第7話 陳情(1)
文字数 1,565文字
ゲーテとニーチェはすぐに準備し、その足で黄金薔薇十字団の本部へと向かった。カミーラが引き取られたのは、約三時間前だ。今から急いで行けば、まだ間に合うだろう。
普段、黄金薔薇十字団の錬金術師は、馬車で移動をする。だが、今は急いでいるので、メルヘン街道を車で飛ばして本部へ向かった。
そのまま勢いよく、副団長室の扉を叩く。
「誰だ?」
「ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテです」
「フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ」
少し遅れて、返事が聞こえてくる。
「入れ」
ニーチェは、急ぐ心を押さえながらも、雑な動きで扉を開けた。
他の部屋と同じように、一台の大きな黒い事務机が置いてある。
そして二人の男。
立ったまま、机に拡げられた地図を見ているのが、アンドレーエ副団長だ。おでこはM字型に禿げているが、横髪と髭はライオンように伸びている。細身で大柄な体躯。豪胆な顔。還暦も近いというのに、威厳は全く損なわれていない。銀色のマントを羽織っている。
もう一人は椅子に座る三十代の男性だ。金髪オールバックの7:3分け。細長いが、筋肉はついている。綺麗な顔立ち。そして、羽織っているマントは金色だ。
マントの色は、地位を示す。黒が一般団員。赤が錬金術師。銀が幹部。そして、金は一人しかいない。
「ローゼンクロイツ様?」初めて見る。ゲーテは、慌てて最敬礼した。黄金薔薇十字団の団長、クリスチャン・ローゼンクロイツで間違いない。
だが、ニーチェは怒っている。周りのことなどどうでもいい。元々、地位や種族などは気にしない性格だ。ただ真理があればよい。
ローゼンクロイツなど目に入っていない。一直線に、アンドレーエへと向かった。
「どうした?」
「カミーラの件です」語気が荒い。
「カミーラ? ああ。吸血鬼のことか。それがどうした?」アンドレーエは少し考えた後、こともなげに言った。どうやら本当に忘れているようだ。
「どうした?」ニーチェは肩を震わせた。
「僕は彼女と約束したのです。大人しく城を明け渡してくれるなら、代わりに住む場所を提供しましょうと。それはゲーテにも話し、本部から了承も得たはずです。これでは僕が騙したようなものではないですか!」
「それは違うぞ」
アンドレーエは落ち着き払って続けた。
「お前があいつを騙したのではない。俺が、お前を騙した。それだけだ。責任は私にある。気に負うことはない」
「あ……」ニーチェは絶句した。
「ちょうどいい。ゲーテ。カミーラの件だ。これからバルサーモ様に引き渡す準備をするところだ。お前に一任する」
「はっ、はいっ!」ニーチェのことが気になったが、副団長の命令だ。逆らえない。
ニーチェは、自分の襟元についている団員バッヂを、血が出るほど強く握りしめた。
「し、正気ですか?」怒りで声が震える。
「お前こそ、正気なのか?」アンドレーエが尋ねる。サヴォイ家に逆らい、団員を傷つけた吸血鬼だ。匿おうとするニーチェこそ、頭がイカれているとしか思えない。
「……分かりました」ニーチェは自分のバッヂを引きちぎり、荒々しく副団長の机に叩き置いた。
「今までお世話になりました。僕はもう、一分たりとも、ここにいたくはありません!」ニーチェは踵を返した。
ーーFは持ってきている。このまま牢屋に行き、力づくでカミーラを救出し、そのまま逐電する。
決断に対する迷いのなさ。これこそ、ニーチェが天才になった理由だ。
ーーニーチェ。
ゲーテは親友を心配したが、ここでは声をかけられない。
ーーこいつ。
アンドレーエは、逡巡した。
このまま行かせる手もある。捕らえて牢屋に入れる手もある。だがニーチェは、ドリームメーカーとして極めて優秀だ。囲っておけば、まだまだ大きな発明をしていくだろう。ここで手放すことは、今後の黄金薔薇十字団にとって手痛い損失になる。
