第12話 研究(1) Experiment
文字数 1,785文字
「お前を残した理由は分かっているか?」アンドレーエはゲーテに尋ねた。
なんとなくは分かっている。だが、自分から理由を認めたくはない。友を裏切るような提案だからだ。それでも、言わなければ無能だと思われる。アンドレーエに引き立ててもらったここまでの地位と努力を、全て無駄にしてしまう。
ーー戸惑った表情も見せてはいけない。
ゲーテは、瞬時に判断を下した。
「はい」はっきりとした肯定の意志を見せる。
アンドレーエは満足そうにうなづいた。
「後で肝入りの研究所員を送ろう。確か第一には、秘密の実験室があったな」
「分かりました。準備をしておきましょう。ただ一点」ゲーテは付け加えた。
「カミーラに傷が残るような行為だけは、お止めください。私は、ニーチェを大事にしております。彼の機嫌は損ねたくないのです」
「部下の顔色をうかがうようでは、良い幹部になれんぞ」
「ええ。ですが、彼は私のコマの中で、一番優秀な錬金術師なのです。どうせカミーラは不老不死。ゆっくりと研究したところで、時間はたっぷりとあります。普段はあまり文句も言わない男です。これだけはお目こぼしください」
「まぁ、いいだろう」
これ以上大ごとになると、団長が出てきてしまう可能性もある。そうなると、アンドレーエ自体が更迭される危険性もなくはない。
とはいえ、ほぼ全ての要望が通ったのだ。アンドレーエは、ゲーテの肩を叩いて笑った。吸血鬼の研究によって、また一つ、自分の名誉が刻まれる。このことに興奮しているようだ。
ーー畜生。いくら吸血鬼に対してとはいえ。醜い。あまりにも醜すぎる。
それでもゲーテは、夢で見た黄金の薔薇を手に入れるためには仕方がないことだと思った。
ーー力がつくまでは、絶対に気持ちを表面に出さない。
彼の握りしめた両拳は、掌に血が滲むほど強く、自分の爪を刺さらせた。
何日かが経った。
第一研究所に、本部からの馬車が止まる。三名の研究者が降りてくる。全員が赤マント。錬金術師だ。ゲーテは驚いた。
錬金術師は世界に二千人もいない。黄金薔薇十字団内でも百人に満たない希少な存在だ。ゆえに普通、一つの研究に三人もの錬金術師がやってくることはない。相場では、錬金術師一人に助手二人だ。
ゲーテは、アンドレーエがいかにこの実験にかけているかを思い知った。
先頭の男は、ワーグナーADA。年齢は四十代。団内で高名な錬金術師だが、女にだらしないことでも有名だ。Bランクに上がってきたニーチェをライバル視しているとも聞く。
後ろにいる二人は、トリスタンAPCとイゾルテAFC。ともに二十代である。
トリスタンは男性のアーリア人で、アンドレーエが目にかけている戦闘系錬金術師だ。潔癖で高潔な性格として知られている。体の大きさといい、威厳以外はどことなくゲーテに似ている。イゾルテは、ワーグナーの愛人だ。背が高く、可愛いカミーラ寄りではなく、清楚なクリスティアーネ寄りの美人である。
アンドレーエが彼らを助手につけた意図は、ワーグナーが暴走して、カミーラを強姦しないようにとの配慮だろう。アンドレーエも、ゲーテの心が離れていかないような配慮はしてくれているようだ。
ーーしかし、厄介な奴がやってきたな。
好色魔は同性の敵だ。自分の取り分を侵食してくる恐れがある。自分の大事にしている相手を強引に奪う可能性がある。
カミーラは吸血鬼だが美しい。彼女の体を手に入れるために、他の全てを犠牲にしてもいいと思うことは、男としては十分にあり得ることだ。誰も見ておらず、カミーラ自身も傷つかないというのなら、ゲーテも暴挙に出たいという気持ちがないとは断言できない。
ただ、ゲーテには好きな人がいるし、吸血鬼という時点で性欲の対象にはならない。それでも、突然来たワーグナーに美味しいところを持っていかれることを、本能的に強く嫌った。
それに、クリスティアーネが狙われてもたまらない。ゲーテはワーグナーを、彼女の部屋から遠い場所に離した。仕事配置や時間も、二人が出会うことすらないように定めた。
他人に興味がないニーチェは、カミーラの研究に夢中だ。いつもお喋りなクリスティアーネも、彼らに会っていないので名前くらいしか情報がない。錬金術に関係のない情報はニーチェも嫌う。結局、ワーグナーたちが着任したというニュースは、ニーチェの耳に届くことがなかった。
