第20話 握手 Shakehand
文字数 1,775文字
数日後。
ワーグナー殺害事件は、ゆっくりと犯人探しをするという段階ではなくなってしまった。トリスタンとイゾルデが、ワーグナーと同じ死に方をしたからである。カサカサになったミイラを見て、人々は噂した。「研究所内に呪いがかけられているのではないか」と。
カミーラと今回の事件を結びつける団員はいない。当然だ。なにせこれで、カミーラの逃走を知っている人物が、ゲーテとニーチェしかしなくなってしまったのだから。
ここまで来ると、さすがのゲーテも、ニーチェのことを疑わざるを得なかった。事件の関係者で、ニーチェだけが殺されていないことが、疑惑を後押しする。
「ニーチェ。失礼するよ」ゲーテは夜に、自室にいるニーチェに会いにいった。
「ゲーテか。ちょっと待っていてくれ」扉が開く。
クリスティアーネが出てくる。お辞儀をして、階下に消える。
メラッ。
「お楽しみだったか?」嫉妬の炎を抑えながら、ニーチェに軽口をたたく。
「まったく。ちょうど君に会いたかったところだった」鍵を閉めて続ける。
「君が来たということは、ミイラの怪事件の話か?」ニーチェは、静かな声で尋ねた。クリスティアーネが扉の向こうで、聞き耳を立てているかもしれないからだ。
ゲーテはうなづいた。
「クリスから今、その話を聞いたんだ」
ーーエロいことはしていないのか。
ゲーテの嫉妬の炎は鎮火された。冷静になる。
「ニーチェはこの事件、どう思う?」まずは相手の意見から聞く。
「絶対に、カミーラと関連している」ニーチェは、片手を頭に当てて続けた。
「けど、どうやって殺害しているのか。それが分からないんだ」
「うん」カミーラが犯人だとは言いづらいだろう。そう考えていたが、さすがにニーチェは、真理を追求したい人間だ。誤魔化しがない。
ゲーテも同じ考えだった。
「ニーチェは、カミーラの研究をしてただろ? 例えば、彼女の特殊能力なんて知ってたりはしないのかい」
「特殊能力?」
「不死身以外に、姿を消せるとか?」
「状況証拠から、姿は消せる可能性はある。だが、この厳しい監視の中を、何度も何度も侵入してきてるっていうのかい?」
確かに、警備体制は以前よりも厳しい。外部からの侵入は無理そうだ。
「なら、まだ、この研究所のどこかに潜んでいるとか」
「あれから二ヶ月が経過している。隠れ続けられるはずがない。それとも、ここの所長である君は知っているのかい? 地下三階の実験室のような隠し部屋を」
「やめてくれよ」ゲーテは後ろめたいことに対して、小さな笑いで返した。
「君はずいぶん余裕だな。まるで、カミーラが逃げないために、時間が経ったら死ぬ毒でも飲ませているようだ」
ゲーテはハッとした。
ーー『100日目に死ぬワニ』! 毒のことを知ってるのか?
ニーチェは冷静に見つめる。ゲーテの表情をうかがっているようだ。
「まさか。毒を盛ってるとしたら、濃厚接触者の君が一番よく知っているはずじゃないか」ゲーテは、何も知らないふりをした。
ニーチェは自分の艶やかな腕を見て、「確かにな」と言った。
「どうしたらいいかな?」毒の話題は終わらせたい。ゲーテは、少し早口で話を進めた。
ニーチェは、自分の腕を触りながら言った。
「もっと警備は増やすとして。君はどうしたいんだい? このままでいれば、また誰かが殺される。それは僕かもしれない。君かもしれない。もしかしたら、ターゲットは第一研究所にいる全員かもしれない。……捕らえにいくなら、手伝うよ」
ゲーテは驚いた。あんなにもカミーラを大事にしていたのに。
「いいのかい?」
ニーチェは冷笑した。
「僕は彼女を大事にしたかった。彼女との約束を守りたかった。だが、ワーグナーたちのやったことを考えると、もう、カミーラを止められない。こぼれたミルクを嘆いても意味がない。そして、これ以上の犠牲が出ることは、僕だって望んでいない。ただし、僕は彼女を殺さない。話し合いをして、もう団員を殺さないことを条件に、僕たちの目が届かない日本か中国あたりにでも逃してやりたい」
ゲーテは内心複雑だった。だが、今の状況よりは余程いい。それに、後一月もしたらカミーラは死ぬ。ここでニーチェとこじれる必要はない。
「分かった。君の方針を全部飲むよ。今度こそ裏切らない。力を貸してくれ」
「ああ」
