第35話 贈り物(2) Present
文字数 1,631文字
ニーチェは動じない。
「君は、絶対に勝てな」
ーー間合いを読み違えているぞ!
ニーチェが話している最中、ゲーテは一足飛びに、ニーチェを袈裟斬りにした。
ニーチェは寸前で避ける。
さらに連撃。
全てかわす。
実践剣術は、格闘技とは一線を画す。
圧倒的遠間からの、一方的な連続攻撃。
剣を抜く暇も与えない。
崩した体のバランスを戻す時間も与えない。
それでもニーチェは笑みを浮かべながら、余裕な顔で、次々とゲーテの剣撃をかわしていった。
ーーこれはおかしい。
ゲーテが思ったのと同時だった。
「僕の剣を見ろ」ニーチェが言う。
相手の言葉に耳を貸せば、その分、自分の動作が遅れる。
ーーニーチェに剣を抜かせる時間を与えてはならない。
だがゲーテは、なぜかニーチェの話を聴きたくなってしまった。
ニーチェの右手に握られた剣を見る。鞘に入った剣。見覚えがある。ゲーテは、瞬時に思い出した。
ーー聖剣ノートゥング!
副団長のFDAだ。効果は、三メートル以内の全ての攻撃を無意識に避けることができる。普通、他人のFDは扱えないはずだが、ニーチェはたまたま適正者だったようだ。
ーーこれでは攻撃が当たらない。
ゲーテは、いったん後方に下がった。
「それは?」
「ノートゥング。副団長の、いや、今は僕の剣だ」
団長像の後ろから、もう一人が現れる。赤いドレスを着た女性。
ーーカミーラ!
彼女が全ての元凶だ。
ゲーテは、左右に揺さぶってニーチェをすり抜け、そのまま、カミーラの頭上に剣を振り落とした。
斬られた瞬間、カミーラは、無数のコウモリになった。部屋中に散らばり、机の真ん中に置かれていた大きな箱の上で、元の姿に戻る。
カミーラは、足を組んで箱に座った。
「こんなところで彼女を殺さないでくれよ、ゲーテ」
ーーなっ。
喋ろうとして異変を感じる。体が痺れている。徐々に動かなくなる。
「ようやく効いたようだね。君が仕込んだ弱毒性の薬。僕が、錬金術師用に変えさせてもらったよ」
ニーチェは、ゆっくりとゲーテに近づいた。
「こんなところで僕を殺しても、君は英雄にはなれない。だろ? 証人を連れて古城へおいで。君と僕にふさわしい舞台を用意しておくよ」
肩を叩いて、そのまま大広間から出ていこうとする。
「あ、忘れてた」
ニーチェは振り向く。
「この箱の中に、君へのお土産を用意しておいた。君も喜ぶことだろう。あの貴族のようにね」
カミーラは箱から降り、ニーチェについていく。
「ニーチェ……」
「まだ喋れるのか。すごいね。さすがは僕の親友だ」ニーチェは驚いた顔をした。
「まだ間に合う。今回の事件。証拠を全て、隠滅すればいい。まだ間に合うんだ」
「いいや。もう、間に合わない」
ニーチェは、机の上に置かれた大きな箱のリボンを引いた。
箱が開く。
箱の中には、横たわった若い女性がいた。甘い匂いが一気に香る。
「クリスティアーネ!」
ピクリとも動かない。
「ゲーテ。僕は、君から、クリスティアーネを奪ってしまった。もう、醜い人間には耐えきれなかった。僕は、人間を辞めたよ」
ゲーテは、クリスティアーネを見た瞬間、全ての夢から覚めたかのような感覚を味わった。
「ニーチェ、おまえはだまされてる!!」
「ラインの黄金は開幕したんだ」
カミーラは微笑んだ。
「言葉はいらない。友よ。古城で待つ」ニーチェはそう言い残し、大広間から出ていった。
言葉が出ない。体が痺れているゲーテは机にもたれ、必死に、クリスティアーネに近づいた。
触る。
すでに冷たい。
ーーお、俺は、何のために、副団長になろうと思っていたのだ。
ゲーテは、クリスティアーネに体を預けたまま、共に机から転がり落ちた。
体が動かない。なのに、涙だけが頬を伝う。
まるで、乾いたヨーロッパ大陸を流れるライン川のようだ。
全ての涙が体から抜け落ちた。
ゲーテはゆっくりと立ち上がった。
頬はこけ、目は窪んで亡者のようになっている。
それでもその目は、親友に向けての生気を帯びていた。
「君は、絶対に勝てな」
ーー間合いを読み違えているぞ!
