第10話 詰問(1) Question
文字数 1,711文字
ニーチェがアンドレーエ副団長の部屋に怒鳴り込みに行ったのは、それから数日後だった。
「副団長!」
衛兵を押し除け、名前も告げずに扉を開ける。
アンドレーエは書類にサインをしていた。
「はぁ」
ため息をつき、PCを閉じる。
「またお前か。今度はどうした?」
ニーチェは、怒りに震えていた。
「彼女を、研究材料として使用すると聞きました」
カミーラが第一研究所ではなく第二研究所に移された、とクリスティアーネから情報を得たのだ。
「ああ」
アンドレーエはPCを引き出しにしまい、机の上に手を組んだ。
「その話か」
「この場で約束したはずです。彼女を解放する、と」
「いや、そんな約束はしていない」
「嘘だ!」
「本当だ。よく思い出せ。お前が団長とした約束は、カミーラをバルサーモには渡さない。それだけだ。この部屋は悪事が働けないよう、常時、録画し続けている。なんなら一緒に見るか?」アンドレーエは余裕の顔つきで答えた。すでに何度も録画した動画を見返して確信しているのだ。自分の言には間違いがないということを。
「しかし……」
ニーチェの語気は弱まった。
「確かに、言葉尻をとらえれば違うかもしれない。けど、あれは確かに、カミーラを解放する。そういう意味だったはずだ」
「ハッキリとするための行動が契約や約束だ。つまり、このことは約束されておらぬ。帰れ」
「では、せめて! 団長の意見だけでもお聞かせください!」
「それは、自分で団長に聞け。止めはせぬ」
ローゼンクロイツ団長には部屋がない。普段どこにいるのか、ニーチェはもちろん、アンドレーエでさえも知らない。だから黄金薔薇十字団内のことは、副団長に一任されている。
それに、今から団長を探したとて、見つかった頃には、カミーラは解剖実験をされているかもしれない。
ーーまた、迂闊に人を信用したせいで、こんな事態に陥ってしまった。
ニーチェは打開策を考えた。だが、いくら天才とはいえ、それは錬金術研究上でのことだ。カミーラのように純真な相手とは話し合いができるが、アンドレーエのような百戦錬磨との口論は難しい。歯噛みするしかない。
アンドレーエは、勝ち誇ったような顔でニーチェを見下ろした。
その時、扉が叩かれる。
「ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテです! 入ります!!」
ゲーテだ。息遣いが荒い。ニーチェと目が合わせる。
ニーチェは端正な顔を歪め、青い唇をわななかせていた。
「本部に行ったとクリスティアーネから聞いた。どうしたんだ?」
ニーチェが本部に駆け出した後、クリスティアーネは心配になり、ゲーテに相談していたのだ。
その時、ゲーテが思ったことはこうだ。
ーーああ。また厄介者が問題を起こしたか。
親友とはいえ、ニーチェがどうなろうが知ったことではない。もう大人なのだ。自分の責任は自分で取るべきだ。
その上、ニーチェがいなくなれば、クリスティアーネを自分のものにできる確率は上がる。ゲーテはクリスティアーネが好きだが、クリスティアーネは自分とニーチェのどちらが好きなのか、定かではない。
けれども、クリスティアーネのことが好きなゆえに、彼女の心配をなくしてやりたかった。彼女の心を得るために、自分の恋敵を助けにいく。我ながらおかしな話だとは思いながらも、彼女に褒めてもらうため、ゲーテは、ニーチェを追いかけてきたのだった。
ニーチェは、今までの経緯をゲーテに話した。
「なるほど」
ゲーテは、難しい立場に立たされた。
カミーラは吸血鬼だ。人間ではない。仲間も怪我を負っているし、団にとっての害でもある。個人的な意見だけなら、彼女に人権などはない。どんな扱いをしても構わない。
だが、ニーチェは親友だ。クリスティアーネを喜ばせたくもある。恩を売っておけば今後、この天才を自由に使えるかもしれない。
一方、副団長の味方をした場合には、出世もしやすくなるだろう。だが、ニーチェとクリスティアーネは自分から離れていく。自分が副団長の地位を目指すには、いずれ、この老人を失脚させなければ、その権限は回ってこない。ここで自分の持っている強いコマを見捨てるわけにはいかない。
