第8話 刀自

文字数 812文字

「どうだ、面白いだろう」

 舞い終えると、猿麻呂(さまろ)はそう言って鳥彦の前に仁王立ちになった。鳥彦がこくりとうなずくと、猿麻呂は満足げににっと歯を見せた。

「さあ、もう用は済んだろう。さっさと帰れ。母上が心配するぞ」
 そう言って猿麻呂はぺしぺしと(かわほり)の先で鳥彦の頭を打った。それをうっとうしそうに手で払い、一応礼を言って、鳥彦が立ち去ろうとすると刀自(とじ)がぐいと腕を引いた。

「何だよこの子、足をくじいているじゃないか。猿麻呂負ぶって行ってやりなよ」
「何で俺がそこまでしてやらなきゃならないんだ」
「大丈夫、ここまでも歩いて来たから」

 鳥彦が頭を下げると刀自は「しょうがないね」と言って無理矢理に鳥彦を背負った。
「あ、あの、歩けるから」
「良いんだよ。歩けたって痛いんだろう? こら、猿麻呂。大人しく待ってなよ」
 刀自の声に猿麻呂は背を向けたまま手をふった。


 よく知らない者の背に負われているというのも、何だか落ち着かず、鳥彦はぴしりと背筋を伸ばしていたが「ちゃんとつかまれ」と刀自に一喝されておずおずと彼女の首に腕を回した。彼女の背中は、ほのかに日向(ひなた)の匂いがして、鳥彦はふと、幼い頃に母に負ぶわれていた頃のことを思い出した。

「刀自はすごいね。あんなふうに言ったら、父さまなら絶対怒るよ」
 それを聞くと、刀自は猿麻呂に負けない大声で笑った。
「あの阿呆に付き合っていくには、あれぐらいできねばやってゆけないんだよ」
 いかにもうんざりしたように刀自が言ったので、鳥彦は密かにくすくすと笑った。



 家へ着くと、刀自は猿麻呂とは違って、ゆっくりと気遣いながら鳥彦を背から下ろしたので、鳥彦は丁寧に礼を言って頭を下げた。

「いいんだよ。もう大っぴらに芸はやらないけれど、もうしばらくは、あのお(じじ)のところへご厄介になるから、また遊びにおいで」
 刀自はやわらかく笑って、鳥彦の頭をがしがしとなでた。それにへそのあたりをむずむずさせながら、鳥彦はこくりとうなずいた。
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