なんとなくは分かっている。だが、自分から理由を認めたくはない。友を裏切るような提案だからだ。それでも、言わなければ無能だと思われる。アンドレーエに引き立ててもらったここまでの地位と努力を、全て無駄にしてしまう。
ーー戸惑った表情も見せてはいけない。
ゲーテは、瞬時に判断を下した。
「はい」はっきりとした肯定の意志を見せる。
アンドレーエは満足そうにうなづいた。
「後で肝入りの研究所員を送ろう。確か第一には、秘密の実験室があったな」
「分かりました。準備をしておきましょう。ただ一点」ゲーテは付け加えた。
「カミーラに傷が残るような行為だけは、お止めください。私は、ニーチェを大事にしております。彼の機嫌は損ねたくないのです」
「部下の顔色をうかがうようでは、良い幹部になれんぞ」
「ええ。ですが、彼は私のコマの中で、一番優秀な錬金術師なのです。どうせカミーラは不老不死。ゆっくりと研究したところで、時間はたっぷりとあります。普段はあまり文句も言わない男です。これだけはお目こぼしください」
「まぁ、いいだろう」
これ以上大ごとになると、団長が出てきてしまう可能性もある。そうなると、アンドレーエ自体が更迭される危険性もなくはない。
とはいえ、ほぼ全ての要望が通ったのだ。アンドレーエは、ゲーテの肩を叩いて笑った。吸血鬼の研究によって、また一つ、自分の名誉が刻まれる。このことに興奮しているようだ。
ーー畜生。いくら吸血鬼に対してとはいえ。醜い。あまりにも醜すぎる。
それでもゲーテは、夢で見た黄金の薔薇を手に入れるためには仕方がないことだと思った。
ーー力がつくまでは、絶対に気持ちを表面に出さない。
彼の握りしめた両拳は、掌に血が滲むほど強く、自分の爪を刺さらせた。
何日かが経った。
第一研究所に、本部からの馬車が止まる。三名の研究者が降りてくる。全員が赤マント。錬金術師だ。ゲーテは驚いた。
錬金術師は世界に二千人もいない。黄金薔薇十字団内でも百人に満たない希少な存在だ。ゆえに普通、一つの研究に三人もの錬金術師がやってくることはない。相場では、錬金術師一人に助手二人だ。
ゲーテは、アンドレーエがいかにこの実験にかけているかを思い知った。
先頭の男は、ワーグナーADA。年齢は四十代。団内で高名な錬金術師だが、女にだらしないことでも有名だ。Bランクに上がってきたニーチェをライバル視しているとも聞く。
後ろにいる二人は、トリスタンAPCとイゾルテAFC。ともに二十代である。
トリスタンは男性のアーリア人で、アンドレーエが目にかけている戦闘系錬金術師だ。潔癖で高潔な性格として知られている。体の大きさといい、威厳以外はどことなくゲーテに似ている。イゾルテは、ワーグナーの愛人だ。背が高く、可愛いカミーラ寄りではなく、清楚なクリスティアーネ寄りの美人である。
アンドレーエが彼らを助手につけた意図は、ワーグナーが暴走して、カミーラを強姦しないようにとの配慮だろう。アンドレーエも、ゲーテの心が離れていかないような配慮はしてくれているようだ。
ーーしかし、厄介な奴がやってきたな。
好色魔は同性の敵だ。自分の取り分を侵食してくる恐れがある。自分の大事にしている相手を強引に奪う可能性がある。
カミーラは吸血鬼だが美しい。彼女の体を手に入れるために、他の全てを犠牲にしてもいいと思うことは、男としては十分にあり得ることだ。誰も見ておらず、カミーラ自身も傷つかないというのなら、ゲーテも暴挙に出たいという気持ちがないとは断言できない。
ただ、ゲーテには好きな人がいるし、吸血鬼という時点で性欲の対象にはならない。それでも、突然来たワーグナーに美味しいところを持っていかれることを、本能的に強く嫌った。
それに、クリスティアーネが狙われてもたまらない。ゲーテはワーグナーを、彼女の部屋から遠い場所に離した。仕事配置や時間も、二人が出会うことすらないように定めた。
他人に興味がないニーチェは、カミーラの研究に夢中だ。いつもお喋りなクリスティアーネも、彼らに会っていないので名前くらいしか情報がない。錬金術に関係のない情報はニーチェも嫌う。結局、ワーグナーたちが着任したというニュースは、ニーチェの耳に届くことがなかった。