ゲーテは、アンドレーエに向き直った。
「副団長!」
衛兵を押し除け、名前も告げずに扉を開ける。
アンドレーエは書類にサインをしていた。
「はぁ」
ため息をつき、PCを閉じる。
「またお前か。今度はどうした?」
ニーチェは、怒りに震えていた。
「彼女を、研究材料として使用すると聞きました」
カミーラが第一研究所ではなく第二研究所に移された、とクリスティアーネから情報を得たのだ。
「ああ」
アンドレーエはPCを引き出しにしまい、机の上に手を組んだ。
「その話か」
「この場で約束したはずです。彼女を解放する、と」
「いや、そんな約束はしていない」
「嘘だ!」
「本当だ。よく思い出せ。お前が団長とした約束は、カミーラをバルサーモには渡さない。それだけだ。この部屋は悪事が働けないよう、常時、録画し続けている。なんなら一緒に見るか?」アンドレーエは余裕の顔つきで答えた。すでに何度も録画した動画を見返して確信しているのだ。自分の言には間違いがないということを。
「しかし……」
ニーチェの語気は弱まった。
「確かに、言葉尻をとらえれば違うかもしれない。けど、あれは確かに、カミーラを解放する。そういう意味だったはずだ」
「ハッキリとするための行動が契約や約束だ。つまり、このことは約束されておらぬ。帰れ」
「では、せめて! 団長の意見だけでもお聞かせください!」
「それは、自分で団長に聞け。止めはせぬ」
ローゼンクロイツ団長には部屋がない。普段どこにいるのか、ニーチェはもちろん、アンドレーエでさえも知らない。だから黄金薔薇十字団内のことは、副団長に一任されている。
それに、今から団長を探したとて、見つかった頃には、カミーラは解剖実験をされているかもしれない。
ーーまた、迂闊に人を信用したせいで、こんな事態に陥ってしまった。
ニーチェは打開策を考えた。だが、いくら天才とはいえ、それは錬金術研究上でのことだ。カミーラのように純真な相手とは話し合いができるが、アンドレーエのような百戦錬磨との口論は難しい。歯噛みするしかない。
アンドレーエは、勝ち誇ったような顔でニーチェを見下ろした。
その時、扉が叩かれる。
「ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテです! 入ります!!」
ゲーテだ。息遣いが荒い。ニーチェと目が合わせる。
ニーチェは端正な顔を歪め、青い唇をわななかせていた。
「本部に行ったとクリスティアーネから聞いた。どうしたんだ?」
ニーチェが本部に駆け出した後、クリスティアーネは心配になり、ゲーテに相談していたのだ。
その時、ゲーテが思ったことはこうだ。
ーーああ。また厄介者が問題を起こしたか。
親友とはいえ、ニーチェがどうなろうが知ったことではない。もう大人なのだ。自分の責任は自分で取るべきだ。
その上、ニーチェがいなくなれば、クリスティアーネを自分のものにできる確率は上がる。ゲーテはクリスティアーネが好きだが、クリスティアーネは自分とニーチェのどちらが好きなのか、定かではない。
けれども、クリスティアーネのことが好きなゆえに、彼女の心配をなくしてやりたかった。彼女の心を得るために、自分の恋敵を助けにいく。我ながらおかしな話だとは思いながらも、彼女に褒めてもらうため、ゲーテは、ニーチェを追いかけてきたのだった。
ニーチェは、今までの経緯をゲーテに話した。
「なるほど」
ゲーテは、難しい立場に立たされた。
カミーラは吸血鬼だ。人間ではない。仲間も怪我を負っているし、団にとっての害でもある。個人的な意見だけなら、彼女に人権などはない。どんな扱いをしても構わない。
だが、ニーチェは親友だ。クリスティアーネを喜ばせたくもある。恩を売っておけば今後、この天才を自由に使えるかもしれない。
一方、副団長の味方をした場合には、出世もしやすくなるだろう。だが、ニーチェとクリスティアーネは自分から離れていく。自分が副団長の地位を目指すには、いずれ、この老人を失脚させなければ、その権限は回ってこない。ここで自分の持っている強いコマを見捨てるわけにはいかない。
ゲーテは、アンドレーエに向き直った。