第1話 三人の幼馴染
文字数 1,819文字
真夏のドイツ。
メルヘン街道からは少しはずれた、カッセル近くの名も無い古城。
こんな森の奥、普段は、誰一人立ち入らない。
だが、今日は違う。
真っ昼間から、人々は木陰に隠れ、遠巻きで古城を囲んでいる。その数、二十人以上。それぞれが黒や赤のマントを羽織っている。
黄金薔薇十字団。錬金術の秘密結社だ。
その中でも、ひときわ体格のよく、爽やかな男がいた。髪はオールバックで固め、赤いマントをなびかせ、忙しなく動き回っている。彼が冗談を言うたび、団員たちに笑顔が戻る。若くして今回の討伐隊隊長に任じられた、黄金薔薇十字団の幹部候補生。名を、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテという。
ゲーテは、団員たちを気遣いながらも、ある男からの報告を待っていた。一人で古城へと入っていった親友、ニーチェのことだ。
もう二時間が過ぎている。事前の打ち合わせでは、「交渉を始めて、二時間経ったら突撃してくれ」と、ニーチェから言われている。
もちろん、突撃の準備も進めている。だが、突入はしない。ゲーテは、ニーチェを信頼しているのだ。
「ねぇ。まだん。まだ突入しないのん」甘ったるく鼻にかかる声で、ニーチェへの助けを促す女性は、クリスティアーネ・ヴルピウス。ゲーテが狙っている、ゲーテとニーチェの幼馴染だ。三人は、共に錬金術師の卵として黄金薔薇十字団に入団した。だが、彼女だけは錬金術師ではない。才能がなかったのだ。一般団員を示す黒マントを羽織っている。
「まぁ待て」ゲーテは止めることにかこつけ、クリスティアーネの肩に触れた。マントが汗でじっとりとしている。かすかに彼女の甘い芳香が鼻に香る。
ゲーテは、親友のニーチェのことを信用していた。だが同時に、もしも彼が今回の任務で死んでしまったとしても、それはそれで仕方がないことだとも思っていた。
ニーチェは天才だ。側に置いた方が、出世には繋がる。親友としても幼馴染としても好きだ。出来るだけの手助けもしてやりたい。
しかし、たくさんの正義よりも、目の前のクリスティアーネに対する欲望の方が何倍も強い。ゲーテは生まれつき、性浴と征服欲の強い人間だ。仕方がない。
それに、人間は外見が全てだ。心でどんなにいやらしいことを考えているからといって、自分の内面全てを曝け出す必要はない。
結果に一喜一憂せず、泰然自若を貫き、最初から全てを知っているふうな顔を装う。それだけで、周囲の人間からの信頼は勝ち取れる。
これもまた、人間の特徴である。
「おおっ」団員たちのざわめく声が聞こえる。前方で、何かが起きたようだ。
ゲーテは、彫りの深い黒い目で、ざわめきの原因を確かめた。
キキキィ。
不気味な音を立て、古城の門が開く。二人の人間が出てくる。
一人は、地味な服装をした青年だ。長い金髪の天然パーマをなびかせ、綺麗で冷ややかな表情を浮かべている。フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。ゲーテの親友だ。
隣にいる白人女性は、団員ではない。ハイヒールを履いているところをみると、実際の身長は低そうだ。黄金色の長髪。黒いワンピース。上に、錬金術師の印、赤マントを羽織っている。ニーチェのものだ。フードを被り、目にはサングラスをかけているが、美人だということは一目でわかる。肌も透き通るように白い。
ニーチェは彼女を、国賓のようにして扱っていた。
「ニーチェが、吸血鬼を連れてきたぞ」
「第一陣は全滅したというのに」
「やはり天才だな」
団員たちは、口々にニーチェを褒め称えた。
「ゲーテ。ニーチェが来たわ」
ゲーテの極太な上腕二頭筋に、クリスティーナがしがみつく。本当に嬉しそうだ。
彼女の女が、自分の腕を覆う。
ゲーテの男が、一気に膨れ上がる。
だが、夢は一瞬だ。
すぐに離れ、彼女は、ニーチェに向かって駆けていった。
そして今度は、彼の腕にしがみついている。
ゲーテの腕に、ミルクに似た甘い香りと、柔らかさの残滓を残して。
今、彼女の女は、ニーチェに張り付いているのだろう。ニーチェは鬱陶しいという顔をしているが、きっと彼も、俺同様に男を揺さぶられているに違いない。
ーーあの女、いずれは俺のものにしてやろう。
ゲーテは、心の舌なめずりを隠し、親友ニーチェを、堂々とした顔つきで出迎えた。
ニーチェを操ったのはゲーテだった、とでもいうように。
森の中は、寡黙なニーチェではなく、いつも威厳を持っているゲーテを讃える声でいっぱいになった。
