弁当は、私が全く料理が出来ないと思っている雪野さんへの意趣返しなんだよ」
 昨日は好き勝手な事を言われただけだったのだから、今日はそのまま雪野さんの心をへし折るつもりではいる。
「えっと。色々驚きなんだけど、愛ちゃんはあの雪野さんとお弁当、一緒したの?」
「ちょっと訳ありで昨日からしばらくあの間する事になったよ。あ、でも蒼ちゃんならいつでも一緒したいし、私に変な遠慮はしないでね」
 これで蒼ちゃんとのお昼の機会が減ってしまったら目も当てられない。雪野さんにも中条さんと同じように、私と蒼ちゃんはワンセットだって思ってくれた方が嬉しいに決まっている。
「いや、そうじゃなくて、雪野さんって、愛ちゃんを泣かせる原因を作ったあの雪野さんなんだよね」
 ああ、驚くならそっちになるのか。でも涙って……私に落ち度があったとしても雪野さんが悪くなってしまう……か。
「そうだよ。で、その雪野さんに私は一切料理が出来ないって思われていて、それだと優希君が可愛そうとまで言われたから、その意趣返しで私も料理くらいは出来る事を雪野さんに分からせるって言うか……」
 私が説明するたびに、どうも蒼ちゃんの機嫌が悪くなっていると言うか、呆れられているような気がする。
「愛ちゃん。そんな事より、あの雪野さんと二人だけで愛ちゃんの心は平気なの? 空木君にお手付きした相手と二人きりで愛ちゃんの心は大丈夫なの?」
 なのに私の心配をしてくれる蒼ちゃん。
 その私を心配してくれる蒼ちゃんの気遣いと、その表情が合っていない気がして私が首をかしげていると、
「愛ちゃんは愛ちゃんなりの速度で、空木君と男女の事、ゆっくりと少しずつ意識してたんじゃないの? なのに空木君にお手付きした雪野さんと二人きりでも大丈夫ってどういう事?」 (119話)
 それにしてもお手付きって……私を気遣いながら、もう少しかみ砕いた表現で私に聞き直してくれる蒼ちゃん。
 そして今更ながらに気付く。そう言えば夏休み中と言う事もあって、朱先輩以外には誰にも言っていなかったっけ。
 もっともお母さんにはリップクリーム一本で完全にばれているだろうけれど。 (129話)
「大丈夫だよ。私も優希君も本当にお互い初めて同士だったよ」
 あの私に対して“期待以上”かつ“最高の好き”を頑張ってくれた優希君。星が舞い降る夜に正真正銘二人共の初めて。
 言葉にするのは恥ずかしいから違う言葉で説明させてもらったけれど。
「え?! 大丈夫って……お互い初めてだったって……ひょっとして愛ちゃん、空木君とキスしたの?!」
「ちょっと蒼ちゃん?!」
 驚くのは分かるけれど、こんな往来の通学路でそう言う事を大きな声で言うのは恥ずかしいから辞めて欲しい。
「……まあ。優希君から私を優希君のものにしたい。だから優希君自身も私のものにして欲しいって、優希君の腕の中が私専用の居場所になってくれたら言う事無いって言ってくれて……それで……」
 優希君には私たち二人だけの内緒、秘密だって言ったけれど、女の子の勝手な特権を使わせてもらう。
 ……まあ、あれだけ蒼ちゃんには心配をかけてしまったのだから、蒼ちゃんにはちゃんと言うべきだったのかもしれない。
 でもよく考えたら優希君も優珠希ちゃんに、余計な一言とか言って喋ってしまったみたいだしやっぱり気にしない事にする。
「おめでとう愛ちゃん。でも、空木君キス自体は雪野さんとしたんだよね」
 私の説明を聞いて、親友だって言っていたのに言うのが遅くなったからか寂しそうにする蒼ちゃんに、申し訳なさが私の心に広がる。
「うん。何か雪野さんの気持ちと言うか、押しを躱している間にほっぺたにされたって言っていたから、その場所を思いっきりつねり上げて、私から改めて口付けをし直したよ」
 その時に改めて雪野さんがなんて言って優希君に告白したのかは聞いたけれど、そこは雪野さんの気持ちの部分だから私からは言わないようにする。
「じゃあ愛ちゃんと空木君は完全に仲直り出来たんだね。そしてこれからは愛ちゃんだけを大切にしてくれるって約束もしてくれたんだね」
 そして改めて蒼ちゃんの口から、いかに私の事を心配してくれていたかを話してくれる。
「うん。約束してくれた。そして私の事を大切にしてくれている事もちゃんと伝わってる。だから雪野さんと二人でお昼をしても、私的には大丈夫だよ」
