第6話 猿麻呂のかくしごと
文字数 1,346文字
その日、小屋に戻ってきた猿麻呂は、めずらしく何かを考えこんでいる様子で、鳥彦がそっとおかずを横取りしたのにも気付かなかった。皆が寝静まった後こっそりと小屋を抜け出ていったのを、刀自が追って行き、鳥彦は寝転がったまま首をかしげた。
「猿麻呂は何かかくしごとをしている」
鳥彦が言うと、竹彦はおかしそうに笑った。
「何をかくすと言うんだよ。ほら、続けて」
「何かは、わからないけれど」言いながら体を起こし「どうも変じゃないか」と言って鳥彦はばたんとその場に寝転がった。
「おいおい、もう終わりか? あと倍はやらないといつまでたっても小鳥だぞ」
竹彦が笑うが、鳥彦は寝転がったまま腕を組んだ。
「今朝も早くから出て行って、俺がどこへ行くのか聞く前に「うるさい」だぞ?」
猿麻呂は、昨日ともに刈り入れをした男がやってくると、いそいそとどこかへ出て行ってしまったのである。何か絶対にかくしている、と鳥彦が眉をよせると、竹彦はやれやれと押さえていた鳥彦の足首を解放した。
「ああ、疲れた。また明日には痛くなりそうだな」
鳥彦はうんざりしたように腹を押さえると、はっとして竹彦を見上げた。すると竹彦は、猿麻呂の弟子らしく大きな声を上げて笑った。
「それぐらいのことを言ったからって、刀自に言いつけたりしないよ」
「ああ、良かった。いつもは相手が猿麻呂だから油断していた」
危ない危ない、と鳥彦が汗をぬぐうと竹彦はまたおかしそうに笑った。
鳥彦を仲間に入れる変わり、嫌だとかつらいとか、そういうことを口に出すなと刀自が言ったのだ。
鳥彦を連れ帰った猿麻呂を、ひとしきり怒鳴ったりなじったりしたあと、ふと鳥彦に向き直って、刀自がいくぶん語調を弱めて言った。
「いいかい、ここへ来たからにはここの決まりにしたがってもらうからね。言い付けに背 くことも文句を言うこともゆるさない。
ここの暮らしは決して楽じゃあないよ。お前が家で言いつかっていた仕事なんかより、もっともっとつらい。仕事が見付からなければ飯は食えないし、年がら年中旅暮らしで、ひと所に留まるのも長くて一月 だ。移動のたびにたくさんの荷物を運ばなきゃならないし、心地良い床 なんて夢のまた夢だ。
それでも、自分のことは全部自分でやってもらうからね。それが嫌だとかつらいだとか、そういうことを言うのはゆるさないよ」
ふと気がついて鳥彦に目をやると、彼はなんとも情けない顔で刀自を見上げていた。それに刀自も少し眉を下げる。
「嫌だとかつらいとか、腹が減ったとか眠いとか、どこが痛いのかゆいのって、そういうことを言いたくなったら、全部猿麻呂に言いな」
「はあ?」
思わず猿麻呂が不満げな声を出した。
「何だよ。文句があるなら聞こうじゃないか」
刀自がすごむと、猿麻呂は低くうめいて言葉をのみこんだ。
文句は全て猿麻呂に言うこと。それを鳥彦は忠実に守っているのである。
「さて、お前がもうしないのなら、俺は刀自に用を言いつかっているからもう行くよ。日暮れまでは適当に遊んでいたらいい」
「わかった」
ぽん、と竹彦はまだ少し不満げな鳥彦の頭をなでる。
「猿兄はじょうずに嘘などつけぬから、気になるのなら聞いてみたら良い」
鳥彦はうなずいて竹彦を見送ると、ふとソラシの田に行ってみようと思い立った。
「猿麻呂は何かかくしごとをしている」
鳥彦が言うと、竹彦はおかしそうに笑った。
「何をかくすと言うんだよ。ほら、続けて」
「何かは、わからないけれど」言いながら体を起こし「どうも変じゃないか」と言って鳥彦はばたんとその場に寝転がった。
「おいおい、もう終わりか? あと倍はやらないといつまでたっても小鳥だぞ」
竹彦が笑うが、鳥彦は寝転がったまま腕を組んだ。
「今朝も早くから出て行って、俺がどこへ行くのか聞く前に「うるさい」だぞ?」
猿麻呂は、昨日ともに刈り入れをした男がやってくると、いそいそとどこかへ出て行ってしまったのである。何か絶対にかくしている、と鳥彦が眉をよせると、竹彦はやれやれと押さえていた鳥彦の足首を解放した。
「ああ、疲れた。また明日には痛くなりそうだな」
鳥彦はうんざりしたように腹を押さえると、はっとして竹彦を見上げた。すると竹彦は、猿麻呂の弟子らしく大きな声を上げて笑った。
「それぐらいのことを言ったからって、刀自に言いつけたりしないよ」
「ああ、良かった。いつもは相手が猿麻呂だから油断していた」
危ない危ない、と鳥彦が汗をぬぐうと竹彦はまたおかしそうに笑った。
鳥彦を仲間に入れる変わり、嫌だとかつらいとか、そういうことを口に出すなと刀自が言ったのだ。
鳥彦を連れ帰った猿麻呂を、ひとしきり怒鳴ったりなじったりしたあと、ふと鳥彦に向き直って、刀自がいくぶん語調を弱めて言った。
「いいかい、ここへ来たからにはここの決まりにしたがってもらうからね。言い付けに
ここの暮らしは決して楽じゃあないよ。お前が家で言いつかっていた仕事なんかより、もっともっとつらい。仕事が見付からなければ飯は食えないし、年がら年中旅暮らしで、ひと所に留まるのも長くて
それでも、自分のことは全部自分でやってもらうからね。それが嫌だとかつらいだとか、そういうことを言うのはゆるさないよ」
ふと気がついて鳥彦に目をやると、彼はなんとも情けない顔で刀自を見上げていた。それに刀自も少し眉を下げる。
「嫌だとかつらいとか、腹が減ったとか眠いとか、どこが痛いのかゆいのって、そういうことを言いたくなったら、全部猿麻呂に言いな」
「はあ?」
思わず猿麻呂が不満げな声を出した。
「何だよ。文句があるなら聞こうじゃないか」
刀自がすごむと、猿麻呂は低くうめいて言葉をのみこんだ。
文句は全て猿麻呂に言うこと。それを鳥彦は忠実に守っているのである。
「さて、お前がもうしないのなら、俺は刀自に用を言いつかっているからもう行くよ。日暮れまでは適当に遊んでいたらいい」
「わかった」
ぽん、と竹彦はまだ少し不満げな鳥彦の頭をなでる。
「猿兄はじょうずに嘘などつけぬから、気になるのなら聞いてみたら良い」
鳥彦はうなずいて竹彦を見送ると、ふとソラシの田に行ってみようと思い立った。