メルヘン街道からは少しはずれた、カッセル近くの名も無い古城。
こんな森の奥、普段は、誰一人立ち入らない。
だが、今日は違う。
真っ昼間から、人々は木陰に隠れ、遠巻きで古城を囲んでいる。その数、二十人以上。それぞれが黒や赤のマントを羽織っている。
黄金薔薇十字団。錬金術の秘密結社だ。
その中でも、ひときわ体格のよく、爽やかな男がいた。髪はオールバックで固め、赤いマントをなびかせ、忙しなく動き回っている。彼が冗談を言うたび、団員たちに笑顔が戻る。若くして今回の討伐隊隊長に任じられた、黄金薔薇十字団の幹部候補生。名を、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテという。
ゲーテは、団員たちを気遣いながらも、ある男からの報告を待っていた。一人で古城へと入っていった親友、ニーチェのことだ。
もう二時間が過ぎている。事前の打ち合わせでは、「交渉を始めて、二時間経ったら突撃してくれ」と、ニーチェから言われている。
もちろん、突撃の準備も進めている。だが、突入はしない。ゲーテは、ニーチェを信頼しているのだ。
「ねぇ。まだん。まだ突入しないのん」甘ったるく鼻にかかる声で、ニーチェへの助けを促す女性は、クリスティアーネ・ヴルピウス。ゲーテが狙っている、ゲーテとニーチェの幼馴染だ。三人は、共に錬金術師の卵として黄金薔薇十字団に入団した。だが、彼女だけは錬金術師ではない。才能がなかったのだ。一般団員を示す黒マントを羽織っている。
「まぁ待て」ゲーテは止めることにかこつけ、クリスティアーネの肩に触れた。マントが汗でじっとりとしている。かすかに彼女の甘い芳香が鼻に香る。
ゲーテは、親友のニーチェのことを信用していた。だが同時に、もしも彼が今回の任務で死んでしまったとしても、それはそれで仕方がないことだとも思っていた。
ニーチェは天才だ。側に置いた方が、出世には繋がる。親友としても幼馴染としても好きだ。出来るだけの手助けもしてやりたい。
しかし、たくさんの正義よりも、目の前のクリスティアーネに対する欲望の方が何倍も強い。ゲーテは生まれつき、性浴と征服欲の強い人間だ。仕方がない。
それに、人間は外見が全てだ。心でどんなにいやらしいことを考えているからといって、自分の内面全てを曝け出す必要はない。
結果に一喜一憂せず、泰然自若を貫き、最初から全てを知っているふうな顔を装う。それだけで、周囲の人間からの信頼は勝ち取れる。
これもまた、人間の特徴である。
「おおっ」団員たちのざわめく声が聞こえる。前方で、何かが起きたようだ。
ゲーテは、彫りの深い黒い目で、ざわめきの原因を確かめた。
キキキィ。
不気味な音を立て、古城の門が開く。二人の人間が出てくる。
一人は、地味な服装をした青年だ。長い金髪の天然パーマをなびかせ、綺麗で冷ややかな表情を浮かべている。フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。ゲーテの親友だ。
隣にいる白人女性は、団員ではない。ハイヒールを履いているところをみると、実際の身長は低そうだ。黄金色の長髪。黒いワンピース。上に、錬金術師の印、赤マントを羽織っている。ニーチェのものだ。フードを被り、目にはサングラスをかけているが、美人だということは一目でわかる。肌も透き通るように白い。
ニーチェは彼女を、国賓のようにして扱っていた。
「ニーチェが、吸血鬼を連れてきたぞ」
「第一陣は全滅したというのに」
「やはり天才だな」
団員たちは、口々にニーチェを褒め称えた。
「ゲーテ。ニーチェが来たわ」
ゲーテの極太な上腕二頭筋に、クリスティーナがしがみつく。本当に嬉しそうだ。
彼女の女が、自分の腕を覆う。
ゲーテの男が、一気に膨れ上がる。
だが、夢は一瞬だ。
すぐに離れ、彼女は、ニーチェに向かって駆けていった。
そして今度は、彼の腕にしがみついている。
ゲーテの腕に、ミルクに似た甘い香りと、柔らかさの残滓を残して。
今、彼女の女は、ニーチェに張り付いているのだろう。ニーチェは鬱陶しいという顔をしているが、きっと彼も、俺同様に男を揺さぶられているに違いない。
ーーあの女、いずれは俺のものにしてやろう。
ゲーテは、心の舌なめずりを隠し、親友ニーチェを、堂々とした顔つきで出迎えた。
ニーチェを操ったのはゲーテだった、とでもいうように。
森の中は、寡黙なニーチェではなく、いつも威厳を持っているゲーテを讃える声でいっぱいになった。