普段、黄金薔薇十字団の錬金術師は、馬車で移動をする。だが、今は急いでいるので、メルヘン街道を車で飛ばして本部へ向かった。
そのまま勢いよく、副団長室の扉を叩く。
「誰だ?」
「ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテです」
「フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ」
少し遅れて、返事が聞こえてくる。
「入れ」
ニーチェは、急ぐ心を押さえながらも、雑な動きで扉を開けた。
他の部屋と同じように、一台の大きな黒い事務机が置いてある。
そして二人の男。
立ったまま、机に拡げられた地図を見ているのが、アンドレーエ副団長だ。おでこはM字型に禿げているが、横髪と髭はライオンように伸びている。細身で大柄な体躯。豪胆な顔。還暦も近いというのに、威厳は全く損なわれていない。銀色のマントを羽織っている。
もう一人は椅子に座る三十代の男性だ。金髪オールバックの7:3分け。細長いが、筋肉はついている。綺麗な顔立ち。そして、羽織っているマントは金色だ。
マントの色は、地位を示す。黒が一般団員。赤が錬金術師。銀が幹部。そして、金は一人しかいない。
「ローゼンクロイツ様?」初めて見る。ゲーテは、慌てて最敬礼した。黄金薔薇十字団の団長、クリスチャン・ローゼンクロイツで間違いない。
だが、ニーチェは怒っている。周りのことなどどうでもいい。元々、地位や種族などは気にしない性格だ。ただ真理があればよい。
ローゼンクロイツなど目に入っていない。一直線に、アンドレーエへと向かった。
「どうした?」
「カミーラの件です」語気が荒い。
「カミーラ? ああ。吸血鬼のことか。それがどうした?」アンドレーエは少し考えた後、こともなげに言った。どうやら本当に忘れているようだ。
「どうした?」ニーチェは肩を震わせた。
「僕は彼女と約束したのです。大人しく城を明け渡してくれるなら、代わりに住む場所を提供しましょうと。それはゲーテにも話し、本部から了承も得たはずです。これでは僕が騙したようなものではないですか!」
「それは違うぞ」
アンドレーエは落ち着き払って続けた。
「お前があいつを騙したのではない。俺が、お前を騙した。それだけだ。責任は私にある。気に負うことはない」
「あ……」ニーチェは絶句した。
「ちょうどいい。ゲーテ。カミーラの件だ。これからバルサーモ様に引き渡す準備をするところだ。お前に一任する」
「はっ、はいっ!」ニーチェのことが気になったが、副団長の命令だ。逆らえない。
ニーチェは、自分の襟元についている団員バッヂを、血が出るほど強く握りしめた。
「し、正気ですか?」怒りで声が震える。
「お前こそ、正気なのか?」アンドレーエが尋ねる。サヴォイ家に逆らい、団員を傷つけた吸血鬼だ。匿おうとするニーチェこそ、頭がイカれているとしか思えない。
「……分かりました」ニーチェは自分のバッヂを引きちぎり、荒々しく副団長の机に叩き置いた。
「今までお世話になりました。僕はもう、一分たりとも、ここにいたくはありません!」ニーチェは踵を返した。
ーーFは持ってきている。このまま牢屋に行き、力づくでカミーラを救出し、そのまま逐電する。
決断に対する迷いのなさ。これこそ、ニーチェが天才になった理由だ。
ーーニーチェ。
ゲーテは親友を心配したが、ここでは声をかけられない。
ーーこいつ。
アンドレーエは、逡巡した。
このまま行かせる手もある。捕らえて牢屋に入れる手もある。だがニーチェは、ドリームメーカーとして極めて優秀だ。囲っておけば、まだまだ大きな発明をしていくだろう。ここで手放すことは、今後の黄金薔薇十字団にとって手痛い損失になる。