第32話 会話(2) Conversation
文字数 1,534文字
その日の夜、ゲーテは、ニーチェを、幹部用のベッドルームに呼び出した。
久しぶりに近くで見るニーチェ。まるで、身体中が腐っているようだ。皮膚はただれ、骨が剥き出しになっている。生気もまるでない。
ーーこんな男なのに、いまだにクリスティアーネはこいつを愛し続けるのか。
ゲーテは内心苛立っていたが、それでも気さくに、ニーチェと、錬金術研究について語り合った。
「まだ、カミーラのことが忘れられないのか? いい加減忘れて、クリスティアーネと付き合ったらどうだ?」
「ははは」ニーチェは力無く笑った。
「そういえばニーチェ。お前、なんか香水でもつけてるのか?」
「いや?」ニーチェは、自分の体の匂いを嗅ぎながら否定した。
「そうか。なんか甘い匂いがするんだよな。この匂いは確か、あの、古城の最上階の部屋で」ここまで言って、ゲーテは首を振った。
「いや、違う。最近どこかで……」考えるふりをした後で、拳を叩く。
「ああ。そうだ。クリスティアーネの匂いと似ているんだ」
いやらしい顔をして続ける。
「もしかしてお前、そんな聖人君子みたいな顔をして、すでにクリスティアーネと付き合ってるんじゃないか?」
「はは」ニーチェは話に付き合ってくれているだけ。恋愛話には本当に興味がなさそうだ。
ゲーテは構わず話を続けた。
「俺ももう、他に好きな女ができた。時効だろうから、この際、お前にだけだけは話しておこうと思うんだ」
「君が、クリスのことを好きだったってことだろ?」ニーチェは、親友に恋人ができたことが嬉しいようだ。ゆっくりとではあるが、この日初めて、心からの笑顔を見せた。
「分かってたのか?}
「そりゃあな」
ゲーテは豪快に笑った。
「でも、これは知らないだろう」
声のトーンを落として話す。
「絶対、内緒にしてくれよ。実は昔、俺な、ずっと側にいて欲しくて、あいつの錬金術師の素質シートに細工を施したんだ」
ーーなっ。
ニーチェは唖然としている。気づいていないふりをして、なおも話し続ける。
「あいつ、途中から急に、錬金術が使えなくなったろ? お前にしか話せないが、あれ、俺のせいなんだ……」
ニーチェの顔を見て、すぐに言い訳する。もう、心身ともに、芝居モードになっている。気まずい表情をすることは、ゲーテにとって朝飯前だ。
「分かってる。すまん。俺がどんなに悪いことをしたのか、しっかりと分かってる。このことを申し訳ないと考えない日はない。それでも俺は、どうしても、誰かに打ち明けたかったんだ。そしてそれは、親友の、お前しかいなかった」
「許されることだと思っているのか?」
「いや。お前が高潔な男だということはよく分かっている。だが、お前に罰せられるのならばそれでいい」
「分かった」
ニーチェはゆっくりと立ち上がり、ノロノロと部屋から出ていった。
ーーこれで、細工は全て終わった。
ただ、出世のために戦術を行使しただけだ。
それなのに、ゲーテの心の中は、ひどく空虚だった。
次の日の朝、廊下でクリスティアーネに会った。
「ご機嫌だな。どうした?」
「ニーチェから今日、実験を手伝ってくれと言われたのよ。そんなこと言われたの、初めてだから嬉しくて」
クリスティアーネは、少しも言いづらそうではない様子で答える。嬉しそうだ。その瞬間、ゲーテの心の中にあった罪悪感が消滅した。彼女が、しゃべる置物にしか見えなくなった。視界の全ての色が消える。世界は灰色だ。
「そうか。よかったな」
ゲーテはすれ違い、自分の部屋へと戻った。
ーータネは撒けた。あとは蕾になり、花となるのを待つだけた。
成長するためには日が必要だ。自分の大きな体のせいで日陰になったら、成長するものもしなくなる。
