第19話 ミイラ Mummy

文字数 1,661文字

 二ヶ月が経過した。出来事はいつも突然だ。水面下で動き続け、結果が出た瞬間、いきなり水面に顔を出す。
「リ、リヒャルト・ワーグナー様が殺されました!」黒マントからの報告。
「行こう」ゲーテは仕事をやめ、すぐに殺害現場へと向かった。現場は何人かの団員でざわついていたが、一言かけると去っていく。
ーーこれか?
 事件は凄惨、には見えなかった。
 縮こまったミイラが一体、転がっているだけだ。
 地面に血は一滴も垂れていない。これがワーグナーと言われても、俄には信じられない。
 ゲーテは、ワーグナーだったモノを拾い上げた。生前は百六十六センチだった体躯が、今では百センチもない。体重も十キロ足らず。まるで、セミの抜け殻みたいだ。 
 黄金薔薇十字団は錬金術の組織だ。実験の関係上、不思議な現象が起きることは珍しくない。だが、突然のミイラ化は、さすがにあり得ない。
 ゲーテは死体を抱いた瞬間、一人の人物を思い浮かべた。
ーー吸血鬼カミーラ。
 彼女が復讐にやって来たのではないか。
ーーだとしたら俺も。
 自分の血の気が引く音が聞こえる。
ーーいや、そんなことはない。
 危険が及ばないように、一度たりともカミーラとは顔を合わせなかったのだ。自分が黒幕だという事実に辿り着くはずがない。
ーーしかし……。
 ゲーテは、ミイラ化した原因を考えた。
 基本的に錬金術は、『思いのこもった遺物』と『PS』と『オーラ』と『創造力』の四点から成り立っている。その中でも、Fの特徴に一番影響を与えるものは創造力である。
ーーミイラといえば、エジプト神話のオシリス神が有名だ。だが、ワーグナーの専門分野は、北欧神話と歌劇だった。研究中のFが暴走したとしても、本人がミイラ化してしまうことはない。
 Fの暴走でないならば、他にはどんな可能性が残されているのか。
ーー北欧で有名なミイラといえば、デンマークのシルケボー博物館に展示されているトーロンマンなどがいる。だが、あれは紀元前4世紀の話。彼の研究とは全く関係ない。ということは。
 事故ではなく、他殺の可能性が高い。と、ゲーテは睨んだ。
ーー死体以外に、何か手がかりはないか。
 ワーグナーの研究室や私室までを調べたが、ミイラにつながる研究はおこなっていない。やはり、他殺だという予想は間違っていないように思える。
ーー他殺。だとしたら、一体誰が?
 古城からカミーラが殺しに来ている、という線が一番濃厚だ。彼女は、監視カメラに映らずに脱出した。同じように、戻ってくることだってできるはずだ。
 だが、あの時と今は違う。ネタはバレている。レーによって、監視もされている。 
 冬の森の地面に、足跡の一つでもできようものなら、すぐにレーも気づくだろう。
 バレずに古城から出てくる手段が分からない。
ーー他に可能性は……。
 カミーラが古城にいるという情報は間違いで、まだ地下二階に隠れているという線。女性関係のもつれなどによる、全く関係ない第三者による犯行。
ーー第三者? ニーチェ?
 いや。親友が関わっている可能性は低い。彼は今、カミーラの残滓研究に夢中だ。目にクマを作りながら、寝る間も惜しんで研究を重ねている。ワーグナー不審死事件については、いずれ、口の軽いクリスティアーネが話してしまうだろう。だが、それまでは知らないし、知りたいと思ってもいないはずだ。
 ゲーテは、この事件を、カミーラとは関係ないという線から捜査を進めてみることにした。すぐに、ルイーズ・フォン・ザロメAPDを呼ぶ。
「ヘンリー・ルー。お前を調査班長を任命する。団員を四人厳選して、ワーグナー殺害の原因を調べるのだ」
「わかりました」ザロメは、自分のことをヘンリー・ルーと名乗っている、自由奔放な女性だ。初めての重要任務に、意気揚々として執務室を出ていった。
ーーとりあえず、これで様子を見るか。もし失敗したら、彼女のせいにすればいい。
 ゲーテには、まだまだ、厄介な仕事が山のように残っている。
ーー今回の事件はこれにて終局だな。
 ゲーテは、次の事件についての資料を机の上に載せた。
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登場人物紹介

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

APC 187cm90kg 赤マント

主人公。正義感溢れる好漢。うちに秘めたる野心の塊。研究者として入団したが、錬金術師としての腕前はCランク止まり。武芸に優れている。体格が良く、人から愛され、尊敬される性格。人身掌握がうまいので、幹部候補生になる。クリスティアーネのことが好き。ニーチェのことを親友だと思っているが、嫉妬心も抱いている。

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ

ADB 179cm 60kg 赤マント

黄金薔薇十字団に買われた捨て子。CRC団長のお気に入り。純真。研究家気質。真理を探究している。ストレスはうちに秘めるタイプ。騙されることが大嫌い。ゲーテだけを親友だと思っている。同期のクリスティアーネに好かれているが、興味ない。

カミーラ

155cm 40kg 吸血鬼と呼ばれる美女。気付いたらリアルにいたタイプ。はぐれアルカディアン。古城に住み着く。

幻想を見させることができるが下手くそ。

顔も体も大人っぽいが、背だけが低い。コンプレックス。いつも13cmのヒールを履いている。

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