第16話 味方

文字数 867文字

 勢いよく鳥彦が猿麻呂の背に飛びかかり、少しぐらついたものの猿麻呂は、何の何の、と笑って体勢を立て直す。しかし鳥彦の合図とともに今度は童が勢いよく猿麻呂の足下に飛びかかる。続いてもう一人が猿麻呂の腕にぶら下がり、ついに猿麻呂は草の上に倒れ込んだ。

 春の川辺に笑い声がこだまする。

「いや、参った参った」

 猿麻呂がめずらしく息を切らせながら大の字になり、もう襲ってこないとわかると童たちも同じように草の上に寝転がった。

「ああ疲れた」

 何だかおかしくなってきて、鳥彦はくすくすと笑った。考えてみれば、同じような年頃の童と走り回るのも久しぶりである。

「そう言えば鳥彦。こんな所で何をしていたんだ」
「釣れもせぬのに釣りだよ」
 鳥彦が答える前に童が答える。
 釣れたのか、と猿麻呂が問うのに鳥彦が答えないでいるとまた笑い声が上がるが、今回はどういうわけか腹が立たなかった。

「刀自と来ればどんなに釣れぬ川でも二匹は釣れたのに、どうして一人なんだ」
「ひとりになりたかったんだよ」
「何を一丁前に」またがはがはと笑って天を見上げると日もだいぶ傾いていた。「おっと、鳥彦そろそろ戻ろう。もう衣も乾いたろう」

 言って猿麻呂が跳ね起きると童たちが一様に「ええ」と不満げな声を上げる。

「なあ、明日も来るか?」
「残念だが明日にはこの里を出て行くよ」
 猿麻呂が言うと童はしゅんとする。

「もうここには来ないのか?」
「そうだなぁ、郷長(さとおさ)のところや何人か保長のところへ挨拶に行ってみたが、この里の者は散楽は見るが、流れ者があまりお好きでないようだったからなぁ」

 そう言って猿麻呂がわざとらしい視線を童たちに送るのを見て鳥彦は、ああそうかと、どうしてものみ込めなかったものがするりと胃の()に落ちていった気がした。

「もう石を投げたりしないよ」
「俺ももうしないから、また舞を見せてくれよ」
 童たちは一様にばつが悪そうにうつむいてもごもご言った。それに猿麻呂は満足げに笑む。
「俺たちがまたここへ来られるよう皆にもよろしく言うておいてくれ」
「わかった!」
 と童たちは満面の笑みで答える。
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