第31話 会話(1) Conversation

文字数 1,819文字

 こうして、二年間が過ぎた。
 三人は二十五歳。
 ニーチェはますます不健康な外見になっていき、研究三昧の日々を送っている。
 クリスティアーネは、ニーチェと付き合うのかと思ったがそうでもなく、それでも、甲斐甲斐しくニーチェの世話を続けている。
 その姿を見たくなかったゲーテは、第一研究所にはあまり近寄らなくなった。代わりに仕事に励み、今では、副団長補佐の役についている。団長、副団長につぐ、三番目に高い位だ。
ーー重き十字架を背負いて、俺は黄金の薔薇を手に入れる。
 仕事仕事仕事仕事。ゲーテの頭の中には、もはや出世しか入っていなかった。
 だが、ここから先に出世することは至難の業だ。なんせ、アンドレーエ副団長は存命しており、老いてなお、冴えた指示を出している。あと三十年は死ななさそうだ。そして、死んでもなお、後継者が存在している。腹心の部下も多く、どの部下も皆、錬金術師としての戦闘能力が高い。まるで隙がない。
ーー政略結婚? 団長との直接交渉? 自分の勢力の強化? 相手の弱体化?
 色々考えるが、副団長への道が、どうしても思いつかない。頭の中は出世一色だというのに。 

 ある日、半年ぶりに、第一研究所を訪れた。クリスティアーネとはあまり会っていないので、よそよそしい。その分、それなりに話をすることができる。もちろん内容は深い話にはならない。全てが当たり障りのない世間話だ。
 けれども、一つだけ、彼女の心を動かすような話をすることができた。もちろん、ニーチェの話だ。
 ニーチェは、ゲーテの推薦により、第一研究所の所長に昇進していた。これはひとえに、ゲーテがクリスティアーネと話すことができるようにするための作戦だった。
ニーチェを大事に扱えば、クリスティアーネは喜ぶ。結果、自分の株も上がる。恋愛は恋したほうが負けだ。大惨敗を喫したゲーテには、もはやこのくらいしか彼女にしがみつく術はなかった。
 他の話題とは違い、クリスティアーネは嬉しそうに、ニーチェについて話す。
 所長だというのに、誰よりも熱心に研究を続けていること。実際の所長業務は、全てクリスティアーネが行っていること。ニーチェの研究は、主にカミーラ関係であること。
 様々な彼女の感情が、目の前でクルクルと回り続ける。
ーーしかし……、相変わらず、躍動的で魅力的だ。
 ゲーテは再度、彼女の全てが欲しいと思った。けれども彼女は、二度と自分が抱くことはできない。一通りの話が済むと、クリスティアーネは、また自分の業務に戻っていった。
ーー俺の気持ちなんて、何も知らないんだろう。
 いけないことだとは分かっている。だが、彼女の匂いを強く嗅ぎたい。彼女の温もりを強く感じたい。ゲーテは、自分の権力を使い、彼女が絶対に戻らないタイミングを見計らって、彼女の部屋へと忍び込んだ。
 包み込む甘い匂い。いつも欲望を抑えているからこそ、誰もいない時はその変態性が解放される。歯ブラシを口に含み、ベッドに潜り込み、便座に頬擦りし、下着の海に顔を埋める。
 一通りの変態を堪能した後、ゲーテは、机の上にある一冊の日記に目が止まった。特になんの鍵もついていない。不用心。
 ゲーテは開いた痕がつかないように、控えめにページを開いた。最初は恐る恐る読んだゲーテだが、その内容を見ているうちに、夢中になってページをめくった。
 どのページも、どのページも。
 ただひたすらに、ニーチェのことを思う文章が綴られている。
ーーこれが自分に対する愛の歌であれば、どれだけ報われてただろうか。
 胸が痛い。ゲーテは、深い失望に落ちていった。
 それでも無機質に開いていく。
 一ページだけ、何も書いていない。
 その瞬間、ゲーテは、出世のための戦術を思いついてしまった。
ーーこれは……、全てがうまくいく……。だが、これは、悪魔の戦術だ……。
 ゲーテの心の中で、悪魔と天使が戦いはじめた。
ーーだが、クリスティアーネ。手に入らないのならば。いっそ。
 ラグナロクは悪魔の勝利で終わった。ゲーテは空白のページに、錬金術師しか読むことができないペンで、こんな一文を書いた。
「私は、カミーラ殺害計画に加担しました。けれども、今では、罪の意識に苛まれています。誰にも言うことは出来ませんが、私と彼らが罰せられ、全ての罪が洗い流されますように」
 その下には、アンドレーエ副団長と、彼を支持する力のある錬金術師たちの名前を付け加える。彼ら全てのFDの効果と共に。
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登場人物紹介

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

APC 187cm90kg 赤マント

主人公。正義感溢れる好漢。うちに秘めたる野心の塊。研究者として入団したが、錬金術師としての腕前はCランク止まり。武芸に優れている。体格が良く、人から愛され、尊敬される性格。人身掌握がうまいので、幹部候補生になる。クリスティアーネのことが好き。ニーチェのことを親友だと思っているが、嫉妬心も抱いている。

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ

ADB 179cm 60kg 赤マント

黄金薔薇十字団に買われた捨て子。CRC団長のお気に入り。純真。研究家気質。真理を探究している。ストレスはうちに秘めるタイプ。騙されることが大嫌い。ゲーテだけを親友だと思っている。同期のクリスティアーネに好かれているが、興味ない。

カミーラ

155cm 40kg 吸血鬼と呼ばれる美女。気付いたらリアルにいたタイプ。はぐれアルカディアン。古城に住み着く。

幻想を見させることができるが下手くそ。

顔も体も大人っぽいが、背だけが低い。コンプレックス。いつも13cmのヒールを履いている。

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