第3話 頭目のおでかけ

文字数 1,324文字

「何だよふてくされて」
 いつになくむくれている鳥彦を横目に見ながら、刀自が苦笑する。

「猿麻呂のやつ、女と双六をしていたぞ」

 腹立たしげに言って、鳥彦は刀自に代わって火に(まき)をくべる。火の周りには、刀自が釣ってきたらしい川魚が何匹も立っていた。刀自は存外(ぞんがい)釣りが得意なようだった。

「またかい。しょうがないねえ」やれやれと言って刀自は焼けた魚を裏返す。「でも、近頃はお前がいてくれるから、捜しに行く手間がはぶけて助かるよ」

 笑って刀自が頭をなでると、鳥彦は怪訝(けげん)そうな目で彼女を見上げた。

「ねえ、刀自はどうして猿麻呂と妹背(いもせ)にならないの?」
 刀自は一瞬目を丸くしたが、すぐにからからと声を上げて笑った。

「あんなのと()いたいなんて女がいるもんかね」
 なおも刀自は笑っていたが、鳥彦は首をかしげ、腕まで組んで難しい顔をした。
「何だよ一丁前に腕なんか組んで」
 刀自がおかしそうに言うと、鳥彦はさらに首を深くかしげる
「刀自がこうして猿麻呂と暮らしているのと、妹背になるのとどう違うんだ?」

 刀自もまた言葉を詰まらせた。そうあらためて問われると、困る。

「あぁ、ええと、何て言うか……近所の(はな)垂れみたいな感じだね。腐れ縁でこうなっているだけさ」
 それを聞くと鳥彦は「洟垂れ」とおかしそうに声を立てて笑った。
「あの歳で妻の一人も持てずにかわいそうだから、仕方なく私が面倒みてやってんのさ」
「じゃあ俺も手伝うよ」
「良い子だ」
 刀自が笑ったところで、ぱきりと小枝の折れる音がした。

「人のいないところで、お前たちはなんてひどい言いぐさだ」
 二人が同時にふり返ると、わざとらしく顔をしかめた猿麻呂が立っていた。それに二人は同じように眉を寄せる。

「ひどいも何も、本当の話さ。暇だからといってほろほろ遊び回るんじゃないよ」
「そうだぞ。俺はもうお前の味方はしてやらないからな」
「鳥彦、父上とまで言った猿麻呂様にその言いようはないだろう」
「誰が父上だよ。俺はもうこれ以上父さまはいらない」

 冷たく言って鳥彦はぷいと猿麻呂に背を向け、焼けた魚を裏返す。それに猿麻呂は苦笑して小さくため息をついた。

「刀自、少し出てくる」
 その言葉に刀自は猿麻呂を見上げた。
「少しってお前」
 何か問おうとしたが、刀自はふと言葉を呑んで腰を上げた。それにつられて鳥彦も猿麻呂をふり返る。

「もう大きな仕事は終わったし、市でやる程度なら俺がおらずとも大丈夫だろう」
「そりゃあ、まあそうだけれど。何も今から出て行かなくても」
「ここを発つまでには戻りたいから、そろそろ行ってくる」
「またどこか女のところに行くのか」

 鳥彦がおおいに顔をしかめて言うと、猿麻呂は「ああそうだよ」と言いかけて刀自に頭をはたかれた。どこに行くのかと喉の奥まで出かかっていたが、猿麻呂と目が合うと、鳥彦はぷいと顔をそむけた。

 淋しくても泣くなよ、と言って猿麻呂は鳥彦の頭を乱暴になで、そのまま軽く身支度をととのえると、姿を消した。それに一同は一様に複雑な顔をしていたが、どういうわけかいつもは触らせてもらえない(こと)を弾かせたり、夕飯の菜を分け与えたりといつもにも増して鳥彦を甘やかした。

 そうやって子ども扱いする彼らに、鳥彦は内心さらにふてくされた。
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