 そして最後に根拠をもう一度説明して、私の事は大丈夫だって分かって貰う。その上で次は蒼ちゃんだねって言おうとしたのだけれど、
「でも何で愛ちゃんが料理できないって話になってるの?」
 気付けば蒼ちゃんが話のペースを握っているから、中々蒼ちゃんのお話をさせてもらえない。
「それは昨日、単純にテスト勉強のためにお弁当じゃなかったからなだけだよ」
 まあ、優希君の事が諦められない雪野さんの事だから、私の粗探しでもしているのだろうけれど、雪野さんなんかに優希君を譲る気は全く無いのと、優希君自身も雪野さんは好きじゃないって言うか不得意だって言ってくれている。
 だからこそ、駄目押しと言う意味で今日のお弁当で雪野さんの心を一本へし折っておこうと思っているだけの事だ。
 もちろん雪野さんを二年の同調圧力から守る事は大前提ではあるけれど。
「……今日のお昼、蒼依も一緒して良い?」
「もちろん良いよ。ただものすごく反抗的で可愛くない後輩だけれど、大切な後輩には変わりないから、そこだけは理解してね。それと雪野さんから優希君への気持ちだけは紛れもなく本物だから、気を使ってくれると嬉しい」
 やっぱり本気で好きになった相手ならそんなに簡単に諦めきれないだろうし、逆に簡単に諦められるくらいの気持ちで、優希君にほっぺたとは言え口づけをしたのなら、私自身逆に何をするか分からない。
 どうあっても私は面倒臭い女の子なのだ。
「……やっぱり愛ちゃんは愛ちゃんだねぇ……分かったよ。愛ちゃんの親友として接するようにするね」
 私のお願いに対して、あのいつもの赦しの言葉と共に、私にまれに見せる羨望の眼差しを見せてくる蒼ちゃん。
「ありがとう蒼ちゃん」
 どうしてそんな表情をするのか、聞きたかったのだけれど今の柔らかい空気を壊したくなくて、結局それ以上踏み込めないでいると、
「そうそう。慶久君との喧嘩の事だけど、慶久君は愛ちゃんの事を悪く言われて腹立っただけだから、愛ちゃんはちゃんと慶久君にお礼を言わないと駄目だよ」
 ちょっと色々待って欲しい。
「蒼ちゃん暴力とか好きじゃないのに、慶の味方をするの?」
 私にとって大切な蒼ちゃんの中の、粗野な慶の印象を下げてやろうと思ったのに、これじゃあ逆になりかねない気がする。
「味方って。蒼依は初めから敵でも味方でも無いよぉ。ただ慶久君の気持ちもちゃんと考えないと駄目だよって話」
 いや慶の気持ちって……
「あの、蒼ちゃん? 私、慶からクソ姉貴とか言われたんだけれど、それでも私、慶にお礼を言うの?」
「愛ちゃんはほんっとに“意地っ張り”なんだから。お礼を言うのが恥ずかしいからって言い訳しちゃダメだよ」
 言い訳って、本当に慶が私をクソ姉貴って言ったから、腹立っているのに。
「だいたいなんで私の事を悪く言われて慶が腹立っているの?」
「そりゃ身内を悪く言われたら蒼依だって思う事あるし、今だって蒼依にとっても親友である愛ちゃんを悪く言った以外でも、雪野さんには言いたいことたくさんあるよ」
 私は蒼ちゃんに文句があったはずなのに、さも当たり前のように私を親友と言ってくれた言葉に、胸の内が温かくなる。そう言えば昨日彩風さんの説得にも使わせてもらった彩風さん自身も
 ――同じ仲間、友達の悪い話を聞くのって、結構シンドイ―― (83・88・138)
 言っていたっけ。
「だから今日中に慶久君にお礼を言う事。良い?」
「……分かったよ」
 私たちの家の事情を知ってくれている蒼ちゃんからの注意。
 不満は数あるけれど、素直な私は渋々約束をして校門をくぐる。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
 「とにかく島崎には関係ない。僕はここで愛美さんが来るまで待たせてもらう」
               もう一人の異性
         「もちろん。僕の好きな彼女相手だからね」
       少しずつ、でも目に見えて確実に変わり始める二人の関係
   「分かった。じゃあ私も敵情視察のつもりで食べさせてもらうから」
               敵情視察の相手は……

    「……ごめん愛美さん――(つつみ)さん。明日休んでくれないかな」

          140話 敵をだますには ~腹黒の骨頂~ 
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