ニーチェは手を出し、ゲーテと硬い握手を交わした。
ワーグナー殺害事件は、ゆっくりと犯人探しをするという段階ではなくなってしまった。トリスタンとイゾルデが、ワーグナーと同じ死に方をしたからである。カサカサになったミイラを見て、人々は噂した。「研究所内に呪いがかけられているのではないか」と。
カミーラと今回の事件を結びつける団員はいない。当然だ。なにせこれで、カミーラの逃走を知っている人物が、ゲーテとニーチェしかしなくなってしまったのだから。
ここまで来ると、さすがのゲーテも、ニーチェのことを疑わざるを得なかった。事件の関係者で、ニーチェだけが殺されていないことが、疑惑を後押しする。
「ニーチェ。失礼するよ」ゲーテは夜に、自室にいるニーチェに会いにいった。
「ゲーテか。ちょっと待っていてくれ」扉が開く。
クリスティアーネが出てくる。お辞儀をして、階下に消える。
メラッ。
「お楽しみだったか?」嫉妬の炎を抑えながら、ニーチェに軽口をたたく。
「まったく。ちょうど君に会いたかったところだった」鍵を閉めて続ける。
「君が来たということは、ミイラの怪事件の話か?」ニーチェは、静かな声で尋ねた。クリスティアーネが扉の向こうで、聞き耳を立てているかもしれないからだ。
ゲーテはうなづいた。
「クリスから今、その話を聞いたんだ」
ーーエロいことはしていないのか。
ゲーテの嫉妬の炎は鎮火された。冷静になる。
「ニーチェはこの事件、どう思う?」まずは相手の意見から聞く。
「絶対に、カミーラと関連している」ニーチェは、片手を頭に当てて続けた。
「けど、どうやって殺害しているのか。それが分からないんだ」
「うん」カミーラが犯人だとは言いづらいだろう。そう考えていたが、さすがにニーチェは、真理を追求したい人間だ。誤魔化しがない。
ゲーテも同じ考えだった。
「ニーチェは、カミーラの研究をしてただろ? 例えば、彼女の特殊能力なんて知ってたりはしないのかい」
「特殊能力?」
「不死身以外に、姿を消せるとか?」
「状況証拠から、姿は消せる可能性はある。だが、この厳しい監視の中を、何度も何度も侵入してきてるっていうのかい?」
確かに、警備体制は以前よりも厳しい。外部からの侵入は無理そうだ。
「なら、まだ、この研究所のどこかに潜んでいるとか」
「あれから二ヶ月が経過している。隠れ続けられるはずがない。それとも、ここの所長である君は知っているのかい? 地下三階の実験室のような隠し部屋を」
「やめてくれよ」ゲーテは後ろめたいことに対して、小さな笑いで返した。
「君はずいぶん余裕だな。まるで、カミーラが逃げないために、時間が経ったら死ぬ毒でも飲ませているようだ」
ゲーテはハッとした。
ーー『100日目に死ぬワニ』! 毒のことを知ってるのか?
ニーチェは冷静に見つめる。ゲーテの表情をうかがっているようだ。
「まさか。毒を盛ってるとしたら、濃厚接触者の君が一番よく知っているはずじゃないか」ゲーテは、何も知らないふりをした。
ニーチェは自分の艶やかな腕を見て、「確かにな」と言った。
「どうしたらいいかな?」毒の話題は終わらせたい。ゲーテは、少し早口で話を進めた。
ニーチェは、自分の腕を触りながら言った。
「もっと警備は増やすとして。君はどうしたいんだい? このままでいれば、また誰かが殺される。それは僕かもしれない。君かもしれない。もしかしたら、ターゲットは第一研究所にいる全員かもしれない。……捕らえにいくなら、手伝うよ」
ゲーテは驚いた。あんなにもカミーラを大事にしていたのに。
「いいのかい?」
ニーチェは冷笑した。
「僕は彼女を大事にしたかった。彼女との約束を守りたかった。だが、ワーグナーたちのやったことを考えると、もう、カミーラを止められない。こぼれたミルクを嘆いても意味がない。そして、これ以上の犠牲が出ることは、僕だって望んでいない。ただし、僕は彼女を殺さない。話し合いをして、もう団員を殺さないことを条件に、僕たちの目が届かない日本か中国あたりにでも逃してやりたい」
ゲーテは内心複雑だった。だが、今の状況よりは余程いい。それに、後一月もしたらカミーラは死ぬ。ここでニーチェとこじれる必要はない。
「分かった。君の方針を全部飲むよ。今度こそ裏切らない。力を貸してくれ」
「ああ」
ニーチェは手を出し、ゲーテと硬い握手を交わした。