ーー一度離れよう。
ゲーテは、本部への帰り支度を始めた。
久しぶりに近くで見るニーチェ。まるで、身体中が腐っているようだ。皮膚はただれ、骨が剥き出しになっている。生気もまるでない。
ーーこんな男なのに、いまだにクリスティアーネはこいつを愛し続けるのか。
ゲーテは内心苛立っていたが、それでも気さくに、ニーチェと、錬金術研究について語り合った。
「まだ、カミーラのことが忘れられないのか? いい加減忘れて、クリスティアーネと付き合ったらどうだ?」
「ははは」ニーチェは力無く笑った。
「そういえばニーチェ。お前、なんか香水でもつけてるのか?」
「いや?」ニーチェは、自分の体の匂いを嗅ぎながら否定した。
「そうか。なんか甘い匂いがするんだよな。この匂いは確か、あの、古城の最上階の部屋で」ここまで言って、ゲーテは首を振った。
「いや、違う。最近どこかで……」考えるふりをした後で、拳を叩く。
「ああ。そうだ。クリスティアーネの匂いと似ているんだ」
いやらしい顔をして続ける。
「もしかしてお前、そんな聖人君子みたいな顔をして、すでにクリスティアーネと付き合ってるんじゃないか?」
「はは」ニーチェは話に付き合ってくれているだけ。恋愛話には本当に興味がなさそうだ。
ゲーテは構わず話を続けた。
「俺ももう、他に好きな女ができた。時効だろうから、この際、お前にだけだけは話しておこうと思うんだ」
「君が、クリスのことを好きだったってことだろ?」ニーチェは、親友に恋人ができたことが嬉しいようだ。ゆっくりとではあるが、この日初めて、心からの笑顔を見せた。
「分かってたのか?}
「そりゃあな」
ゲーテは豪快に笑った。
「でも、これは知らないだろう」
声のトーンを落として話す。
「絶対、内緒にしてくれよ。実は昔、俺な、ずっと側にいて欲しくて、あいつの錬金術師の素質シートに細工を施したんだ」
ーーなっ。
ニーチェは唖然としている。気づいていないふりをして、なおも話し続ける。
「あいつ、途中から急に、錬金術が使えなくなったろ? お前にしか話せないが、あれ、俺のせいなんだ……」
ニーチェの顔を見て、すぐに言い訳する。もう、心身ともに、芝居モードになっている。気まずい表情をすることは、ゲーテにとって朝飯前だ。
「分かってる。すまん。俺がどんなに悪いことをしたのか、しっかりと分かってる。このことを申し訳ないと考えない日はない。それでも俺は、どうしても、誰かに打ち明けたかったんだ。そしてそれは、親友の、お前しかいなかった」
「許されることだと思っているのか?」
「いや。お前が高潔な男だということはよく分かっている。だが、お前に罰せられるのならばそれでいい」
「分かった」
ニーチェはゆっくりと立ち上がり、ノロノロと部屋から出ていった。
ーーこれで、細工は全て終わった。
ただ、出世のために戦術を行使しただけだ。
それなのに、ゲーテの心の中は、ひどく空虚だった。
次の日の朝、廊下でクリスティアーネに会った。
「ご機嫌だな。どうした?」
「ニーチェから今日、実験を手伝ってくれと言われたのよ。そんなこと言われたの、初めてだから嬉しくて」
クリスティアーネは、少しも言いづらそうではない様子で答える。嬉しそうだ。その瞬間、ゲーテの心の中にあった罪悪感が消滅した。彼女が、しゃべる置物にしか見えなくなった。視界の全ての色が消える。世界は灰色だ。
「そうか。よかったな」
ゲーテはすれ違い、自分の部屋へと戻った。
ーータネは撒けた。あとは蕾になり、花となるのを待つだけた。
成長するためには日が必要だ。自分の大きな体のせいで日陰になったら、成長するものもしなくなる。
ーー一度離れよう。
ゲーテは、本部への帰り支度を始めた。