ニーチェが話している最中、ゲーテは一足飛びに、ニーチェを袈裟斬りにした。
ニーチェは寸前で避ける。
さらに連撃。
全てかわす。
実践剣術は、格闘技とは一線を画す。
圧倒的遠間からの、一方的な連続攻撃。
剣を抜く暇も与えない。
崩した体のバランスを戻す時間も与えない。
それでもニーチェは笑みを浮かべながら、余裕な顔で、次々とゲーテの剣撃をかわしていった。
ーーこれはおかしい。
ゲーテが思ったのと同時だった。
「僕の剣を見ろ」ニーチェが言う。
相手の言葉に耳を貸せば、その分、自分の動作が遅れる。
ーーニーチェに剣を抜かせる時間を与えてはならない。
だがゲーテは、なぜかニーチェの話を聴きたくなってしまった。
ニーチェの右手に握られた剣を見る。鞘に入った剣。見覚えがある。ゲーテは、瞬時に思い出した。
ーー聖剣ノートゥング!
副団長のFDAだ。効果は、三メートル以内の全ての攻撃を無意識に避けることができる。普通、他人のFDは扱えないはずだが、ニーチェはたまたま適正者だったようだ。
ーーこれでは攻撃が当たらない。
ゲーテは、いったん後方に下がった。
「それは?」
「ノートゥング。副団長の、いや、今は僕の剣だ」
団長像の後ろから、もう一人が現れる。赤いドレスを着た女性。
ーーカミーラ!
彼女が全ての元凶だ。
ゲーテは、左右に揺さぶってニーチェをすり抜け、そのまま、カミーラの頭上に剣を振り落とした。
斬られた瞬間、カミーラは、無数のコウモリになった。部屋中に散らばり、机の真ん中に置かれていた大きな箱の上で、元の姿に戻る。
カミーラは、足を組んで箱に座った。
「こんなところで彼女を殺さないでくれよ、ゲーテ」
ーーなっ。
喋ろうとして異変を感じる。体が痺れている。徐々に動かなくなる。
「ようやく効いたようだね。君が仕込んだ弱毒性の薬。僕が、錬金術師用に変えさせてもらったよ」
ニーチェは、ゆっくりとゲーテに近づいた。
「こんなところで僕を殺しても、君は英雄にはなれない。だろ? 証人を連れて古城へおいで。君と僕にふさわしい舞台を用意しておくよ」
肩を叩いて、そのまま大広間から出ていこうとする。
「あ、忘れてた」
ニーチェは振り向く。
「この箱の中に、君へのお土産を用意しておいた。君も喜ぶことだろう。あの貴族のようにね」
カミーラは箱から降り、ニーチェについていく。
「ニーチェ……」
「まだ喋れるのか。すごいね。さすがは僕の親友だ」ニーチェは驚いた顔をした。
「まだ間に合う。今回の事件。証拠を全て、隠滅すればいい。まだ間に合うんだ」
「いいや。もう、間に合わない」
ニーチェは、机の上に置かれた大きな箱のリボンを引いた。
箱が開く。
箱の中には、横たわった若い女性がいた。甘い匂いが一気に香る。
「クリスティアーネ!」
ピクリとも動かない。
「ゲーテ。僕は、君から、クリスティアーネを奪ってしまった。もう、醜い人間には耐えきれなかった。僕は、人間を辞めたよ」
ゲーテは、クリスティアーネを見た瞬間、全ての夢から覚めたかのような感覚を味わった。
「ニーチェ、おまえはだまされてる!!」
「ラインの黄金は開幕したんだ」
カミーラは微笑んだ。
「言葉はいらない。友よ。古城で待つ」ニーチェはそう言い残し、大広間から出ていった。
言葉が出ない。体が痺れているゲーテは机にもたれ、必死に、クリスティアーネに近づいた。
触る。
すでに冷たい。
ーーお、俺は、何のために、副団長になろうと思っていたのだ。
ゲーテは、クリスティアーネに体を預けたまま、共に机から転がり落ちた。
体が動かない。なのに、涙だけが頬を伝う。
まるで、乾いたヨーロッパ大陸を流れるライン川のようだ。
全ての涙が体から抜け落ちた。
ゲーテはゆっくりと立ち上がった。
頬はこけ、目は窪んで亡者のようになっている。
それでもその目は、親友に向けての生気を帯びていた。